・東京高判平成11年10月28日判決速報295号9102  「京王交通」事件:控訴審  被控訴人(京王交通八王子株式会社)、引受参加人(京王交通第三株式会社)がその旅 客自動車運送事業について本件表示あるいはこれを含む表示を使用することは、控訴人 (京王自動車株式会社)に対する不正競争防止法2条1項1号の定める不正競争に該当し、 被控訴人らの行為によって営業の混同が生ずると認められる以上、特段の事情がない限り、 控訴人は営業上の利益を侵害されるおそれがあると解するのが相当であると述べて、原審 判決を取り消して、被控訴人らに対して「京王」の文字の使用禁止を命じた。 (第一審:東京地八王子支判) ■判決文 理 由 第二 本件表示の周知性について  京王電鉄株式会社が国内においても有数の私鉄の一つであって、その経営に係る鉄道事 業が東京都心部と三多摩地区とを結ぶ重要な交通機関の一つであることは、当裁判所に顕 著な事実である(ちなみに、甲第一一一号証によれば、梅棹忠夫ほか監修「日本語大辞典」 (株式会社講談社平成元年一一月六日発行)の五八六頁五段には、「けいおうていと|で んてつ」の項において京王電鉄株式会社に関する記載があることが認められる。)。また、 京王電鉄株式会社を中核とする京王電鉄グループが東京都内において多角的な営業活動及 び広告活動を行っていること(いわゆる京王デパートは東京都内においても有数の百貨店 の一つであり、京王プラザホテルは東京都内においても有数のホテルの一つである。また、 京王バスは東京都内においても有数の路線バスの一つである。)も、当裁判所に顕著な事 実である。これらの事実の下では、京王電鉄グループによって使用されている本件表示は、 少なくとも京王電鉄株式会社の鉄道路線が走る地域を中心とする三多摩地区においてはよ く知られていることが明らかというべきであり、法二条一項一号の要件である周知性を有 していると解するのが相当である。  この点について、原判決は、三多摩地区において京王電鉄グループと系列関係を持たず に「京王」の名を冠して営業をしている企業等も少なからずある旨を説示し、これらの企 業の存在をもって、本件表示の周知性を弱くみる論拠としている。しかしながら、本件表 示が後記のように京王電鉄株式会社の前身である京王電気軌道株式会社の鉄道路線の始発 地として予定された東京都心部(新宿)と終着地として予定された八王子の地名の組合わ せから着想された造語であって、それ以外に由来の考えにくい用語であることに鑑みれば、 「京王」の文字を含む商号を使用する企業が三多摩地区に少なからず存在する事実は、同 地区における本件表示の周知性の強さを裏付けるものではあっても、これを弱めるもので はないというべきである(本件表示が「みやこの王様」という観念からも着想され得る造 語であるという被控訴人らの主張は、簡単には採用することができない。仮に本件表示か ら「みやこの王様」という観念が生じ得るとしても、同表示が京王電鉄グループと無関係 に容易に着想され得るとは思われない。)。 第三 営業の混同及び営業上の利益の侵害について  乙第一号証の四各証によれば、被控訴人らがその旅客自動車運送事業のための営業用自 動車に使用している表示は、「京王」及び「京王交通グループ」であることが認められる。 前者はいうまでもなく本件表示と同一であり、また、「交通」及び「グループ」が極めて 卑近な普通名称にすぎないことからすれば、「京王」の文字を含む後者は本件表示に類似 するというべきである。  そして、被控訴人らがその旅客自動車運送事業に本件表示あるいはこれを含む表示を使 用したことによって、平成五年五月から同七年一月にかけて、控訴人の旅客自動車運送事 業との間に営業の混同を生じた事例が複数回あったことは、原判決三七頁五行ないし三九 頁一〇行に説示されているとおりであると認められる。さらに、甲第七〇、第一〇九号証 によれば、平成八年二月から同一〇年一〇月にかけても、ほぼ同様の営業の混同を生じた 事例が複数回あったことが認められる。  以上の事実に加えて、被控訴人らの営業内容および事業区域が、控訴人の営業内容及び 事業区域と完全に重複することに鑑みれば、被控訴人らがその旅客自動車運送事業につい て本件表示あるいはこれを含む表示を使用すると、控訴人の旅客自動車運送事業との間に 営業の混同を生ずるおそれがあると認めるのが相当である。  右のとおりであるから、被控訴人らがその旅客自動車運送事業について本件表示あるい はこれを含む表示を使用することは、控訴人に対する法二条一項一号の定める不正競争に 該当する。  そして、右認定のとおり被控訴人らの行為によって営業の混同が生ずると認められる以 上、特段の事情がない限り、控訴人は営業上の利益を侵害されるおそれがあると解するの が相当である(最高裁昭和五四年オ第一四五号同五六年一〇月一三日第三小法廷判決・民 集三五巻七号一一二九頁参照)。しかし、本件においては、そのような特段の事情を認め るに足りる証拠はない。  以上のとおりであるから、控訴人の被控訴人らに対する請求のうち本判決の主文一、二 の項に相当する部分は、法三条一項及び二項の規定により、正当として認容すべきもので ある。  しかしながら、被控訴人が現商号を称すること自体が控訴人に対する不正競争に当たら ないことは明らかであるし、控訴人の営業上の利益に対する侵害を停止又は予防するため に被控訴人の商号の抹消登記をすることが必要であると解することもできないから、控訴 人の被控訴人に対する商号の抹消登記申請手続請求は、認容することができない。 第四 被控訴人らの先使用の抗弁について  被控訴人らは、京王交通株式会社は昭和三〇年からその旅客自動車運送事業に本件表示 を不正の目的でなく使用しており、本件表示が著名あるいは周知となったのは昭和三〇年 より後のことであるから、京王交通株式会社は本件表示を使用することについて先使用の 利益を有するとして、これを前提に、被控訴人らは京王交通株式会社を中核とする京王交 通グループに属する者として右利益を援用できる旨主張する。  しかしながら、甲第七、第九、第一八号証によれば、京王電鉄株式会社の前身である京 王電気軌道株式会社は大正二年四月に笹塚と調布との間の鉄道事業を開始し、大正一五年 一二月には新宿と八王子との間の鉄道路線を完成したこと(京王電気軌道株式会社の商号 は、同社の鉄道路線の始発地として予定された東京都心部(新宿)と終着地として予定さ れた八王子の地名の組合わせから着想されたことが明らかであって、同社は当初からその 鉄道路線に「京王」の文字を含む名称を使用していたものと推認される。)、京王電鉄株 式会社は昭和二三年六月に京王帝都電鉄株式会社の商号で設立されたことが認められ、こ れらの事実を前提にしてなお、本件表示が少なくとも三多摩地区において法二条一項一号 の要件である周知性を有するに至ったのが昭和三〇年より後であると認めさせる証拠は、 本件全証拠を検討しても見出すことができない。  のみならず、本件表示が前記のように東京都心部(新宿)と八王子の地名の組合わせか ら着想された造語であり、それ以外に由来の考えにくい用語である以上、その事業区域に 八王子が含まれていない京王交通株式会社が「京王」の文字を含む商号を採用するについ て、本件表示が有する信用力を利用する不正の目的がなかったと認めることもできない。 右のとおりであるから、その余の点を検討するまでもなく、被控訴人らの先使用の抗弁は 採用できないことが明らかである。 《中 略》 第六 以上のとおりであるから、控訴人の被控訴人に対する請求を全部棄却した原判決は 誤りというべきであって、維持することができない。よって、当審における控訴人の訴訟 引受けの申立て及び請求の変更に即して、控訴人の被控訴人らに対する請求を本判決の主 文一、二の項掲記の範囲で認容するとともに(ただし、これらに仮執行の宣言をすること は相当でないと認める。)、控訴人の被控訴人に対する抹消登記申請手続請求を棄却する こととし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六七条、六四条、六五条を適用して、主文 のとおり判決する。 (口頭弁論終結日 平成一一年七月一五日) 東京高等裁判所第六民事部 裁判長裁判官 山下 和明    裁判官 春日 民雄    裁判官 宍戸 充