・東京地判平成11年8月31日判時1702号145頁  「脱ゴーマニズム宣言」事件:第一審。  原告漫画家は「小林よしのり」のペンネームで活動する漫画家であり、「ゴーマニズム 宣言」シリーズである原告書籍(一)ないし(一四)の著者である。  被告らは、共同して、平成九年一一月一日、被告1(日本の戦争責任資料センター事務 局長)、被告2および被告東方出版株式会社をそれぞれ著者、発行者および発行所とする、 被告書籍「脱ゴーマニズム宣言 小林よしのりの「慰安婦」問題」の初版第一刷を出版発 行し、以後被告書籍を販売頒布している。  被告書籍においては、原告書籍の一部である漫画のカット(コマ割り)が、別紙採録状 況(一)ないし(四九)のとおり、採録されている。その原告カットのうち、いくつかに ついては、原告の著作物に対して、人物に目線を施し、手書き文字を書き加え、またはカ ットを配置し直すという変更をした上、被告書籍に採録されている。  本件は、原告が、原告の創作した漫画のカットを採録した書籍の著者、発行者および発 行所である被告らに対し、@右カットの採録は複製権の侵害である、A採録されたカット の一部は原告の意に反して改変されているから同一性保持権を侵害している、B被告書籍 の表題等は原告の漫画のそれと類似しているから被告書籍の出版等は不正競争行為に該当 すると主張して、被告書籍の出版、発行、販売、頒布の差止め及び損害賠償を求めている 事案である。  判決は、被告の行為は批評のための適法な引用にあたるとして、請求を棄却した。また、 改変については、著作権法20条2項4号にいう「やむを得ない改変」にあたるとして、 同一性保持権の侵害にあたらないとした。また、不正競争防止法に基づく請求についても 棄却した。 (控訴審:東京高判平成12年4月25日、上告審:最判平成14年4月26日) ■評釈等 大江修子・コピライト463号33頁(1999年) 和田光史・CIPICジャーナル94号67頁(1999年) 三浦正広・岡山商大法学論叢8号95頁(2000年) 村井麻衣子・北大法学51巻3号1133頁(2000年) ■判決文 ◆引用の該当性(争点1) ・1 適法な引用の要件  「著作権法三二条一項は、「公表された著作物は、引用して利用することができる。こ の場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研 究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものでなければならない。」と規定して いる。この規定は、著作権の保護を図りつつ、文化的所産としての著作物の公正な利用を 可能ならしめるための規定である。そして、このような規定の趣旨に鑑みると、同項にい う引用とは、報道、批評、研究等の目的で他人の著作物の全部又は一部を自己の著作物中 に採録するものであって、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する著作物(以 下「引用著作物」という。)と、引用されて利用される著作物(「被引用著作物」という。) を明瞭に区別して認識することができ(明瞭区別性)、かつ、両著作物の間に前者が主、 後者が従の関係にあるもの(付従性)をいうと解するのが相当である。」 ・2 原告書籍及び被告書籍 ・3 被告書籍中の原告カットに関する記述内容 ・4 原告カットの採録が被告書籍の読者に対して与える効果  「右3で認定した事実に前記第二の一3の事実と証拠(甲一ないし一五)を総合すると、 原告カットの採録は、いずれも被告書籍の関連記述中又はその前後で行われていること、 右採録が被告書籍の読者に対して与える効果は、それぞれ次のとおりであること、以上の 事実が認められる。」  「したがって、右各原告カットの採録は、被告書籍の読者に対して、被告論説の批評対 象に対応する原告カットを示しているということができる。」 ・5 被告書籍における原告カット採録の目的  「被告書籍の「あとがき」に「最後に、小林氏の漫画を、本人の了解なく大量に引用し たことをお断りしておきたい。相手の表現をまず正確に引用してからでないと、批判を厳 密に行えないため、漫画そのものを掲載しなければならなかったからだ。これは普通の文 章を批判する場合と同じで、他人の文章を歪曲して批判するなどしてはいけないのは当然 だ。正確に相手の表現を引用した上で批判するのが礼儀であり、その際、本人の了解が必 要ないのと同じだ。漫画を批判するとなると、文字だけではどうしても正確を期したこと にならない。画面そのものに含まれた多様な情報も引用する必然性がある。」との記載が あること(甲一)に右3、4で認定した事実を総合すると、被告書籍における原告カット の採録は、原告漫画に対する批評を目的としていると認められ、各原告カットのうち、右 と異なる目的で採録されているものが存在するとは認められない。」 ・6 明瞭区別性  「右2(一)及び(二)で認定したとおり、原告カットと被告論説は、漫画と論説とい う性質の異なる著作物であること、前記第二の一3のとおりカット1を除いては全て採録 カットの欄外に出典が表示されていること及び右4エAのとおり出典表示のないカット1 は原告漫画中に同旨のカットが多数使用されているものであるという事情があることを総 合すると、引用を含む著作物である被告書籍の表現形式上、引用著作物である被告論説と、 被引用著作物である原告カットを、明瞭に区別して認識することができるものというべき である。」 ・7 付従性  「(一)右2(一)で認定した事実及び前記第二の一3の事実によると、原告カットは、 最低でも見開き二頁の一話単位で、通常は八頁の一話単位で完結する原告漫画のごく一部 に過ぎず、原告カットはいずれもそれ自体が独立の漫画として読み物になるものではない。  (二)右(一)で述べたところに、右4の原告カットの採録が被告書籍の読者に対して 与える効果を総合すると、被告書籍中における原告カットの採録は、いずれも被告論説の 対象を明示し、その例証、資料を提示するなどして、被告論説の理解を助けるものであり、 他方、各原告カットがそれ自体完結した独立の読み物となるといった事情も存しないから、 引用著作物である被告論説と被引用著作物である原告カットの間には、被告論説が主、原 告カットが従という関係が成立しているものと認められる。」 ・8 原告の主張について  「原告は、適法な引用であるためには、引用について客観的な必要性又は必然性がなけ ればならないところ、被告書籍の内容は、原告の意見に対する批評であり、原告の絵に対 する批評ではないから、絵を含めた作品全体を引用する必要性又は必然性はない旨主張す る。  しかし、一般に著作物の引用は、右1で示した引用の要件を充たす限りにおいて、引用 著作物の著者が必要と考える範囲で行うことができるものであり、前記1の要件に加えて 引用が必要最小限度のものであることまで要求されるものではない。  また、漫画は、絵と文が不可分一体となった著作物であるところ、原告は、そのような 漫画によって自己の主張を展開しているのであるから、絵自体を批評の対象とする場合は もとより、原告の主張を批評の対象とする場合であっても、批評の対象を正確に示すには、 文のみならず、絵についても引用する必要があるというべきであり、絵自体を批評の対象 としていないから、絵について引用の必要がないということはできない。  さらに、証拠(甲九四、九五、一〇三ないし一〇五、一〇七、一〇九ないし一一二、乙 七ないし一一、一三)によると、漫画の内容を批評する場合に、絵を引用することなく批 評している例があることが認められるが、他方、絵を引用している例も多数存することが 認められるのであるから、漫画によって示された主張を批評する場合に、絵を引用するこ となく批評するのが一般的であるとか、そのような慣行が成立していると認めることもで きない。」  「9 以上述べたところを総合すると、被告書籍中の原告カットの採録は、いずれも著 作権法32条1項にいう引用の要件を充たすものであるから、原告の複製権侵害の主張は 理由がない。」 ◆改変と同一性保持権の侵害(争点2)  「右1を前提として、同一性保持権侵害の有無について検討する。  (一)著作権法20条2項は、著作者人格権の一つとして同一性保持権を定め、著作者 の意に反する著作物の変更、切除その他の改変を許さないことにより、その保護を図って いる。 著作権法20条2項4号は、「前三号に掲げるもののほか、著作物の性質並びにその利用 の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変」について、同条一項が適用され ないとしている。  そこで、右1(一)ないし(五)について、まず、著作権法20条1項にいう「改変」 に当たるかどうかについて判断し、「改変」に当たるものについては、次に、著作権法2 0条2項4号にいう「やむを得ないと認められる改変」に当たるかどうかについて判断す る。  (二)カット4について  (1)カット4における原カット(イ)に対する目隠しは、著作権法20条1項にいう 「改変」に当たるものである。  (2)原カット(イ)で漫画に描かれた人物は、原告漫画中でHIV訴訟原告団のうち の特定の人物であると明示されているところ(甲一五)、原カット(イ)中の右人物は、 同人がこれを見れば不快に感じる程度に醜く描写されているものと認められるから、同人 の人格的利益たる名誉感情を侵害するおそれが高いと考えられる。  このような場合、原著作物に相当な改変を施すことを許容しなければ、当該著作物を引 用する際に、引用者において右第三者の人格的利益を侵害するという危険を強いることと なり、さもなければ、当該著作物の引用を断念せざるをえない。  著作物の適正な利用の確保を目的とする著作権法20条2項の趣旨に鑑みると、右のよ うな場合に相当な方法で改変をすることは、著作権法20条2項4号にいう「やむを得な いと認められる改変」に当たると解するのが相当である。  しかるところ、描写された人物の両目部分に目隠しを施すという改変方法は、描写され た人物の権利を保護するために一般に広く行われている方法であり、原カット(イ)に目 隠しをすることによって目の部分が隠されたため名誉感情を侵害するおそれが低くなった ものということができる。また、右1(一)のとおり、被告書籍において目隠しは引用者 によることが明示されている。したがって、原カット(イ)に対する目隠しは、著作権法 20条2項4号にいう「やむを得ないと認められる改変」に当たるということができる。  (三)カット27について  カット27における原カット(ロ)に対する加筆のうち、原カット(ロ)内に位置する のは、文字の一部を丸で囲んだ線とこの丸を欄外に導く線の一部であり、右線があるとし ても、原カット(ロ)のもとの内容は完全に認識することができる。  また、右1(ニ)の被告書籍中の記述とともにカット27を見ると、右加筆が被告上杉 によるものであることは明らかであり、被告書籍の読者が、カット27の加筆部分を原告 著作物の一部であると誤解するおそれは存在しない。  そうすると、カット27における原カット(ロ)への右加筆は、著作権法20条1項に いう「改変」ということはできない。  (四)カット37について  (1)カット37原カット(ハ)の配置を変更したことは、著作権法20条1項にいう 「改変」に当たるものである。  (2)カット37において原カット(ハ)の配置が変更されたとしても、各コマを読む 順序に変更が生じる可能性はないものと認められる。  他方、前記第二の一3の事実に弁論の全趣旨を総合すると、被告書籍の本文部分「脱ゴ ーマニズム宣言」中の「14 慰安所を作ったのはダーレダp」の章の冒頭は、見出しの 表示の後の「ここで、元『慰安婦』の人たちが、漫奴隷と較べてどうだったか、もういち ど検討してみよう。」という導入部で始められており(別紙採録状況(三〇)参照)、右 見出しの表示及び導入部の後に、原カット(ハ)をそのままのコマ割りで引用するために 縮小すると、小さな文字で書かれた台詞部分が判読しにくくなるものと認められる。  以上の事実によると、右改変は著作権法20条2項4号にいう「やむを得ないと認めら れる改変」に当たるというべきである。  (五)カット53について  (1)カット53における原カット(ニ)に対する目隠しは、著作権法20条1項にい う「改変」に当たるものである。  なお、カット53について、原カット(ニ)の下から五分の三程度の部分が採録されて いる点は、原告著作物の一部を引用したに過ぎず、「改変」に当たるものではない。  (2)原カット(ニ)を含む原告書籍(一三)中の原告漫画「新ゴーマニズム宣言第3 7章」は、特定のテレビ番組を題材に取り上げたものであり、カット53において目隠し を施された原カット(ニ)中の人物も原告漫画中で特定され得るものである上、同人らが 原カット(ニ)を見れば不快に感じる程度に醜く描写されており、原カット(イ)と同様 に、原カット(ニ)も第三者の名誉感情を侵害するおそれが高いものであるということが できる。また、カット4の場合と同様に、目隠しという改変方法も相当なものであるとい うことができる上、右1(四)のとおり被告書籍において目隠しは引用者によることが明 示されている。したがって、カット53による原カット(ニ)の改変は、著作権法20条 2項4号にいう「やむを得ないと認められる改変」に当たるということができる。  (六)カット54について  (1)カット54における原カット(ホ)に対する目隠しは、著作権法20条1項にい う「改変」に当たるものである。  (2)原カット(ホ)は、原カット(ニ)と同様に、特定のテレビ番組を題材に取り上 げた原告漫画中のものであり、カット54において目隠しを施された原カット(ホ)中の 人物も原告漫画中で特定され得るものである上、同人が原カット(ホ)を見れば不快に感 じる程度に醜く描写されており、原カット(イ)及び同(ニ)と同様に、原カット(ホ) も第三者の名誉感情を侵害するおそれが高いものであるということができる。また、カッ ト4及び53の場合と同様に、目隠しという改変方法も相当なものであるということがで きる上、右1(五)のとおり被告書籍において目隠しは引用者によることが明示されてい る。したがって、カット54による原カット(ホ)の改変のうち目隠しは、著作権法20 条2項4号にいう「やむを得ないと認められる改変」に当たるということができる。  3 以上のとおり、原告カットにおける原カットに対する各改変は、著作権法20条2 項4号の「やむを得ないと認められる改変」に当たり、又は、同条1項の「改変」に当た らず、原告主張の同一性保持権侵害は認められない。」 ◆不正競争防止法に基づく請求について(争点3)  「(一)「脱ゴーマニズム宣言」は、被告書籍の表題であるので、被告書籍についての 商品表示であるということができるところ、「脱ゴーマニズム宣言」という表示は、原告 書籍の表題である「ゴーマニズム宣言」を含んでいる。  ところで、自己の商品表示に他人の商品等表示が含まれるとしても、それが、専ら商品 の内容、特徴等を表現するために用いられた場合は、他人の商品等表示と同一又は類似の ものを使用したとは認められないところ、「脱ゴーマニズム宣言」の「脱」は右2(二) のような意味であること、右3で認定した被告書籍の体裁及び右一2(二)で認定した被 告書籍の内容を総合すると、「脱ゴーマニズム宣言」のうち「ゴーマニズム宣言」の部分 は、被告書籍の内容を説明するために用いられたものであると認められるから、「脱ゴー マニズム宣言」が「ゴーマニズム宣言」を含むからといって、原告の商品等表示と同一又 は類似のものを使用したとは認められない。  また、「脱ゴーマニズム宣言」の表示は、原告書籍の表題の一部である「脱正義論」と は同一でもなければ類似でもない。  そして、他に「脱ゴーマニズム宣言」の表示が原告の商品等表示と同一又は類似のもの を使用したというべき事実は認められない。  (二)被告書籍の表紙及び背表紙には、右3認定のとおり、「小林よしのり」という表 示のあることが認められるが、これは、副題である「小林よしのりの『慰安婦』問題」の 一部として又は表紙上部の「これは、漫画家小林よしのりへの鎮魂の書である。」との記 載の一部としてそれぞれ表示されているものである。  表紙上部の「これは、漫画家小林よしのりへの鎮魂の書である。」との記載は、被告書 籍には別に表題及び副題が付されていることや右3で認定した被告書籍の体裁からすると、 被告書籍の商品表示ということはできない。  これに対し、副題である「小林よしのりの『慰安婦』問題」は、被告書籍の商品表示と いうことができるが、被告書籍には別に表題が付されていること、右3で認定した被告書 籍の体裁及び右一2(二)で認定した被告書籍の内容を総合すると、右副題のうち「小林 よしのり」の部分は、被告書籍の内容を説明するために用いられたものであると認められ るから、右副題が「小林よしのり」を含むからといって、原告の商品等表示と同一又は類 似のものを使用したとは認められない。」