・東京地判平成11年11月4日判時1706号119頁  「カビキラー」特許事件。  本件は、原告(花王株式会社)が被告(ジョンソンプロダクツ株式会社)に対し、被告 による家庭用かび取り剤(商品名「カビキラー」)の製造販売が原告の「芳香性液体漂白 剤組成物」に係る2件の特許権を侵害すると主張して、損害賠償および一部につき予備的 に不当利得の返還を求めた事案である。判決は、特許権の侵害を認めたうえで、損害額に つき、特許法102条3項にもとづき、被告製品の販売金額の1%が実施料相当額にあた ると認定し、2億7230万円の損害賠償を命じた。 ■評釈等 関智文・CIPICジャーナル111号56頁(2001年) ■判決文 第三 争点に対する判断 一 争点一について  《中 略》 4 以上によれば、本件被告製品は、本件特許発明一の構成要件(1)を充足するものであ り、本件特許発明一の技術的範囲に属すると認められる。 二 争点2について   《中 略》 3 以上によれば、本件被告製品は、本件特許発明二の構成要件(1)を充足するものであ り、本件特許発明二の技術的範囲に属すると認められる。 三 争点3(本件特許権二につき先使用による通常実施権の成否)について  《中 略》  したがって、先使用による通常実施権についての被告の主張は、採用することができな い。 四 争点4(公知技術であることなどを理由とする権利範囲の制限)について  特許の有効性については、専ら特許庁の審判手続により判断されるべきものであり、特 許権侵害訴訟における裁判所がこれを理由として特許権者の権利の行使を制限することは、 原則として許されないものというべきである。仮に、特許が明白に無効である場合には、 当該特許権に基づく差止め、損害賠償等の請求は権利濫用として許されないという見解を 是認し得るとしても、本件において、本件各特許権のいずれか又はその双方が明白に無効 であると認めるに足りる証拠はないから、本件各特許発明が公知又は当業者が容易に推考 できたことを理由に原告の請求が制限される旨の被告の主張は、いずれにしても理由がな い。  また、被告は、本件各特許発明の技術的範囲は実施例に限られるべきであるなどとも主 張する。しかし、特許発明の技術的範囲は明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定め るべきであるところ(特許法七〇条一項)、本件において、明細書のその余の記載や特許 出願手続の経過等から本件各特許発明の技術的範囲をこれよりも制限的に解すべき事情は 認められないものであり、被告の右主張を採用することはできない。 五 争点5(権利の濫用)について  被告は、本件の原告の請求は権利の濫用に当たると主張するが、原告の請求自体は特許 権という法律上認められた権利の行使であって、右権利行使が被告に対し害を加えること のみを目的とするものであると認めるべき事情は存在しない。被告が主張する事情は、原 告の請求が権利の濫用に当たることを根拠付けるものとはいえない。  右のとおり、権利濫用の点に関する被告の主張も、また、採用できない。 六 争点6(消滅時効の抗弁の成否。原告が請求し得る損害賠償又は不当利得の額)につ いて 1 本件被告製品が本件特許発明一及び同二の構成要件(1)をいずれも充足していること、 原告の権利行使が権利濫用に当たるとはいえないことは、右一ないし五において判示した とおりである。また、本件被告製品が本件各特許発明の構成要件(2)及び(3)を充足するこ と、本件各特許発明と同一の効果を有することは、前記第二、一のとおり当事者間に争い がない。したがって、被告が本件被告製品を製造販売した行為は、本件各特許権の侵害に 当たるから、原告は、本件各特許権の実施料相当額を自己が受けた損害として、その損害 賠償を求めることができる(特許法一〇二条三項)。  被告は、抗弁として、本件訴訟の提起(平成九年一月二一日)の時点で既に三年が経過 していた期間の損害賠償請求権(同六年一月二〇日以前の発生分)について、消滅時効を 主張する。しかし、本件被告製品は、市場において広く一般需要者に販売されていた商品 ではあるが、本件被告製品は家庭用かび取り剤であって、その主たる効用は洗浄漂白にあ るから、原告において、他社の競合商品に関し、香料成分についてまで常に注意を払って いたとは直ちに認めがたく、また、塩素臭を抑える香料としては多様な種類のものが存在 するところ、本件被告製品の容器、包装箱等には香料成分の表示はなく(甲一四、一六、 一八)、本件被告製品に含まれる「ジメチルベンジルカルビノール」及び「フロロパル」 は少量であるから、本件被告製品の成分を化学分析することなしに本件各特許権の侵害を 知ることは困難というべきところ、原告が本件訴訟提起の三年前よりも先立つ時点におい て本件被告製品の成分の分析を行い、本件各特許権の侵害を認識していたことを認めるに 足りる証拠はない。したがって、被告の消滅時効の抗弁は採用できない(なお、仮に消滅 時効が成立しているとしても、被告による本件被告製品の製造販売の結果、被告は本件各 特許発明を実施するために本来支払うべき実施料相当額の支払を現に免れており、原告に はこれに対応する損失が生じたということができるから、原告は被告に対し、本件各特許 権に係る実施料相当額を、不当利得としてその返還を求めることができる(民法七〇三条)。 そして、右の不法行為の場合と不当利得の場合とで実施料相当額が異なると解すべき事情 はないから、いずれにしても、原告は被告に対し、本件被告製品を製造販売していた期間 を通じて、一定の実施料相当額の支払を求め得るものである。)。  本件被告製品については、本件特許権一及び同二の双方を侵害していた期間と、いずれ か一方のみを侵害していた期間とがあるが、本件各特許発明はいずれも漂白剤組成物にお ける塩素臭を抑えるという同一の目的を持ったものであるから、右のいずれの期間に当た るかについて区別することなく、実施料相当額を算定すべきである。 2 後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。  《中 略》 3 右に認定した事実によれば、本件被告製品において、「ジメチルベンジルカルビノー ル」及び「フロロパル」は、塩素臭を抑えるという効果を奏しているということができる。 この点に関し、被告は、前記のとおり、本件被告製品における「ジメチルベンジルカルビ ノール」及び「フロロパル」には、塩素臭を抑える効果がないなどと主張し、これに沿う 証拠(乙六、七)を提出するが、右主張のうち「フロロパル」に関する部分は、小川香料 の研究報告書の記載に反すること(乙五)、右の両物質が塩素臭を抑える効果を有するこ とは本件各特許権の明細書のいずれにも記載されているものであり、原告による実験にお いてもその旨の効果が認められていること(甲二、四、二五)、右2(四)のとおり、本件 被告製品の容器、包装箱には「ニオイをおさえた」と記載されており、本件被告製品に含 有された香料が塩素臭を抑える効果があることは、被告自身がこれを認めていたものと解 されることに照らし、被告の右主張を直ちに採用することはできない。  しかしながら、被告が、平成七年に至って、競業他社による臭気を抑えた商品の販売の ために市場占有率が低下したので、これへの対抗手段として香料の配合を変えた家庭用か び取り剤を発売していること(この製品中の香料に「ジメチルベンジルカルビノール」及 び「フロロパル」が含まれていないことは、弁論の全趣旨から明らかである。)、原告が 新たにかび取り剤の販売をするに当たり、従来の同種製品(右2(三)の市場占有率に照ら せば、被告のかび取り剤を含むものと認められる。)には臭いが強いという欠点があると 指摘していることからすると、本件被告製品における「ジメチルベンジルカルビノール」 及び「フロロパル」は、塩素臭をある程度は低減させるとはいえるものの、これを完全に 抑えるものではないというべきである。  そうすると、本件被告製品の需要者は、「ジメチルベンジルカルビノール」及び「フロ ロパル」による香りの面での効果よりも、こすらずにかびを落とせるという効用に着目し て、これを購入したものと考えられ、被告による販売促進のための努力の結果として、右 認定のような高い市場占有率を維持できたものと解することができる。そして、本件被告 製品は、本件特許発明一は三一種類、同二は一九種類の香料がそれぞれ特許請求の範囲に 列挙されているところ、本件被告製品は、これらの香料の中から各一種類のみを含有する ものであること、本件被告製品が右以外に含有数する香料の種類及びその含有割合は本件 各特許発明に依拠するものではないこと、香料全体中の「ジメチルベンジルカルビノール」 及び「フロロパル」の含有率がいずれも一〇パーセントを大きく下回るものであること等 の事情を併せ勘案すれば、本件における実施料相当額は、本件被告製品の販売金額に一パ ーセントを乗じた金額である二億六七三〇万円と認めるのが相当である。 4 本件の審理の経過及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件各特許権の侵害と相当因果関 係に立つものとして被告に負担させるのが相当な弁護士費用の額は、五〇〇万円と認めら れる。 5 したがって、原告が請求し得る損害賠償の額は、二億七二三〇万円である。 七 以上によれば、原告の請求は、二億七二三〇万円及びこれに対する平成九年二月一五 日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の 支払を求める限度で理由がある。  よって、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第四六部 裁判長裁判官 三村 量一    裁判官 中吉 徹郎 裁判官長谷川浩二は、外国出張中のため署名押印することができない。 裁判長裁判官 三村 量一