・大阪地判平成11年7月8日判時1731号116頁  「パンシロントリム」イラスト事件。  原告(ローランド・リュク・アンリ・ムーロン)は、本件著作物の著作者である訴外エ ー・エム・カッサンドル(A.M.Cassandre)の孫であり、本件著作物の著作権者である。  被告(ロート製薬株式会社)は、平成七年八月から販売を開始した胃腸薬「パンシロン トリム」(被告医薬品)の包装箱および同箱に収められた薬効・使用説明書に被告図柄を印 刷使用し、また、被告図柄を使用して右医薬品に係るチラシ、商品リーフレット、サンプ ル用小冊子、店頭ディスプレイ、店頭ポスター等の販促用資料を製作し、これらを頒布し、 幅広い広告宣伝活動を行っている。  判決は、原告著作物の現在の著作権者は原告であると認め、「被告図柄と原告著作物Cに 描かれている男性の図柄の間には、…の点で類似しており、そこにはなお原告著作物Cの 創作的表現が再生されているものというべきであるから、被告図柄においては右原告著作 物Cの内容及び形式を覚知させるに足るものを再生していると認められる。…以上よりす れば、被告図柄は、少なくとも原告著作物Cの二次著作物というべきである」と述べて、 二次著作物に関する原告の複製権の侵害を認めた上で、原告が提起した差止めおよび損害 賠償請求を認容した。  損害額としての使用料相当額の算定にあたって、被告の主張する定率方式と、原告の主 張する定額方式が争われたが、判決は定率方式を採用した。 (平成12年4月19日までに、被告ロート製薬が2000万円の解決金を支払い、将来 図柄を使用しないことで大阪高裁で和解した。) ■評釈等 五味由典・国士舘法学31号143頁(1999年) ■被告図柄による原告著作物の複製又は二次著作  「三 請求原因3(被告図柄による原告著作物の複製又は二次著作)について(争点三)  1 乙1、乙20いし22、証人廣瀬裕の証言によれば、次の事実が認められる。  (一)被告はデザイン会社であるコア・グラフィスに対し、平成七年三月三一日付けの 契約にて、被告医薬品のパッケージ、ラベル、パンフレット等のデザインの作成を委託し た。  (二)コア・グラフィスの代表者である廣瀬は、ペンタグラム社から発行されていた「I DEAS ON DESIGN」というデザイン集に所載のフレッチャー画(乙1の3) を参考にして被告図柄を作成した。右デザイン集には、「All rights reserved C Pentagram Design Limited 1986」との表示があった。  (三)右デザイン集には、フレッチャー画が掲載されている同じページの左肩部分に原 告著作物Cが登載されており、その下にフレッチャー画の説明として、「ロンドンのデザイ ナーズ アンド アートディレクターズ協会の二一周年記念に再登場。昔のデュボネの広 告でおなじみのキャラクターで、すでに引退していたのだが、盛装してお祝いに。オリジ ナルのアーティストは、カッサンドル。この新キャラクターも、大切なグラスを手離して いないことに、彼が満足してくれるといいのだが。」と記載されている。  (四)廣瀬は、被告医薬品の特徴である「弱った胃をイキイキ動かす」点をうまく表現 するために、フレッチャー画を参考として、被告図柄を作成した。  2 ところで、フレッチャー画と原告著作物Cとを比較すると、そこで描写されている 男性の姿は、@白黒かカラーか、A左向きか右向きか、B服装が縞模様のパンツ姿か青色 のスーツ姿かという違いがあるだけであって、原告著作物Cの特徴である■丸い山高帽を かぶった男性が力こぶを出すポーズで立っており、■大きく丸い眼球と小さな黒目と、細 い眉毛と、顔から鼻頭にかけて直線的な稜線を有することを特徴とする横顔が描かれ、■ 顔から上の部分は真横から見た描写であるのに対し、首から下の部分は斜め前方から見た 描写となっており、■身体の線が直線的に描かれ、■力こぶを出している腕と反対側の腕 を曲げて、手にワイングラスを持っている等の点において共通しているから、原告著作物 Cの内容及び形式を覚知させるに足るものを再生していることは明らかというべきであり、 しかもフレッチャー画が原告著作物Cに依拠して作成されたものであることは前記認定事 実のとおりであるから、フレッチャー画は少なくとも原告著作物Cの複製物であると認め られる。  3 そこで次に、被告図柄が原告著作物Cの複製物又は二次著作物であるか否かについ て検討する。  被告図柄は別紙目録一のとおり三つの図柄から構成され、検甲1によれば、これらの図 柄が三コマ漫画のように連続して、「弱った胃を、イキイキ動かし、スッキリさせる」こと を表現していると認められるから、被告図柄には原告著作物Cとは別個の創作性があるも のと認められる。  しかしながら、被告図柄と原告著作物Cに描かれている男性の図柄の間には、前記2の ■のうち丸い山高帽をかぶった男性が立っている点、■及び■の点において共通しており、 また、別紙目録一(二)(三)の被告図柄については■■のうち左右の肩から腕、手にかけ ての線で、さらに同(三)の被告図柄については■全部の点で類似しており、そこにはな お原告著作物Cの創作的表現が再生されているものというべきであるから、被告図柄にお いては右原告著作物Cの内容及び形式を覚知させるに足るものを再生していると認められ る。  そして、先に1で認定した事実からすれば、被告廣瀬は、原告著作物Cの複製物である フレッチャー画に依拠して被告図柄を作成したものと認められる。  以上よりすれば、被告図柄は、少なくとも原告著作物Cの二次著作物というべきである。 被告は、両者について種々の相違点を指摘するが、それらはいずれも複製物でないことの 根拠とはなり得ても、二次著作物性までをも否定する根拠とはなり得ない。  したがって、被告図柄を被告医薬品の包装箱等に使用した被告の行為は、二次著作物に 関する原告の複製権(著作権法28条、21条、11条)を侵害したものというべきであ る。」 ■損害額としての使用料相当額の算定方法  「4 このように当事者の主張及び証拠は、同じくキャラクター等の使用許諾に携わる 者の意見に基づいていながら食い違っており、一致した業界慣行を見出し難いが、この点 については次のように考えられる。  そもそもある商品を製造販売する者がその商品のためにある著作物を使用するのは、そ の著作物の顧客吸引力を商品の販売に利用しようとするからであり、著作物使用料は、こ の顧客吸引力の利用に対する対価であるということができる。ところで、■独自の識別力 を有していない商品について、その商品の包装箱や形状に知名度の高い著作物を用いて商 品の識別化を図る場合には、著作物の顧客吸引力が直接に商品価値に反映しているといえ るから、そのような使用形態の場合の使用料が定率方式を採ることになるのは合理的であ る。4(一)及び(三)の各証拠が指摘する商品化的使用の場合というのは、このような 場合を典型とするものということができる。  他方、■ある商品について、その宣伝広告にのみ有名な著作物を使用する場合には、そ れによって商品の顧客吸引力が高められたとはいえても、その効果は間接的で、著作物の 顧客吸引力の利用と商品の販売量とが比例すると見ることが合理的とはいえず、著作物の 利用度を販売量を基準に計ることができないことから、使用料として定額方式が選ばれる ことになるものと考えられ、4(一)及び(三)の各証拠が指摘する販促的使用の場合と いうのは、このような場合を典型とするものということができる。  また、■ある商品について著作物を使用する場合、包装箱に使用する場合にせよ宣伝広 告にのみ使用する場合にせよ、その著作物が有名でない場合には、やはりそれを使用する ことによる効果は間接的であるから、使用料として定額方式が選ばれることになるものと 考えられ、4(四)はこのようなケースに妥当するものと考えられる。  このような検討からすれば、■たとえ既に独自の識別力を有している著名な商品であっ ても、その包装箱に知名度の高い著作物を使用する場合には、商品独自の顧客吸引力と著 作物の顧客吸引力とが相俟って、全体としての商品の価値を構成すると見るべきであり、 著作物の利用度を販売量を基準に計ることができるものであるから、この場合も■と同様 に、使用料は定率方式によることが合理的である。そして、前記1で認定した事実からす れば、本件での被告図柄の被告医薬品への使用はこの類型に該当するということができる から、本件における使用料相当額の算定も、定率方式によることが相当である。」