・東京高判平成11年3月18日判時1684号112頁  三国志V事件:控訴審。  控訴人(光栄:代理人・森本紘章、松田政行、早稲田祐美子、齋藤浩貴、谷田哲哉、山 崎卓也)が、被控訴人(技術評論社:代理人・片岡巌、志村新、椙山敬士、錦徹、藤田康 幸)に対して、コンピュータ用シミュレーションゲームプログラム「三国志V」に含まれ ているファイルに原告が予定した範囲外のデータを与えることを可能にした被控訴人のプ ログラムは、その同一性保持権および翻案権を侵害すると主張してされた差止・損害賠償 等請求を棄却した原審が維持された。 (第一審:東京地判平成7年7月14日、上告審:最判平成13年12月21日) ■ 判決文 ■  まず、控訴人のゲームに対する改変と同一性保持権について下記のように述べた。 「2 争点1に関する当裁判所の判断 (一)まず証拠と前記争いのない事実によれば、以下の事実関係を認めることができる。 (1)本件著作物には、プログラムとして、メインプログラム、データ登録用プログラム (控訴人登録プログラム)及びチェックルーティンプログラムが含まれ、データとして、 控訴人が既に作成済みのデータファイル及びユーザーが作成するデータファイルが含まれ ているところ、ユーザーが作成する新君主、新武将及びそれらの能力値のデータは、「NB DATA」というファイルに書き込まれる仕組みになっている(乙一三)。  出荷時の「NBDATA」は、何の能力値も設定されていないことを示すデータが書き 込まれているファイルとして提供されており(甲八、乙一)、そこに設定される能力値の最 大値は一〇〇であることが、本件著作物のスタートアップマニュアルに記載されている(甲 六、弁論の全趣旨)。 (2)本件著作物で、ユーザーによって設定される新君主、新武将の能力値及びあらかじ め記憶、蓄積されている既成の君主等の能力値のデータが、本件著作物中のメインプログ ラムに読み込まれ、これがプログラムの分岐要素となってゲームの次の処理が行われる(甲 六、乙二)。 (3)本件著作物において、新君主、新武将の能力値を一から一〇〇までと制限している のは、新君主、新武将の能力値の入力範囲を一から一〇〇までに制限するための記述があ る控訴人登録プログラム内蔵のチェックルーティンプログラムにおいてである(争いがな い。)。 (4)被控訴人プログラムは、控訴人登録プログラムに代わる別個のプログラムで、ユー ザーに提供されるデータ登録用プログラムである(争いがない。)。 (二)以上の事実関係を前提にして検討するに、「NBDATA」のデータは、本件著作物 におけるプログラム全体の流れによれば、控訴人登録プログラムによって入力され作成さ れるものであり、ユーザーが「NBDATA」上に作成した新君主、新武将のデータを用 いてゲームをしようとする場合には、本件著作物におけるプログラムは、本件著作物中の 既存のデータとともに「NBDATA」上のデータを解析してゲームを進行させることに なる。「NBDATA」上のデータは、本件著作物におけるプログラムが規定している一定 の書式に従って記載されるものと認められるが、この書式上のデータが本件著作物におけ るメインプログラムによって読み込まれ、同プログラムは次に移行すべき動作を解析する ものということができる。  したがって、「NBDATA」にデータが入力され記載されたときには、「NBDATA」 の書式は、その中の数値(パラメーター)を本件著作物におけるメインプログラムに渡す 役割を果たし、右プログラムの一部となって動作するものと認めるべきものである。そし て、右書式中に記載された数値も右プログラムに取り込まれ、これに包含されて動作内容 を規定するものとなるのであって、「NBDATA」に控訴人登録プログラムの使用以外の 方法によりこの数値を入力すること、さらには、この入力手段を提供することが、本件著 作物におけるプログラムの改変に当たるものと評価すべき場合のあることも、直ちに否定 することはできない。 (三)そこで、本件において、被控訴人プログラムに基づいて「NBDATA」にデータ を入力し、メインプログラムを作動させることが、本件著作物におけるプログラムの改変 に該当することになるか否かを検討する。 (1)まず、新君主、新武将の能力値の入力を一〇〇までに限定する控訴人登録プログラ ムを使用しないで「NBDATA」に能力値を入力する作業についてれば、「NBDATA」 自体はプログラムの著作物に当たるものではないので、本件著作物の同一性保持権の侵害 に当たるものではないことは明らかである。 (2)次に、一〇〇を超える能力値が入力された「NBDATA」を使用しメインプログ ラムを作動させることが、本件著作物の同一性保持権の侵害に当たか否かについては、本 件著作物がシミュレーションゲームに関するものであり、本来、その表現態様が種々に変 化することが予定されているものであって、メインプログラムの動作の枠内でという客観 的制約があるにしても、ユーザーが自由に作動させることによりゲーム展開が千変万化す るものであることから、本件著作物の表現がいかなる範囲まで包含するものであるのかが 明らかにされないままに、一〇〇を超える能力値が使用されることのみをもって、直ちに 同一性保持権の侵害に当たるものと認めることはできない。 (3)そこで、本件著作物が表現する範囲についての検討が必要となるが、この関係で、 控訴人は、「NBDATA」のデータ入力範囲を限定した配慮の一つにゲームバランスがあ ると主張し、この主張の当否によっては、本件著作物の表現の範囲も明らかになる可能性 があり得る。しかしながら、本件ゲームはそのプログラムに従って種々様々に展開するも のであるところ、控訴人が主張するゲームバランスの具体的内容、すなわち、控訴人が主 張するゲームバランスを構成する本件著作物の具体的表現内容は、その主張によっても必 ずしも明確ではなく、被控訴人プログラムによって「NBDATA」ファイルにおける能 力値が、控訴人登録プログラムによるものを超えて設定され、メインプログラムに渡され た場合の本件ゲーム展開により、どのように具体的に改変されるに至るのかの事実関係は、 本件全証拠によっても明らかではない。  控訴人は、本件著作物において、十分なゲームバランスに基づく魅力的なゲーム展開の 実現を意図したものであって、「NBDATA」に一〇〇を超える能力値を入力して本件ゲ ームをプレイすると控訴人の予定した範囲外のゲーム展開になると主張するところ、その ような内心の意図があったとしても、本件ゲームはもともとユーザーの自由な選択に基づ いて多様に展開することが特色となっているものであり、右主張のようなゲーム展開が具 体的にどのような範囲のものを指すのかは、客観的に明らかになっているとはいえない。 仮に、その範囲が、控訴人プログラムにより新君主、新武将の能力値一〇〇までを「NB DATA」に入力した場合に表現される範囲に限られる旨の主張であると解しても、後記 のとおり、「NBDATA」に一〇〇を超える能力値が入力された場合でも、極端な能力値 が入力されたときを除いては、メインプログラムがこれを受け容れて動作し、ユーザーの 自由な選択に基づく作動に従ってゲームが様々に展開していくものであり、一〇〇を超え る能力値を入力した場合のゲーム展開が、能力値一〇〇以内である場合のそれと明確な善 異があるとは認め難い。したがって、控訴人の右主張をもってしても、本件著作物の具体 的表現がどのように改変されるに至るかの事実関係が明らかになるものではない。 (4)以下、右の結論に至った理由を、更に控訴人の主張との関係において説明する。 (ア)なるほど、証拠(甲二一、二五)及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人プログラム により一定限度を超えた能力値設定が行われた場合に、前記1(一)(1)のA、Bのよう なゲーム展開になることは認められる。しかしながら、この点も、次の理由により、被控 訴人プログラムによって本件著作物が改変されるものと認めるべき根拠とならないという べきである。  すなわち、本件著作物におけるプログラムには、一定限度を超えるデータを人力しよう としても受け付けないというチェックルーティンプログラムが控訴人登録プログラムに内 蔵されて組み込まれているが、控訴人登録プログラムを用いる以外の方法での新君主、新 武将の作成、登録を不可能にするガード、あるいは、控訴人登録プログラム以外のプログ ラムで作成された「NBDATA」の数値を受け付けないというガードは組み込まれてい ない(弁論の全趣旨)。本件著作物におけるプログラムは、控訴人登録プログラムを使用し ないで入力された「NBDATA」の数値も排斥せずに、すなわちガードを掛けないでそ のままメインプログラムのパラメーターとして受け付けて処理する仕組みになっている。 パーソナルコンピューター操作に慣れたユーザーは、当時一般に頒布されていた「エコロ ジー」(商品名)に代表されるようなMS−DOSのデバッグ汎用ツールを使用すれば、控訴人 登録プログラムを使用せずに新君主、新武将の作成、登録を行い、その能力値を入力する ことができるものであり、本件ゲームに限らず、新たなゲームキャラクターの作成方法を 解説する雑誌記事等も、本件著作物創作の平成四年より以前から一般に出回っていたこと が認められる(甲八、二七、乙一〇ないし一二)。  したがって、「NBDATA」における新君主、新武将の能力値を入力するのに、本件ゲ ームを購入したユーザーが控訴人登録プログラムを用いるか否かは、本件著作物における プログラムを作動させる際においては、ユーザーの自由になし得る範囲のものであったと いうべきである。旧来の著作物とは異なり、著作権法上の著作物として新しく加えられた コンピュータープログラムに対し、具体的にいかなる範囲の同一性保持権を認めるかにつ き一般的な共通認識が必ずしもない段階においては、著作者の意思表明もその範囲画定の 際の有力な事情となると解されるが、本件著作物におけるプログラムの右のような仕様か らみても、前述のように様々に展開するゲーム展開を処理するプログラムの改変禁止範囲 の限界(同一性保持権で保護されるべき範囲)についての著作権者である控訴人の意向は、 ユーザーに対して明確にかつ絶対的なものとしては伝わっていなかったというべきであり、 このことは、右プログラムの表現内容の範囲が客観的に明らかでないことを裏付けるもの である。 (イ)また、本件著作物のサブマニュアルに「(新君主、新武将の)各能力の最大値は10 0です。」と記載されていることが認められるが(甲六)、この記載自体で、本件著作物の 具体的表現の範囲が明らかにされているとはいえない。すなわち、本件著作物に添付のサ ブマニュアル「三國志英雄譚」において、「勝利に至るまでの決まったルートは、シミュレ ーションにはありません。プレイするたびに新しい方法が発見されます。……決まった道 筋はありません。先の見えない物語をあなた自身が創っていってください。」との記載があ り(乙二〇)、本件著作物のパッケージの裏面にも、「新君主に加えオリジナルの武将が6 0人も作成でき、自分だけの物語を楽しむことも可能です。」と記載されていることが認め られるところであって(甲一)、これらの記載も併せてみると、能力の最大値は100であ る旨の右サブマニュアルの記載が、ゲーム展開にいかなる意味を持つのかは、明らかでな い。 (ウ)これらの事情に、ゲーム展開の内容の上においても前述のように本件著作物のゲー ム展開についての具体的な表現内容が明らかでないことをも合わせてみると、本件著作物 の改変の対象が特定されているものということはできないといわざるを得ない。 (エ)なお、前記1(一)(1)の@、Cにおけるように被控訴人プログラムによって二二 八以上の能力値を入力した場合、本件ゲームが停止することがあることは、証拠(甲一〇、 一三、二九)及び弁論の全趣旨により認めることができる。しかしながら、この点は、新 君主、新武将の能力値の登録内容が本件ゲームのプログラムが正常に動作する範囲外のも のであったことの一時的現象である。この一時的現象により、再作動後のパーソナルコン ピューターの作動あるいは本件著作物の作動に影響を及ぼす場合には、本件プログラムを 改変するものと評価することも可能であろうが、本件においては、右@、Cによっても、 本件著作物におけるプログラム自体が改変されるものではないし,さらには右のような影 響が生じるものとも認めることはできない(ゲーム停止という事態が生じるに至ったのが、 控訴人が提供しているものではない被控訴人プログラムを使用して能力値を入力したユー ザーの行為によったものであることは、ユーザー自身で自覚し得るものであるから、ユー ザーの責任においてゲームを再開すれば足りるものである。)。  したがって、この現象が生じることをもってしても、被控訴人プログラムによる能力値 の設定が、本件著作物におけるプログラムによるゲーム展開の表現に関する本件著作物の 改変に当たるものということはできない。 (四)以上のとおりであるから、控訴人登録プログラムを使用せず被控訴人プログラムを 使用して「NBDATA」に能力値を入力することを可能にさせることをもって、本件著 作物の改変に当たるものする控訴人の主張は、その前提を欠くことになり、被控訴人プロ グラムが本件著作物を改変するものとは認めることができない。」  また、本件ゲームの著作物性については、以下のように判示した。 「2 争点2に関する当裁判所の判断 (一)まず、本件著作物は、いわゆるシミュレーションソフトの分野に属するゲームソフ トであり、ユーザーの思考の積重ねに主眼があるものということができ、そのプログラム によって表されるディスプレイ上の影像の流れを楽しむことに主眼をもっているものでな いということができる。そして、本件著作物におけるプログラムはフロッピーディスクに 記憶されてユーザーに供給されており(被控訴人プログラムが対応するNECのPC98 00シリーズ又はエプソンのPC286/386シリーズのパーソナルコンピューター用 の本件著作物は、三枚の2HDフロッピーディスクに収められて出荷されている。甲一、 乙一)、その中には影像及び効果音に関するプログラムのみならず、シミュレーションに関 するプログラムも含まれていることからすれば、ディスプレイに現れる影像及び効果音に 関するデータ容量は極めて限られたものとなっていることが明らかである。影像も連続的 なリアルな動きを持っているものではなく、静止画像が圧倒的に多い。本件ゲームで動画 画像が用いられているのは、軍事戦争場面など一部にとどまり、軍事戦争における戦闘シ ーン、一騎討ちシーンなどの個々の影像も、右のようにフロッピーディスクに収容できる 程度のデータ内容及びプログラムで動作させるため、定型データを利用するものとなって いて、同じ内容の定型的な画像及び効果音がたびたび現れるものにとどまっている(以上、 乙二六及び弁論の全趣旨)。そして、本件ゲームにおいては、ユーザーがシミュレーション により思考を練っている間は、静止画の画面構成の前で思考に専念できるよう配慮されて いるものというべきである。  以上の事実関係からみれば、本件ゲームは、映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的 効果を生じさせる方法で表現されているものとは認められず、本件著作物が、映画ないし これに類する著作物に該当するということはできない。  なお、本件ゲームの起動画面で文字の連続影像が現れ、効果音が聴取されるが、これは、 個々の影像とは独立のものであり、起動画面だけのものであるから、これらから、本件著 作物について映画としての著作物性を認めることはできない。 (二)控訴人は、本件著作物の視聴覚的表現は、著作権法二条一項一号所定のゲームの著 作物であると主張するが、著作権法にゲームの著作物そのものを定義づける規定はないの で、本件著作物につき、ゲームの著作物であるとして著作権侵害行為の有無を判断するこ とはできない。控訴人が主張するところは、要するに、映画の著作物に類似する著作権法 上保護すべき著作物であるというものと理解されるが、右(一)に判示したところによれ ば、本件著作物をもって、映画の著作物に類似する著作物に該当するものとは認められな いというべきである。」  そして、 「以上のとおりであり、その余の争点について判断するまでもなく、著作者人格権(同一 性保持権)に基づく控訴人の差止請求(原審からの請求)及び当審で追加された慰謝料請 求は、控訴人主張の改変の事実が認められないので理由がない。また、当審で追加された 著作財産権(翻案権)に基づく損害賠償請求も、控訴人が主張する著作物性が認められな いので理由がない。」として、控訴を棄却した。 (第一審:東京地判平成7年7月14日)