・最判平成11年7月16日判時1686号104頁  「生理活性物質測定法」事件。  被上告人は、特許権(生理活性物質測定法)を有している。  上告人は、抽出液(上告人抽出液)およびこれを有効成分とする製剤(商品名「ローズ モルゲン注」。上告人製剤)につき薬事法に基づく製造承認を受け、上告人医薬品を製造 販売している。  上告人は、上告人医薬品を製造するに際し、品質規格の検定のために、カリクレイン様 物質産生阻害活性の確認試験として、上告人本件方法を使用している。  被上告人は、本訴において、上告人が本件方法を使用して上告人医薬品を製造した上販 売することは本件特許権の侵害に当たると主張して、(1)上告人抽出液の製造の差止め、 上告人製剤の製造販売の差止め及びこれらの宣伝広告の差止め、(2)上告人医薬品の廃 棄、(3)上告人製剤について健康保険法に基づき収載された薬価基準申請の取下げ、 (4)上告人医薬品について薬事法に基づき取得した製造承認の申請の取下げ及び右製造 承認によって得ている地位の第三者への承継、譲渡の禁止を求めている。  原審(大阪高裁)は、(一)本件方法は、本件発明の技術的範囲に属する、(二)本件 発明は、概念的には方法の発明であるが、本件方法が上告人医薬品の製造工程に組み込ま れ他の製造作業と不即不離の関係で用いられていることからすれば、実質的に物を生産す る方法の発明と同視することができ、本件特許権は、本件発明を用いて製造された物の販 売についても侵害としてその停止を求め得る効力を有すると判断した。その上で、被上告 人の請求(1)のうち、本件方法を用いた上告人抽出液の製造の差止め、本件方法を用い た上告人製剤の製造販売及び宣伝広告の差止め、(2)上告人医薬品の廃棄、(3)上告 人製剤について健康保険法に基づく薬価基準収載申請の取下げを求める限度で被上告人の 請求を認容し、その余の請求を棄却した。  これに対して、本判決は、下記のように述べて、原審の判断のうち(二)について破棄 自判した。すなわち、@方法の発明に関する特許権に基づき、右方法を使用して品質規格 を検定した物の製造販売の差止めを請求することはできないこと、A特許法100条2項 にいう「侵害の予防に必要な行為」は、差止請求権の行使を実効あらしめるものであって 差止請求権の実現のために必要な範囲内のものであることを要すること、B医薬品の品質 規格の検定が方法の発明に関する特許権を侵害する場合において、右医薬品についての薬 価基準収載申請の取下げが特許法100条2項にいう「侵害の予防に必要な行為」に当た らないことである。 ■評釈等 小橋馨・『平成11年度重要判例解説』(有斐閣、2000年)273頁 吉田和彦・NBL701号63頁(2000年) ■判決文  三 しかし、原審の判断のうち右(二)は是認することができない。その理由は、次の とおりである。  1 特許権者は、自己の特許権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その 侵害の差止めを請求することができるところ(特許法100条1項)、特許権者は、業と して特許発明の実施をする権利を専有するから(同法68条本文)、第三者が業として特 許発明を実施することは、特許権の侵害に当たる。そして、特許発明の実施とは、方法の 発明にあっては、その方法を使用する行為をいうから(同法2条3項2号)、特許権者は、 業として特許発明の方法を使用する者に対し、その方法を使用する行為の差止めを請求す ることができる。これに対し、物を生産する方法の発明にあっては、特許発明の実施とは、 その方法を使用する行為の外、その方法により生産した物を使用し、譲渡し、貸し渡し、 若しくは輸入し、又はその譲渡若しくは貸渡しの申出をする行為をいうから(同項3号)、 特許権者は、業としてこれらの行為を行う者に対し、これらの行為の差止めを請求するこ とができる。  2 方法の発明と物を生産する方法の発明とは、明文上判然と区別され、与えられる特 許権の効力も明確に異なっているのであるから、方法の発明と物を生産する方法の発明と を同視することはできないし、方法の発明に関する特許権に物を生産する方法の発明に関 する特許権と同様の効力を認めることもできない。そして、当該発明がいずれの発明に該 当するかは、まず、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて判定すべき ものである(同法70条1項参照)。  これを本件について見るに、本件明細書の特許請求の範囲第1項には、カリクレイン生 成阻害能の測定法が記載されているのであるから、本件発明が物を生産する方法の発明で はなく、方法の発明であることは明らかである。本件方法が上告人医薬品の製造工程に組 み込まれているとしても、本件発明を物を生産する方法の発明ということはできないし、 本件特許権に物を生産する方法の発明と同様の効力を認める根拠も見いだし難い。  3 本件方法は本件発明の技術的範囲に属するのであるから、上告人が上告人医薬品の 製造工程において本件方法を使用することは、本件特許権を侵害する行為に当たる。した がって、被上告人は、上告人に対し、特許法100条1項により、本件方法の使用の差止 めを請求することができる。しかし、本件発明は物を生産する方法の発明ではないから、 上告人が、上告人医薬品の製造工程において、本件方法を使用して品質規格の検定のため の確認試験をしているとしても、その製造及びその後の販売を、本件特許権を侵害する行 為に当たるということはできない。したがって、被上告人が、上告人に対し、上告人医薬 品の製造等の差止めを求める前記(1)の請求はすべて認容することができないものであ る(なお、本件訴訟の経過に徴すれば、右(1)の請求を、本件方法の使用の差止めを求 める趣旨を含むものと解することもできない。)。  4 特許法100条2項が、特許権者が差止請求権を行使するに際し請求することがで きる侵害の予防に必要な行為として、侵害の行為を組成した物(物を生産する方法の特許 発明にあっては、侵害の行為により生じた物を含む。)の廃棄と侵害の行為に供した設備 の除却を例示しているところからすれば、同項にいう「侵害の予防に必要な行為」とは、 特許発明の内容、現に行われ又は将来行われるおそれがある侵害行為の態様及び特許権者 が行使する差止請求権の具体的内容等に照らし、差止請求権の行使を実効あらしめるもの であって、かつ、それが差止請求権の実現のために必要な範囲内のものであることを要す るものと解するのが相当である。  これを本件について見るに、上告人医薬品が、侵害の行為に供した設備に当たらないこ とはもとより、侵害の行為を組成した物に当たるということもできない。また、本件発明 が方法の発明であり、侵害の行為が本件方法の使用行為であって、侵害差止請求としては 本件方法の使用の差止めを請求することができるにとどまることに照らし、上告人医薬品 の廃棄及び上告人製剤についての薬価基準収載申請の取下げは、差止請求権の実現のため に必要な範囲を超えることは明らかである。したがって、被上告人の上告人に対する前記 (2)及び(3)の請求も認容することができないものである。  四 そうすると、以上と異なる見解に立って、被上告人の前記(1)の請求の一部及び 同(2)(3)の請求を認容した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、 この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点に関する論旨は理由 があり、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、前記説示に照らせば、被上 告人の本件請求はすべて理由がないとした第一審判決は、結論において正当であるから、 右部分に対する被上告人の控訴を棄却すべきである。  よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 裁判長裁判官:福田 博    裁判官:河合伸一    裁判官:北川弘治    裁判官:亀山継夫    裁判官:梶谷 玄