・東京地判平成11年9月24日判時1707号139頁  都立大ネットワーク管理者事件。  本件は、原告3名が、被告2(東京都)の設置する東京都立大学の学生である被告1が 同大学の管理下にあるコンピュータシステム内に開設したホームページに掲載した文書が 原告らの名誉を毀損すると主張して、被告らに損害賠償ないし名誉回復措置を求めた事案 である。  判決は、都立大の情報教育担当職員である「ネットワークの管理者が名誉毀損文書が発 信されていることを現実に発生した事実であると認識した場合においても、右発信を妨げ るべき義務を被害者に対する関係においても負うのは、名誉毀損文書に該当すること、加 害行為の態様が甚だしく悪質であること及び被害の程度も甚大であることなどが一見して 明白であるような極めて例外的な場合に限られるというべきである」として、ネットワー ク管理者には、名誉毀損文書に該当するホームページを削除するための措置をとるべき義 務を負うとはいえないとした。これに対して、実際に発言をした被告1に対しては、一人 につき3000円の損害賠償請求を認容した。 ■評釈等 近江幸治・判例評論502号52頁(2000年) ■判決文 1 公然性  「本件文書は、本件ホームページ内に掲載されることにより、インターネットを経由し て不特定多数の人間がこれを閲覧することが可能な状態に置かれたものであるから、公然 性を有するものというべきである。……本件当時、原告らの氏名をキーワードとしてイン ターネットにおける検索サイトにより検索すれば、本件ホームページないし本件文書が検 索結果として出てくる蓋然性が極めて高かったものと認められ」る。 2 社会的評価の定価  「……本件文書の記載内容が真実であるかどうかにかかわらず、本件文書の掲載によっ て原告らの社会的評価は低下したものというべきである。」  「右1及び2によれば、被告丁原が本件ホームページに本件文書を掲載した行為は、本 件文書の記載内容が真実であるかどうかにかかわらず、原告らの名誉を毀損するという私 法上違法な行為であるというべきであり、被告丁原は、右行為により原告らに生じた損害 を賠償すべき義務を負うことになる。」 3 都立大担当職員が原告らとの関係で本件文書の削除義務を負うかどうか  「そして、前記認定事実によれば、教養部システムにおいても、条理上、各ホームペー ジに記載された情報については作成主体が責任を負うが、情報教育担当教員は社会通念上 許されないと判断した公開情報を除去することができるものと解される。」  「これと同様に、本件の教養部システム内部において情報教育担当教員が有する社会通 念上許されない内容の公開情報の削除権限も、被害者保護のために認められたものという よりは、教養部システム(ひいては都立大教育研究用情報処理システム)の信用を維持す るという都立大構成員全体の利益のために認められているものというべきである。  したがって、都立大職員である情報教育担当教員が社会通念上許されない内容の公開情 報の削除権限を有することからただちに、右情報教育担当教員が原告らに対する関係にお いて本件文書の削除義務を負うという結論を導き出すことはできないものというべきであ る。」  「(二)しかしながら、自ら管理するネットワークからインターネット経由で外部に情 報が流れる場合において、右の情報の流通を原因として外部の者に被害が生じたときであ っても、ネットワーク管理者は、常に外部の被害者に対して被害発生防止義務を負うこと がないとまでいうことはできない。管理者の被害発生防止義務の成否は、事柄の性質に応 じて、条理に従い、個別的ないし類型的に検討すべきものである。……刑罰法規や私法秩 序に反する状態が生じたからといって、そのことを知ったネットワークの管理者が被害者 との関係において被害の防止に向けた何らかの措置をとる義務が生じるかどうかは、問題 となった刑罰法規や私法秩序の内容によって異なると考えられ、事柄の性質に応じた検討 が不可欠である。犯罪行為であり、私法上も違法な行為であるからといって、当該情報の 存在を知った管理者に一律に当該情報を排除すべき義務を負わせるのは、事柄の性質によ っては無理があるからである。」  「(四)これに対して、名誉毀損行為は、犯罪行為であり、私法上も違法な行為ではあ るが、基本的には被害者と加害者の両名のみが利害関係を有する当事者であり、当事者以 外の一般人の利益を侵害するおそれも少なく、管理者においては当該文書が名誉毀損に当 たるかどうかの判断も困難なことが多いものである。このような点を考慮すると、加害者 でも被害者でもないエッとワーク管理者に対して、名誉毀損行為の被害者に被害が発生す ることを防止すべき私法上の義務を負わせることは、原則として適当ではないものという べきである。管理者においては、品位のない名誉毀損文書が発信されることによるネット ワーク全体の信用の定価を防止すべき義務をネットワーク内部の構成員に追うことはあっ ても、被害者を保護すべき私法秩序上の職責までは有しないとみるのが社会通念上相当で ある(なお、管理者が名誉毀損文書を削除するに当たり被害者の利益にも配慮した上で削 除の決断がされることが通常であろうが、このような削除権の行使は、いわば被害者に対 する道義上の義務の履行にすぎず、これを怠ると損害賠償義務を負うべき私法秩序上の義 務の履行とはいえないと解される。)。  そうであるとすれば、ネットワークの管理者が名誉毀損文書が発信されていることを現 実に発生した事実であると認識した場合においても、右発信を妨げるべき義務を被害者に 対する関係においても負うのは、名誉毀損文書に該当すること、加害行為の態様が甚だし く悪質であること及び被害の程度も甚大であることなどが一見して明白であるような極め て例外的な場合に限られるというべきである。  (五)本件加害行為は、本件文書が名誉毀損に当たるかどうかも、加害行為の態様の悪 質性も、被害の甚大性も、いずれもおよそ一見して明白であるとはいえないものというべ きであるから、都立大担当職員が本件ホームページに本件文書が掲載されたことを知った 時点において、被害者である原告らに対してこれを削除するための措置をとるべき私法上 の義務を負うものとはいえないというべきである。」  「(六)以上の説示によれば、原告らに対する関係においては、都立大担当職員が私法 上本件文書の削除義務を負わないことが明らかであるというべきであり、原告の被告東京 都に対する請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由がない。」 裁判長裁判官 野山 宏    裁判官 坂本宗一    裁判官 金築亜紀