・東京高判平成11年10月13日判決速報295号9101  もぐさピラミッドパワー事件:控訴審  控訴人(原審原告)が、被控訴人(原審被告・株式会社山正)に対して、控訴人が営業 秘密であると主張する、もぐさを用いた「ピラミッドパワー」の効能およびその製造方法 を不正使用したなどとして損害賠償等を求めた事案で、判決は、「『ピラミッドパワー』 の効能自体が、秘密として管理されている有用な情報に当たるものと認めることはできな い」として、控訴を棄却した。 (第一審:浦和地川越支判) ■判決文 第三 当裁判所の判断 一 当裁判所も、控訴人の本件各請求はいずれも理由がないものと判断する。  その理由は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決理由欄と同じであるから、これを 引用する。 1 原判決二〇頁二行目から同三行目にかけての「第四二号証、」の次に「第四四、第五一 号証、」を加える。 2 同二五頁八行目から二七頁一行目までを、次のとおりに改める。  「5 控訴人は、考案の名称を「鍼灸用もぐさ」とする実用新案登録第一七六八七四八 号の実用新案権(昭和五九年一二月二八日出願、平成元年五月一六日設定登録)及び考案 の名称を「灰収容体付もぐさ」とする実用新案登録第一八九〇六八一号の実用新案権(昭 和六二年一一月三〇日出願、平成四年三月九日設定登録)を得ているが、前者の実用新案 登録請求の範囲は「(請求項一)乾燥したよもぎの繊維及び/又は粉末を主体とする燃焼物 と、それに混合したでんぷん質の接着剤とから成り、一定の形状を備えたもぐさ体の外周 にアルミホイルその他より成る燃焼制御部材を巻回した鍼灸用もぐさ。(請求項二)燃焼制 御部材は全体に多数の通気孔を有する実用新案登録請求の範囲第一項記載の鍼灸用もぐさ。 (請求項三)燃焼制御部材は無孔の燃焼停止部材であり、もぐさ体の下端に巻回されてい る実用新案登録請求の範囲第一項又は第二項記載の鍼灸用もぐさ。」というものであり、後 者の実用新案登録請求の範囲は「(請求項一)適量のもぐさ3を固定し、その燃焼熱を皮膚 に伝える薄片状の基材1と、前記基材1上にもぐさ3をそれから離れて囲む容器状に設け られた、不燃性、難燃性の灰収容体2からなる灰収容体付もぐさ。(請求項二)基材1は下 面に接着面4を有する実用新案登録請求の範囲第一項記載の灰収容体付もぐさ。」というも のである。  また、控訴人は、無痕灸用台座及び無痕灸具の発明につき、平成二年一〇月一五日に特 許出願(特願平二ー二七五九七七号)をし、平成四年五月二五日の出願公開(特開平四ー 一五〇八五九号)を経て、平成九年一〇月三日に審査請求をしたが、未だ登録又は拒絶の 査定に至っていない。」 3 同三二頁七行目から三五頁五行目までを、次のとおりに改める。  「営業秘密とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有 用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう(不正競争防止 法(昭和九年法律第一四号)一条三項、不正競争防止法(平成五年法律第四七号)二条四 項)ところ、本訴において被控訴人らが不正取得した営業秘密に当たるとして、控訴人が 主張する事項は、「ピラミッドパワー」の効能及びその製造方法であり、その主張する製造 方法とは、具体的には、もぐさの量、糊で固める際の水加減、乾燥時間、台座の材質、厚 さ、固形もぐさの台座への接着方法である。  しかしながら、控訴人において被控訴人らが不正取得したと主張する「ピラミッドパワ ー」の効能が具体的にどのようなものを指しているのかは、その主張に係る温熱表(甲第 二九号証一一一頁)の記載及び原審における控訴人の本人尋問(第一、第二回)における 供述を参酌しても、必ずしも明確ではないものの、一般に、「ピラミッドパワー」のような 商品の効能は、積極的に宣伝広告する対象ではあっても、それ自体が秘密として管理され るような情報であるとは考え難いうえ、前示一の1(原判決二一頁二行目から二二頁二行 目)及び6(同二七頁二行目から同一〇行目)のとおり、控訴人は、四万円程度を支払う 者に対し「ピラミッドパワー」の秘伝を伝授し、療術師の認定をする旨の宣伝広告をして いたもので、現に、被控訴人小泉が、平成元年一一月に控訴人から「ピラミッドパワー」 の使用方法の説明を受け、かつ、「宗家秘伝」と題する書物とともに療術師の認定証も受領 しているところ、「ピラミッドパワー」の効能がその使用方法と密接に関係していることは 明らかであり、右「宗家秘伝」と題する書物(甲第二八号証)に、「穴(ツボ)」の意義と 関連させて「ピラミッドパワー」の効能についても記載してあることに照らすと、「ピラミ ッドパワー」の効能自体が、秘密として管理されている有用な情報に当たるものと認める ことはできない。  もぐさの量、台座の材質、厚さ、固形もぐさの台座への接着方法については、それらが、 控訴人の販売している商品としての「ピラミッドパワー」を取得し観察すればたやすく認 識し得る事項であることからして、秘密として管理されている有用な情報に当たるものと は認められない。  もぐさを糊で固める際の水加減及び乾燥時間は、固形もぐさの硬さに関係する要素であ るが、その硬さ自体は、商品としての「ピラミッドパワー」を取得し観察分析すればたや すく認識し得る事項であるうえ、もぐさの粉を水で溶いて糊で固形化し、乾燥させるその 固形化の方法が極めてありふれたものであって、前示水加減及び乾燥時間等は、所定の硬 さとの関係で適宜設定することが可能な程度のものと解されることからして、秘密として 管理されている有用な情報に当たると認めることはできない。  原審における控訴人本人尋問(第一、第二回)の結果中には、前示の各事項について、 特別の「こつ」、「ノウハウ」等があるかのように述べる部分があるが、該部分は具体性に 乏しく採用の限りではない。  したがって、控訴人主張の事項が営業秘密に当たると認めることはできず、そうすると、 被控訴人らによる不正取得した営業秘密の開示、取得、使用を原因とする控訴人の平成二 年法律第六六号による改正後の不正競争防止法(昭和九年法律第一四号)又は不正競争防 止法(平成五年法律第四七号)に基づく請求は、その余の点について判断するまでもなく 理由がない。」 4 同三六頁六行目の「その考案の」から同七行目の「明らかである。」までを、「その各 実用新案登録請求の範囲の記載に照らし、「つぼきゅう禅」が各考案の技術的範囲に属さず、 各実用新案権を侵害するものでないことは明らかである。」に改める。 5 同三七頁七行目の「右特徴は、」から三八頁一行目の「事柄であり、」までを、「「つぼ きゅう禅」の右各構成の一つ一つは、被控訴会社をはじめとする灸の製造の分野における 当業者に周知の事項であると認められ、そうすると、特許権又は実用新案権を侵害しない のであれば、商品として市場に流通する「ピラミッドパワー」を参考にして、それらの周 知事項を組み合せた構成を採用すること自体が、直ちに社会的相当性あるいは自由競争の 範囲を逸脱するともいい難く、」に改める。 二 よって、控訴人の各請求をいずれも棄却した原判決は正当であって、本件控訴は理由 がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法六一条、六七条 一項を適用して、主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第一三民事部 裁判長裁判官 田中 康久    裁判官 石原 直樹    裁判官 清水  節