・東京高判平成11年2月24日  「キング・クリムゾン」事件:控訴審  被告1(エフエム東京)が、被告2(同代表取締役)を発行人として、ロックグループ 「キング・クリムゾン」と、そのリーダーである原告を含むメンバーの肖像写真・レコー ド等のジャケット写真を掲載した、「キング・クリムゾン」と題する単行本を出版したこ とに対し、原告が、パブリシティ権に基づいて、損害賠償および印刷・販売の差止・廃棄 等を請求した。  原審は、「当該著名人に属するパブリシティ価値を無断で使用する行為は、パブリシテ ィ権を侵害する行為として不法行為を構成し、当該著名人は、それによって被った損害の 賠償を求めうるとともに、かかる侵害行為に対しては、パブリシティ権に基づき、販売の 差止めなど侵害の防止を実行あらしめるための行為を求めることができるものと解せられ る。」として、請求を認容したが、この控訴審は原審を取り消した。  本件判決は、本件書籍がキング・クリムゾンの作品や軌跡を記したもので、写真を使っ たのもレコードやメンバーらの紹介を目的とするものであり、顧客吸引力を利用する目的 ではないとして、パブリシティー権の侵害を否定した。 (裁判長:新村正人) (第一審:東京地判平成10年1月21日、上告不受理:最決平成12年11月9日) ■評釈等 三浦正広・発明2000年12月号100頁(2000年) 【判 決】 主 文 一 原判決中、控訴人らの敗訴部分を取り消す。 二 右取消にかかる被控訴人の請求をいずれも棄却する。 三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。 事実及び理由 《中 略》 第四 当裁判所の判断  当裁判所は、被控訴人の請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は、次のとお りである。 一 いわゆるパブリシティ権について  固有の名声、社会的評価、知名度等を獲得した著名人の氏名、肖像等を商品の宣伝、広 告に利用し、あるいは商品そのものに付する等により当該商品の販売促進に有益な効果が もたらされることは一般によく知られている。これは著名人に対して大衆が抱く関心や好 感、憧憬、崇拝等の感情が当該著名人を表示する氏名、肖像等に波及し、ひいては当該著 名人の氏名、肖像等と関連づけられた商品に対する関心や所有願望として大衆を当該商品 に向けて吸引する力を発揮してその販売促進に効果をもたらす結果であると理解すること ができる。その結果、著名人の氏名、肖像等は当該著名人を象徴する個人識別情報として それ自体が顧客吸引力を持つようになり、一箇の独立した経済的利益ないし価値を具有す ることになる。そして、このような著名人の氏名、肖像等が持つ経済的利益ないし価値は 著名人自身の名声、社会的評価、知名度等から派生するものということができるから、著 名人がこの経済的利益ないし価値を自己に帰属する固有の利益ないし権利として考え、他 人の不当な使用を排除する排他的な支配権を主張することは正当な欲求であり、このよう な経済的利益ないし価値は、現行法上これを権利として認める規定は存しないものの、財 産的な利益ないし権利として保護されるべきものであると考えられる。このように著名人 がその氏名、肖像その他の顧客吸引力のある個人識別情報の有する経済的利益ないし価値 (以下「パブリシティ価値」という。)を排他的に支配する権利がいわゆるパブリシティ 権と称されるものである。 二 パブリシティ権の侵害と不法行為の成立  このように著名人が有する氏名、肖像等のパブリシティ価値は一箇の財産的権利として 保護されるべきものであるから、パブリシティ価値を無断で使用する行為はパブリシティ 権を侵害するものとして不法行為を構成するというべきである。  一方、著名人は、自らが大衆の強い関心の対象となる結果として、必然的にその人格、 日常生活、日々の行動等を含めた全人格的事項がマスメディアや大衆等(以下「マスメデ ィア等」という。)による紹介、批判、論評等(以下「紹介等」という。)の対象となるこ とを免れない。また現代社会においては著名人が著名性を獲得するに当たってはマスメデ ィア等による紹介等が大きく与って力となっていることを否定することができない。そし てマスメディア等による著名人の紹介等は本来言論、出版、報道の自由として保障される ものであり、加えて右のような点を考慮すると、著名人が自己に対するマスメディア等の 批判を拒絶したり自らに関する情報を統制することは一定の制約の下にあるというべきで あり、パブリシティ権の名の下にこれらを拒絶、統制することが不当なものとして許され ない場合があり得る。  したがって、他人の氏名、肖像等の使用がパブリシティ権の侵害として不法行為を構成 するか否かは、他人の氏名、肖像等を使用する目的、方法及び態様を全体的かつ客観的に 考察して、右使用が他人の氏名、肖像等のパブリシティ価値に着目しその利用を目的とす るものであるといえるか否かにより判断すべきものであると解される。 三 本件書籍について 《 略 》 四 本件書籍とパブリシティ権の侵害の有無 1 以上に認定した事実によると、本件書籍は、題号に、世界的に著名なロック・グルー プである「キング・クリムゾン」のグループ名そのものが使用され、表紙、裏表紙及び背 表紙には、「キング・クリムゾン」「KING CRIMSON」の文字が大書きされ、同 グループの著名なジャケット写真がデザインとして用いられており、「キング・クリムゾ ン」の名称やジャケット写真によって「キング・クリムゾン」に関する書籍であることを 購入者の視覚に訴え印象付ける装丁になっていることが明らかである。 《中 略》 3 前記のとおり、本件書籍は「キング・クリムゾン」及び被控訴人を含む音楽家につい て収集したその成育過程や活動内容等の情報を選択、整理し、その全作品を網羅した情報 として愛好家に提供しようとするものであり、作品紹介が中心部分を占め、全ての作品に ついてジャケット写真が掲載されている。前記認定にかかる本件書籍の発行の趣旨、目的、 書籍の体裁、作品紹介欄の構成等からすると、これらのジャケット写真は、被控訴人本人 や「キング・クリムゾン」の構成員の肖像写真が使用されているものを含めて、いずれも が各レコード等を視覚面から表示するものとして掲載され、作品概要及び解説と相まって 当該レコード等を読者に紹介し強く印象付ける目的で使用されているものとみるべきであ って、被控訴人本人や「キング・クリムゾン」の構成員を表示ないし印象付けることを主 たる目的として使用されているとみることはできない。また、これらジャケット写真は読 者の関心を当該レコード等に引き付けるとともに読者が当該レコード等を購入する際の識 別材料としての機能も果たしており、レコード等の販売宣伝上の機能を有していることを 無視することはできない。 4 以上を総合してみると、本件書籍に多数掲載されたジャケット写真は、それぞれのレ コード等を視覚的に表示するものとして掲載され、作品概要及び解説と相まって当該レコ ード等を読者に紹介し強く印象付ける目的で使用されているのであるから、被控訴人本人 や「キング・クリムゾン」の構成員の氏名や肖像写真が使用されていないものはもちろん のこと、これが使用されているもの(これがわずかであることは前記のとおりである。) であっても、氏名や肖像のパブリシティ価値を利用することを目的とするものであるとい うことはできない。  そうすると、本件書籍に使用された被控訴人を含む「キング・クリムゾン」の構成員の 肖像写真のうちパブリシティ価値の面から問題となるのは、伝記部分の五枚と、各作品紹 介の扉部分四頁に掲載されている肖像写真にすぎないことになるが、その掲載枚数はわず かであり、全体としてみれば本件書籍にこれらの肖像写真が占める質的な割合は低いと認 められ、本件書籍の発行の趣旨、目的、書籍の体裁及び頁数等に照らすと、これらの肖像 写真は被控訴人及び「キング・クリムゾン」の紹介等の一環として掲載されたものである と考えることができるから、これをもって被控訴人の氏名や肖像のパブリシティ価値に着 目しこれを利用することを目的とするものであるということはできない。 《中 略》 6 以上のとおり、本件書籍は被控訴人のパブリシティ価値を利用することを目的として 出版されたものということができず、被控訴人主張のパブリシティ権侵害の事実を認める ことはできないから、被控訴人の本件各請求は、その余の点について判断するまでもなく 理由がない。 第五 結 論  よって、原判決中、被控訴人の各請求を認容した部分はいずれも不当であるから、これ を取り消し、右取消しにかかる被控訴人の各請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につ き民事訴訟法六七条二項、六一条、六四条本文を適用して、主文のとおり判決する。 裁判長裁判官 新村正人    裁判官 生田瑞穂    裁判官 吉岡 薫