・大阪地判平成11年12月21日判決速報297号9209  呼び線不正競争事件。  原告(ミノル工業株式会社)と被告(ジェフコム株式会社)は、ともに電設工事用呼び 線(電線・通信等の電線類の(主として)屋内配管への挿通の便に供せられるもの)を製 造、販売している。本件は、本件表示1は、被告と競合関係にある原告の営業上の信用を 害する虚偽事実の表示に該当するから、被告が本件表示1を掲載した行為は、不正競争防 止法2条1項13号に該当し、また、本件表示1及び2は本件被告商品の品質・内容につ いて誤認させるような表示に該当するから、被告が本件表示1及び2を掲載した行為は、 同法2条1項12号に該当するとして、原告は、被告に対し、原告がこれら不正競争行為 により被ったとする営業上の損害の賠償を求めた事案である。  判決は、一部の記載について、そうした表示を「広告、カタログ、表示札に掲載した行 為は、原告の営業上の信用を害するおそれがある虚偽の事実を流布した行為に当たるから、 不正競争防止法2条1項13号に該当する」として、50万円の損害賠償請求を認容した。 ■争 点 1 被告が本件表示1を掲載した行為は、不正競争防止法2条1項13号に該当するか。 2 被告が本件表示1及び2を掲載した行為は、不正競争防止法2条1項12号に該当す るか。 3 損害の額 ■判決文 第4 争点に対する判断 1 争点1について (1) 本件表示1aについて 《中 略》  上記事実からすると、本件表示1aは、それまで製造、販売していた、3本の撚り線を線 条体とする被告商品Bと同じ商品名で、断面 形状の線条をその軸芯廻りに捻回した1本 の線条体を用いた被告商品Cを新たに製造、販売するに当たって、被告商品Bとの違いを 明確にするために用いられたものと認められ(このことは、とりわけ本件表示1a中の「当 社従来品比」との記載から明らかである。)、本件原告商品の性能等について言及したもの とは認められない。  したがって、本件表示1aは、原告の営業上の信用を害するおそれがあるものとは認めら れず、被告が、本件表示1aを掲載したことは、その余の点について検討するまでもなく、 不正競争防止法2条1項11号所定の不正競争に該当しない。 (2) 本件表示1bについて  証拠(甲2)によれば、本件表示1bは、平成2年4月に販売が開始された商品名「ブル ーエース」の呼び線(被告商品D)の広告に掲載されたものであるが、同広告には、「単線 の為(より戻りがない)剛直性に優れよく通る」、「※形状の似た類似品との性能の差をお 確かめください。」との記載があることが認められる。  そして、(争いのない事実)2記載のとおり、原告と被告の商品以外に撚り線形状の呼び 線は市場に現れておらず、本件表示1bが掲載された平成5年11月から同6年3月までの 間、市場に供給されていた複数の撚り線を線条体とする呼び線は、原告商品ABのみであ ったことからすると、上記「形状の似た類似品」とは、原告商品ABのことを意味してい るものと考えられ、「単線の為(より戻りがない)剛直性に優れよく通る」との記載と「性 能の差をお確かめ下さい。」という記載は、呼び線の取引者又は需要者に対し、原告商品A Bは、「複線を撚っているため(撚り戻りがあり)剛直性に劣りよく通らない。」ものであ ると認識させるおそれがあったものといえる。  そして、「撚り戻り」とは、複数線の撚りが戻ること、即ち撚りがなくなる、撚りが元通 りになる、撚り線がばらばらに解けた状態になることを意味するものと解されるが、証拠 (甲10、原告代表者)によれば、原告商品ABは、3本の撚り線を切断しても、撚り線が 撚りを戻す方向に逆回転しない撚り線の材質と撚りの強度が選択され、3本の撚り線を熱 で固定しており、撚り戻りが起こらないような構造になっていたものであり、原告の取引 先又は需要者から、その点についての苦情はなかったことが認められる。  なお、被告は、撚り線は、その構造上、理論的には撚り戻りが生じ得るものであると主 張するが、理論的に考えられたとしても、上記事実からすると、現実の挿通作業において、 原告商品ABについて、撚り戻りが生じることはなかったと解される(被告は、現実の挿 通作業において、原告商品ABに撚り戻りが生じていないことについて、特に反証しない。)。  したがって、被告が、本件表示1bを、別表b欄の掲載媒体欄記載の広告に掲載した行為 は、被告と競争関係にある原告の営業上の信用を害するおそれがある虚偽の事実を流布し た行為に当たるから、不正競争防止法2条1項13号に該当する。 (3) 本件表示1cについて  証拠(甲3)によれば、本件表示1cが掲載された広告には、「撚りたわみなし」「剛直性 No.1」「最もよく通る呼び線」との記載があることは認められるが、3本の撚り線を線 条体とする呼び線と比較して、断面 形状の線条をその軸心回りに捻回した1本の線条体 を用いた呼び線が優れていることを示す記載の存在は何ら認められない。  上記事実からすると、本件表示1cは、本件原告商品の性能等について言及したものとは 認められない。  したがって、本件表示1cは、原告の営業上の信用を害するおそれがあるものとは認めら れず、被告が、本件表示1cを掲載したことは、その余の点について検討するまでもなく、 不正競争防止法2条1項11号所定の不正競争に該当しない。 (4) 本件表示1dについて ア 証拠(甲4ないし7)と弁論の全趣旨によれば、本件表示1dは、被告商品EFGの平 成9年9月以降の広告、被告商品FGの平成10年カタログ及び表示札に記載されたもの であり、同各媒体には、「単線ツイストだから・・・・押したわみや押し込み作業中に線の 中ぶくれがないため、力の低減なく先端まで力が加わり長尺・曲がりがよく通る。」、「単線 ツイストタイプのため、撚りたわみがなく剛直性抜群」(広告、カタログ)、「撚りたわみな し剛直性抜群」(表示札)との記載があるとともに、「当社製品 単線」として断面・形状 の線条をその軸心回りに捻回した1本の線条体の断面図が、「撚り線との相違」として3本 の撚り線の線条体の断面図が、比較対照できるように掲載されていることが認められる。  前記のように、被告が、「シルバーエース」の商品名で、3本の撚り線を線条体とする呼 び線を製造、販売していたのは、昭和62年春ころまでであったこと、本件表示1dが掲載 された当時、市場に供給されていた3本の撚り線を線条体とする呼び線は、本件原告商品 のみであったことからすると、前記媒体に「撚り線との相違」として掲載されている3本 の撚り線の線条体の断面図は、本件原告商品を指しているものと認められ、「単線ツイスト だから・・・・押したわみや押し込み作業中に線の中ぶくれがない為、力の低減なく先端 まで力が加わり長尺・曲がりがよく通る」、「(単線ツイストタイプのため、)撚りたわみな し剛直性抜群」との記載を読んだ呼び線の取引者又は需要者は、本件原告商品を、「複線を 撚ったタイプだから・・・・押したわみや押し込み作業中に線の中ぶくれがある為、力の 低減があり先端まで力が加わらず長尺・曲がりがよく通らない」、「(複線を撚ったタイプ のため、)撚りたわみがあり剛直性抜群でない」ものと認識するおそれがあるものと認める のが相当である。 イ 「撚りたわみ」及び「押したわみ」とは、撚り線からなる呼び線自体がたわんでしま う、つまり曲がってしまうことを意味するものと解される。  ところで、呼び線は、電線・通信等の電線類の(主として)屋内配管への挿通の便に供 せられるものであるから、管の真っ直ぐな箇所では真っ直ぐ通り(直進性)、曲がった箇所 では管の内面に沿って曲がりながら通ること(可撓性)が要求される。  したがって、本件表示1dは、単線ツイストタイプであるから、現実の挿通作業に支障を 来すほどの押したわみや撚りたわみはない、という趣旨であると解される。  しかしながら、原告の取引先又は需要者から、本件原告商品が押したわみや撚りたわみ を生じているとの苦情はなかったものと認められ(甲10、原告代表者)、本件原告商品は、 現実の挿通作業に支障を来すほどの押したわみや撚りたわみは生じないものと認められる (被告は、現実の挿通作業で本件原告商品に押したわみや撚りたわみが生じていないこと については、特に反証しない。)。 ウ 「中ぶくれ」とは、押されて撚りが戻って、所々が解けた状態になることであり、そ のため撚られていた撚り線の中に、空隙が生じるため、呼び線自体が膨らむことであると 解される。  しかしながら、証拠(甲10、原告代表者)によれば、原告は、東レ・モノフィラメント 株式会社と本件原告商品の線条体に使用されている3本の撚り線を共同して開発した際、 中ぶくれの発生の有無を含む種々の試験を経て、中ぶくれ等が生じないように、線条体の 素材、太さ、撚り数が選択され、三本の撚り線を熱で固定するなどの工夫も施されたもの と認められ、原告の取引先又は需要者から、その点についての苦情はなかったものと認め られる。  なお、被告は、撚り線は、その構造上、理論的には中ぶくれが生じ得るものであると主 張するが、理論的に考えられたとしても(甲10添付資料4、5にも、撚り線の撚りのピ ッチ等によっては、作業時に中ぶくれが生じる可能性のあることを指摘する記載がある。)、 上記事実からすると、現実の挿通作業において、本件原告商品について、中ぶくれが生じ ることはなかったものと認められる(被告は、現実の挿通作業で本件原告商品に中ぶくれ が生じていないことについては、特に反証しない。)。 エ 以上より、被告が、本件表示1dを、別表掲載媒体欄のd欄記載の広告、カタログ、表 示札に掲載した行為は、原告の営業上の信用を害するおそれがある虚偽の事実を流布した 行為に当たるから、不正競争防止法2条1項13号に該当する。 2 争点3(損害の額)について (1) 既に判示した事情によれば、被告が前記不正競争を行うにつき少なくとも過失があっ たものと認められるから、被告は、前記不正競争行為により原告に生じた営業上の損害を 賠償する責任を負う。 (2) そして、被告が、本件表示1b及び1dを、別表媒体欄のうちb欄又はd欄にそれぞれ 掲載した行為は、原告の営業上の信用を害する虚偽の事実を流布する行為であるから、こ れにより、原告には信用毀損が生じたものと認められる。もっとも、本件表示1b及び1d の表示は、原告又は本件原告商品を名指ししたものではなく、被告の商品と類似する商品 又は3本の撚り線形上の線状本体を有する呼び線との違いを表示したものであるところ、 同表示を見た者の間に、被告の商品と類似する形状の呼び線又は3本の撚り線形状の線状 本体を有する呼び線は、原告の商品であるとの認識が浸透していたと認めるに足る証拠は ないこと、その他上記表示が付された期間、回数、掲載された媒体の種類など、本件に現 われた一切の事情を総合考慮すれば、信用毀損を賠償するための損害額は、金50万円と するのが相当である。  なお、被告の上記行為により、本件原告商品の売上が、いくらかでも減少した可能性は 否定できないが、原告の逸失利益を具体的に認めるに足りる証拠はない。 (3) 原告は、被告が本件表示1及び2を掲載した行為が、不正競争防止法2条1項12号 に該当する旨主張するが(争点2)、仮にそのような事実が認められるとしても、それと因 果関係のある原告の逸失利益の額は全く明らかでないのみならず、それは本件被告商品の 品質が現実のものよりも優れたものであるとの印象を需要者に与えたことを意味するにす ぎないから、同行為により、原告に信用毀損が生じたとも認められない。 (口頭弁論終結日 平成一一年一一月二日) 大阪地方裁判所第二一民事部 裁判長裁判官 小松 一雄    裁判官 高松 宏之    裁判官 安永 武央