・東京地判平成11年1月29日判時1680号119頁  「ゴロで覚える古文単語記憶術」事件:第一審。  大学受験用に古文単語の語呂合わせを掲載した書籍について、被告書籍(「ゴロで覚え る古文単語ゴロ513」、「センター古文単語ゴロ110番」)が、原告書籍(「大学入 試センター試験攻略国語1・2」(三省堂)、「ゴロで覚える古文単語記憶術」(三省 堂))について有する原告の著作権および著作者人格権を侵害するとする損害賠償請求が、 一部認容された事例。  判決は、42個の語呂合わせについて、著作物性および侵害の有無について判断した結 果、31個について著作物性を否定し、9個について著作物性を肯定した上で(2個につ いては原告の著作権の帰属を否定した)、そのうちの3個について著作権および氏名表示権 の侵害を肯定した(同一性保持権の侵害は否定)。  判決は、著作物性の一般論として、「著作権法の保護の対象となる著作物については、思 想又は感情を創作的に表現したものであることが必要である。ところで、創作的に表現し たものというためには、当該作品が、厳密な意味で、独創性の発揮されたものであること は必要でないが、作成者の何らかの個性の表現されたものであることが必要である。文章 表現に係る作品において、ごく短いものや表現形式に制約があり、他の表現が想定できな い場合や、表現が平凡、かつありふれたものである場合には、筆者の個性が現れていない ものとして、創作的な表現であると解することはできない。」と述べている。  そして、著作権侵害を認めたは以下の3点である。 @原告語呂合わせ1  原告書籍:「朝めざましに驚くばかり」  被告書籍:「朝目覚ましに驚き呆れる」  「原告語呂合わせ1は、古語『あさまし』及び古語『めざまし』の二語について、その 共通する現代語訳『驚くばかりだ』を一体的に連想させて、容易に記憶ができるようにす る目的で、二つの古語のいずれにも発音が類似し、かつ、現代語訳と意味のつながる『朝 目覚まし』という語句を選択して、これに『驚くばかりだ』を続けて、短い文章にしたも のである。  右語呂合わせは、極めて短い文であるが、二つの古語を同時に連想させる語句を選択す るという工夫が凝らされている点において、原告の個性的な表現がされているので、著作 物性を肯定することができる。  そこで、被告語呂合わせ1と原告語呂合わせ1を対比すると、前者は、後者の『驚くば かりだ』を『驚き呆れる』に改めている点が若干相違するが、その他はすべて同じである から、後者と実質的に同一のものと認められる。したがって、被告語呂合わせ1は、原告 語呂合わせ1について原告が有する複製権を侵害する。さらに、原告の氏名が著作者名と して表示されていないから、原告の有する氏名表示権を侵害する。なお、前記同一性の程 度に照らし、同一性保持権を侵害すると解するのは相当でない。」 A原告語呂合わせ13  原告書籍:「アッ!ヤシの実だ。いやシイたけだ。」  被告書籍:「あっやしの実だ、いや、しいたけだ、そーまつぼっくりだ、不思議だな」  「原告語呂合わせ13は、古語『あやし』とその現代語訳『賤しい』を一体的に連想さ せて、容易に記憶ができるようにする目的で、古語と発音の類似し、かつ、現代語訳と意 味のつながる『アッ、椰子』という語句を選択して、これに、『の実だ』、『いやシイたけだ』 を続けて、短い文章にしたものである。  右語呂合わせは、古語の発音類似語と現代語訳との単なる組み合わせだけで構成された ものではなく、付加的に表現された部分があることから、原告の個性が現れたものとして、 創作性が認められる。  そこで、被告語呂合わせ13と原告語呂合わせ13とを対比すると、前者は、『そー、ま つぼっくりだ、不思議だな』を付加して、現代語訳『粗末だ』を併せて連想させるよう工 夫がされている点はあるが、その他は、原告語呂合わせ13がそのまま用いられているの で、これと実質的に同一のものと認められる。したがって、被告語呂合わせ13は、原告 語呂合わせ13について原告の有する複製権を侵害する。さらに、原告の氏名を著作者名 として表示していないことから、氏名表示権を侵害する。なお、前記同一性の程度に照ら し、同一性保持権を侵害すると解するのは相当でない。」 B原告語呂合わせ27  原告書籍:「『日が東に沈む』というひねくれた奴」  被告書籍:「日が東に沈むとはひねくれている」  「原告語呂合わせ27は、古語『ひがひがし』とその現代語訳『ひねくれている』を一 体的に連想させて、容易に記憶ができるようにする目的で、古語と発音が類似し、かつ、 現代語訳と意味のつながる『日が東』という語句を選択して、これに『に沈むという』と いう語を付加し、『ひねくれた奴』を続けて、短い文章にしたものである。右語呂合わせは、 古語の発音類似語と現代語訳との単なる組み合わせだけで構成されたものではなく、付加 的に表現された部分があることから、原告の個性が現れたものとして、創作性が認められ る。  そこで、被告語呂合わせ27と原告語呂合わせ27を対比すると、前者は、『という』を 『とは』に、『ひねくれた奴』を『ひねくれている』に改めた点が相違するが、その他はす べて同一であるので、実質的に同一のものと認められる。したがって、被告語呂合わせ2 7は、原告語呂合わせ27について原告の有する複製権を侵害する。さらに、原告の氏名 が著作者名として表示されていないから、氏名表示権を侵害する。なお、前記同一性の程 度に照らし、同一性保持権を侵害すると解するのは相当でない。」  そして、以下のように述べた。  「以上によれば、原告語呂合わせ1、13及び27については、原告が有する複製権お よび氏名表示権を侵害し(その余の著作権法上の権利侵害はない。)、その余の原告語呂合 わせについては、原告の有する著作権及び著作者人格権を侵害しない。  なお、原告語呂合わせのすべてについて、翻案権侵害は認められない。」  そして、損害額について、この3語についての侵害により被告が得た利益(印税相当額) として5万円、および慰謝料として5万円、計10万円の損害賠償を認容した。 (控訴審:東京高判平成11年9月30日)