・大阪地判平成11年10月7日判時1699号48頁  中古ゲームソフト事件〔大阪訴訟〕:第一審。  原告(カプコン、コナミ、スクウェア、ナムコ、ソニー・コンピュータエンタテインメ ント、セガ・エンタープライゼス)が、その製造販売するゲームソフトの中古品を販売す る被告(株式会社アクト、株式会社ライズ)に対して、著作権(頒布権)に基づいて、中 古品の販売の差止めおよび廃棄を求めた事案で、判決は、本件ゲームソフトが映画の著作 物であり、その中古品の販売は、その頒布権を侵害するものであると認めて、頒布の差止 め、および保有する中古品の廃棄を命じた。 (控訴審:大阪高判平成13年3月29日、上告審:最判平成14年4月25日) ■評釈等 石岡克俊・ジュリスト1170号277頁(2000年) 小倉秀夫・中山信弘編『知的財産権研究W』(東京布井出版、1999年)153頁 小畑明彦・CIPICジャーナル95号64頁(1999年) 土肥一史・『平成11年度「市民のための著作権講座」―著作物の利用と著作権制度―』 (著作権情報センター、2000年)75頁 大家重夫・特許研究29号34頁(2000年) 村井麻衣子・パテント53巻5号3頁(2000年) 三木茂・判例評論494号41頁(2000年) 盛岡一夫・発明97巻9号104頁(2000年) 村井麻衣子・北大法学51巻2号733頁(2000年) 高橋岩和・CIPICジャーナル104号23頁(2000年) 土肥一史・コピライト474号2頁(2000年) ■判決文 1 争点1(映画の著作物性)について  「右のとおり、著作権法上の『映画の著作物』には、劇場用映画のような本来的な意味 の映画以外のものも含まれるが、著作権法の規定に照らすと、映画の著作物として著作権 法上の保護を受けるためには、次の要件を満たす必要があると解される。  (一)映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現されてい ること(表現方法の要件)  (二)物に固定されていること(存在形式の要件)  (三)著作物であること(内容の要件)」 ・表現方法の要件  「『映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され』てい るとは、右に述べた『映画』と同様の視覚的又は視聴覚的効果を生じさせるもの、すなわ ち、多数の静止画像を映写幕、ブラウン管、液晶画面その他の物に急速に連続して順次投 影して、眼の残像現象を利用して、『映画』と類似した、動きのある影像として見せると いう視覚的効果、又は右に加えて影像に音声をシンクロナイズさせるという視聴覚的効果 をもって表現されている表現物をいうものと解するのが相当である。」  「現在我が国で製造、販売されているゲームソフトにも、影像や音声の面での表現内容 には種々のものがあるから、当該ゲームソフトが右にいう「映画の効果に類似する視覚的 又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され」た著作物に該当するか否かは、個別具体 的に判断すべきものと考えられる。  そこで、これを本件各ゲームソフトについて検討するに、証拠(検甲一ないし六)によ れば、本件各ゲームソフトは、それぞれ、全体が連続的な動画画像からなり、CG(コン ピュータ・グラフィックス)を駆使するなどして、動画の影像もリアルな連続的な動きを もったものであり、影像にシンクロナイズされた効果音や背景音楽とも相まって臨場感を 高めるなどの工夫がされており、一般の劇場用あるいはテレビ放映用のアニメーション映 画に準じるような視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現されているといって差 し支えない程度のものであることが認められる。したがって、本件各ゲームソフトは、い ずれも、著作権法2条3項にいう『映画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的効果を生じ させる方法で表現され』ているものというのに十分である。」 ・固定性の要件  「(一)著作権法は、映画の著作物についてのみ、『物に固定されていること』を要件 としている。これは、ベルヌ条約2条(2)の『もっとも、文学的及び美術的著作物の全 体又はその一若しくは二以上の種類について、それらの著作物が物に固定されていない限 り保護されないことを定める権能は、同盟国の立法に留保される。』との規定に対応する ものと考えられる。  そこで、右の固定性の要件の意義について検討すると、現行著作権法の制定に先立って 、昭和37年から昭和41年にかけて著作権制度の改正について審議した著作権制度審議 会において、映画の著作物について担当した第四小委員会は、主にテレビの生放送番組の 取扱いを念頭に置いて映画の著作物の固定性の要件について検討し、昭和40年5月、映 画的著作物をその効果、すなわち、影像の連続を感得せしめることによって著作物として 機能するという効果のみで捉えることは、現段階では問題が多いと考えられるとした上で、 『映画的著作物および映画に類似する方法で得た著作物とは、影像または影像および音の 固定物であって、それを用いることによって影像の連続が平面的に再現され得るものと考 えることとした。』旨の最終報告を発表し、右の報告の趣旨に沿って映画の著作物に固定 性の要件を必要とする著作権法案が作成され、これが現行著作権法として成立しているこ と、ベルヌ条約のストックホルム改正会議において、放送用映画の取扱いとともに、映画 の著作物について固定性の要件を要求するか否かについての議論があり、結局、前記のと おり、著作物一般について、固定性を要求するか否かは各国の立法に委ねることにされた こと、我が国著作権法において、著作物一般については固定性を要件とせず、映画の著作 物についてのみ固定性を要件としていることなどを併せ考えれば、著作権法上の映画の著 作物の要件としての固定性は、これを映画の著作物としての性質に関わるものと見るのは 相当でなく、むしろ、単に放送用映画の生放送番組の取扱いとの関係で、これを映画の著 作物に含ましめないための要件として設けられたものであると考えるべきである。そうす ると、右固定性の要件は、生成と同時に消滅していく連続影像を映画の著作物から排除す るために機能するものにすぎず、その存在、帰属等が明らかとなる形で何らかの媒体に固 定されているものであれば、右固定性の要件を充足すると解するのが相当である。  (二)被告らは、『物に固定されている』とは、著作物が何らかの方法により物と結び つくことにより、同一性を保ちながら存続し、かつ、著作物すなわち特定の表現(映画の 著作物でいえば連続影像群)を再現することが可能な状態をいうと主張する。しかし、ベ ルヌ条約上は、映画の著作物について固定性を保護の必要条件とはせず、物に固定されて いない映画の著作物を保護することは立法的に採用可能であること、前記のとおり、立法 過程における審議においては、固定性の要件はもっぱら生放送番組の取扱いとの関連で議 論されたものであること、その他、現行著作権法が特に被告らの主張するような意味内容 を映画の著作物の固定性の要件に担わせていると解すべき根拠も見当たらないことからす れば、被告らの主張は採用することはできない。  (三)そこで、右の固定性の点を本件各ゲームソフトについてみるに、前記第二の二3 の事実によれば、本件各ゲームソフトは、CDーROM中に収録されたプログラムに基づ いて抽出された影像についてのデータが、ディスプレイ上の指定された位置に順次表示さ れることによって、全体として連続した影像となって表現されるものであり、そのデータ はいずれもCDーROM中に記憶されているものであるから、右に述べたところの固定性 の要件に欠けるところはない。  (四)テレビゲームは、同一のゲームソフトを使用しても、プレイヤーによるコントロ ーラの具体的操作に応じて、画面上に表示される影像の内容や順序は、各回のプレイごと に異なるものとなるから、画面上に表示される具体的な影像の内容及び表示される順序が 一定のものとして固定されているわけではない。しかし、これらの影像及びそれに伴う音 声の変化は、当該ゲームソフトのプログラムによってあらかじめ設定された範囲のもので あるから、常に同一の影像及び音声が連続して現われないことをもって、物に固定されて いないということはできない。劇場用映画のように、映画フィルムを再生すれば常に同一 の連続影像が再現されるのでなければ、『物に固定されている』とはいえないと解すべき ものではない。」 ・著作物性  「したがって、本件各ゲームソフトを含むゲームソフトは、ゲームソフト自体が著作者 の統一的な思想・感情が創作的に表現されたものというべきであり、プレイヤーの操作に よって画面上に表示される具体的な影像の内容や順序が異なるといったことは、ゲームソ フトに「映画の著作物」としての著作物性を肯定することの妨げにはならないものという べきである。本件各ゲームソフトは、各回のプレイによって現出する連続影像が、被告ら が映画の著作物の要件として主張する『一本の映画全体を貫く思想又は感情を視聴者に伝 達する連続影像』に相当すると認めるに足るものである。  また、ゲームソフトの右のような性質からすれば、ゲームソフトは、プレイヤーのプレ イを待たずに完成した著作物というべきことが明らかであるから、未編集の映画フィルム と同視して論じることも相当ではない。」  「5 証拠(甲三六、三七)によれば、最近、インタラクティブ(双方向的)映画と呼 ばれる、あらかじめ決まった一連の動画影像ではなく、観客の反応に応じて画面上の動き、 表情、筋書き等が変化するという形で、複数用意された影像が選択されてストーリー展開 が変化するという形式の劇場用映画が試験的にではあるが現れていることが認められる。 右のように、現行著作権法の制定時に観念されていた劇場における映画の上映、あるいは、 放送媒体による一方的な送信形態による映画の公衆送信などとは異なる表現形式の著作物 が既に出現しているのであり、これらを映画の著作物の概念から除外する合理的な根拠な いし必要性があるとも考えられない。  したがって、右のような映画の著作物の現状に照らせば、ゲームソフト等のインタラク ティブな表現形式を取る著作物について、『映画の著作物』から排除すべき合理的な理由 はないというべきである。  6 以上によれば、本件各ゲームソフトは、著作権法上の『映画の著作物』に該当する ものというべきである。」 2 争点2(頒布権の有無)について  「1 著作権法は、『頒布』の意義を、『有償であるか又は無償であるかを問わず、複 製物を公衆に譲渡し、又は貸与することをいい、映画の著作物又は映画の著作物において 複製されている著作物にあっては、これらの著作物を公衆に提示することを目的として当 該映画の著作物の複製物を譲渡し、又は貸与することを含むものとする。』(2条1項1 9号)と定義するともに、映画の著作物について、著作権者が頒布権を専有する旨を定め ており(26条1項)、映画の著作物の中で頒布権を認めるものとそうでないものとの区 別をしていない。したがって、争点1で判断したとおり、本件各ゲームソフトが映画の著 作物に該当する以上は、著作権者である原告らは本件各ゲームソフトについて頒布権を有 することになる。」  「2(一)被告らは、映画の著作物にのみ頒布権という例外的取扱いが認められたのは、 映画の著作物の特殊性、とりわけその配給制度の保護要請が認められた結果であって、こ れにベルヌ条約の履行義務の実現が重なったものであり、配給制度を前提とする劇場用映 画としての特質を有しない表現物は『頒布権のある映画の著作物』には含まれない旨主張 する。」  「(四)しかし、前記認定の現行著作権法の制定の経緯から明らかなとおり、著作権法 は、配給制度とは直接の関係がないと考えられる放送用映画についても映画の著作物に含 まれることを予定して成立したものであり、前記の著作権制度審議会においても、配給制 度とは直接関連性を有しないと考えられるビデオテープについても頒布権が及ぶものとし て議論されていること、また、頒布権の前提となる『頒布』の概念について、著作権法は、 配給制度を前提とするものと考えられる『公衆に提示することを目的として当該映画の著 作物の複製物を譲渡し、又は貸与すること』のみならず、『有償であるか又は無償である かを問わず、複製物を公衆に譲渡し、又は貸与すること』をも含む概念として定義してい る(2条1項19号)ことなどからすれば、現行著作権法の解釈として、『頒布権のある 映画の著作物』の概念を、配給制度という慣行の存在する劇場用映画のみ、あるいは劇場 用映画の特質を備えるもののみに限定して解釈することは相当でないといわざるを得ない。  3 劇場用映画について配給制度の慣行が存在するという社会的事実を前提とした上で、 著作権法が映画の著作物について頒布権を認めたという事情が存在することは、前記のと おりである。劇場用映画は、オリジナル・フィルムを基にして複製されたプリント・フィ ルムを映画館において上映し、一度に多数の観客に鑑賞させるという形態で利用されるも のであり、個々の複製物が上映による多額の収益を生み出すという意味で高い経済的価値 を有し、その流通形態も、多数の複製物が需要者たる公衆に直接販売されるという流通形 態をとらず、前記のような配給制度という特殊な流通形態の慣行が行われてきたものであ る。  このような配給制度の存在という社会的事実を前提として、著作権法が映画の著作物の みに頒布権を認めた背景には、映画の著作物は、製作に多大な費用、時間及び労力を要す る反面、一度視聴されてしまえば視聴者に満足感を与え、同一人が繰り返し視聴すること が比較的少ないという特性が考慮されているものと考えられる。すなわち、右のような性 質を有する映画の著作物について、投下資本の回収の多様な機会を与えるために、上映権 及び頒布権を特に認めて、著作権者が対価を徴収できる制度を構築したものと考えられる。  現行著作権法の制定当時、テレビゲームは存在していなかったから、映画の著作物にゲ ームソフトのようなものが入ってくることは、予想されていなかったものである。しかし、 制定時以後の技術の進歩、メディアの発展や社会情勢の変化等に対応して、映画の著作物 として保護すべき著作物として新しい形態のメディアが現われることも当然のことである から、立法当初予定されていなかった種類の著作物であるからといって、これを排除すべ きものではなく、制度の立法趣旨を踏まえて、著作権法上の映画の著作物としての保護を 与えるに適したものか否かを、形式的な要件とともに実質的な側面からも判断すべきであ る。  テレビゲームのゲームソフトは、プロデューサー、ディレクター、キャラクター・デザ イン担当者、影像担当者、サウンド担当者、プログラマー、シナリオライター等多数の者 が組織的に製作に関与し、多額の費用と時間をかけて製作される場合も多く、この点では 劇場用映画に類似するものであり、右のような傾向は、ゲーム機の高性能化とも相まって 最近では一層顕著になってきており、ゲームの内容も影像・音楽の技術的な進歩による視 聴覚的表現方法の向上が著しく、映画との差が小さくなってきている(甲三二)。証拠 (甲一二)によれば、本件各ゲームソフトについてみても、その製作に多大な費用(本件 各ゲームソフトの宣伝広告費を除いた平均製作費は約九億五〇〇〇万円程度に達する。)、 時間及び労力を要したものであることが認められる。また、その反面、ゲームソフトは、 視聴者(需要者)に短時間(劇場用映画と比較すればその差はあるが)で満足感を与える ものである点も、劇場用映画と大きく異ならず、殊に人気ゲームソフトでは、新作発表後 二ないし三か月で中古品販売数量が新品販売数量を上回ることも少なくないというデータ があることが認められる(甲一二)。そうすると、ゲームソフトについて、その投下資本 の回収の多様な機会を与えることには合理性があり、これに対して頒布権を認めることも、 劇場用映画と比較すればあながち不合理であるともいえず、少なくとも、映画の著作物に 頒布権を認めた立法趣旨に照らして、頒布権のある映画の著作物として保護を受けるに値 する実質的な理由がないとはいえない。  4 昭和五九年に貸レコード業等をはじめとする著作物の複製物のレンタル業の発展に 対応するため、著作権法の改正により、著作権者に貸与権を認める旨の規定(二六条の二) が設けられた際に、映画の著作物については頒布権があることから貸与権の規定の適用を 除外されたが、当時、既に貸ビデオも存在したから、立法者は、ビデオソフトも映画の著 作物に入り、映画の著作物の頒布権によって規制できると考えていたことが明らかである。 したがって、現行著作権法は、配給制度によらず、多数の複製物が公衆に販売されるよう なものも映画の著作物に含まれることを前提としていると解さざるを得ない。その点から みても、ゲームソフトが頒布権のある映画の著作物に含まれると解することに不都合はな い。」 3 争点3(消尽等)について  「1 被告らは、映画の著作物の頒布権は、いったん適法に複製された複製物が適法に 譲渡された後は、当該複製物には及ばないものと解すべきであると主張する。  しかし、もともと、映画の著作物に頒布権が認められた背景には、前記のとおり、劇場 用映画についての配給制度という取引慣行があったという面があり、その趣旨からいって も、右頒布権は第一譲渡後も消尽しない権利として一般に解されてきたものであるところ、 著作権法の規定からみても、劇場用映画に限らず、映画の著作物の頒布権が第一譲渡によ って消尽するとの解釈は採り得ない。」  「4 本件各ゲームソフトを含むゲームソフトは、一般的に上映を目的として譲渡され るわけではなく、劇場用映画のように配給制度という流通形態をとるわけでもなく、多数 の複製物が一般消費者に販売されるものである。このようなものについて、映画の著作物 に該当するとの理由で、適法に複製された複製物がいったん流通に置かれ、一般消費者に 譲渡された後にも、著作権者が消尽しない頒布権を行使して流通をコントロールする立場 に立つことは、商品の自由な流通を阻害し、権利者に過大な保護を与えるように見えなく もない。しかし、争点2の判断で示したように、映画の著作物と認められるゲームソフト について、頒布権を認めて投下資本の回収の機会を保障することにも合理性がないわけで はなく、著作権法の規定上は消尽しない頒布権があると解さざるを得ない映画の著作物の うちから、ゲームソフトについて第一譲渡後の消尽を認めることは、解釈上十分な根拠が なく、採用することができない。」 4 結論  「以上によれば、本件各ゲームソフトは、いずれも映画の著作物に該当し、著作権者で ある原告らは本件各ゲームソフトについてそれぞれ頒布権を有し、しかも右頒布権は複製 物がいったん公衆に譲渡された後も消尽しないものというべきであるから、本件各ゲーム ソフトの中古ソフトを公衆に販売する被告らの行為は、原告らの頒布権を侵害する。  ゲームソフトについて著作権者が消尽しない頒布権を有するとすることについては、立 法論としては異論があり得ると思われる。しかし、当裁判所は、現行著作権法の解釈とし ては、右のように解するのが妥当であると判断するものである。  よって、原告らの請求はいずれも理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決す る。」 裁判長裁判官 小松 一雄    裁判官 渡部 勇次    裁判官 水上  周