・東京地判平成11年9月28日判時1695号115頁  新橋玉木屋事件。  原告は江戸風俗の資料画等を描く画家であり、昭和38年に本件原画を創作した。被告 (株式会社新橋玉木屋)は佃煮類の製造販売を営む会社であり、従前から、被告元絵をそ の包装紙、パンフレット、チラシ等に使用していたところ、昭和60年頃、グラフィック デザイナーに被告のキャラクターデザインの作成を依頼したところ、右グラフィックデザ イナーは、被告元絵に、消えかかった線をつなぎ、前後の荷箱の文字を「座ぜん豆」から 「津くだ煮」及び「玉木屋」に変更し、半纏の背に被告の家紋を入れるなどの修正を加え、 被告図柄を作成した。被告は、被告図柄を、被告のキャラクターデザインとして、朝日新 聞の夕刊の広告に使用したほか、被告の包装紙、パンフレット、チラシ等に使用している。  本件は、原告が、「被告図柄は、本件絵画に依拠して作成された被告元絵を修正したも ので、本件絵画の複製に当たるから、その使用は、本件絵画の複製権、同一性保持権およ び氏名表示権を侵害している」と主張して、複製権及び同一性保持権にもとづいて、被告 図柄の使用差止めおよび被告図柄を使用した包装紙等の廃棄を求めるとともに、右各権利 および氏名表示権の侵害にもとづく損害賠償ならびに同一性保持権および氏名表示権の侵 害にもとづく謝罪文の掲載を求めた事案である。  判決は、被告の行為は、原告の複製権、同一性保持権、および氏名表示権を侵害するも のと認めて、被告図柄の使用の差止め、被告の包装紙、パンフレット、チラシの廃棄、お よび400万円の損害賠償の各請求を認容した。 ■争 点 1 本件絵画の著作物性 2 被告図柄が本件絵画の複製か否か 3 損害の発生及び額 4 謝罪文の掲載 ■判決文 第四 当裁判所の判断 一 争点1について  被告は、本件絵画は本件原画の単なる模写であるから著作物性を有しない旨主張する。  本件絵画は、前記第二の一2のとおり本件原画を参考にして制作されたものである。し かしながら、証拠(甲一、七、九、乙八、検甲一の一)と弁論の全趣旨によると、@本件 原画及び本件絵画は、いずれも江戸時代の煮豆売りが荷箱を前後に下げた天秤棒を肩で担 ぎ右手で右天秤棒を持っている姿を描いたものであるが、本件原画は、後ろの荷箱の途中 から後ろの部分及び前の荷箱の右側の下半分の部分が描かれていないのに対し、本件絵画 は、煮豆売りの姿全体が描かれていること、A本件原画は、天秤棒が前の荷箱の上面の左 端にあり、また、人物の左足が後の荷箱に隠れて足首の下しか見えないのに対し、本件絵 画は、天秤棒が前の荷箱の上面の中央やや左よりの位置にあり、また、人物の左足のうち 太股及びすねの一部以外は後の荷箱に隠れていないなど、荷箱、天秤棒及び人物の位置関 係が異なっていること、B本件原画は、人物の描き方が、肩をいかり肩にし、太股を太く するなど全体として力強さを強調した表現になっているのに対し、本件絵画は、肩はなだ らかで、太股も太くなく、人物をそのまま自然に描いたものであること、C人物の各部位 の描写も、本件原画では右手の肘が袖に隠れているのに対し、本件絵画では右手の肘が見 えており、また、本件原画では顔は一切描かれていないのに対し、本件絵画では右の眉毛 らしきものが描かれているなどの違いがあること、以上の事実が認められる。これらの事 実によると、本件絵画は、本件原画をそのまま機械的に模写したものではないことは明ら かであって、本件絵画は、創作性を有するものと認められる。したがって、本件絵画に著 作物性を認めることができる。 二 争点2について  1 前記第二の一3のとおり、被告図柄は、被告の依頼を受けたグラフィックデザイナ ーが、被告元絵に、消えかかった線をつなぎ、前後の荷箱の文字を「座ぜん豆」から「津 くだ煮」及び「玉木屋」に変更し、半纏の背に被告の家紋を入れるなどの修正を加えて作 成したものである。  2 そこで、まず、被告元絵が本件絵画に依拠して制作され、かつ、被告元絵において 本件絵画の内容及び形式を覚知させるに足りるものが再製されているかどうかを判断する。 (一)本件絵画と被告元絵を対比すると、次のようにいうことができる。 (1)全体の構成  本件絵画は、江戸時代の煮豆売りが、荷箱を前後に下げた天秤棒を肩で担ぎ、右手で右 天秤棒を持っている姿を描いたもので、人物は全体として右ななめ前を向いているが、人 物の両足は、右斜め前に向かうのではなく、横に平行に並び、人物の胴体の左側の一部並 びに左足の太股及びすねの一部は後ろの荷箱に隠れている。  被告元絵は、江戸時代の煮豆売りが、荷箱を前後に下げた天秤棒を肩で担ぎ、右手で右 天秤棒を持っている姿を描いたもので、人物は全体として右ななめ前を向いているが、人 物の両足は、右斜め前に向かうのではなく、横に平行に並び、人物の胴体の左側の一部並 びに左足の太股及びすねの一部は後ろの荷箱に隠れている。 (2)荷箱  本件絵画の荷箱は、人物の前後に二つあり、いずれも縦に長い直方体で、前の荷箱は、 上面が無地で、右の側面に、「座ぜん豆」の文字が書かれ、下部に横線が引かれ、後ろの 側面は、輪郭が複数の線で描かれ、上から面の途中まで縦線が数本引かれ、右縦線の上下 端にそれぞれ横線が数本引かれている。  後ろの荷箱は、上面が無地で、右の側面に「座ぜん豆」の文字が書かれ、下部に横線が 引かれ、後ろの側面は、無地で下部に横線が引かれている。それ以外の面は描かれていな い。  被告元絵の荷箱は、人物の前後に二つあり、いずれも縦に長い直方体で、前の荷箱は、 上面が無地で、右の側面に、「座ぜん豆」の文字が書かれ、下部に二本の横線が引かれ、 後ろの側面には、上から面の途中まで縦線が三本引かれ、その下端に横線が引かれている。  後ろの荷箱は、上面が無地で、右の側面に、「座ぜん豆」の文字が書かれ、下部に横線 が引かれ、後ろの荷箱の後ろの側面には、直線が消えかかっているような模様があり、下 部に横線が引かれている。それ以外の面は描かれていない。 (3)天秤棒   本件絵画の天秤棒は、細長い丸棒で、両端付近に二つの突起状のものがあり、荷箱の上 面で交差し右の側面の下部の横線の付近まで下がる二本の紐により、前後の荷箱の上面の 中央やや左よりの位置にそれぞれ固定されている。  被告元絵の天秤棒は、細長い丸棒で、荷箱の上面で交差し右の側面の下部の横線の付近 まで下がる二本の紐により、前後の荷箱の上面の中央やや左よりの位置にそれぞれ固定さ れている。 (4)人物の頭部  本件絵画の人物の頭部は、右後頭部が描かれているが、頭髪は、頭頂部の右側面には無 く、後ろで結わえられ、右耳の右にもみあげがあり、右耳から襟にかけて放物線を描いて 切り込まれている。顔面は右耳及び右の眉毛のみが描かれている。  被告元絵の人物の頭部は、右後頭部が描かれているが、頭髪は、頭頂部の右側面には無 く、後ろで結わえられ、右耳の右にもみあげがある。右耳から襟にかけての頭髪の形状は 斜め直線状に下っている。顔面は右耳以外は何も描かれていない。 (5)人物の胴部  本件絵画の人物は、背中の白い円の中に紋がある黒地の半纏を纏い、縦縞の模様の腰帯 を巻いている。半纏の背中の紋は、四角っぽい箱形で左右対称である。腰帯の下の衣服は、 白地で縦横の線があり、横線は、左から一本目と二本目の縦線の間にのみある。肩はなだ らかに自然に曲がっている。  被告元絵の人物は、背中の白い円の中に紋がある黒地の半纏を纏い、腰帯を巻いている が、腰帯の模様は判然としない。半纏の背中の紋も、判然としない。腰帯の下の衣服は、 白地で縦横の線があり、横線は、不規則に多数存する。肩はなだらかに自然に曲がってい る。 (6)人物の手  本件絵画の人物の右手は、右肘を曲げ、手首をやや傾けて、天秤棒を掴んでいるもので、 右肘から先が半纏の袖から露出し、右肘の部分に斜めの曲線が描かれている。右手の指は 全て描かれている。左手は描かれていない。  被告元絵の人物の右手は、右肘を曲げ、手首をやや傾けて、天秤棒を掴んでいるもので、 右肘から先が半纏の袖から露出し、右肘の部分に縦の線が描かれている。右手の指及び左 手は描かれていない。 (7)人物の足  本件絵画の人物の足は、両足がほぼ真横に平行に並び、いずれの足も太股は太くなく、 膝がやや曲がり、両膝が曲線で描かれ、膝のくぼみが曲線で描かれ、上下にリボン状の結 び目がある脚袢を着け、わらじを履き、足の指は、右足は全部、左足は親指のみが描かれ ている。  被告元絵の人物の足は、両足がほぼ真横に平行に並び、いずれの足も太股は太くなく、 膝がやや曲がり、膝のくぼみが曲線で描かれ、脚袢らしきものを着け、わらじらしきもの を履き、足の指は描かれていない。脚袢の上下にリボン状の結び目があるとまでいうこと はできない。 (二)右(一)認定の事実によると、被告元絵は、本件絵画と、基本的な構図のみならず、 その細部に至るまで極めて多くの類似点を有し、本件絵画と酷似しているものと認められる。  被告元絵は、本件絵画と比べた場合、前記第三の二2被告の主張(二)(2)アないし キの違いがあるほか、右(一)で認定したような違いがある。しかし、これらは、いずれ も細かい点である上、被告元絵は、本件絵画と比べた場合、細部が表現されておらず、本 件絵画では複数の線で表現されている部分が太い一本の線で表現されるなどしており、そ のために生じた違いということができる部分も少なくない。 (三)右(二)のとおり、被告元絵は本件絵画に酷似しているところ、このようなことは 本件絵画に依拠したのでなければおよそ考えられないこと、前記第二の一2のとおり、本 件絵画は、昭和三八年に制作、出版されているが、被告が被告元絵を昭和三八年より前か ら使用していたことを認めるに足りる証拠はないこと等を総合すると、被告元絵は、昭和 三八年以降に、本件絵画に依拠して作成されたものと認めることができる。  被告は、被告元絵は、被告の創業間もない江戸時代後期に作成されたものであり、本件 絵画に依拠して作成されたものではないと主張するが、この主張を採用することはできな い。  そして、右(二)のとおり、被告元絵は本件絵画に酷似していることからすると、被告 元絵において、本件絵画の内容及び形式を覚知させるに足りるものが再製されていると認 められる。 3 被告図柄は、前記1のとおり被告元絵に若干の修正を加えて作成されたものであるか ら、被告図柄は、本件絵画に依拠して、本件絵画の内容及び形式を覚知させるに足りるも のを再製したものと認められる。 4 したがって、被告図柄は本件絵画の複製であるということができるから、被告が被告 図柄を使用した広告、包装紙、パンフレット、チラシ等を製作する行為は本件絵画の複製 権を侵害するものということができる。  また、被告図柄は、本件絵画の前後の荷箱の文字を「座ぜん豆」から「津くだ煮」及び 「玉木屋」に変更し、半纏の背の紋に被告の家紋を入れるなどしているから、本件絵画を 改変したものであり、この改変は原告の同一性保持権を侵害するものということができる。  さらに、被告が被告図柄を広告、包装紙、パンフレット、チラシ等に使用する際に原告 の氏名を表示しなかったことは当事者間に争いがないところ、これは、原告の氏名表示権 を侵害するものということができる。 三 争点3について 1 証拠(甲五、八、乙一九)によると、次の事実が認められる。  原告は、平成八年二月ころ、被告が被告図柄を新聞の広告等に使用していることを知っ たことから、知人の宇田川東樹に相談し、被告との交渉を依頼した。  右宇田川は、被告に対し、同年三月、被告図柄が本件絵画を使用したものか尋ねる手紙 を送付し、同年四月、被告図柄の原作の確認を求めたところ、同年五月三〇日に、被告か ら、被告図柄の原画を探しているので待ってほしいとの連絡が入ったが、その後被告から 連絡がなかったことから、同年七月一一日付けで、被告に対し、内容証明郵便を送った。  右認定の事実に、前記二認定のとおり本件絵画と被告図柄は酷似しており、被告図柄が 本件絵画を複製したものであることは、それらを対比すれば容易に知り得ることを総合す ると、被告に右内容証明郵便が送られた同年七月ころには、被告は、被告図柄を使用して 広告等を製作することが本件絵画の複製権並びに同一性保持権及び氏名表示権を侵害する ことを知り得たものと認められる。  前記第二の一4の事実に証拠(乙二、一〇、検甲二ないし四)と弁論の全趣旨を総合す ると、被告は、平成八年七月以降本件口頭弁論終結時までの間において、被告図柄を使用 した広告を朝日新聞の夕刊に掲載したほか、被告図柄を使用した包装紙、パンフレット、 チラシ等を製作したものと認められる。  したがって、被告は、右時期以降の右各権利の右侵害行為によって生じた原告の損害を 賠償する責任がある。  なお、右時期より前の被告の故意又は過失については、これを認めるに足りる証拠はな い。 2 複製権の侵害による損害について  原告が、被告の過失が認められる平成八年七月から本件口頭弁論終結時までの間におい て本件絵画の複製権の行使について受けるべき対価の額について検討するに、右の期間が 約三年間であること、右1で認定した被告図柄の使用態様、前記第二の一1で認定した被 告の企業規模等の諸事情を考慮すると、原告が受けるべき対価の額は、三〇〇万円を下回 らないと認めることができる。 3 著作者人格権の侵害による損害について  原告は、被告による著作者人格権侵害行為によって、精神的苦痛を被ったものと認めら れる。  そして、本件に現われた諸般の事情、殊に、本件絵画に被告の名が記載されて広告等に 使用されたことを考慮すると、著作者人格権侵害による精神的苦痛に対する慰謝料の額は 一〇〇万円が相当というべきである。 四 争点4について  被告の著作者人格権侵害行為によって、原告の名誉声望、すなわち、原告の人格的価値 について社会から受ける客観的な評価が害されたとまで認めることはできないから、本訴 請求のうち謝罪文の掲載を求める請求は理由がない。 五 以上の次第で、原告の本訴請求は、主文掲記の限度で理由がある(遅延損害金の起算 日は、本件口頭弁論終結日とする。)。 東京地方裁判所民事第四七部 裁判長裁判官 森  義之    裁判官 榎戸 道也    裁判官 岡口 基一