・大阪地判平成11年11月18日判決速報297号9204  「甲子園3」事件。  本件は、「甲子園2」なる名称の家庭用ゲーム機用コンピュータソフトウェアの著作権者 であると主張する原告(システムマークワイ株式会社)が、「甲子園3」、「甲子園4」、「甲 子園X」、および「激突甲子園」なる名称の各ゲームソフトを製造、販売する被告(魔法株 式会社)に対し、ゲームソフト「甲子園3」および同「甲子園4」について、(1)被告は、 原告と被告との間で締結されたゲームソフト「甲子園2」にかかる制作物の使用許諾契約 により、原告に対して使用料の支払義務があるところ、そのうち3613万円が未払いで あるとして契約にもとづく使用料の支払を、また、ゲームソフト「甲子園X」および同「激 突甲子園」について、(2)ゲームソフト「甲子園X」に使用されている学校名、およびゲ ームソフト「激突甲子園」に使用されてる学校名は、原告が有する学校名に関する著作権 を侵害するとして、著作権法にもとづいて、損害賠償および右各ゲームソフトの製造販売 の差止め、廃棄を、(3)ゲームソフトにおける「甲子園」の名称は、原告の著名表示であ るとして、不正競争防止法2条1項2号にもとづいて、被告ゲームソフトの製造、販売の 差止め、および損害賠償を、それぞれ請求した事案で、判決は、契約上の支払義務につい て、「被告は原告に対し、被告がゲームソフト『甲子園3』の制作、販売をするに当たって、 前記覚書に基づき甲子園3の発注数量に応じた所定の使用料を支払う義務がある」として、 未払い分890万円の支払いを命じたが、著作権にもとづく請求については、日本に実在 する高等学校の通称名ないし略称名の第一文字目と第二文字目の順番を入れ替えて作成さ れた原告の「本件第一学校名は著作物たる要件である表現としての創作性を欠くものであ って、著作物と認めることはできない」として、また不正競争防止法にもとづく請求につ いては、「『甲子園』の名称が何れかの出所を表示するものとして著名となっているものと 認めることはできない」として、いずれも棄却した。 ■争 点 一 契約に基づく請求  原告と被告との間で、原告の制作した本件第一学校名やゲームソフト「甲子園2」のプ ログラム著作物、その他、販売ノウハウ等の資料の使用の対価を支払う旨の契約が成立し たか。 二 著作権に基づく請求 1 本件第一学校名は、原告が作成したものか。 2 本件第一学校名は著作物か。 三 不正競争防止法に基づく請求  「甲子園」との名称は、原告の出所を示す表示として著名か。 四 原告が被った損害額 ■判決文 第五 当裁判所の判断 一 争点一(契約に基づく請求)について 1 前記第二の二の争いのない事実に加え、証拠(甲37、38、乙1、証人永田克三、原告 代表者及び後掲各証拠)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実が認められ、この認 定を覆すに足りる証拠はない。 《中 略》 2(一) 右認定事実に基づき検討するに、ゲームソフト「甲子園」のアイデアは原告代表 者が提供したものではあるが、これをゲームソフトとして具体化し、商品として企画して 制作したのは、もっぱらケイであり、ケイが販売のリスクを負担して、下請会社にゲーム ソフトを制作させ、対外的にもケイの名前で販売してきたものであると認めるのが相当で ある。他方で、前記認定のとおり、高校野球の甲子園大会を題材として、ことにプレイヤ ーが容易に実在の高校名を想起できるような名称を使用するというアイデアを考案し、野 球ゲームソフト「甲子園」の企画を立てたのは原告であるから、ゲームソフトを具体化し、 商品として企画、制作し、販売してきたのがケイであるにしても、ケイが原告に対し、ゲ ームソフト「甲子園」の制作、販売に関して何らかの金員(許諾料)を支払うことを両者 の間で合意すること自体は、不自然とはいえない。原告とケイとの間で右の金員の支払に 関して具体的にどのような合意が成立し、実際に支払われた額について明らかにする証拠 はないが、逆にそのような合意がなされたことを否定する事情や証拠も見当たらない。 (二) この点、原告は、ゲームソフト「甲子園」の著作権は原告に帰属すると主張し、原 告とケイの間の昭和六三年八月二日付覚書(甲34)を証拠として提出するところ、その第 四条(著作権の帰属)では「本覚書に基づいて得られた開発ソフトウェアに関する著作権 は甲(原告)に帰属する。」とされている。  そこで検討するに、右覚書では「本ソフトウェアを製品化し販売するにあたり、その著 作権表示および使用料は別途甲乙協議する。」(第五条)とされているのに、右覚書に基づ いて使用料について別途協議されて定められたことや、ケイから原告に著作物使用料が支 払われたことを裏付ける的確な資料は存しない。証人永田克三は、ケイから原告に著作物 使用料を支払ったと証言するが、その額については「多分二〇〇〇万から三〇〇〇万まで の間だと思うんですが……」と述べるのみで、極めてあいまいというほかない。また、著 作権表示についても、原告とケイとの間に何らかの合意があったことを裏付ける資料はな いにもかかわらず、ゲームソフト「甲子園」はケイの著作権表示のもとに販売され、ケイ は、指定商品を「家庭用ビデオゲームおもちゃ用のプログラムを記録させたROMカート リッジ」として、「甲子園」との商標を商標登録出願している。さらに、右覚書には、原告 がケイに対し優先的に実施権を認めるとするとともに、ケイが本商品のシリーズ化を停止 した場合にはこの限りではないとする条項(第六条)があり、シリーズ化が前提とされて いるかのような表現があるが、右条項にもかかわらず、実際には、ゲームソフト「甲子園」 が、原告代表者から企画が持ち上った翌年に作成されているのに対し、ゲームソフト「甲 子園2」の発売はゲームソフト「甲子園」の発売の二年八か月後であり、当初よりシリー ズ化が予定されていたものとは考え難いことからみても、不自然というべきである。  このように、右覚書の内容を、ゲームソフト「甲子園」の現実の開発経緯に照らして検 討すると、右覚書は、原告とケイとのゲームソフト「甲子園」の制作の実態に必ずしも合 致しているものとはいえず、これを、右覚書の作成日付である昭和六三年八月二日当時の 原告とケイとの間の合意内容を示すものと認めるのは困難である。 (三) 一方、ケイが被告にゲームソフト「甲子園3」の制作開発業務を委託した後に、ケ イが右開発から撤退することになり、代わって被告が右ゲームソフトの制作、販売をする ことになったという前記の事実経過の中で、ケイと被告の間で平成五年九月一〇日付で別 紙1の念書が、原告と被告の間でその三か月後の同年一二月一〇日付で別紙2の覚書が作 成されていることは、動かし難い事実である。そして、前記認定の事実関係の中でこれら の念書と覚書の記載内容を検討すれば、右覚書については、その交渉経過等は必ずしも明 らかでない(原・被告双方の主張ともにそのまま採用できない。)ものの、原告がもともと ゲームソフト「甲子園」のアイデアや学校名を作成したもので、基本的な商品コンセプト を提供したものであったことから、ケイの大阪営業所長の永田の介在により、ケイに代わ って被告が自ら開発中のゲームソフト「甲子園3」の制作、販売をするに際して、原告か ら「甲子園2」についての著作権等の使用許諾を与える形にして、原告に相当の対価を得 させることにしたものと解するのが合理的である。 (四) この点についての被告の主張は、ゲームソフト「甲子園3」及び「スーパープロツ アーゴルフ」の開発業務委託に関して支払済みの金員について、いったんケイが返還請求 を放棄しながら、後で被告に何度もその返還を懇願し、被告がこれを受け入れて、「甲子園 2」の著作物使用料名目で返金することを同意し、ケイの債権者からの差押えを免れるた めというケイの要望を容れて、原告に入金することを了承したというのであるが、右のよ うな事実経過は不自然である上に、被告は、右覚書に定められた対価支払時期の合致する 時期(任天堂への甲子園3の制作発注の時期)に約束手形を振り出しており、これらの約 束手形の手形金は原告に入金されており、この金がケイあるいは永田に渡ったことをうか がわせる証拠もないことから見ても、採用できない。乙1(被告代表者の陳述書)は、被 告の右主張に沿う事実があった旨の記載があるが、右部分はたやすく信用できない。 (五) 別紙2の覚書の記載はあいまいなところがあり、「(著作権及び販売指導)」として 「(1)甲子園2(スーパーファミコン)の著作権 (2)甲子園2を販売した際に得たノウハ ウ及び資料」と記載され、対価及び支払時期の記載や、著作物の権利についての記載があ るところからすると、「甲子園2」について原告が著作権を有することを前提にしているよ うに読めるが、これは前記のとおり実態に即したものではなく、便宜的なものと解すべき である。そして、対価の支払の対象となるのは、右覚書が当時開発中であった「甲子園3」 に関して作成されたものであり、被告においても、「甲子園2」の使用対価の形を取って、 当時予想していた「甲子園3」の販売数量に基づいて、「甲子園3」の売上から支払うこと を予定して対価支払の約束をしたものと認められる(乙1)ことからすると、「甲子園3」 のみが対価支払の対象とされたものと考えるのが合理的である。 3 そうすると、被告は原告に対し、被告がゲームソフト「甲子園3」の制作、販売をす るに当たって、前記覚書に基づき甲子園3の発注数量に応じた所定の使用料を支払う義務 があるというべきところ、ゲームソフト「甲子園3」は合計五万三五〇〇本が任天堂に発 注され、販売されたことは前記のとおりである。そうすると、被告は右覚書の約定に従い、 合計二四三五万円を支払う義務があることになるが、そのうち一五四五万円の支払を受け たことは、原告の自認するところであるから、原告が被告に請求できるのは、残金八九〇 万円となる。なお、右一五四五万円の支払によって原告が被告に対してその余の支払義務 を免除したというような事実は、主張立証がない。 4 以上によれば、原告の被告に対する契約に基づく使用料請求は、金八九〇万円及びこ れに対する本件訴状送達の日の翌日である平成一〇年三月五日から支払済みに至るまで商 事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。 二 争点二(著作権に基づく請求)について 1 争点二2(著作物性)について (一) 証拠(甲5(枝番を含む。))及び弁論の全趣旨によれば、本件第一学校名は、その ほぼすべてが、日本に実在する高等学校の通称名ないし略称名の第一文字目と第二文字目 の順番を入れ替えて作成されたものであることが認められる。  著作物として保護されるためには、思想又は感情の創作的表現であることが必要である ところ(著作権法二条一項一号)、本件第一学校名は、右のとおり、実在する高等学校の名 称(通称)を加工したものにすぎず、それらの高等学校名の選択や配列に特段の工夫は見 られないばかりか、その加工方法も、名称(通称)の第一文字目と第二文字目の順番を入 れ替えたのみであって、極めて簡易かつありふれた手法にすぎず、表現としての創作性を 有すると認めることはできないから、本件第一学校名を著作物ということはできない。  原告は、本件第一学校名は、実在の学校名を容易に想起できる点に独自性・創作性があ ると主張するが、右の点が独自性・創作性を有するか否かはひとまず措くとしても、原告 が独自性・創作性があると主張するところはいわゆるアイデアにすぎないものであって、 本件第一学校名は、右のようなアイデアを実現するための表現手法としては、第一文字目 と第二文字目の順番を入れ替えた極めて簡易かつありふれた手法を採用しているのである から、原告の主張は失当である。 (三) そうすると、本件第一学校名は著作物たる要件である表現としての創作性を欠くも のであって、著作物と認めることはできないから、原告の著作権侵害に基づく請求は、そ の余の点を判断するまでもなく失当である。 三 争点三(不正競争防止法に基づく請求)について 1(一) 証拠(丙22、25ないし36(枝番を含む。以下同じ。))によれば、「甲子園」とい う名称は、兵庫県西宮市の一地区を示す地名であるとともに、同地区に所在する甲子園球 場、ひいては右球場において毎年春に開催される選抜高校野球選手権大会及び毎年夏に開 催される全国高等学校野球選手権大会を指す普通名称として一般に用いられていることが 認められる。 (二) 証拠(丙23)によれば、平成一〇年三月末現在で、日本国内において販売されたゲ ームソフトのうち、最も総売り上げ本数が多いものは約七〇〇万本であり、そのほか総売 り上げ本数の上位第二〇位までは二〇〇万本を超えていること、平成九年四月一日から平 成一〇年三月三一日までに販売されたゲームソフトの総売り上げ本数の上位七本はいずれ も一〇〇万本を超えていることがそれぞれ認められる。 (三) 証拠(甲7の2)によれば、ゲームソフト「甲子園3」の製造本数は五万三五〇〇 本であること、ゲームソフト「甲子園4」の製造本数は八万二三〇〇本であることが認め られる。  そうすると、仮にゲームソフト「甲子園」及び「甲子園2」の販売本数が原告の主張の とおりであったとしても、その販売本数はいずれも一〇万本台であり、また、ゲームソフ ト「甲子園3」及び「甲子園4」の販売本数はいずれも一〇万本に満たないことになるの であって、前記1で認定したとおり、「甲子園」という名称が前記のとおり選抜高校野球選 手権大会ないし全国高等学校野球選手権大会を示す普通名称として用いられていることに 加え、前記2で認定したとおりのゲームソフトの市場規模をも併せ考慮すれば、右各ソフ トの販売に伴って宣伝・広告がされ、あるいは雑誌等の記事に採り上げられたとしても、 「甲子園」の名称が何れかの出所を表示するものとして著名となっているものと認めるこ とはできない。  右認定を覆すに足りる証拠はない。 2 したがって、原告の不正競争防止法二条一項二号に基づく請求は、その余の点を判断 するまでもなく理由がない。 四 以上の次第で、原告の請求は、主文第一項掲記の限度で理由があるが、その余は失当 である。 (平成一一年八月二六日口頭弁論終結) 大阪地方裁判所第二一民事部 裁判長裁判官 小松 一雄    裁判官 渡部 勇次    裁判官 水上 周