・東京地判平成11年10月27日判時1701号157頁  書と照明器具カタログ事件:第一審  本件は、原告の著作に係る書(「雪月花」、「吉祥」、「遊」の各作品)が床の間の壁 面に配置された和室を撮影した写真を照明器具の宣伝広告用カタログに掲載した被告(オ ーデリック株式会社、株式会社ディー・エヌ・ピー・メディアクリエイト)の行為が、原 告の有する複製権、氏名表示権および同一性保持権を侵害したと主張して、原告が被告ら に対し、損害賠償を請求した事案。  判決は、「被告各カタログ中の原告各作品部分は、墨の濃淡、かすれ具合、筆の勢い等 の原告各作品における特徴的部分が実質的に同一であると覚知し得る程度に再現されてい るということはできないから、原告各作品の複製物であるということはできない」として 原告の請求を棄却した。 (控訴審:東京高判平成14年2月18日) ■判決文 第三 争点に対する判断 一 争点1(複製権侵害の成否)について 1 証拠(甲二、三、六、一〇、乙一、二八、二九)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以 下のとおりの事実が認められ、これに反する証拠はない。 《中 略》 2 以上認定した事実を基礎として、原告各作品を撮影した写真を、八年及び九年カタロ グに掲載した被告らの行為が、原告各作品の複製行為に当たるか否かについて検討する。  著作権法は、複製について、「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形 的に再製すること」をいうと規定する(著作権法二条一項一五号)。右複製というために は、原著作物に依拠して作成されたものが、原著作物の内容及び形式の特徴的部分を、一 般人に覚知させるに足りるものであることを要するのはいうまでもなく、この点は、写真 技術を用いて再製された場合であっても何ら変わることはない。  ところで、書は、本来情報伝達という実用的機能を有し、特定人の独占使用が許されな い文字を素材とするものであるが、他方、文字の選択、文字の形、大きさ、墨の濃淡、筆 の運びないし筆勢、文字相互の組合せによる構成等により、思想、感情を表現した美的要 素を備えるものであれば、筆者の個性的な表現が発揮されている美術の著作物として、著 作権の保護の対象となり得るものと考えられる。そこで、書について、その複製がされた か否かを判断するに当たっては、右の趣旨に照らして、書の創作的な表現部分が再現され ているかを基準としてすべきである。  この観点から、原告各作品と被告各カタログ中の原告各作品部分を対比する。  原告各作品は、前記のとおり、原告作品一については、「雪月花」の各文字を柔らかな 崩し字で、原告作品二については、「吉祥」の文字を肉太で直線的に、原告作品三につい ては、「遊」の文字を流麗な崩し字で、原告が、四〇センチメートルないし七、八〇セン チメートルの紙面上に、毛筆で書したものである。なお、本件において、原告各作品その ものは提出されていないので、細部の筆跡は必ずしも明らかでない(原告作品一及び二は、 被告各カタログ中の原告作品一及び二部分を拡大複写したものによって推認した。)。他 方、被告各カタログ中の原告各作品部分は、原告各作品が、紙面の大きさ六ミリメートル ないし二〇ミリメートル、文字の大きさ三ミリメートルないし八ミリメートルで撮影され ているが、通常の注意力を有する者がこれを観た場合、書かれた文字を識別することはで きるものの、墨の濃淡、かすれ具合、筆の勢い等、原告各作品の美的要素の基礎となる特 徴的部分を感得することは到底できないものと解される。  してみれば、被告各カタログ中の原告各作品部分は、墨の濃淡、かすれ具合、筆の勢い 等の原告各作品における特徴的部分が実質的に同一であると覚知し得る程度に再現されて いるということはできないから、原告各作品の複製物であるということはできない。  以上のとおり、原告の複製権が侵害されたことを理由とする原告の請求は理由がない。  なお、原告の氏名表示権侵害及び同一性保持権侵害の主張については、前記のとおり、 被告らの原告各作品の利用の態様が、原著作物の内容及び形式の特徴的部分を覚知させる ようなものでない以上、原告の氏名表示権及び同一性保持権による利益を損なうものと解 することはできず、結局、原告の右主張は失当ということになる。 二 よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないので、 主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第二九部 裁判長裁判官 飯村 敏明    裁判官 八木貴美子    裁判官 石村 智