・東京地判平成11年9月17日判決速報294号9019  「こどもちゃれんじすてっぷ」事件:第一審。  原告(S.S.、E.T.)は、言語の著作物たる「誰でもひとりで転ばずに乗れる ようになる自転車練習法」の共同著作者である。被告ら(株式会社ベネッセコーポレーシ ョン、株式会社エヌエイチケイソフトウェア)は、「こどもちゃれんじすてっぷ」ビデオ (1997年10月号)を製作販売した。  その際、被告ベネッセから委託を受けた被告エヌエイチケイにおいて、本件ビデオの製 作を担当していた訴外工藤文恵は、本件著作物の存在を知り、その著者に、本件ビデオの 自転車に乗れるこつを教えるコーナーの監修を依頼した。  原告は、契約にもとづく対価の請求、および不当利得請求をおこなった。  判決は、下記のように述べて請求を棄却した。 ・契約上の請求について  「原告らと被告ベネッセとの間において、被告ベネッセが原告らに対し本件著作物の利 用について相当額の対価を支払う旨の合意が成立したものというべき他の事実を認めるに 足りる証拠はない。…したがって、原告らと被告ベネッセの間の契約に基づく請求は理由 がない。」 ・不当利得返還請求について  まず、「本件著作物は、大人になってから自転車に乗れるようになった原告美惠子の体 験に基づいて、自転車の練習法について文と絵で記載した、全体で五〇頁の書籍で、次の ような構成になっていることが認められる。」  これに対して、「本件コーナーは、幼稚園の年中児に対して補助輪なしで自転車に乗れ るこつを教えるためのもので、自転車マンと男の子の対話によって進行すること、その内 容は別紙の本件コーナー欄記載のとおりであり、全体の時間は四分一七秒であること、以 上の事実が認められる。」  その上で両者を比較して以下のように述べた。  「3 以上認定したところに基づき、本件著作物と本件コーナーを対比して、本件コー ナーが本件著作物の翻案に当たるかどうかについて判断する。  (一)本件著作物は、原告美惠子の体験に基づいて自転車の練習法について文と絵で記 載したもので、読者は特に限定されていないのに対し、本件コーナーは、幼児向けに補助 輪なしで自転車に乗れるこつを教えるもので、自転車マンと男の子の対話によって進行す るという違いがある。  (二)本件著作物、本件コーナーともに、練習前の準備として、自転車の点検を取り上 げているが、練習前に自転車を点検するのは、それ自体としては当然のことである。そし て、本件著作物では、点検項目は、サドルの高さ、ハンドル、ブレーキ、タイヤの空気の 順で記載されているのに対し、本件コーナーでは、タイヤの空気、ハンドル、ブレーキ、 サドルの高さの順で点検を行っている上、その具体的な点検方法も異なっている。すなわ ち、本件著作物では、サドルの高さについては、サドルがいちばん低く固定されているか どうかという点検方法が記載されているのに対し、本件コーナーでは、足が地面にちゃん と着くかどうかという観点から点検を行っているし、ハンドルについても、本件著作物で は、ハンドルが前輪と直角に交わるように固定されているかどうかという点検方法が記載 されているのに対し、本件コーナーでは、そのような点検方法の指摘はない。また、ブレ ーキについても、本件著作物では、ブレーキが後輪前輪ともよく効くかどうかという記載 であるのに対し、本件コーナーでは、ブレーキのかけ方を説明するのみであり、タイヤの 空気についても、本件著作物では、タイヤの空気が抜けていないかどうかという記載であ るのに対し、本件コーナーでは、具体的に点検方法を説明している。なお、以上のような 点検項目は、自転車の点検項目としてはありふれたものである。  (三)本件著作物、本件コーナーともに、自転車の練習を、両足を蹴って自転車を走ら せ、それができるようになると、ペダルを蹴って進むという順序で行うことを述べている が、そのような自転車の練習方法自体は、アイデアであって、著作権法で保護されるもの ではない。  本件著作物では、まず、自転車に乗って、サドルに左右いずれへも傾かないように座る と、両足先を同時に地面から離しても、少しの間であれば、倒れないという状態について 記載し、その後、前輪と後輪が地面に接する点を結んだ線が真っ直ぐ前方に引き伸ばされ ているところを想定し、その先の方を見ることが重要であることが述べられているが、本 件コーナーでは、少し体を前に倒して、両足を地面から離す動作をすることを勧めており、 右のような目を向ける方向には触れられていない。  本件著作物では、両足で地面を蹴って自転車を発進させる場合の記載の中で、右に述べ た目を向ける方向についての記載があるが、本件コーナーでは、体をまっすぐにして前を 見るという当然の事項についての説明しかない。続いて、本件著作物、本件コーナーとも に、倒れそうになったときの運転方法について触れており、『左のブレーキをかけて、両 足を地面に着ける。』という点では、両者ともに同じことを述べているが、そのこと自体 は、あたりまえのことである上、具体的な表現はかなり異なっている。  本件著作物、本件コーナーともに、両足を蹴って自転車を走らせることができるように なると、ペダルを踏む次の段階へ進むとされているが、そのこと自体は、右のとおりアイ デアに過ぎない上、両者の具体的な表現はかなり異なっている。  本件著作物では、ペダルを踏む際に、上にあがっているほうのペダルを踏むことが記載 されているが、本件コーナーには、そのような説明はない。本件著作物、本件コーナーと もに、交互にペダルを踏むと述べているが、それは、ペダルの踏み方としてはあたりまえ のことであって、ペダルの踏み方を説明する以上、そのようにならざるを得ない。続いて、 本件著作物、本件コーナーともに、倒れそうになったときの対処の仕方と止まるときの方 法について述べているが、初めてペダルを踏んで進むことを説明する場合に触れるべき重 要な点がこの二点であることは明らかである。また、その内容においても、本件著作物と 本件コーナーでは、似かよった点があるが、そこで説明されていることは、自転車の運転 方法としては、広く知られている常識的な事項であるということができる。そして、両者 の具体的な表現は異なっている。  (四)以上述べたところを総合すると、本件コーナーが本件著作物の翻案に当たるとま で認めることはできない。」 (控訴審:東京高判平成12年3月29日)