・東京高判平成11年10月28日判時1701号146頁  「知恵蔵」事件:控訴審。  控訴人(原告)、被控訴人(被告・株式会社朝日新聞社)。  本件控訴審判決は、「本件レイアウト・フォーマット用紙自体に著作権法上保護される べき独立の著作権が成立するものと認めることはできない」と述べて、原告の請求を棄却 した原審を支持して控訴を棄却した(確定)。 (第一審:東京地判平成10年5月29日) ■判決文 一 前提事実の認定  本件業務委託契約締結の際、控訴人が示された知恵蔵の骨格の内容及び一九九〇年版か ら一九九三年版までの知恵蔵の紙面内容等は、原判決四三頁八行目から四七頁四行目まで に認定されているとおりである(ただし、四四頁七行目、四五頁五行目、六行目の「爛」 は「欄」の誤記)。 二 編集著作権に基づく請求について 1 著作権法にいう著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであるが、控訴人 が知恵蔵の素材であると主張する柱、ノンブル、ツメの態様、分野の見出し、項目、解説 本文等に使用された文字の大きさ、書体、使用された罫、約物の形状などが配置される本 件レイアウト・フォーマット用紙及び控訴人が知恵蔵の素材であると主張する柱、ノンブ ル、ツメの態様、分野の見出し、項目、解説本文等に使用された文字の大きさ、書体、使 用された罫、約物の形状は、編集著作物である知恵蔵の編集過程における紙面の割付け方 針を示すものであって、それが知恵蔵の編集過程を離れて独自の創作性を有し独自の表現 をもたらすものと認めるべき特段の事情のない限り、それ自体に独立して著作物性を認め ることはできない。控訴人の主位的請求原因が、一九九四年版と一九九五年版の知恵蔵に 使用されたレイアウト・フォーマット用紙は控訴人が制作を担当した本件レイアウト・フ ォーマット用紙の複製であることを前提とするものである以上、控訴人の主張も、本件レ イアウト・フォーマット用紙が、そのまま知恵蔵以外の他の書籍、特に被控訴人以外の出 版社刊行の書籍に使用されるものであることを前提にしているものでないことは明らかで ある。 (注)「柱」とは、版面の周辺の余白に印刷した見出しを意味する。   「ノンブル」とは、頁数を示す数字を意味する。   「ツメ」とは、検索の便宜のために辞書等の小口に印刷する一定の記号等を意味する。   「約物」とは、文字や数字以外の各種の記号活字の総称を意味する。  控訴人は、本件レイアウト・フォーマット用紙は被控訴人から独立したブックデザイナ ー固有の知的創作物である旨主張する。しかし、年度版用語辞典である知恵蔵のような編 集著作物の刊行までの間には、その前後は別として、企画、原稿作成、割付けなどの作業 が複合的に積み重ねられることは顕著な事実であるところ、本件における前記一認定の前 提事実に照らすと、本件レイアウト・フォーマット用紙の作成も、控訴人の知的活動の結 果であるということはいえても、それは、知恵蔵の刊行までの間の編集過程において示さ れた編集あるいは割付け作業のアイデアが視覚化された段階のものにとどまり、そこに、 選択され配列された分野別の「ニュートレンド」、「新語話題語」、「用語」等の解説記 事や図表・写真を中心とする編集著作物である知恵蔵とは別に、本件レイアウト・フォー マット用紙自体に著作権法上保護されるべき独立の著作権が成立するものと認めることは できない。 2 したがって、控訴人が本件レイアウト・フォーマット用紙の著作権を有することを前 提に、本件レイアウト・フォーマット用紙に基づく知恵蔵の紙面の割付け方針が控訴人の 編集著作物ないし控訴人と被控訴人との共有著作物であるとする控訴人の主張は理由がな く、これを前提とする主位的請求(利得償還請求及び損害賠償請求)も理由がなく、これ らの請求を棄却した原判決は相当である。 三 予備的請求について 1 予備的請求は、控訴人と被控訴人との間で本件業務委託契約が長期間にわたるもので あると合意されていたことを前提にし、一九九四年版及び一九九五年版知恵蔵についても 控訴人制作担当の本件レイアウト・フォーマット用紙及び本文基本デザインが使用された ので、両年版の知恵蔵出版の対価が控訴人に支払われるべきであるとするものである。  しかしながら、本件業務委託が、控訴人主張のように期間が限定されないで長期間にわ たるものとして締結され、一九九四年版及び一九九五年版の知恵蔵の編集にまで当然に及 ぶものとして合意されたことを認めるべき契約書などの客観的な証拠はなく、甲第四五号 証(陳述書)及び当審における控訴人本人尋問の結果によっても、これを認めるに足りな い。 2 控訴人は、@被控訴人の当時の担当者であった上田甚市郎編集長が「一〇年かけて 『知恵蔵』を育てるのでよろしく頼む」旨控訴人に述べたこと、A継続性が要求されてい る知恵蔵の性格、B被控訴人は、長期間の継続使用に耐え得るレイアウト・フォーマット 用紙を依頼したこと、C本件レイアウト・フォーマット用紙とそれに基づく本文基本デザ インが組版コンピューターにプログラミングされたことをもって、本件業務委託契約は、 一九九四年版及び一九九五年版のものにも当然に及ぶと主張するが、次に説示するとおり、 これら主張の各点によっても、本件業務委託契約が期間が限定されないで長期間にわたる ものとして締結されたものと認めることはできない。  @の点については、仮にこの趣旨の話しかけが当時の被控訴人の編集長から伝えられた としても、そこから知恵蔵にかける並々ならぬ決意を示すとともに控訴人に対し協力方を 要請して本件業務を委託したことが推認されるが、これをもって、被控訴人から本件業務 委託契約の存続期間が具体的に例えば一〇年間とする旨提示されたものと認めることはで きない。また、AないしCの点も、年度版用語辞典である知恵蔵について控訴人が制作担 当した本件レイアウト・フォーマット用紙を使用することが、ある程度の期間継続するも のと暗黙のうちに当事者間の念頭に置かれていたものと推測させる事情であるということ はできるものの、そこで推測される期間が具体的なものとして想定されていたということ はできない。控訴人制作の本件レイアウト・フォーマット用紙は、毎年の当事者間の話合 いにより、結果的には一九九〇年版から一九九三年版までの四年間にわたり使用されてき たものであるが、AないしCの点は、この期間を超える範囲にまで本件業務委託契約が当 然に存続すべきものと認めるべき事情とすることはできない。  なお、甲第一八ないし第二〇号証及び第二三号証によれば、被控訴人は、一九九四年版 の知恵蔵についても控訴人が制作担当した本件レイアウト・フォーマット用紙を使用した いと考えていたことが認められるが、控訴人の意向によりこれは実現しなかったものであ り(甲第二一号証の一、二及び弁論の全趣旨)、この間の経緯は、むしろ、各年度の知恵 蔵の編集のたびに、レイアウト・フォーマット用紙の選定について、控訴人と被控訴人と の間で話合いが行われるべきものと了解されていたことを推測させるものである。 3 他に、本件業務委託が、一九九四年版及び一九九五年版の知恵蔵の編集にまで及ぶも のとして合意されたことを認めるべき証拠はない。したがって、その余の点について判断 するまでもなく、予備的請求原因に基づく控訴人の請求も理由がない。 四 結論  よって、主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第一八民事部 裁判長裁判官 永井 紀昭    裁判官 塩月 秀平    裁判官 市川 正巳