・東京高判平成12年1月18日  大鵬薬品試験研究事件:控訴審。  原判決は最判平成11年4月16日を引用して、被控訴人(シオノケミカル株式会社) による本件試験を、特許法69条1項に該当するとして、控訴人(大鵬薬品工業株式会社) の請求を棄却した。本件控訴審判決は控訴を棄却した。 ■判決文 第三 当裁判所の判断  当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないと判断する。その理由は、次のとおり当審 における控訴人の主張に対する判断を付加するほかは、原判決の事実及び理由「第三 争 点に対する判断」と同じであるから、これを引用する。 (当審における控訴人の主張に対する判断) 一 控訴人は、本件試験について、それが極めて単純かつ形式的な内容であり、新たな知 見が得られる可能性が皆無であるから、特許法六九条一項が予定する試験には含まれない と主張する。 1 しかし、本件試験は、後発医薬品の製造につき薬事法一四条所定の承認申請をするた め、右申請書に添付すべき資料を得るのに必要な試験である。そうである以上、特許法上、 本件試験が特許法六九条一項にいう「試験」に当たらないとすると、その結果が、特許制 度の根幹に反するものとなること、及び特許権存続期間中に本件試験のために特許発明に 係る化学物質を使用することを排除し得るものと解すると、それは特許権者に付与すべき 利益として特許法が想定するところを超えるものとなることは、原判決の事実及び理由 「第三 争点に対する判断」一2、3のとおりである。 2 この点に関して、控訴人は、小分け製造承認申請のための試験の適法性が否定されて も、後発医薬品メーカーが特許権存続期間中に製造承認申請用試験を行うことが認められ る限り、特許権存続期間終了後、後発医薬品が速やかに広く社会一般に普及される可能性 は確保されるから、本件最判が懸念するところの当該発明を自由に利用し得ないような弊 害は生じ得ないと主張する。  しかし、特許権の存続期間が終了した後は、何人でも自由にその発明を利用することが できることが特許制度の根幹の一つであることは、原判決の事実及び理由「第三 争点に 対する判断」一1で述べられているとおりである。ところが、特許権存続期間中は本件試 験を行えないものとすると、特許権の存続期間が終了した後も、なお相当の期間、被控訴 人は本件発明を小分け製造という方法により利用することができず、その自由な利用を妨 げられることになる。これが前示特許制度の根幹に反することは明らかである。 3 以上のとおり、控訴人の主張は、特許法六九条一項が予定する試験は、それによって 新たな知見が得られる可能性のあるものに限られるとの独自の見解を根拠に、右特許制度 の根幹及び特許権者に付与すべき利益として特許法が想定するところを無視しようとする ものであって、採用することができない。 二 控訴人は、小分け製造承認申請の目的で小分け先に譲渡する製剤を製造すること自体 が、将来の販売を目的として事前に特許製品を製造・備蓄することに当たり、特許権存続 期間終了後の販売のための準備行為そのものであることを前提に、後発医薬品メーカーが 小分け製造承認申請を目的として特許権存続期間中に製剤を譲渡する行為は特許権の侵害 となるとして、本件試験についても、右製剤を使用したものであるから許されないと主張 する。 1 しかし、弁論の全趣旨によれば、長生堂が被控訴人に対して行った後発医薬品の譲渡 は、本件試験の実施を唯一の目的とし、同試験に必要な量に限定して行われ、右後発医薬 品は、本件試験によって費消されてしまったことが認められるから、右後発医薬品の製造 ・譲渡をもって、将来の販売を目的として事前に特許製品を製造・備蓄したものというこ とはできない。 2 本件試験は、小分け製造につき薬事法一四条所定の承認申請をするため、右申請書に 添付すべき資料を得るのに必要な試験であるから、本件試験に使用する後発医薬品は、長 生堂が製造して被控訴人に譲渡した製剤を用いなければならないことは明らかである。そ うすると、長生堂の右製剤の製造・譲渡は、薬事法に基づく小分け製造承認申請のための 試験に必要な範囲のものというべきである。しかも、右譲渡が、本件特許権の特許権存続 期間中における控訴人の独占的実施の利益を害するものでもない。したがって、それが本 件特許権を侵害したものということはできない。 3 控訴人は、特許権存続期間終了後の販路拡大の実質を有する行為は、すべて特許権侵 害行為となるかのような口吻の主張をするが、もしそうだとすれば、独自の見解というべ きである。特許権存続期間終了後は、何人でも自由にその発明を利用できることこそが、 特許権制度の根幹の一つであることは前述のとおりであるから、期間終了後の販路拡大の ための行為は、特許権の効力の及ぶ特許発明に該当しない限り、特許権存続期間中であっ ても何ら制約を受けるものではなく、これが特許法によって禁止されることはあり得ない からである。 4 以上のとおり、長生堂が被控訴人に対して行った後発医薬品の譲渡は、本件特許権を 侵害するものということはできないから、控訴人の主張は、その前提を欠くものである。 三 控訴人は、被控訴人が長生堂から譲り受け、小分け製造承認申請に添付した生物学的 同等性試験のデータが、虚偽、ねつ造あるいは薬事法違反の疑いすらあり、申請そのもの が薬事法に違反している可能性があり、本件試験がそのデータを利用する等して実施され たことを前提として、本件試験について、特許法六九条一項の試験に該当しないと主張す る。 しかし、本件で問題になるのは、本件試験が特許法六九条一項の試験に該当するか否かと いう純粋に特許法の解釈に関するものであって、被控訴人がした小分け製造承認申請に対 する薬事法上の評価に関するものではない。後者の問題は、原則として、薬事法の問題と して、本件とは別の手続きでその解決が図られるべきであり、被控訴人がした小分け製造 承認申請に、仮に薬事法上問題があるとしても、その問題を根拠に本件試験を特許法六九 条一項の試験に該当しないものと見ることが許されるのは、右申請が、ねつ造の資料をね つ造と知りつつ提出するなど悪質であり、その悪質さのゆえに、そのために行われた本件 試験も、もはや小分け製造承認申請のために必要なものと評価し得ない特別の事情のある 場合に限られるものというべきである。  ところが、この点について控訴人の主張するところは、結局のところ、被控訴人が小分 け製造承認申請に当たって添付した、長生堂から譲り受けた資料に問題があるというにと どまるものであり、これをもって右特別の事情に該当するものとすることはできない。そ の他、右事情に該当すべき事実は、本件全証拠によっても認めることができない。  控訴人の右主張は、採用することができない。 第四 結論  以上のとおり、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、 訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第六民事部 裁判長裁判官 山下 和明    裁判官 山田 知司    裁判官 宍戸 充 (第一審:東京地判)