・東京地判平成11年11月30日判決速報296号9152  レコード有線二次使用事件。  原告(社団法人日本レコード協会)は、レコード製作者の二次使用料を受ける権利を行 使することができる団体である(著作権法97条3項)。被告(株式会社大阪有線放送社) は、有線放送事業等を目的とする会社であって、全国的な有線放送網を有する。被告(日 本有線放送連盟)は、有線放送事業者の団体である(著作権法97条4項、95条9項)。 被告会社は、被告連盟に加盟している。原告は、平成4年6月20日、被告連盟との間に おいて、被告連盟に属する事業者がその有線放送に使用するレコードの二次使用料につい て、本件契約を締結した。これによれば、「平成六年四月一日以降については、聴取料収 入総額より、原告被告連盟間で合意した料率を控除した金額の一パーセントを二次使用料 とする算出方式を適用するものとする。なお、上記二次使用料率の適用が不合理となった 場合には、原告被告連盟協議の上、二次使用料率を定めるものとする」(第七条)とされ ていた。  原告と被告連盟との間の交渉を経て、原告は、被告らが一旦料率方式にもとづき、一定 の控除料率を採用するところまで合意しながら、態度を翻し定額方式に固執するにいたっ たと主張して、それまでの譲歩案を白紙に戻したうえで、原告と被告らは、本件契約第七 条の料率方式を前提とし、控除料率として、@商業用レコードを使用していないチャンネ ルの分(チャンネル比率)、A二次使用料請求権のない商業用レコードの分(レコード比 率)、B急激な二次使用料の支払義務を避けるための経過措置(経過比率)を採用するこ とまで合意した、しかし、右@ないしBに代入すべき具体的な数値の一部が合意に達しな かったため、具体的な二次使用料額は確定していないので、このように債権の目的を当事 者の合意ないし協議によって確定することが約定されながら合意不成立のために目的が確 定しない場合には、債権者は、その妥当とする主張額にもとづく給付請求が可能である、 というような主張をおこなって、被告らに対し合計3億4千万円あまりの支払を求めた事 案である。  判決は、「本件においては、原告被告連盟間に、二次使用料の額について、きわめて抽 象的な合意が存するのみで、その具体的内容が定まっていないものというべきである。当 事者間の協議により具体的な数値について合意が成立しないとしても、金額を確定するた めの指標について合意が成立し、それに数値を当てはめると具体的な金額が確定する場合 には、合意に基づく給付請求が可能な場合があり得るが、本件においては、右のとおり抽 象的な合意しか成立していないのであるから、それに基づいて具体的な金額の給付を求め ることはできないというべきである」と述べて、原告の請求を棄却した。 ■判決文 第三 当裁判所の判断 一 原告被告連盟間における交渉経緯  証拠(甲一二、二三、二四、二六ないし三〇、三二、乙一、六ないし八、一七、一八、 証人江口祐二、同千葉卓男、同鈴木士郎、被告連盟代表者)と弁論の全趣旨によると、次 の事実が認められる。 1 被告連盟は、平成六年六月二〇日、社団法人日本芸能実演家団体協議会(以下「芸団 協」という。)との間で、実演家に支払う二次使用料について、本件契約と同様の内容の 契約を締結した。 2 原告と被告連盟は、本件契約第七条に基づいて平成六年度以降の二次使用料を決定す るため、平成六年一一月一五日を第一回目として、平成七年五月一六日に第二回目、同年 六月二二日に第三回目の交渉を行った。  被告連盟は、芸団協との間においても、同様の交渉を行っていたが、被告連盟において 原告及び芸団協との交渉を担当していた鈴木士郎(以下「鈴木」という。)は、平成七年 七月一〇日、芸団協に対して、二次使用料改定案と題する書面を交付した。その内容は、 @被告会社の番組数四四〇のうち市販音楽ソースを使用する番組が一九〇あるので、聴取 料収入に四四〇分の一九〇を乗じる、A被告会社の番組のうち四〇パーセントが邦楽ソー スを使用する番組、六〇パーセントが洋楽ソースを使用する番組であるが、洋楽のうち六 〇パーセントが「実演家、レコード製作者及び放送機関の保護に関する国際条約」未加盟 のアメリカのものであるので、聴取料収入に、〇・四(邦楽の割合)と〇・二四(洋楽の うちアメリカ以外のものの割合)の合計○・六四を乗じる、B被告会社の番組の邦楽と洋 楽の割合は、右のとおりであるところ、原告及び芸団協における邦楽と洋楽の割合は、邦 楽八〇パーセント、洋楽二〇パーセントであるので、聴取料収入に〇・七を乗じる、C聴 取料収入に、平成六年度については〇・六、平成七年度については○・七、平成八年度に ついては〇・八、平成九年度については〇・九を乗じ、平成一〇年度については一・〇を 乗じる、というものであった。  鈴木は、平成七年九月一四日の第四回交渉の際に、原告に対して、口頭で、右@ないし Cと同様の説明をした。 3 原告は、平成七年一〇月一三日の第五回交渉の際、次のような提案を行った。すなわ ち、@チャンネル比率については、原告の調査では、四四〇分の一九〇ではなく、四四〇 分の二五〇以上となる。チャンネルごとのウエイトづけについては、今後の研究課題とす る。Aレコード比率については、原告と芸団協が実態調査を行うまで、○・六四とする。 B経過比率については、平成六年度○・六とし、毎年度○・二ポイントずつ増加させて三 年目の平成八年度に一・○とする。原告の右提案に対し、被告連盟は、後日回答を行うこ ととして第五回交渉は終了した。  平成七年一一月二八日の第六回交渉において、被告連盟は、原告に対し、原告が前回提 案した数値をそのまま適用すると、二次使用料の額は、平成六年度が一億一八九〇万円、 平成七年度が一億六七九〇万円、平成八年度が二億二二四七万円となるが、このような高 額な金額は支払うことができないと述べて、前回の原告の提案を拒否した。 4 平成八年一月二三日の第七回交渉において、原告は、被告連盟に対して、平成六年度 から四年目の平成九年度に経過比率を一・○とする案を示したが、被告連盟は、右交渉後 も回答をしなかった。そこで、原告は、同年三月ころ、被告連盟に対し、平成一〇年度に 経過比率が一・○となり、かつ、平成八年度に二次使用料額が一億円を超えるという内容 の提案をするとともに、同月二七日付けの書面を被告連盟に宛てて送付し、右提案が受け 入れられない場合は、交渉を白紙に戻し、第三者の判断をあおぐ手続を進める旨通知した。  被告連盟は、平成八年六月一一日付けで、「過去分の支払額については平成五年度迄の 実績を基にして金額を算出して支払いを完了し、平成八年度以降については改めて協議を 継続して行きたい。」という内容の書面を原告に送付した。そこで、原告と被告連盟は、 同年七月一一日に第八回交渉を行い、原告は、被告連盟に対し、平成六年度は七三〇〇万 円、平成七年度は八七〇〇万円とし、平成八年度は算式の導入を前提として協議を行い、 一億円を超える金額とする、平成一〇年度は算式の使用料率を一パーセントとする旨の提 案を行った。これに対し、被告連盟は、原告に同年八月五日付けの書面を送付し、平成六 年度七〇〇〇万円、平成七年度八〇〇〇万円、平成八年度九〇〇〇万円、平成九年度一億 円という定額による二次使用料額の提案を行った。 5 原告は、被告連盟が右のとおり平成八年度以降も定額方式によることを提案してきた ため、交渉を打ち切って本訴を提起した。  なお、証人千葉卓男は、被告らは、平成七年一一月二八日の第六回交渉において、第五 回交渉における原告の提案のうち、経過比率について、平成六年度から順次上昇させて平 成一〇年度に一・○とする提案をしたほかは、原告の提案を了承した旨証言するが、この 証言は、これに反する証人鈴木士郎の証言及び右認定のその前後の交渉経緯(第四回交渉 における被告連盟の提案及び第七回交渉以降における被告連盟の対応)に照らすと、到底 信用することができない。 二 証拠(甲一の一、証人江口祐二、同鈴木士郎、被告連盟代表者)によると、本件契約 において、第七条の聴取料収入総額から控除する金額は、原告被告連盟間で合意した料率 と定められているのみで、その内容については、今後原告被告連盟間で協議して決定する ことが予定されており、特にその内容が決まっていたということはないものと認められる。  右一で認定したとおり、原告被告連盟間で交渉が行われたのであるが、右一認定の事実 からすると、原告被告連盟間における交渉は決裂し、何ら合意に至らなかったものと認め られる。  そうすると、原告被告連盟間においては、平成六年度以降の二次使用料の額については、 聴取料収入総額から原告被告連盟間で合意した料率を控除した金額の一パーセントとする という合意が存したのみで、その控除すべき料率の内容については何ら合意が成立してい ないものと認められる。 三 以上述べたところからすると、本件においては、原告被告連盟間に、二次使用料の額 について、きわめて抽象的な合意が存するのみで、その具体的内容が定まっていないもの というべきである。  当事者間の協議により具体的な数値について合意が成立しないとしても、金額を確定す るための指標について合意が成立し、それに数値を当てはめると具体的な金額が確定する 場合には、合意に基づく給付請求が可能な場合があり得るが、本件においては、右のとお り抽象的な合意しか成立していないのであるから、それに基づいて具体的な金額の給付を 求めることはできないというべきである。  なお、原告は、協議が整わないかぎり具体的請求権が発生しないとすると、支払義務者 はいたずらに協議不調に持ち込むことにより永久に支払を免れることになり、それは不当 であると主張する。本訴において、原告は、当事者間の協議により給付請求可能な合意が 成立したとして本件請求をしているのであるから、右主張は、当事者間の協議により完全 に合意が成立しないとしても、具体的請求権の発生を認めるべきであり、そうしないと、 支払義務者はいたずらに協議不調に持ち込むことにより永久に支払を免れることになる旨 の主張と解される。しかし、本件においては、右のとおり抽象的な合意しか成立していな いのであるから、それに基づいて具体的な金額の給付を求めることはできないというべき である。また、当事者は、二次使用料の額について、協議が成立しないときは、文化庁長 官の裁定を求めることができ、その裁定に不服がある当事者は、訴えを提起してその額の 増減を求めることができる(著作権法九七条四項、九五条一〇項、九五条一一項、七二条 一項)のであるから、二次使用料の額について、支払義務者が協議不調に持ち込むことに より永久に支払を免れることになるというようなことは起こる余地がない。  また、原告は、借地又は借家の賃料増減請求権(旧借地法一二条、旧借家法七条)に関 し、法定された右請求権の具体的内容の決定につき当事者の協議による旨の約定が存在し ていても、賃貸人は、増額した金額の給付を請求することができるのであるから、これと 同様に本訴請求が認められるべきであると主張するが、賃料増減請求権は、形成権であっ て、その権利が行使されると、当然に適正な金額まで賃料が増減する効果が生じるのであ るから、その増加した金額を請求することができ、しかも、右の各規定は強行規定である から、当事者間に右のような約定が存していても請求することができるのである。これに 対し、二次使用料の請求権については、その額は、当事者間の協議によって決定するとさ れており(著作権法九七条四項、九五条九項)、原告は、当事者間の協議によって給付請 求可能な合意が成立したとして本件請求をしているのであるから、右の賃料増減請求権の 場合とは事案を異にすることは明らかである。 四 以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく原告の本訴請求はいずれも理 由がない。 東京地方裁判所民事第四七部 裁判長裁判官 森  義之    裁判官 榎戸 道也    裁判官 岡口 基一