・名古屋地判平成12年1月19日判タ1070号233頁  「ギャロップレーサー」事件:第一審。  原告らは、その所有する競走馬の馬名等を使用した本件各ゲームソフト(ジョッキーレ ーシングゲーム「ギャロップレーサー」、ジョッキーレーシングゲーム「ギャロップレーサ ーU」)を製作、販売する被告(テクモ株式会社)に対して、その行為がいわゆる「パブリ シティ権」の侵害であると主張して、右各ゲームソフトの製作、販売等の差止めを求める とともに、不法行為にもとづく損害賠償を請求した。判決は、それぞれについて損害賠償 請求を認容した。 (控訴審:名古屋高判平成13年3月8日、上告審:最判平成16年2月13日) ■評釈等 新井みゆき・知財管理50巻11号1749頁(2000年) 小倉秀夫・CIPICジャーナル107号49頁(2000年) 三浦正広・発明98巻4号109頁(2001年) ■判決文 ■争点1:競走馬の馬名等について、いわゆる「パブリシティ権」が認められるか。権利 の性質、内容と成立要件及び存続期間について □一般論 1 固有の名声、社会的評価、知名度等を獲得した著名人の氏名、肖像を商品の宣伝、広 告に利用し、あるいは商品そのものに付することにより、当該商品の販売促進に効果をも たらすことがあることは一般によく知られている。 これは、著名人に対して大衆が抱く 関心や好感、憧憬、崇敬等の感情が当該著名人を表示する氏名、肖像等に波及し、ひいて は当該著名人の氏名、肖像等と関連づけられた商品に対する関心や所有願望として大衆を 当該商品に向けて吸引する力を発揮してその販売促進に効果をもたらす結果であると理解 できる。その結果、著名人の氏名、肖像等は、当該著名人を象徴する個人識別情報として それ自体が顧客吸引力を持つようになり、一個の独立した経済的利益ないし価値を具備す ることになる。そして、このような著名人の氏名、肖像等が持つこのような経済的な利益 ないし価値は著名人自身の名声、社会的評価、知名度等から派生するものということがで きるから、著名人がこの経済的利益ないし価値を自己に帰属する固有の利益ないし権利と 考え、他人の不当な使用を排除する排他的な支配権を主張することは正当な欲求であり、 このような経済的利益ないし価値は、現行法上これを権利として認める規定は存しないも のの、財産的な利益ないし権利として保護されるべきである。このように著名人がその氏 名、肖像その他の顧客吸引力のある個人識別情報の有する経済的利益ないし価値(パブリ シティの価値)を排他的に支配する権利がいわゆる「パブリシティ権」と称されるもので ある(東京高裁平成三年九月二六日判決・判例時報一四〇〇号二ページ、同平成一一年二 月二四日判決平成一〇年ネ第六七三号参照)。 そして、パブリシティ権は、排他的にパブリシティの価値を支配する権利であるから、無 断で氏名、肖像その他顧客吸引力のある個人識別情報を利用するなどパブリシティの価値 を侵害する行為がなされた場合には、不法行為に基づく損害賠償請求権が認められるのみ ならず、当該侵害行為の差止めや侵害物の廃棄等を求めることができるとされている。 2 パブリシティ権が認められるに至ったのは、著名人に対して大衆が抱く関心や好感、 憧憬、崇敬等の感情が当該著名人を表示する氏名、肖像等に波及し、ひいては当該著名人 の氏名、肖像等と関連づけられた商品に対する関心や所有願望として大衆を当該商品に向 けて吸引する力を発揮してその販売を促進する効果をもたらす結果、氏名、肖像その他の 顧客吸引力のある個人識別情報そのものが経済的利益ないし価値を有するものと観念され るに至ったものである。  そうであるとするならば、大衆が、著名人に対すると同様に、競走馬などの動物を含む 特定の物に対し、関心や好感、憧憬等の感情を抱き、右感情が特定の物の名称等と関連づ けられた商品に対する関心や所有願望として、大衆を当該商品に向けて吸引する力を発揮 してその販売促進に効果をもたらすような場合においては、当該物の名称等そのものが顧 客吸引力を有し、経済的利益ないし価値(パブリシティの価値)を有するものと観念され るに至ることもあると思われる。  すなわち、パブリシティ権は、アメリカの判例法上承認され、認められてきたものであ り、わが国の判例においても、芸能人について、パブリシティの権利が認められたが、プ ロ野球の選手、サッカーのJリーグの選手をはじめとして、著名なプロスポーツ選手につ いても、その氏名、肖像に同様の顧客吸引力があり、パブリシティの権利を有するものと 認められていることは、公知の事実である。甲五及び甲六によれば、プロ野球の球団名や 選手名等、Jリーグのクラブ名、選手名等を、ゲームソフトで使用するについて、社団法 人日本野球機構及び社団法人日本プロサッカーリーグが、それぞれゲームソフト製作販売 会社との間において、一定額の使用許諾料を支払う旨の契約が締結されているが、これは プロ野球の選手やJリーグのサッカー選手がパブリシティ権を有することの現れである。  ところで、競馬は、騎手が競走馬に騎乗して速さを競うものであるが、大衆の関心は、 騎手のみならず、競走馬そのものに対しても集まり、重賞レースに優勝するなど、競争に 強い馬の知名度、好感度は増し、プロスポーツ選手同様にファンからスター扱いされてい ることは、公知の事実である。このような競走馬の人気を商業的に利用しようとした場合 には、著名人と同様な顧客吸引力を発揮するものと思われる。  このように、「著名人」でない「物」の名称等についても、パブリシティの価値が認めら れる場合があり、およそ「物」についてパブリシティ権を認める余地がないということは できない。また、著名人について認められるパブリシティ権は、プライバシー権や肖像権 といった人格権とは別個独立の経済的価値と解されているから、必ずしも、パブリシティ の価値を有するものを人格権を有する「著名人」に限定する理由はないものといわなけれ ばならない。  このような物の名称等がもつパブリシティの価値は、その物の名声、社会的評価、知名 度等から派生するものということができるから、その物の所有者(後述のとおり、物が消 滅したときは所有していた者が権利者になる。)に帰属する財産的な利益ないし権利として、 保護すべきである。  このような、物の名称等の顧客吸引力のある情報の有する経済的利益ないし価値を支配 する権利は、従来の「パブリシティ権」の定義には含まれないものであるが、これに準じ て、広義の「パブリシティ権」として、保護の対象とすることができるものと解される(以 下「パブリシティ権」とは、断らない限り、広義のそれを意味するものとする。)。 3 このような見解については、その物の名称等を利用することにより、その物の価値が希 薄化する(ダイリューション)することはないから、その物の価値を害するような利用方 法(ポリューション)でない限り、何人も顧客吸引力を有する物を自由に利用し得るもの であり(フリーライドは違法でない。)、その物の所有者が排他的にパブリシティの価値を 支配する権利はないとの見解があり、被告の主張中には、これと同様の趣旨の主張がある。  しかしながら、「物」一般について、物の有する顧客吸引力について所有者以外の者が利 用するのは自由であるという根拠はなく、その物の内容、顧客吸引力の程度とこれを備え るに至った事情によっては、所有者以外による顧客吸引力の利用は制約されるべきである との商業的通念が形成される場合もあるのであり、顧客吸引力が主としてその運動能力に より形成され、広い範囲の大衆の人気を得ているなど、他のプロスポーツ選手の場合と現 象的には異ならない本件のような競走馬については、顧客吸引力の商業的利用の制限につ いての通念が形成されている可能性が大であり、どのような利用も違法にはならないと断 言することはできない。 次に、被告は、現行法上「物のパブリシティ権」を権利として認める規定は存しないし、 標章であれば商標法により、商号であれば商法により、著作権(著作隣接権を含む。)であ れば著作権法により、あるいは不正競争防止法により、法的に保護が図られるのであるか ら、それ以外の権利を創設すべきではないと主張する。  なるほど、現行法上、商標法、商法等により氏名、肖像等の経済的価値を把握し、これ を利用することを積極的に保護しているが、商標法による保護は、それが指定商品又は指 定役務について商標登録された場合にのみその範囲において認められるものであり、商法 による保護は商人が営業活動をするについて用いる商号に限られるし、不正競争防止法に よる保護を受けるためには、それが同法にいう需要者の間に広く認識された商品等表示に 該当し、かつこれと同一又は類似の商品等表示を使用する等して商品又は類似の商品等表 示を使用する等の行為がされる場合に限られる。また、物の名称等は、思想、感情の表現 でなく、著作物性が認められないから、著作権法(著作隣接権を含む。)の保護を受けない。 このように、商標法、商法、不正競争防止法、著作権法など現行の知的財産権法による権 利だけでは、前記経済的価値の保護に十分ではない。  たしかに、「物のパブリシティ権」は新たな権利であり、公示手段の不明確性とあいまっ て種々の問題があり、その権利の主体や客体、成立要件や権利期間、譲渡方法、公示方法、 侵害手段等が明確にされる必要がある。  しかし、社会状況の変化により、新たな権利が認められてきたことは、歴史的事実であ って、その価値ないし利益が社会的に容認されるものであり、かつ、その社会において成 熟したものであれば、これを保護する必要があり、また社会的正義にもかなうものと解さ れる。 4 そこで、物の名称、肖像等が顧客吸引力を有する場合の、成立要件、効果としての権 利期間、救済手段、譲渡の効果等はどのようなものと解すべきかを確定することが必要と なる。前記のとおり、物についてのパブリシティ権が認められる根拠は著名人のそれと同 様であるから、基本的に同様に解することが可能であるが、物であることにより生ずる差 異もあるので、どのような点で異なるか、その前提として、いわゆる物についてのパブリ シティ権の性質について検討する。  著名人に関するパブリシティ権は、人格権として認められるプライバシー権や肖像権と は別個独立の経済的価値として把握されるものの、パブリシティの価値が著名人自身の名 声、社会的評価、知名度等から派生することから、著名人がこれを自己に帰属する固有の 利益ないし権利と考えるのは自然であるとして、その発生の時から人格権の主体である当 該著名人に帰属するものとされており、人格権の帰属と表裏一体の密接な関係を有するも のとして認められる。これに対し、物については、人格権を観念することはできず、物に 対する所有権との関係で考慮する必要がある。  原告らは、本件各競走馬の馬名等のパブリシティ価値を、所有権に含まれると主張して いる。しかしながら、所有権は、有体物をその客体とする権利であるから(民法二〇六条、 八五条)、パブリシティ価値のような無体物(無体財産権)を権利の内容として含むもので はない(最高裁昭和五九年一月二〇日判決民集三八巻一号一頁参照)。したがって、パブリ シティ価値は、所有権の内容の一部であるとは観念できず、所有権とは別個の性質の権利 であると解するほかない。ただし、パブリシティ価値は、飽くまでも物自体の名称等によ って生ずるのであり、所有権と離れて観念することはできないものといわざるを得ず、所 有権に付随する性質を有するものと解される。  よって、著名人のパブリシティ権と、物についてのパブリシティ権とでは、その性質が 人格権との密接な関係か、所有権との密接な関係かで、差異が生ずるものと解される。具 体的には、以下で述べるとおり、救済手段として差止請求ができるかどうか、所有権が移 転した場合に移転するかどうかの点で異なるものと解される。 5 以下、物についてのパブリシティ権の、@成立要件、A侵害があった場合の救済手段、 B譲渡による効果、C権利期間等はどのようなものか検討する。 (一) 成立要件  物に関する名称等にパブリシティ権が成立するための要件としては、著名人にパブリシ ティ権が成立する要件と同様となるものと解される。つまり、大衆が、特定の物に対し、 関心や好感、憧憬、崇敬等の感情を抱き、右感情が特定の物の名称等と関連づけられた商 品に対する関心や所有願望として、大衆を当該商品に向けて吸引する力を発揮してその販 売促進に効果をもたらすような場合であって、物の名称等が固有の名声、社会的評価、知 名度等を獲得して、それ自体が顧客吸引力を持つと客観的に認められることが必要である ものと解される。  そして、物がそのような顧客吸引力を有すると認められる場合、これを経済的に利用で きる者は、その物の所有者であるから、パブリシティ権は、その物の所有者に帰属するも のである。 (二) 権利の移転  物に関するパブリシティ権は、その物が顧客吸引力を有している限り、日々発生するか ら、物の譲渡などにより、所有権が移転した場合には、特段の合意がない限り、移転の日 以前の分は、以前の所有者に残るが、以後のパブリシティ権は新所有者に移転する。 (三) 権利対象の消滅  物に関するパブリシティ権は、対象が消滅した場合であっても、パブリシティ価値が存 続している限り、対象が消滅した時点における所有者が、パブリシティ権を主張できるも のと解する。 (四) 救済手段  物に関するパブリシティ権が侵害された場合に権利者がとり得る手段としては、不法行 為に基づく損害賠償を請求することは認められるものの、差止めは許されないものと解す る。  たしかに、パブリシティ権を排他的支配権と理解すれば、これを侵害する者に対し、そ の排除を求めることができるとすることが権利の実効性を果たすために必要である。物権 に基づく妨害排除請求権や知的所有権や人格権に基づく差止請求権が認められる理由の一 つもこのようなものである。  しかしながら、差止めが認められことにより侵害される利益も多大なものになるおそれ があり、不正競争防止法による差止請求権の付与など、法律上の規定なくしては、これを 認めることはできず、物権や人格権、知的所有権と同様に解するためには、それと同様の 社会的必要性・許容性が求められる。  ましてや、物権法定主義(民法一七五条)により新たな物権の創設は原則として禁止さ れているのであり、所有権と密接に関わる権利である物についてのパブリシティ権は、慎 重に考える必要がある。  結局、物のパブリシティ権が経済的価値を取得する権利にすぎないことを考慮すると、 現段階においては、物についてのパブリシティ権に基づく差止めを認めることはできない ものと解する。  ただし、物についてのパブリシティ権であっても、不法行為に基づく損害賠償の対象と しての権利ないし法律上保護すべき利益には該当するものと認められるから、損害賠償は 認められるものと解する。 □あてはめ 6 そこで、原告らが本件各競走馬についてのパブリシティ権者であり得るか、すなわち、 原告らが、本件各ゲームソフトの販売時において、本件各競走馬を所有していたかについ て、判断する。 (一) 証拠(甲七及び一一、一五ないし五六)によれば、別紙一覧表の「原告」欄記載の 原告らが、それぞれ、同表の「取得日」欄記載の日から、同表の「譲渡日」欄記載の馬に ついては、譲渡日まで、同表の「死亡日」欄記載の馬については、死亡日まで、その余の 馬については、口頭弁論終結時まで、同表「馬名」欄記載の各競争馬を所有していたこと が認められる。  甲一五ないし五六は、「事実確認書」という題名で、原告らがそれぞれ、別紙一覧表の「馬 名」欄記載の各競走馬について、(1)取得日、(2)現在まで所有しているか、譲渡したか、 死亡したか、(3)引退の有無・日を記載したものであるが、馬については、不動産登記簿や 登録簿などの公的機関による所有権の確認方法がなく、日本中央競馬会への馬主の登録、 馬の登録という制度があるものの(競馬法一三条、一四条)、これらの登録は中央競馬の競 走に出走するための要件であって、私法上の所有関係を公示するという目的のものではな いし、デビュー前や引退後の所有関係を証明することはできないから、所有関係の証拠と して、右事実確認書は、原告の確認書という不十分な方法であるものの、契約書以外他に 立証の方法が無い以上、やむを得ないものと解される。  そして、甲七及び一一(いずれも社団法人日本軽種馬協会が日本中央競馬会や地方競馬 会等の競馬関連団体から提供を受けた情報をデータベース化して提供しているもの)にお ける馬主の記載、甲一二及び一三の「競馬四季報」における馬主の記載は右各情報が発信・ 発行された一時点の馬主を示す証拠となるものであり、甲一五ないし五六の記載内容を補 強するものである。 (二) トロットサンダーについては、乙一によれば、実際の馬主が日本中央競馬会が行う 馬主登録を受けていないことから(競馬法一三条)、原告藤本照男が、平成六年五月ころか ら名義上の馬主となるいわゆる「名義貸し」をしていたが、平成八年一月、実際の馬主か ら同馬を買い取ったことが認められる。よって、本件で原告らが侵害行為があったと主張 する平成八年九月二七日現在における所有は認められる。  オグリキャップについては、証拠(甲一四、三四、乙六)によれば、原告佐橋五十雄が 昭和六三年一月一六日に取得し、途中の平成二年四月一日から平成三年一月二八日に引退 するまでの期間は近藤俊典が馬主であったものの、その後は現在まで、原告佐橋五十雄が 所有していることが認められる。よって、本件で原告らが侵害行為があったと主張する平 成八年九月二七日現在における所有は認められる。 (三) 以上によれば、本件各ゲームソフトの発売日と本件各競走馬の所有の関係は、次の とおりとなる。本件各ゲームソフト発売当時、既に譲渡して所有権が認められないものに ついては、別紙一覧表の「使用状況」欄に網掛けで表示する(なお、同表の「使用状況」 欄において網掛けで表示するのは、損害賠償が認められないものである。)。 (1) 「ギャロップレーサー(家庭用及び業務用)」に馬名が使用された本件各競走馬のう ち、右各ソフトが発売された平成八年九月二七日以前に、ホクトビーナス(番号2)、ライ スシャワー(番号13)及びワンダーパヒューム(番号35)は死亡していたが、死亡時にお いて別紙一覧表の「原告」欄記載の原告らがそれぞれ所有していた。 (2) 「ギャロップレーサー(家庭用及び業務用)」に馬名が使用された本件各競走馬のう ち、(1)以外の競争馬は、右各ソフトが発売された当時、別紙一覧表の「原告」欄記載の原 告らがそれぞれ所有していた。 (3) 「ギャロップレーサーU(家庭用及び業務用)」に馬名が使用された本件各競走馬の うち、業務用が発売された平成九年九月二九日及び家庭用が発売された同年一一月二〇日 以前において、ホクトベガ(番号1)、ホクトビーナス(番号2)及びライスシャワー(番 号13)は死亡していたが、死亡時において別紙一覧表の「原告」欄記載の原告らがそれぞ れ所有していた。 (4) 「ギャロップレーサーU(家庭用及び業務用)」に馬名が使用された本件各競走馬の うち、スペクタル(番号24)及びトウカイパレス(番号41)については、右各ソフトが発 売された日以前に他に譲渡されていて、別紙一覧表の「原告」欄記載の原告らはそれぞれ 所有していなかった。 (5) 「ギャロップレーサーU(家庭用及び業務用)」に馬名が使用された本件各競走馬の うち、(3)、(4)以外の競走馬は、右各ソフトが発売された以前、別紙一覧表の「原告」欄 記載の原告らがそれぞれ所有していた。 (6) 「ギャロップレーサーU(ベスト版)」に馬名が使用された本件各競走馬のうち、ホ クトフィーバス(番号3)、スペクタクル(番号24)及びトウカイパレス(番号41)につ いては、右ソフトが発売された平成一〇年七月二七日以前に他に譲渡されていて、別紙一 覧表の「原告」欄記載の原告らはそれぞれ所有していなかった。 (7) 「ギャロップレーサーU(ベスト版)」に馬名が使用された本件各競走馬のうち、ホ クトビーナス(番号2)は、右ソフトが発売された平成一〇年七月二七日においては、(3) のとおり既に死亡しており、これと(6)記載の各競走馬以外は別紙一覧表の「原告」欄記載 の原告らがそれぞれ所有していた。 (8) 別紙一覧表の「現在所有」欄に「あり」と記載されている各競走馬を同表の「原告」 欄記載の原告らが口頭弁論終結時に所有していた。 (四) (三)によれば、(三)の(4)と(6)に記載した各競走馬について、右各競走馬の所有者 であると主張する「原告」らは、右各ゲームソフトが発売された当時、当該各競走馬を所 有していないから、右各競争馬についてパブリシティ権を取得するものとは認められない。 その余の本件各競走馬については、該当する各ゲームソフトにつき、別紙一覧表の「原告」 欄記載の原告らがパブリシティ権者であると認められる。  なお、被告は、引退した馬にはパブリシティ権は成立しないかのように主張するが、引 退の有無が顧客吸引力に影響するとしても消滅するものとは解されない。 ■争点2:本件各ゲームソフトにおける本件各競走馬の馬名等の使用がパブリシティ権侵 害といえるか。 □一般論 1 まず、本件各競走馬のどのような要素に顧客吸引力が認められるか検討する。  原告らは、@馬名、A性別、B産種、C毛色、D脚質、Eハンディキャップ(芝・ダー ト)、F距離適性(ベスト・最短・最長)、Gスピード・スタミナレベル(芝・ダート)、H 重馬場に対する適性、I気性、J加速力、K根性、L成長タイプの各種要素が実在馬と同 様のデータとして組み込まれていると主張する。しかし、本件各競走馬の馬名と性別が本 件各ゲームソフトに組み込まれていることについては、被告も争わず、弁論の全趣旨によ れば、産種及び毛色も本件各ゲームソフトに組み込まれているものと認められるが、右以 外の要素については、現実の馬のデータを組み込んでいると認めるに足る証拠はない。た しかに、甲一及び二によれば、本件各ゲームソフトの登録馬の各種要素のデータは判明す るし(ただし、業務用については不明である。)、乙三の一のギャロップレーサーのパッケ ージ裏面には、「能力や脚力はもちろん毛色やシャドーロールに至るまで再現された実在 の競走馬が一〇〇〇頭以上も登場、三六〇度視点であのライバルとの迫力の叩き合いが目 の前で再現!!」との記載があり、実在馬のデータをそのまま組み入れているとも解され ないではないが、甲七ないし一三によっても、本件各競走馬の馬名、性別、毛色、産種等 以外の要素について、現実の馬のデータが組み込まれているか判断することはできない。 被告は、これらのデータは製作者である被告が創作したものであると主張しており、原告 らの右主張を認めるに足る証拠はないというほかない。  以上によれば、パブリシティ価値を持ち得る要素としては、馬名、性別、産種及び毛色 ということになる。しかし、性別、産種及び毛色はそれ自体として、顧客吸引力が生ずる ものということは考えられず(これらの要素が本件各競走馬の肖像の一部を構成し得るも のであることは認められるものの、本件各ゲームソフトは、現実の競走馬ではなく、架空 の映像で表現されるものであるから、その一部に過ぎない要素のみで顧客を吸引すること は考えがたい。)、パブリシティ価値が生じ得る要素としては、馬名のみを考慮することと する。 2 物についての名称、肖像等の使用がパブリシティ権の侵害として不法行為を構成する か否かは、物についての名称、肖像等を使用する目的、方法及び態様を全体的かつ客観的 に考察して、右使用が物の名称、肖像等のパブリシティ価値に着目してその利用を目的と するものであるといえるか否かにより判断すべきである。 □あてはめ 3 証拠(甲一ないし三、七、一二、一三、乙三の一、四の一)及び弁論の全趣旨によれ ば、次の各事実を認めることができる。 (一) 本件各ゲームソフトにおける主たる競技方法は、プレイヤーが競馬の騎手(ジョッ キー)になり、登録されている競走馬のうちから、自分で騎乗する競走馬を選択し、さら に、実在の各種競馬場を選択して、レースを展開するものである。プレイヤーは、コント ローラーを操作することにより、自ら選択した競走馬を操作し、実在馬とのレースに参加 している雰囲気を味わうことができる。 (二) 本件各ゲームソフトに登録されている競走馬は、別紙一覧表記載の各「実名馬数」 「架空馬数」で構成されており(当事者間に争いがない。)、ほとんどが実在馬である。ま た、レース名及びレース場も実在のものである。登録された競走馬は、@馬名、A性別、 B産種、C毛色、D脚質、Eハンディキャップ(芝・ダート)、F距離適性(ベスト・最短・ 最長)、Gスピード・スタミナレベル(芝・ダート)、H重馬場に対する適性、I気性、J 加速力、K根性、L成長タイプの諸要素についてそれぞれデータが組み込まれ、区別され ている(甲一、二)。 (三) 本件各ゲームソフトのうち、家庭用「ギャロップレーサー」については、パッケー ジの裏面に、「テイオーに乗るか、それともブライアンか・・・」「能力や脚力はもちろん 毛色やシャドーロールに至るまで再現された実在の競走馬が一〇〇〇頭以上も登場、三六 〇度視点であのライバルとの迫力の叩き合いが目の前で再現!!」との記載がある(乙三 の一)。 (四) 本件各ゲームソフトは、家庭用については、包装されて販売されている(乙三の一、 四の一)。顧客は、実在の馬名を具体的に知るためには、ソフトを購入後、現実にソフトを 動かして、プレイしながら、馬名を確認するか、ガイドブックを購入して、馬名を知る。 あるいは、他人が利用しているものを参考にして知る。 (五) 甲一及び甲二は、株式会社ゼストが発行する「ギャロップレーサー」及び「ギャロ ップレーサー2」のガイドブックであり、被告が監修し、「公式ガイドブック」と副題が付 き、右各ゲームソフトの内容、競技方法、登録馬全部の特徴等が記載されている。「ギャロ ップレーサー」のガイドブックは平成八年一二月二三日に発行され、「ギャロップレーサー 2」のガイドブックは平成九年一二月一八日に発行された。 (六) 家庭用「ギャロップレーサー」のパンフレット(甲三)には、「馬主と並ぶもう一つ の夢、ジョッキーになって、『あの馬に乗ってみたい』『あのレースに出てみたい』『あのコ ースを走ってみたい』『あの馬と戦ってみたい』・・・。そんな夢を全て叶えてくれるのが このゲームだ。」「騎乗可能な馬は一〇〇〇頭以上。この中にはトウカイテイオーやナリタ ブライアンといった名馬たちはもちろん、ラガービッグワンやドングリといったマニアッ クな馬も多数登場!」「コースは当然、各競馬場毎に忠実に再現されている。府中の長い直 線、中山の上り坂、君のその目で体験してみてくれ!」「ライバルたちも個性豊か。後方一 気のヒシアマゾン、やっぱり大逃げのツインターボ、忠実に再現された彼らの走りにも注 目だ!」との記載がある。 (七) 被告は、本件各ゲームソフトに登場する馬の一部の馬主との間で、「製品上代の三パ ーセントのロイヤリティを、本件ゲームソフトに登場する馬数で除した金額に、使用馬名 に応じた金員を支払う合意(別件契約)」をしており、別件契約には、「甲(馬主を指す) は乙(被告を指す)に対して、甲が権利を有する競走馬の名前を、乙が制作するコンピュ ータープログラムに組み込み、それを製造・販売・頒布することを許諾する」という条項 がある。 (八) 本件各競走馬はいずれも中央競馬(日本中央競馬会が行う競馬をいう。競馬法一条 四項)に複数回出走したことがある馬であり、スペクタル(番号24)以外の馬が、本件各 ゲームソフトの発売時点において、いわゆる重賞レース(G1、G2、G3を含む。)に出 走したことがある。本件各競走馬のうち、別紙一覧表の「G1」欄に○の記載がある馬は、 証拠上、G1レースに出走したことがあるものと認められる(甲七、一二、一三)。 4 以上の事実に基づいて、本件各ゲームソフトにおける本件各競走馬の馬名が顧客吸引 力を有するか、有するとしてすべての馬に顧客吸引力があるか、その要件を検討する。  本件各競走馬は、いずれも中央競馬におけるいわゆる重賞レース(G1、G2、G3を 含む。)に出走した経験を有する馬であり、重賞レースは、その一部がテレビ・ラジオで実 況されたり、スポーツニュース等で放送されるものであり、雑誌等でも取り上げられ、G 1レースについては、いわゆるスポーツ新聞以外の一般新聞においても取り上げられるこ とがあることは明らかである。したがって、少なくともG1レースに出走したことがある 競走馬ついていえば、大衆がこれらマスメディアを通じて認識し、これに関心、好感、憧 憬等の特別な感情を抱くこともあり得るところ、被告は、本件各ゲームソフトの販売にあ たり、パッケージの裏面に「能力や脚力はもちろん毛色やシャドーロールに至るまで再現 された実在の競走馬が一〇〇〇頭以上も登場、三六〇度視点であのライバルとの迫力の叩 き合いが目の前で再現!!」と記載したり、パンフレットには、「ジョッキーになって、『あ の馬に乗ってみたい』・・『あの馬と戦ってみたい』・・・。そんな夢を全て叶えてくれるの がこのゲームだ。」「騎乗可能な馬は一〇〇〇頭以上。この中にはトウカイテイオーやナリ タブライアンといった名馬たちはもちろん、ラガービッグワンやドングリといったマニア ックな馬も多数登場!」と記載して、一〇〇〇頭にも及ぶ実在馬について、それと同様の 特徴を備えた競走馬を操作して遊ぶことができることをセールスポイントとしていること から、顧客としては、自らが関心、好感、憧憬の感情を抱いた競走馬を自ら操作できると して、その馬名が当然あるものとして(あるいはそれがあると認識して)本件各ゲームソ フトを購入するものと解される。  よって、本件各競走馬のうち、G1レースに出走したことがある馬については、顧客吸 引力があるものと解される。  被告は、@本件各ゲームソフトにおける馬名の使用は、純粋に競走馬と設定しての使用 であること、総登場馬数に占める本件各競走馬の馬名はほんの一部にすぎないことから、 いわゆるダイリューション、ポリューションを引き起こすことはないし、有名な馬である としても、それは競馬に興味のある人に限定されたものであること、ゲーム中の馬の形は 皆同一であること、顧客は馬名を確認して本件各ゲームソフトを購入するわけではないこ と、本件各競走馬の馬名が商品の宣伝や販売にストレートに経済的効果を発揮することは ないこと、馬名は本件各ゲームソフトにそのような馬名の馬がいると思わせる役割を果た すだけで、本件各ゲームソフトの内容から見れば、取るに足らない役割を果たしているに すぎないことを理由として、馬名には顧客吸引力はないと主張する。  しかし、前記3の認定事実によれば、本件各ゲームソフトは、ほとんどが実在馬を登録 馬としており、競馬場やレース名も実在のものを使用していることから、プレイヤーが実 際のジョッキーとなり、G1のようなレースにおいて実在馬に騎乗してアクションを楽し むものであり、アクション性と共に、実在馬に騎乗、操作することを目的とするものと解 され、その際、著名な競走馬を操作することに魅力があるものと認められる。したがって、 総登場馬数に占める本件各競走馬が一部にすぎないとしても、そのことのみで顧客吸引力 がなくなるものではない。また、本件各競走馬が有名であるとしても、それは、競馬に興 味がある人に限られることは事実であるが、そもそも競馬ゲームソフトを購入する人は、 純粋に競馬によるアクションのみを楽しむだけという人はまれであり、競馬に興味がある 人が大半であるものと解されるから、これも理由とはならない。また、顧客は馬名を確認 して購入するわけではないというが、甲一、二の各ガイドブックを見れば、どのような馬 が登録されているか分かるものであり、パッケージを開けなくても、中にどのような馬が 登録されているかは知り得るのであり(一般に、ゲームソフトは多数発売されているもの であり、購入者がどのソフトを購入するかどうか決定する際には、テレビ・ラジオ等の宣 伝・広告のみでなく、各種の雑誌においてその内容を含めて紹介されることもあり、店頭 においてデモンストレーションとして置かれていることもあり、また、他人の購入したゲ ームソフトを利用したり、いわゆる人づてで情報が伝わることも十分あり得るのであって、 被告が主張するように、何らの事前知識がない状態で購入することはまれであると解され る。)、被告の主張は理由がない。  なお、家庭用「ギャロップレーサーU」については、パッケージの裏面の記載やパンフ レットに「ギャロップレーサー」のような宣伝文句がないものの(乙四の一)、顧客は、「ギ ャロップレーサー」の改良版と考えるのが通常であって、その基本的内容は同様と考える ものであるから、家庭用「ギャロップレーサー」同様に考えることができる。ベスト版も 同様である。また、業務用については、顧客としては、家庭用の「ギャロップレーサー」 「ギャロップレーサーU」と同様の内容と考慮するものと解されるので、これも同様に考 える。 5 よって、G1に出走したことがある競走馬については、顧客吸引力があるものとして これを無断で使用した場合、パブリシティ権の侵害になるものと解する。  本件においては、別紙一覧表の「G1」欄に○の記載のある馬は、顧客吸引力があるも のと認められるが、その余の馬については、顧客吸引力は認められない(同表の「G1」 欄の○のない馬については、損害賠償が認められないので、同表の「使用状況」欄に網掛 けがしてある。)。 ■争点3:損害額 四 損害額 1 前記のとおり、被告が、原告らの承諾なく、本件各ゲームソフトにおいて、本件各競 走馬の馬名を使用したこと、本件各ゲームソフトにおける本件各競走馬の馬名の使用状況 は、別紙一覧表の「使用状況」欄記載のとおりであること、本件各ゲームソフトにおいて 使用されている本件各競走馬を含めた馬の頭数は、同表の「使用馬数」欄各記載のとおり であることは当事者間に争いがない。よって、被告は、本件各競走馬のうち、G1に出走 したことがある馬について、損害賠償の責任を負う。 2 原告らは、馬名の利用の対価として、本件各ゲームソフト毎に一頭当たり少なくとも 金五〇万円の利益を取得し得ると主張するが、右主張を認めるに足る証拠はなく、甲五に よると、コンピュータによるテレビ野球ゲームソフトに関する球団名、球団マーク等使用 許諾契約においても、許諾料は、製品一個につき定価の三・六パーセントとされているこ とに比しても、原告らの主張額は過大に過ぎるといわざるを得ず、採用の限りでない。  被告は、別件契約において、本件各ゲームソフトに登場する馬の一部の馬主との間で、 製品上代の三パーセントのロイヤリティを、本件各ゲームソフトに登場する馬数で除した 金額に、使用馬名に応じた金員を支払う合意をしており(当事者間に争いがない。)、原告 らにおいて、被告と同様の契約をしていたならば、同様の金額を対価として得られたこと が認められるから、被告が本件各ゲームソフトを製作販売することにより原告らに生じた 損害は、別件契約において、自己の競走馬の馬名等を利用した対価として得られる額と同 様の算定による額が相当と認められる(なお、被告は、別件契約を締結したのは、馬主の 申入れの内容が、常識的な範囲の金額であったことから、紛争を避ける意図のもとに契約 したにすぎないし、被告から他の馬主への問い合わせに対し、馬主が「他人の馬の名前を 使うのだから、許可を得て使用すべきである」との返答をしたことから、単純に馬主の権 利としたにすぎず、被告において、特にこの権利がどのような内容を持つかの認識はなか ったと主張するが、このようなことをもって、右契約が本件各競走馬のもつパブリシティ 権と無関係であるとは到底認められない。)。 3 したがって、原告ら各自の損害額は、別紙一覧表の「G1」欄に○の記載がある馬に ついて、同表の「使用状況」欄の○の記載がある家庭用・業務用・ベスト版の各ソフト毎、 別紙一覧表の「一頭当たり損害額」を乗じて得た額の合計額で算定される。なお、前記の とおり、本件各ゲームソフトが発売された当時に既に他に譲渡したことにより所有権が認 められないもの(損害賠償が認められないもの。別紙一覧表の「使用状況」欄に網掛けし てあるもの)は除かれる。  これにより計算した、各原告ごとに損害額は、別紙一覧表の「裁判所認定損害額」欄記 載の金額となる。 ■結 論  以上によれば、原告有限会社西山牧場及び原告加藤哲郎を除く原告らの請求は、別紙一 覧表の「認容額」欄記載の金額について理由があり(原告安田修については、同表「裁判 所認定損害額」五五万八一二九円のうち、請求額である五〇万円に限り認められる。)、遅 延損害金については、同表「販売総数」の集計末日である平成一〇年一一月二六日から発 生するものと解して、前記認容額につき、同日から各支払済みまで民法所定年五分の割合 による金員を求める限度で理由があるから認容することとし、右原告らのその余の請求並 びに原告有限会社西山牧場及び原告加藤哲郎の請求はいずれも理由がないから棄却するこ ととして、主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第九部 裁判長裁判官 野田 武明    裁判官 佐藤 哲治    裁判官 達野 ゆき