・大阪地判平成11年12月21日  呼び線不正競争U事件。  第一事件原告(第二事件被告:ミノル工業株式会社)は、諸作業工具の製造、販売等を 目的とする株式会社であり、第一事件原告(株式会社マーベル)は原告ミノルの製品を一 手に卸販売している。第一事件被告(第二事件原告:ジェフコム株式会社)は、「Jet ライン」の商品名で、呼び線(原告商品)の製造、販売を開始した。  判決は、第一事件の各請求(不正競争防止法2条1項1号、意匠権侵害)を棄却し、第 二事件の請求(不正競争防止法2条1項13号)を認容した。すなわち、原告商品の包装 に、「形状をまねた類似品にご注意下さい。」という表示(本件表示)を付したことによ って、「被告が被告商品群を製造、販売していることを知っている者が、本件表示を読め ば、被告商品群の形状は、原告商品の形状を不当にまねたものであると認識すると考えら れるから、本件表示は、被告の営業上の信用を害する表示であるといえる」として、第二 事件被告に対し、その商品「『Jetライン』の包装に、「形状をまねた類似品にご注意 下さい。』との表示を付してはならない」こと、および80万円の損害賠償を命じた。 ■争 点 ・第一事件の争点 1 不正競争防止法違反について (1) 原告商品の形態は、原告の商品表示として周知か。 (2) 原告商品の形態と被告商品群の形態は類似するか。 (3) 被告が被告商品群を製造、販売することは、原告商品と混同を生じさせるか。 2 被告が、被告商品群を製造、販売することは、本件意匠権を侵害するか。 3 原告ミノルが被った損害の額。 ・第二事件の争点 1 本件広告及び本件表示は被告の営業上の信用を害する虚偽の事実の流布に当たるか。 2 原告ミノルに、故意又は過失はあるか。 3 損害の額及び消滅時効。 4 謝罪広告の必要性。 ■判決文 第4 当裁判所の判断 (第一事件について) 1 争点1(1)(周知な商品表示性)について (1) 元来、商品の形態は、主としてその具備する機能を最も良く発揮させる目的や美感を 高める目的で選定されるものであって、商標のように商品の出所を識別させる目的で選定 されるものではない。しかし、当該商品の形態が同種の商品と識別できるだけの個性的な 特徴を示す場合には、長期間独占的に使用するとか、宣伝広告を積極的に展開するとか、 種々の媒体に取り上げられるとか、多くの販売実績を積み重ねるとかの事情が重なること によって、需要者の間において、その形態を有する商品は特定の事業者が製造販売してい る商品であるとの認識が浸透することがあり得、その場合には、商品形態も不正競争防止 法2条1項1号にいう周知の商品表示たり得ると解される。  ところで、本件における不正競争防止法に基づく請求は、(ア)被告商品EないしGの製 造、販売の差止め等、(イ)平成7年6月から平成10年5月までの間に被告が被告商品群 を製造、販売したことによる損害賠償である。したがって、本件において、原告商品の形 態が原告商品であることの商品表示として周知性を有しているか否かを判断する基準時は、 (ア)の関係では現時点(本件の口頭弁論終結時)であり、(イ)の関係では平成7年6月以 降ということになる。 (2) そこでまず、原告商品の形態の特徴性、販売量及び宣伝広告の状況について見ると、 後掲各証拠によれば、次の事実が認められる。 《中 略》 (6) 以上のことからすると、原告商品の形態は、その発売当初、相当程度の特異性を有し ていたと認められるものの、その後の市場の状況や呼び線の取引の実情に照らして考えた 場合、平成7年6月の時点から現在までの間に、需要者の間において、原告商品の形態は 特定の事業者が製造、販売する商品であるとの認識が浸透していたとは認められないから、 原告商品の形態が周知な商品表示であると認められない。 (7) 以上より、その余の争点について判断するまでもなく、被告が被告商品群を製造販売 する(した)ことは、不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争に該当しないから、原 告らの同法に基づく請求は理由がない。 2 争点2(意匠権侵害)について 《中 略》  したがって、被告商品群が本件登録意匠と類似しているとは認められない。 《中 略》  したがって、原告ミノルの主張は採用することができない。 (7) 以上より、その余の争点について判断するまでもなく、原告ミノルの意匠権侵害に基 づく請求は理由がない。 (第二事件について) 1 被告の本件請求のうち本件広告に関するものについて (1) 原告ミノルが月刊誌「電気と工事」の平成5年8月号まで本件広告を掲載したことは、 前記第2(争いのない事実)5記載のとおりであるが、その後原告ミノルが本件広告をし たことや今後するおそれがあるとの立証はない。  したがって、本件請求のうち本件広告と同種の広告の掲載の差止めを求める請求は理由 がない。 (2) また、原告ミノルは、第二事件の訴え提起時点(平成10年9月8日)で3年が経過 した被告の原告ミノルに対する損害賠償請求権について消滅時効を援用しているところ、 被告が主張する原告ミノルの不正競争の内容からして、仮に原告ミノルの行為が不正競争 防止法2条1項13号所定の不正競争に該当するとしても、被告は、原告ミノルの同不正 競争がなされると同時にその損害及び加害者を知っていたものと認められる。したがって、 原告ミノルが、被告に対し、平成7年9月7日以前の行為に基づき、損害賠償債務を負っ たとしても、同債務は本件第二事件の提訴の時点で時効消滅したものというべきである。  したがって、本件請求のうち、原告ミノルの本件広告の掲載を理由とする損害賠償請求 は理由がない。 (以下は、本件請求のうち本件表示に関するものについて判断を示す。)  2 争点1(営業上の信用を害する虚偽の事実の流布)について (1) 前記第2(争いのない事実等)4記載のとおり、原告ミノルは、遅くとも平成7年9 月8日から平成10年8月3日まで、原告商品の包装に、「形状をまねた類似品にご注意下 さい。」という表示(本件表示)を付したが、弁論の全趣旨によれば、その期間中、3本の 撚線形状を線条本体とする呼び線は、原告商品以外には被告商品群しか存在しなかったこ とが認められる。したがって、本件表示が、被告商品群を意識したものであることは明ら かである。  そして、被告が被告商品群を製造、販売していることを知っている者が、本件表示を読 めば、被告商品群の形状は、原告商品の形状を不当にまねたものであると認識すると考え られるから、本件表示は、被告の営業上の信用を害する表示であるといえる。 (2) そこで、本件表示が虚偽の表示といえるかどうか、すなわち、被告商品群が、原告商 品の形状をまねていないといえるかどうかを検討する。 ア 被告商品Dについて  原告商品は、連結金具、棒状ワイヤ、接続金具、3本の撚線形状からなる線条本体及び 連結金具から成り立っている。そして、被告商品Dも、原告商品と同様、連結金具、棒状 ワイヤ、接続金具、3本の撚線形状からなる線条本体及び連結金具から成り立っている(検 乙1)。そして、検甲1(原告商品)と検乙1(被告商品D)とを比較すれば、原告商品と 被告商品Dは、各構成要素の具体的形状も類似していることが認められる。もっとも、被 告商品Dは、連結金具の中途から棒状ワイヤ、接続金具にかけてと、他方の連結金具近傍 の線条本体に、ビニール被覆があることが認められるが、同ビニール被覆を通じても、被 告商品Dの上記構成を看取することはできるから(同)、結局、被告商品Dは、原告商品に 類似しているものと認められる。  そして、被告商品Dの製造、販売が開始された当時、原告商品のような構造を有する呼 び線は原告商品しか存在しなかったものと認められるから(弁論の全趣旨)、被告は、被告 商品Dを製造するに当たって、原告商品の形状を参考にしたものと認められる。  したがって、被告商品Dの形状が、原告商品の形状をまねたものではないとは認められ ない。 イ 被告商品EないしGについて  被告商品Eは、連結金具、棒状ワイヤ、接続金具、3本の撚線形状からなる線条本体、 接続金具及び環状ワイヤから成り立っており、被告商品F及びGは、連結金具、棒状ワイ ヤ、3本の撚線形状からなる接続金具、線条本体、接続金具、棒状ワイヤ、接続金具及び 環状ワイヤから成り立っている。  そうすると、原告商品と被告商品EないしGは、(ア)原告商品の両端部が連結金具であ るのに対し、被告商品EないしGは一方の端部が連結金具で他端部が環状ワイヤである点 で異なり、(イ)原告商品には線条本体の一方の端部にしか棒状ワイヤがないのに対し、被 告商品F及びGは、線条本体の両端部に棒状ワイヤがある点で異なる。そして、呼び線の 端部に連結金具があるか環状ワイヤがあるかは、結線性という呼び線の性能と深くかかわ るものであり、棒状ワイヤが線条本体の一方端部にしかないか、両端部にあるかは、挿通 性という呼び線の性能と深くかかわるものであり、呼び線全体の視覚的印象に対する影響 は大きいというべきである。  したがって、原告商品の形状と被告商品EないしGの形状は、ともに3本の撚線形状の 線条本体を有する点で共通するものの、上記の違いにより類似していないものと認められ る。  よって、被告商品EないしGの形状は、原告商品の形状をまねたものではないと認めら れる。 (3) 前記第2(争いのない事実等)3記載のとおり、被告は、平成2年4月から平成8年 末ころまで、被告商品Dを製造、販売したが、平成9年以降は、被告商品EないしGしか 製造、販売していない(ただし、被告商品Fは平成9年末以降の製造、販売であり、被告 商品Gは平成10年以降の製造、販売である。)。  したがって、被告が被告商品Dを販売していた平成8年末までは、本件表示が虚偽の表 示であるとは認められないが、平成9年以降、原告ミノルが本件表示を付した行為は、被 告の営業上の信用を害する虚偽の表示を流布する行為であったと認められる。 (4) 以上より、被告の原告ミノルに対する、本件表示の差止めを求める請求は理由がある。 なお、本件表示は、現在流布されていないが、それは、原告ミノルに対し本件表示の使用 差止めを命じた仮処分決定(当庁平成9年(ヨ)第3012号)の執行の結果であると認め られるので(乙25)、差止めの必要性は依然として認められる。 3 争点2(故意又は過失)について (1) 上記のように、原告ミノルが、平成9年以降、本件表示を付した行為は、不正競争防 止法2条1項13号所定の不正競争に該当するが、既に判示したように、被告は、平成8 年末まで、原告商品の形状をまねていないとは認められない被告商品Dを製造、販売して いたのであるから、原告ミノルが上記不正競争を行ったことについて、直ちに過失があっ たとは認められない。  もっとも、被告は、平成9年7月22日付文書により、原告ミノルに対し、本件表示を 中止するよう文書で警告し、この警告書は同月25日に原告ミノルに到達したことが認め られるから(乙26)、その時点で、原告ミノルは、被告が製造、販売する呼び線について 調査すべきであったのであり、調査すれば、当時被告が製造、販売している呼び線は被告 商品Eのみであり、原告商品の形状をまねたものではないことが、容易に判明したはずで あると認められる。  したがって、原告ミノルは、平成9年7月26日以降、本件表示を付した行為につき、 過失があるものというべきである。 (2) 以上より、原告ミノルは、平成9年7月26日以降の上記不正競争につき損害賠償義 務を負う。 4 争点3(損害額)及び争点4(謝罪広告の必要性)について (1) 上記認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、平成9年7月26日以降、原告ミノルが 原告商品の包装に本件表示を付した行為により、被告は営業上の信用を害され、無形の損 害を被ったものというべきである。もっとも、本件表示は、被告のことを名指ししたもの ではなく、「形状をまねた類似品にご注意下さい。」と表示したものであるところ、被告商 品F及びGの形状が被告の商品表示として機能していた程度は、原告商品の形態と同様、 低いものと考えられること、その他、本件に現れた一切の事情を総合勘案すると、被告が 平成9年7月26日から平成10年8月3日まで80万円と評価するのが相当である。 (2) 以上より、被告の原告ミノルに対する損害賠償請求は、金80万円及びこれに対する 平成10年9月12日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理 由がある。 (3) なお、被告が受けた損害は、既に過去のものであり、その損害額も上記の程度である から、損害賠償に代えて又は損害賠償とともに謝罪広告の必要性を認めることはできない。 (口頭弁論終結日 平成一一年一一月二日) 大阪地方裁判所第二一民事部 裁判長裁判官 小松 一雄    裁判官 高松 宏之    裁判官 安永 武央