・東京高判平成11年11月30日判時1713号108頁  「特許管理士」事件。  原告が商標権を有する「特許管理士」なる登録商標について、被告(弁理士会)が無効 審判を請求していた事例で、特許庁がおこなった登録無効の審決に対して、原告が審決取 消を請求したのが本件訴訟である。  原審決は、「特許管理士」の名称は弁理士法22の3に定める名称使用の禁止に該当し、 かつ、「特許管理士」の名称は、本来弁理士のみが行いない得る業務をあたかも特許管理 士が扱うことができるかのように国民に誤認させるものであると述べ、公序良俗違反(商 標法4条1項7号)を理由として請求人の請求を認めていたところ、本件判決は、「原告 主張の取消事由は、いずれも理由がなく、その他、審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見 当たらない」として、原告の請求を棄却した。 (特許庁審決平成10年7月24日) ■判決文 第2 当事者間に争いのない事実 1 特許庁における手続の経緯等  社団法人発明学会(以下「発明学会」という。)は、別紙記載のとおり、「特許管理士」 の文字を横書きしてなり、指定商品を旧商品区分の第26類「新聞、雑誌、その他の定期 刊行物」とする登録第765759号商標(昭和41年9月16日登録出願、昭和42年 12月1日登録査定、同年同月27日設定登録)の商標権者であった。  発明学会は、昭和61年5月16日、いわゆる権利能力なき社団である特許管理士会に 上記商標権を譲渡し、これに伴い、同年10月27日、発明学会からそのころ特許管理士 会の管理人であった古川美智子への商標権移転登録がなされ、さらに、その後行われた特 許管理士会の管理人の変更に伴い、平成5年11月8日、古川美智子から新しい管理人で ある原告への商標権移転登録がなされた。  被告は、古川美智子を被請求人として(被請求人の地位は後に原告に承継された。)、昭 和63年3月25日、本件商標の登録を無効とするとの審判請求をし、特許庁は、昭和6 3年審判第5376号事件として審理した結果、平成10年7月24日、「登録第7657 59号商標の登録を無効とする。審判費用は、被請求人の負担とする。」との審決をし、そ の謄本は同年8月15日原告に送達された。 2 審決の理由  審決の理由は、別紙審決書の理由の写しのとおりである。要するに、「本件商標は、本来 弁理士のみがなし得る業務をも扱うことのできる資格名称であると一般の国民に誤認させ るものであり、その意味において弁理士に類似する名称と解され、これをその指定商品に 使用することは、弁理士法が弁理士でない者の弁理士に類似する名称の使用を禁止してい ることに違反し、ひいては、特許制度の利用者である一般の国民が特許管理などの専門家 である弁理士に寄せる信頼を害することとなるから、登録査定時において既に社会公共の 利益に反していたものである」(審決書8頁5行〜13行)以上、商標法4条1項7号に違 反して登録されたものとして、同法46条1項によりその登録を無効とすべきである、と するものである。 第3 原告主張の審決取消事由の要点 《中 略》 第4 被告の反論の要点 《中 略》 第5 当裁判所の判断 1 取消事由1(「士」の有する意味の誤認)について (1) 乙第17号証(昭和47年4月30日発行「角川国語辞典」20版)、乙第18号証 (昭和47年10月16日発行「広辞苑」第2版)及び乙第19号証(昭和53年10月 5日発行「学研漢和大字典」)によれば、末尾に「士」の付された語の通常の意味は、「一 定の資格や特別の職業をもつ人」、「一定の資格を持った者」、「一定の職業、または資格の ある人」などといったものであり、その用語例として、「弁護士」、「栄養士」、「学士」、「代 議士」等が挙げられていることが認められる。  ここにいう一定の資格に何が含まれるかについては、格別の制限が付されていないから、 形式的には、国家資格(法令に根拠を有するもの)、民間資格(それ以外のもの)のいずれ をも含み得ることになる。  しかし、末尾に「士」の付された名称の中で、一般国民にとって接する機会が多く、し たがってまた一般国民にとって知られている度合いの大きいものの多くは、上記「弁護士」、 「栄養士」、「学士」をはじめ、税理士、建築士、不動産鑑定士、土地家屋調査士、司法書 士、行政書士など国家資格に係るものであり(なお、前記「代議士」は、原告主張のとお り衆議院議員の俗称であって、法令に基づく名称ではないが、衆議院議員が法令に基づく 地位であることは明らかであるから、国家資格に係る名称であることに変わりはない。)、 しかも、その状態が古くから続いてきていることは、当裁判所に顕著である。  また、末尾に「士」の付された名称のうち、国家資格に係るものは、国家が、公共の福 祉その他政策上の目的のために、国民の職業選択の自由を制限してでも、一定の能力を有 すると判定された者に限って一定の地位ないし権限を付与する必要があると認めて法令を もってそのように定めたものであり、そのために、国家資格に伴う地位ないし権限は、必 然的に対世的かつ排他的なものとなる。これに対して、民間資格は、上記のような必要に 基づくものでも、法令に根拠を有するものでもなく、したがってまた、対世的かつ排他的 な地位ないし権限の付与を伴うものでもない。このように、国家資格と民間資格とでは、 一般国民に対して現実に果たしている役割の重要性において比較にならない相異がある。  これらの事情の下では、一般国民は、末尾に「士」の付された名称に接した場合、一定 の国家資格を付与された者を表していると理解することが多いのは当然のことである。 (2) 原告の主張は、要するに、末尾に「士」の付された名称の中には民間資格に係るもの もあるという点のみをとらえ、末尾に「士」の付された名称が「法律に定める資格」に結 び付くものではないというものであって、事の一面だけを見て他を見ようとしない議論と いうべきであり、失当である。 (3) 審決の「○○士と名称の末尾に「士」の文字を付けたものは、・・・一般に法律の定 める資格を有する者の名称と理解されるものである。」(審決書7頁11行目〜16行目) との認定は、「一般に」の語に着目するとき、上記(1)で述べたのと同じ趣旨のものと理解 することができ、このように理解する限りにおいて審決の上記認定に誤りはない。原告主 張の取消事由1は採用できない。 2 取消事由2(「特許管理士」の有する意味についての認定判断の誤り)について (1) 弁理士法22条の2第1項は、「弁理士ニ非サル者ハ報酬ヲ得ル目的ヲ以テ特許、実 用新案、意匠若ハ商標若ハ国際出願ニ関シ特許庁ニ対シ為スベキ事項若ハ特許、実用新案、 意匠若ハ商標ニ関スル異議申立若ハ裁定ニ関シ通商産業大臣ニ対シ為スベキ事項ノ代理又 ハ此等ノ事項ニ関スル鑑定若ハ書類若ハ電磁的記録(電子的方式、磁気的方式其他人ノ知 覚ヲ以テ認識スルコト能ハザル方式ニ依リ作ラルル記録ヲ謂フ次項ニ於テ亦同ジ)ノ作成 ヲ為スヲ業トスルコトヲ得ス」と定めているから、弁理士の業務のうち、報酬を得る目的 をもってなす特許等の出願手続、異議申立て等の手続の代理、これらの事項に関する鑑定、 書類等の作成は、弁理士のみがなし得る業務である。 (2) 「特許管理」の語は、通常の用語例に従えば、「特許」を「管理」することを意味す るものであるから、これに従えば、特許を管理するという広範な意味合いを有するものと して理解されることになる。そして、一般国民がこれと異なる理解をしていることを示す 資料は本件全証拠を検討しても見出せないから、一般国民は、「特許管理」の語に接したと き、上記意味合いのものとして理解するものと認められる。この中に、業務としては上記 弁理士のみがなし得るものが含まれることは論ずるまでもないことである。 (3) なお、甲第4号証、第5号証、乙第1号証及び第2号証によれば、「特許管理」とい う語は、企業用語としては、我が国において、昭和32年ころから、企業による特許制度 の利用に関して使われ始めるようになった造語であり、その意義は必ずしも明確なもので はないが、企業が利潤を追求するに当たって適切な効果を生むように特許制度を利用する ことを目的とした企業の政策又は業務であって、広義では、企業経営政策の一部として企 業全般の特許問題に対する姿勢を整えることを意味し、狭義では、企業の特許部あるいは 特許課などの専任担当部門において日常処理される業務を意味するものと認められる。  そうすると、企業用語としての「特許管理」が上記狭義の意味で用いられるときには、 それが代理でなされる限り弁理士のみがなし得る特許等の出願手続、異議申立て等の手続 を行うことも含まれることになる。  いずれにせよ、一般国民が、企業用語としての「特許管理」の上記意味を的確に理解し ていることを示す資料は本件全証拠を検討しても見出せないから、企業用語としての「特 許管理」の存在により、「特許管理」の語に接したときの一般国民の理解についての前記認 定が影響を受けることはないということができる。 (4) 一般国民は、末尾に「士」の付された名称に接した場合、一定の国家資格を付与され た者を表していると理解することが多いことは、前記1(1)認定のとおりである。これを本 件でいえば、上記のような広範な意味を有する「特許管理」という語の末尾に「士」を付 した場合、特許制度、弁理士制度に専門的な知識を有していない一般国民は、「特許管理士」 の語から、特許等に関する出願や異議申立て等をも含めた広範な意味での特許管理を業務 として行うことができる国家資格を有する者を想起あるいは連想することが多いものと認 められる。  そして、このように想起あるいは連想される限り、そこでの「特許管理士」の業務の中 に、弁理士のみがなし得るものとされているものも含まれることになるのは、むしろ自明 というべきである。原告は、「管理」と「代理」の区別は一般常識人ならば当然できると主 張するが、広範な意味での「管理」の概念の中に「代理」による「管理」が入り得るもの であることは、特許法自体が「特許に関する代理人」を「特許管理人」と名付けている例 (特許法8条)を挙げるまでもなく、明らかなことであるから、採用できない。  そうである以上、「特許管理士」の語は、本来、「弁理士」の語と、互いにあいまぎらわ しく、混同を生じさせやすい性質を有するものというべきである。 (5) 甲第15号証、甲第16号証、甲第18号証、甲第19号証の1ないし7、乙第10 号証、乙第11号証、乙第20号証及び乙第21号証の各1、2によれば、次の事実が認 められる。 (イ) 発明学会は、昭和39年以降、毎年のように弁理士試験に類似した特許管理士試験 を実施して、その合格者に「特許管理士」の資格を付与し、この特許管理士によって構成 される団体として特許管理士会を結成して、民間に特許管理士制度を創設した。 (ロ) 発明学会は、特許管理士の受験資格に特段の限定をしていなかったところ、初期の ころ、その大半は企業における特許業務担当者であったが、中には企業と無関係に資格取 得の手段として受験しようとする者もいた。昭和41年ころには、特許管理士会の幹事の 中に、複数の企業の顧問となって特許管理業務に従事する者が出現し、また、同じころ、 特定の企業に属さずに特許管理の業務を営む目的で特許管理士の資格取得を目指す者も現 われた。 (ハ) 昭和50年ころ、特許管理士の1人が、東京都内に事務所を構えて実用新案登録出 願を代行して報酬を受け取っていたことから、東京地方検察庁に摘発され、弁理士法違反 で略式起訴された。また、同じころ、別の特許管理士が、香川県において、「正田技術法務 事務所」という名で、特許出願等の無料相談、指導等を業務として行っていた。さらに、 平成8年9月ころには、別の特許管理士が、沖縄県で事務所を構えて、特許出願、実用新 案登録出願の代行業務を行っていたことから、沖縄県警に弁理士法違反で摘発された。  上記認定の各事実の下では、民間資格である「特許管理士」の資格は、その当初から、 本人の特許管理業務を代行して、弁理士のみがなし得る業務を行う危険性をはらんでいた ものであり、現に、昭和50年ころから平成8年までの間に、特許管理士の名で特許管理 業務を代行して捜査機関に摘発されるなどの事態が出来している、ということができる。 (6) 以上述べてきた諸事情を考慮すると、「特許管理士」の語は、本件商標の登録査定時 において、既に、一般国民の間において、現実には弁理士にしか許されていない業務を行 う資格を有する者と誤信され、弁理士と混同されるおそれがあったものと認められるから、 そのころ既に、弁理士法22条の3にいう「弁理士ニ・・・類似スル名称」に該当すると 判断されるものであったということができる。 (7) 原告は、「弁理士」と「特許管理士」とでは、概念、位置づけ、役割が相違しており、 国民、特に企業はこれらの相違を十分に認識し得るとして、これを前提に、「特許管理士」 の語が「弁理士」と類似せず、混同するおそれもない旨主張する。  しかしながら、特許制度、弁理士制度について専門的知識を有し、特許管理士の業務内 容について十分理解している者であればいざ知らず、そうでない者にとっては、「弁理士」 と「特許管理士」との地位、業務の相違を的確に認識することは不可能である。そして、 一般国民が上記の専門的知識や十分な理解を有していないことは当裁判所に顕著である。 原告の上記主張は、誤った前提に立つものであって、採用できない。  原告は、審決の述べるところを、「弁理士」は、「特許代理」人以上のものであって、広 義の「特許管理」部門一般に「報酬」をとって業務ができる「法的資格」であり、この意 味で、「特許管理士」は「弁理士」と混同を生じるとの趣旨で理解するのであれば、企業の 特許部に所属する従業員は、すべて「給与」、場合によっては「報奨金」を会社から受けて いるのであるから、「特許管理」業務に就くことがことごとく弁理士法違反になるとの結論 に至り、甚だしく不都合な結論に至ると主張する。  しかしながら、弁理士法22条の2第1項において弁理士のみがなし得る業務とされる ものは、特許等の出願手続、異議申立て等の手続の代理等をすることであって、本人自ら が特許等の出願手続、異議申立て等の手続をすることまでも禁じているものでないことは 自明であり、特許部に所属する従業員は、企業自らが特許等の出願手続、異議申立て等の 手続をする場合に、その補助者としての行為をしているにすぎない。そして、審決が企業 従業員によるこのような形での特許等への関与と弁理士の業務との関係を何ら論拠にして いないことは、審決の記載自体で明らかである。原告の上記主張は、審決の述べるところ を曲解して審決を非難することに帰し、失当であることが明らかである。 (8) 以上のとおりであるから、原告主張の取消事由2も採用できない。 第6 以上によれば、原告主張の取消事由は、いずれも理由がなく、その他、審決にはこ れを取り消すべき瑕疵は見当たらない。よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費 用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決す る。 東京高等裁判所第6民事部 裁判長裁判官 山下 和明    裁判官 山田 知司    裁判官 宍戸 充