・東京地判平成11年8月27日  ウイリアム・マテウッティCD事件。  原告(ウイリアム・マテウッティ)は、イタリアのオペラ歌手であり、被告(株式会社 東京プロムジカ)音楽プロデュースを業とし、海外のクラシックアーティストの来日公演 などを行っている会社である。  被告は、平成三年、原告を招聘してリサイタルを行い、原告は、日本国内で行われた右 リサイタルにおいて、アンコール曲として、ドニゼッティ作曲の「連隊の娘」より「ああ、 友よ、何と楽しい日」を歌唱した(以下「本件歌唱」という。)。  その際、被告は、右リサイタルを記録用に録音した。そして、被告は、平成八年に、本 件歌唱の右録音のほか他の一四人の歌手の曲を収録した「東京プロムジカ一〇周年記念C D」(10th Anniversary Present by TOKYO PROMUSICA)と題するCDを製作し(以下、 「本件CD」という。)、販売した。  本件は、原告が、被告に対し、「本件CDは、原告の実演の録音物を原告に無断で製作 したものである」と主張して、著作隣接権に基づいて、その製作、販売の禁止および被告 が保管している本件CDの廃棄を求めるとともに、著作隣接権の侵害による損害賠償を求 め、さらに、「本件CDは、その音質及び録音内容が劣悪であるから、本件CDの製作、 販売行為は、原告の歌手としての名誉を毀損するものである」と主張して、名誉毀損によ る損害賠償および謝罪広告の掲載を求めた事案である。  判決は下記のように判示して、原告の差止め、廃棄、損害賠償の各請求を認めた。 ◆黙示の許諾(争点1)  「2 右1認定の事実によると、被告は、平成八年五月に、原告に対して、本件CDに 本件歌唱を収録する旨記載した文書を送付し、原告は、その後一か月以内に、被告に連絡 を取らなかったのであるが、そうであるからといって、本件CDに本件歌唱を収録するこ とについて原告の許諾があったということができないことは明らかである。   右1認定の事実によると、原告は、本件CDが日本で販売されていることを知って、 同年七月に、被告に対して、本件CDの製作、販売に強く抗議する文書を送付し、右文書 に、原告の職業上の侵害が回復されない場合には被告からの連絡に一切応じない旨記載し、 その後も、本件CDの製作、販売を了解することなく、再度これに抗議する文書を被告に 送付しているものと認められる。なお、右1(二)BCの記載は、右1(二)の原告の文 書全体の内容に照らすと、本件CDを日本国内で販売することを許諾した趣旨であるとは 到底解されない。  したがって、原告が、世界市場で販売しないことを条件として本件CDの製作、販売を 黙示的に許諾したものと認めることは到底できず、その他、原告が本件CDの製作、販売 を許諾したものというべき事実は全く認められない。」 ◆名誉毀損(争点2)  「原告は、本件CDは、その音質及び録音内容が劣悪で、聴取者に原告の歌唱力が低い という誤解を与えるものであるから、本件CDの製作、販売は原告の名誉を毀損するもの であるとして、損害賠償及び名誉回復措置を請求する。  しかしながら、証拠(検甲一)によると、本件CDは、その音質及び録音内容が、原告 の歌唱力について誤った印象を与えるほど劣悪であるとは認められないから、本件CDの 製造、販売が、原告の名誉を毀損するものとは認められない。  そうすると、本訴請求のうち名誉侵害による損害賠償及び謝罪広告を求める請求につい ては、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。」 ◆損害額  「2 右1認定の事実によると、本件CDの製作販売によって、被告は、二〇万七六〇 六円の収入を得たことが認められるが、それは、本件CDの製作費用を下回っており、そ の他、被告が、本件CDの製作、販売によって得た利益の額を認めるに足りる証拠はない。  3 そこで、右1認定の事実と前記第二の一4の事実に基づき、原告が本件CDの製作、 販売に対して受けるべき対価の額について検討するに、本件CDは、小売価格としては約 二〇〇〇円相当のもので、一〇〇〇枚製作されたこと、本件CDの多くは無償で配布され たが、それは、被告にとって広告宣伝の効果があったものと推認されること、本件CDの 製作費用は五五万九〇〇〇円であったこと、本件CDは、本件歌唱のほか他の一四人の歌 手の曲が収録されていることなど諸般の事情を総合すると、原告が本件CDの製作、販売 に対して受けるべき対価の額は、一〇万円と認めるのが相当である。  4 原告が、本件訴訟の提起、維持のために弁護士である原告訴訟代理人らを選任した ことは当裁判所に顕著な事実であるところ、本件事案の性質、内容、審理の経過、訴訟の 結果及びその他の諸般の事情を考慮すると、二〇万円をもって、本件著作隣接権侵害行為 と相当因果関係のある損害(弁護士費用)として被告がこれを賠償する義務があると認め られる。」