・東京高判平成12年1月18日判決速報298号9232  ネコのポストカード事件:控訴審。  原告は、猫を題材としたパステル画を中心に創作活動をしている画家であり、被告(総 合企画アートノア)は、絵画の売買等を営むほか、美術関係図書の発行等を業とする株式 会社芸術新聞社の代表者である。  本件は、原告が被告に対し、(1)@主位的に、原告が著作した絵画の販売委託契約の 解除若しくは右絵画の所有権に基づいて、右絵画のうち、被告が現在保管中の絵画の返還 を、右契約に基づいて、売却済みの絵画につき原告の取り分の支払を、A予備的に、右絵 画の売買契約に基づいて、代金の支払を、(2)右絵画に係る著作権に基づいて、これを 複製したポストカードの製作等の差止め及び右ポストカード等の廃棄、並びに損害賠償の 支払を、それぞれ請求した事案である。  原審判決は、まず、原告と被告の間の本件絵画の取引に関する契約が、売買契約ではな く販売委託契約であったと解釈した。その結果、未払いの95万円の支払いを命じた。ま た、被告によるポストカード製作については、事前の許諾がなかったものと認めて、差止 め(製作・販売・頒布の禁止、被告所有の各ポストカードおよびその半製品ならびに各ポ ストカードを製作するために用いられる印刷用原版の廃棄)、および販売価格の10%の 使用料相当額12万7058円の損害賠償の請求を認容した。  本件控訴審は、控訴を棄却した。 (第一審:東京地判平成11年6月25日) ■判決文 第三 争点に対する判断  当裁判所も、控訴人の本訴請求は、原判決の認容した限度で理由があり、その余は理由 がないと判断する。その理由は、次のとおり訂正し、当審における控訴人の主張に対する 判断を付加するほかは、原判決の事実及び理由「第三 争点に対する判断」のとおりであ るから、これを引用する。 《中 略》 (当審における控訴人の主張に対する判断) 一 平成四年ころ被控訴人の作品に付されていた販売価格と、画商が被控訴人に支払って いた金額について 《中 略》 3 以上の事実に原判決の事実及び理由「第三 争点に対する判断」一1(四)及び(五)の 事実を加えて総合すれば、平成四年ころの被控訴人の作品には、六号の絵について約九万 円前後、一〇号の絵について約一三万円前後、一五号の絵について約一八万円前後、二〇 号の絵について約二〇万円前後の価格が付けられ、実際にもその程度の価格で画商から消 費者に販売されていたこと、画商により、また、買取契約か販売委託契約かにより多少の 違いはあるものの、その販売価格(上代)の約二〇ないし三〇パーセント(額付きの場合 は約四〇パーセント)が画商から被控訴人に支払われていたことが認められる。 4 本件絵画について、乙第三六号証に記載された各絵画の大きさ及び右認定に係る平成 四年ころの被控訴人の作品に付された価格と画商から被控訴人に支払われていた金額の割 合を考慮すれば、これが四〇万円で売買されるようなものであったとは到底考えられない。 5 控訴人は、「一枚の繪」に掲載されている価格は、絵画の制作者自身に支払われる対 価とはかけ離れたものであると主張する。 確かに、被控訴人に支払われた金額は、「一 枚の繪」に掲載されている価格の二五ないし三〇パーセントであるけれども、そのことを 前提としても、なお、本件絵画が四〇万円で売買されるようなものであったと考えられな いことは前認定のとおりである。  また、控訴人は、「一枚の繪」について、画商が評価する価格とも大きく異なった独特 の価格付けをしており、客観性のある評価ではないとも主張する。しかし、前記1認定の 事実からみれば、「一枚の繪」が被控訴人の作品に付した価格は、画商である株式会社S が被控訴人の作品に付した価格とも一致しており、しかも、画商である有限会社D及びA のそれと比べても不自然なところはないものというべきである。  さらに、控訴人は、平成五年八月以後の価格は、平成四年当時とは全く事情を異にして いると主張する。しかし、被控訴人の作品に付された販売価格及びその作品の販売によっ て被控訴人に支払われる金額は、平成四年から平成六年一〇月の間には、ほとんど変動が なかったことは、前認定のとおりである。  控訴人の主張は、いずれも採用することができない。 二 控訴人は、被控訴人は控訴人を全面的に信用し、被控訴人は控訴人にすべてを任せて いたから、被控訴人が控訴人に進んで引き渡した本件絵画は、売買されたものとみる以外 にないと主張する。  しかし、被控訴人が控訴人を信頼していたからこそ、まだ所有権を移転しておらず、対 価も受け取っていないのに本件絵画を引き渡したともみることができ、そうすると、被控 訴人が控訴人を信頼していたことは、被控訴人から控訴人への本件絵画の引き渡しが販売 委託契約であったことを推認させる事情ということもできるところである。  また、控訴人の主張するところが、被控訴人は、控訴人に対し、売買とするか否か、売 買とする場合の代金額をいくらとするか等を含め、本件絵画につきどのように処理されて も異議を述べないとの限度まで任せていた、との趣旨であるならば、本件全証拠によって もそのような事実を認めることはできない。 三 控訴人は、被控訴人は、控訴人に見出されたことにより、実質的に得たものとして、 ある程度の画家としての評価があるから、このような関係を取引としてみるときは、売買 契約と認定されるべきであると主張する。しかし、被控訴人の作品は、平成四年ころには 既に複数の画商や美術雑誌によって一定の価格で評価され、販売されていたものであるう え、平成四年末ころから平成五年にかけての本件に係る控訴人の宣伝・販売活動は、被控 訴人の作品に付された販売価格及びその作品の販売によって被控訴人に支払われる金額を 平成六年一〇月の間には、ほとんど変動させるものではなかった程度のものと認められる。 そうすると、被控訴人にとって、控訴人との取引は、被控訴人が従来他の画商から評価さ れていた価格とかけ離れた低い金額で控訴人に自分の作品を売却するという経済的損失を 被ってまで、これをする必要があったものとは認められない。したがって、本件における 控訴人の宣伝・販売活動によって、画家としての被控訴人の評価が多少高まったとしても、 そのことは、控訴人と被控訴人との契約が、売買であることの証左となるものではない。 四 控訴人は、被控訴人が原審における本人尋問において、「アート・トップ」に被控訴 人の作品が掲載される理由について、「ご自分(判決注・控訴人を指す。)で私の絵を売 るために載せるのかなと思いました。」という趣旨を繰り返し供述していることをもって、 控訴人が被控訴人から買い取った絵画を、控訴人が売りに出すということを述べていると 主張する。しかし、右供述は、控訴人が被控訴人から販売委託された本件絵画を、控訴人 が販売しようとしていると思ったという趣旨に十分理解され得るものであるから、原告の 主張は、採用することができない。 第四 結論  よって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴 訟法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第六民事部 裁判長裁判官 山下 和明    裁判官 山田 知司    裁判官 宍戸 充