・大阪高判平成11年10月14日判決速報297号9199  「タヒボ茶」事件:控訴審。  控訴人(被告・株式会社小谷穀粉)の製造販売する健康茶に使用された「タヒボの精」 なる商標と「タヒボ茶」なる表示が、被控訴人(原告・タヒボジャパン株式会社)の登録 商標に類似するとして、選択的に、(1)不正競争防止法2条1項1号、3条1項、4条、 あるいは(2)商標法37条1号、36条、民法709条にもとづき、被告商品の販売等 差止と損害賠償を求めた事案で、原審は、「タヒボ」は普通名称とはいえず、また、商品表 示としての周知性を取得しており、かつ誤認混同のおそれがあるとして請求を認めたが、 本件控訴審は、「タヒボ」は普通名称であるとして、原審判決を破棄したうえで、原告の各 請求をいずれも棄却した。 (第一審:大阪地判平成10年12月24日) ■判決文 第三 当裁判所の判断 一 不正競争防止法に基づく請求について 《中 略》 3 ところで、不正競争防止法11条1項1号にいう「商品若しくは営業の普通名称」と は、取引者・需要者において特定の商品又は役務を指す一般的名称として認識され通用し ているものをいい、その名称が原産地あるいは原材料名で表示されているときは、それが 特定の原産地や原材料を指すものと一般に認識される程度に表示されていれば足りるもの と解すべきであり、当該商品が新商品として開発されたものであるときは、名称の表示が 必ずしも正確な地名や学名を用いていない場合であっても、それを普通名称と認める妨げ にはならないものというべきである。  本件についてこれをみるに、原告商品の原材料は、正確な学名を「ノウゼンカズラ科タ ベブイア属アベラネダエ種」という樹木の内部樹皮であるが、ブラジルその他の南米諸国 では右樹皮の持つ特別な薬効を古代から珍重し、「神からの恵みの木」という意味を込めて 「タヒボ」と称しその細粉を茶として飲用することが民間に伝承されていたことは前記認 定のとおりである。原告は、こうした由来に基づき、右樹皮から製造した樹木茶の商品名 を定めるに当たり原材料である樹木の学名や南米各国での他の通称を採用せず、右伝承に 由来する俗称の一つである「タヒボ」を採用して「タヒボ」茶と命名したものと窺われる。  従って、原告商品の「タヒボ」なる名称は、商品の種類である茶の原材料を原産地での 俗称に倣って表示したものと認められ、タヒボ茶というのは、我が国の従来茶である「鳩 麦茶」「どくだみ茶」「アロエ茶」等と同種類の表示ということができる。  そして、原告商品が相当期間にわたり多額の費用を掛けて宣伝広告されることによって 健康雑誌等にも幾度も取り上げられ、健康食品に関心のある需要者間に広く知られるよう になったことも前記認定のとおりである。  そうであれば、「タヒボ」茶はブラジル北部を中心に生育する樹木の内部樹皮を原材料と する樹木茶の一種であり、「タヒボ」はその原材料を指す名称として使用されていることが、 遅くとも被告商品が発売された平成六年九月頃までには、健康食品に関心のある需要者一 般に認識され、それに伴い取引者にも一般に同様の認識が広がっていたものと推認される。  してみると、原告商品の「タヒボ」なる名称は、南米産の樹木茶の原材料を指す普通名 称であると認めるのが相当である。 4(一) 原告は、「タヒボ」が「ノウゼンカズラ科タベブイア属アベラネダエ種」の異名・ 別称であるとは植物の学術書には一切の記載がないし、南米各国で一般にもその俗称とし て通用している事実もないとして普通名称であることを否定する。  たしかに、熱帯植物研究会編「熱帯植物要覧」(第三版・平成三年九月発行、甲二四)に は「ノウゼンカズラ科タベブイア属アベラネダエ種」の異名としては「イペーロッショ」 のみが挙げられていて、「タヒボ」なる俗称のあることは記載されていないが、他方、サン パウロ大学農学部名誉教授の前記著書(乙二)や前記「ブラジル産薬用植物事典」(乙八) には「アベラネダエ種」に「タヒボ」なる俗称のあることが記載されていることは前記の とおりである。  そもそもある商品の原材料を示す名称が普通名称に当たるというためには、その名称が 植物の学術書に異名又は俗称として記載されていることを要するものではなく、一部の地 域あるいは一時期において俗称・通称として用いられていたにすぎないものでも、その後 特定の商品等を示す一般名称として広く通用するに至ったものは普通名称というに十分で あるし、全くの造語であっても普通名称という妨げになるものではないから、原告の右主 張は理由がない。  なお、乙二の著者である右教授は、原告からの指摘を受けて、ブラジルにおいて「タヒ ボ」なる名称の樹木の存在しないことを承認し、平成六年一二月に発行された右著書の改 訂版では「タヒボ」なる名称の使用を中止していることが認められる(甲二七の1・2、 三〇)が、右初版本の記述が全くの誤りであったとまでを自認しているとも見られない上、 「タヒボ」なる俗称が古代インカ帝国の時代に「ノウゼンカズラ科タベブイア属アベラネ ダエ種」を指すものとしてインディオにより用いられていたことは同教授自身も認めてい るところである(甲一、二七の二、乙六《甲三〇と同じ》の六二頁参照)。 (二) 原告は、原告商標の「タヒボ」(原判決別紙商標目録(二))は平成一〇年一二月二五 日に商標登録されたとして、「タヒボ」なる名称が普通名称でないことの根拠としている。  たしかに、甲六三・六四によれば、原告主張のとおりの商標登録がされたことは認めら れるが、特許庁の商標登録に関する判断が直接侵害訴訟における当裁判所の判断を左右す るものではないから、右登録の事実が前記判断を否定する根拠となるものではない。 5 右検討のとおり、被告商標「タヒボの精」及び被告表示「タヒボ茶」のうちいずれも 「タヒボ」なる名称は南米産の樹木茶の原材料を示す普通名称であり、被告商品にはこれ を通常の字体で表示しているのであるから、普通名称を「普通に用いられる方法で表示」 したものと認められ、結局、被告商標及び被告表示を使用することが不正競争に当たると いうことはできない。  従って、原告の不正競争防止法に基づく請求は、その余の点について判断するまでもな く、理由がなく棄却すべきである。 二 商標法に基づく請求について  商標法二六条一項二号にいう「普通名称」も前記一3と同旨に解するのが相当であると ころ、被告商標及び被告表示のうち「タヒボ」なる名称は「普通名称」と解すべきであっ て、これを被告商標及び被告表示に使用することは「普通に用いられる方法で表示」する ものと認められることも前記一3・5に判断したとおりであるから、右部分を除外した被 告商標及び被告表示は原告商標「Taheebo」に類似するものとはいえない。  従って、原告の商標権に基づく請求も、その余の点について判断するまでもなく、理由 がなく棄却すべきである。 第四 結論  以上の次第で、原告の本訴請求は棄却すべきところ、これと異なる原判決は失当である からこれを取り消すこととして、主文のとおり判決する。   (口頭弁論終結日 平成一一年七月一三日) 大阪高等裁判所第八民事部 裁判長裁判官 鳥越 健治    裁判官 小原 卓雄    裁判官 川神  裕