・東京地判平成11年10月18日判時1697号114頁  三島由紀夫書簡事件:第一審。  作家福島次郎氏が、故三島由紀夫氏との同性愛関係をつづった実名小説『三島由紀夫― 剣と寒紅』の中で、三島氏が福島氏にあてた未公表の手紙とはがき計15通を無断掲載し たことが著作権等の侵害にあたるとして、原告である三島氏の遺族2名(長女・長男)が、 被告(文芸春秋、福島次郎、和田宏)に出版の差止めなどを求めた事案で、判決は、本件 手紙の著作物性を認めたうえで、これを掲載したことが原告の複製権、および三島氏が生 存しているとしたならばその公表権の侵害に当たる違法な行為であるとして、被告に対し、 出版の差止め、書籍・印刷用紙型等の廃棄、合計500万円の損害賠償、および謝罪広告 を命じた。 (仮処分:東京地決平成10年3月31日、控訴審:東京高判平成12年5月23日、上 告審:最判平成12年11月9日) ■争 点 1 本件各手紙は著作物か。 2 被告らの行為は、不法行為を構成するか。損害額はいくらか。 3 謝罪広告の請求は認められるか。 ■判決文 第三 争点に対する判断 一 争点1(本件各手紙の著作物性)について 1 本件書籍は、被告福島が三島由紀夫との交際を中心に執筆した小説であり、三島由紀 夫と自己との関係を克明に叙述することによって、三島由紀夫の一面を描こうとする創作 意図の下に、執筆、発表した自伝的な告白小説である。本件書籍は、二八二頁からなり、 「序」、「第一章 家族の歯車」、「第二章 真夏の破局」、「第三章 『奔馬』への旅」、「第 四章 折れた帆柱」、「跋」により構成されている(甲一二)。  本件手紙@ないしIは、本件書籍「第三章 『奔馬』への旅」中に、本件手紙Jないし Nは「第四章 折れた帆柱」中に、それぞれ掲載されている。  本件各手紙の概要は、以下のとおりである(甲三、一二)。  本件手紙@には、被告福島から送られた同人執筆の小説に対する返事等が、本件手紙A には、被告福島からの手紙に対する返事等が、本件手紙Bには、三島由紀夫の文学的主題 や被告福島に対する小説執筆上の注意等が、本件手紙Cには、三島由紀夫の近況、四〇歳 を迎える心境等が、本件手紙Dには、被告福島が執筆した小説に対する感想、意見等が、 本件手紙Eには、三島由紀夫のニューヨーク滞在中の感想、近況等が、本件手紙Fには、 自作自演の映画「憂国」に関する所感等が、本件手紙Gには、被告福島の住む熊本を訪問 すること等が、本件手紙Hには、熊本行きの日程等が、本件手紙Iには、熊本滞在中のホ テルの手配に関する被告福島に対する依頼等が、本件手紙Jには、熊本訪問の感想等が、 本件手紙Kには、被告福島への依頼等が、本件手紙Lには、被告福島からの手紙に対する 返事、近況等が、本件手紙Mには、三島由紀夫の海外旅行中の近況等が、本件手紙Nには、 三島由紀夫の近況、被告福島に対する依頼等が、簡明に記載されている。  なお、本件手紙Dの全文を掲記すると以下のとおりである。 「前略、御作『はらから』やつと拝読しました。実は家の増築などで身辺ゴタ  し、仕 事もゴタ 、なか  ゆつくり落着いて拝読できず、どうせなら、気持の余裕のあるとき に熟読したはうがと思つてゐたので遅くなりました。テーマのよく消化された短篇で、よ く納得できるやうに書かれてゐます。性格描写としての兄弟の書き分けもたしかな筆づか ひで、特に冒頭の弟のせせつこましい性格のエピソードの積み重ねなど面白い。  しかしこの作品で不満なのは、それ以上のものがないことです。おしまひに急に姉が出 てくるのはいいが、肉親の宿命と愛憎が性的嗜好に端的に出てくるといふのはいいが、か ういふ題材は川端さん式にうんと飛躍して、透明化して扱ふか、それとも、逆に、うんと 心理的生理的に掘り下げて執拗に追究するか、どちらかです。洋子が隆次タイプと性的に ピタリと合ふといふのは説明だけで、『いかに合ふか』といふのが、文学的表現の一等むつ かしいところで、それをわからせて、実感させるのが、文学だと思ひます。  それから情景としては飛行場の近くといふところ面白いのですが、肝腎の飛行場が活用 されてゐない気がします、これはもつと趣深く使へる筈です。文章については、根本的に 短篇の文章といふ問題を考へ直してほしいと思ひます。これが短い簡単な話なのにゴタ   した印象を与へるのは、文章のためと、自然主義的描写法のためと、もう一つは、月並な 言ひ廻しのためです。13頁上段中頃の月の描写の月並さ、14頁下段の男神云々の表現、15 頁上段の『欲情の闇』『赤い歓喜の炎』『恋の女神』『青春の花』などの安つぽい表現、15 頁下段の『舞台装置のやうな』という比喩、16頁上段の( )の中の月並な感想など、・・・ みなこの作品の味をにぶくしてゐます。御再考を促したいと思ひます。もつともつと余計 なものを捨てること、まづ切り捨てることから学ぶこと、スッキリさせること、それから、 題材に対して飛躍したスカッとした視点を持つこと・・・さういふことが短篇を書く上で もつとも大切だと思ひます。  悪口を並べてしまひましたが、意のあるところを汲みとつて下さい。次の作品をたのし みにしてゐます。匆々」 2 著作権法上保護の対象となる著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであ って、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものであることを要し、これをもって足 りる。  本件各手紙は、いずれも、被告福島との往復書簡であり、特定の者に宛てられ、特定の 者を読み手として書かれたものであって、不特定多数の読者を想定した文芸作品とは性格 を異にする。しかし、本件各手紙には、単に時候の挨拶、返事、謝礼、依頼、指示などの 事務的な内容のみが記載されているのではなく、三島由紀夫の自己の作品に対する感慨、 抱負、被告福島の作品に対する感想、意見、折々の心情、人生観、世界観等が、文芸作品 とは異なり、飾らない言葉を用いて述べられている。本件各手紙は、いずれも、三島由紀 夫の思想又は感情を、個性的に表現したものであることは明らかである。以上のとおり、 本件各手紙には著作物性がある。  よって、三島由紀夫は、本件各手紙の著作者として、本件各手紙に係る公表権及び複製 権を有していた。 二 争点2(不法行為の成否、損害額)について 1 不法行為の成否  前記のとおりであるから、本件各手紙が掲載された本件書籍を出版した被告らの行為は、 本件各手紙に係る原告らの複製権を侵害する行為に該当し、また、「三島由紀夫が生存して いるとしたならばその公表権の侵害となるべき行為」(著作権法六〇条)に該当する。  被告福島は、本件各手紙が、三島由紀夫の未公表の手紙であり、これを本件書籍に掲載 して出版すれば、著作権を侵害することを認識していたものと認められるから、右複製権 の侵害行為及び著作権法六〇条の規定に違反する行為をするにつき、故意又は過失があっ たといえる。また、被告会社は大手の出版会社であり、被告和田は被告会社の第一出版局 長の職にあって、出版活動に従事していたのであるから、書籍を出版するに際して、他人 の著作権を侵害することがないよう注意すべき義務があったといえる。しかるに、右注意 義務を怠ったのであるから、右複製権の侵害及び著作権法六〇条の規定に違反する行為を するにつき、過失があったといえる。  したがって、被告らの行為は、右複製権を侵害し、また、著作権法六〇条の規定に違反 し、共同不法行為を構成する。 2 損害額  そこで、被告らの右複製権侵害及び著作権法六〇条の規定に違反する共同不法行為によ って生じた損害について検討する。原告らに生じた損害額は、以下のとおり算定するのが 相当である。  被告会社は、本件書籍を価額一四二九円(消費税を除く。)で、約九万冊(九万〇五二七 冊)を販売したこと、その販売総額は約一億三〇〇〇万円弱であること(甲一二、乙一)、 書籍を出版する場合の著作権の使用料は、販売額のおおむね一〇パーセントと解するのが 相当であること、さらに本件書籍中における本件各手紙の占める分量的割合、三島由紀夫 の執筆に係る本件各手紙の本件書籍に占める重要性等一切の事情を考慮すると、複製権侵 害によって、原告らに生じた損害額は、右販売総額のおおむね四パーセント弱に当たる五 〇〇万円と認めるのが相当である。  よって、原告らそれぞれが被った損害額は、右金額の二分の一に当たる二五〇万円とな る。  なお、原告らは、複製権侵害による損害は、被告会社が本件書籍を販売したことによる 利益額を基礎として算定すべきであると主張するが、原告ら自らは、書籍の出版を行って いないことに照らして、採用できない。さらに、著作権法六〇条の規定違反による損害を 認めることもできない。 三 争点3(名誉回復措置)について  前記のとおり、本件書籍を出版した被告らの行為は、「三島由紀夫が生存しているとした ならばその公表権の侵害となるべき行為」(著作権法六〇条)に該当する行為である。とこ ろで、@被告会社は、本件書籍を出版するに当たり、平成一〇年三月一四日付朝日新聞朝 刊の第二面に、五段抜きの大きさで、本件書籍の広告をしたり、被告会社の発行に係る「週 刊文春」の同月一二日号と同月一九日号に、延べ七頁にわたる特集記事を掲載したり、同 月二六日号の「週刊文春」に、一頁ほとんど全部を使って、全面広告を行ったりして、大々 的に宣伝広告を実施したこと(甲四ないし五(枝番号を省略する。以下同様とする。))、A 原告らは、被告らに対し、平成一〇年三月一四日付け内容証明郵便によって、本件書籍の 出版は、著作権を侵害する旨警告し、本件書籍の出版の中止、既に発行された本件書籍の 回収、損害賠償並びに朝日新聞及び週刊文春等本件書籍の広告を掲載した出版物への謝罪 広告の掲載を求めたにもかかわらず、被告らは、原告らの警告に従うことなく、著作権法 六〇条に違反する行為を継続したこと(甲七)、B本件書籍は、短期間であるが、九万冊を 超える部数が販売されたこと、C本件各手紙は、三島由紀夫と被告福島との間で、個人的 に交わされた私的な手紙であり、その文体、内容に照らし、およそ第三者への公表を念頭 に置かずに書かれたものであること、D被告らは、今日に至るまで、三島由紀夫の社会的 な名誉声望を回復するために適切な措置を採っていないこと等の事情を総合すると、三島 由紀夫の社会的な名誉声望を回復するためには、著作権法一一六条一項、一一五条により、 同人の名誉回復のための適当な措置として、広告文の掲載を命ずることが必要と解される。  そして、前記認定した本件に関する一切の事情を考慮すれば、名誉回復のために必要な 範囲の事実経過を広告文の内容として摘示、告知すれば足りるものと解される。したがっ て、別紙広告目録(二)二記載の内容の広告文を、同目録一記載の新聞に、同目録一記載の 条件で掲載するのを相当と解する。 四 以上のとおりであるから、原告らの請求は、主文の限度で理由がある。 東京地方裁判所民事第二九部 裁判長裁判官 飯村 敏明    裁判官 八木貴美子    裁判官 石村 智