・東京地判平成12年1月20日判決速報298号9259  中国語版「名作アニメシリーズ」事件:第一審。  原告(S.H.)と被告(株式会社永岡書店)は、原告の著作に係る童話絵本シリーズ (永岡図書)について、原告が被告に出版権を設定し、被告は右出版権に基づいて永岡図 書を出版・販売し、原告に定価の6%(のち7%)の著作物使用料を支払うことなどを内 容とする契約(本件契約)を締結した。本件契約には、「永岡図書が翻訳・ダイジェスト ・演劇・映画・放送・録音・録画など二次的に使用される場合、原告はその使用に関する 処理を被告に委任し、被告は具体的条件について原告と協議のうえ決定する」との条項 (二次的使用条項)が設けられている。被告は、平成五年八月一〇日、訴外人民中国出版 社(中国)との間で、人民出版が永岡図書のうち「名作アニメシリーズ」第一巻ないし第 一〇巻の中国語版を中華人民共和国において出版し販売することを許諾する旨の契約、そ の他、台湾およびインドネシア所在の訴外出版社との契約を締結した。  判決は、「被告は、本件各海外出版契約を締結するにつき、本件契約の二次的使用条項 に基づく義務を履行しなかった」として、請求を認めた。  そして、損害額のうち、笛藤出版との契約締結に関する損害額については、「民訴法2 48条の趣旨に照らし、以下のように算定するのが相当で」あるとしたうえで、「…笛藤 本の出版・販売によって台英本の販売部数が減少したことは明らかというべきところ、右 減少した販売部数については、笛藤本の実際の販売部数がこれに相当するものと推認する ことができる。そうすると、原告は、被告の前記債務不履行がなければ出版されなかった はずの笛藤本が右債務不履行によって出版・販売されるに至ったことによって、台英本の 販売により原告が得られる一部当たり一〇円の著作物使用料に、前記の販売部数を乗じた 金額に相当する得べかりし利益の喪失という損害を被ったものと認められるところ、笛藤 本の実際の販売部数は前記のとおり平成一〇年一二月末日時点で合計二六万八九三四部で あるから、右時点にまでに原告に生じた損害の額は、二六八万九三四〇円であると認めら れるのであり、これを超える財産的損害を原告が受けたことを認めるに足りる証拠はない」 とした。また、「右のとおり台英本の出版・販売が継続している以上、台英本の販売によ り原告が得られる著作物使用料に関し、原告が得べかりし利益として主張し得るのは、笛 藤本の出版・販売によって減少したと認められる台英本の販売部数に係る著作物使用料と いうべきところ、右減少した台英本の販売部数の算定に当たっては、前記Aで述べたよう に、笛藤本の現実の販売部数によるのが最も合理的な推認方法というべきである」とした。 (控訴審:東京高判平成12年8月30日) ■判決文 第三 当裁判所の判断 一 本訴について 1 請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。 2 請求原因2(被告の契約違反行為)について (一) 請求原因2(一)ないし(三)の各事実は、それぞれ「原告の許諾を得ずに」と の点を除き、当事者間に争いがない。 (二) 本件契約の二次的使用条項の趣旨について  本件契約の二次的使用条項は「永岡図書が翻訳・ダイジェスト・演劇・映画・放送・録 音・録画など二次的に使用される場合、原告はその使用に関する処理を被告に委任し、被 告は具体的条件について原告と協議のうえ決定する」というものであるところ、右条項が、 永岡図書を二次的に使用する権利、すなわち著作権法上の翻案権(同法二七条)が著作者 たる原告に留保されることを前提とした上で、右二次的使用を第三者に許諾等する際の事 務処理につき、原告がこれを被告に委任することとしつつ、右事務処理に当たっての受任 者たる被告の義務として、二次的使用を許諾等する場合には、その具体的条件についてあ らかじめ委任者たる原告と協議し、その同意の下でこれを決定して右事務処理を行わなけ ればならないことを定めた趣旨のものであることは、右条項自体の文言及び本件契約のそ の他の条項の内容(乙第一号証の一ないし四)に照らして明らかというべきである。  被告は、右条項は永岡図書の二次的使用に関する処理につき被告が原告から包括的委任 を受けるという内容の条項であるから、二次的使用を許諾等する場合の具体的条件につい て原告と協議するまでの必要性に乏しい場合には、原告と協議をすることなく被告の判断 で右具体的条件を決定して許諾等を行うことも許容される旨主張するが、右のような解釈 は、明らかに右条項の文言に反し、何ら合理的根拠のないものであって、失当というほか ない。 (三) 本件各海外出版契約の締結に当たって、被告が本件契約の二次的使用条項に基づ く義務を履行したか否かについて (1) まず、平成五年八月一〇日に締結された人民出版との契約に関しては、被告があ らかじめ原告と何らかの協議を行ったという事実について、被告からの具体的な主張はな く、証拠上もこれを認めることができない。したがって、被告が二次的使用条項に基づく 前記のような義務を履行したということができないのは、明らかである。 (2) 次に、平成六年五月一六日に締結された笛藤出版との契約及び同年八月一五日に 締結されたエレックスメディア社との契約に関して、被告は、「請求原因に対する認否及び 被告の主張」2(三)(1)記載のとおり右各契約の締結についてあらかじめ原告から許諾 を得たから二次的使用条項への違反はない旨主張するところ、石川はその証人尋問におい て、平成六年二月、原告に対し電話で「永岡図書につき、アジア地域から翻訳出版の引き 合いがきているので、話を進めてよいか。」との連絡をしたところ、原告から「進めてもら って結構です。永岡さんのほうにお任せします。」との回答を得たことを供述しており、ま た、永岡は、その本人尋問及び陳述書(乙一一号証)において、平成六年二月か三月ころ、 原告に対し電話で右石川と同じ内容の連絡をしたところ、原告から「そちらのほうでやっ てもらって結構です。」との回答を得たことをそれぞれ供述しているものの、右両名の供述 する電話でのやりとりの内容は、右程度の抽象的なものにとどまるもので、契約の相手方 や契約の期間、許諾料、発行部数等の具体的な契約条件については全く話をしなかったと いうのである。原告と被告の間には、前記のとおり、被告において永岡図書の二次的使用 を第三者に許諾等する場合にはその具体的条件についてあらかじめ原告と協議しその同意 の下でこれを決定するという二次的使用条項を含む本件契約が締結されているものであり、 右の電話でのやりとりのころ、原告が海外渡航等の理由により長期間不在となることが予 定されていたわけではなく、また、アジア地域での翻訳出版につき緊急に事務手続を進め なければならないといった事情も存在しなかった(かえって、原告本人の供述によれば、 当時、原告は、既に台英社に対して台英本の出版を許諾していたことから、契約の相手方 等について関心を有していたと認められる。)のであるから、石川や永岡から右のような抽 象的な内容の問い合わせがあったのに対し、原告が口頭で前記のような回答をしたとして も、右電話でのやりとりの内容及び前後の経緯からみて、原告においては、永岡図書のア ジア地域における二次的使用について、被告が今後第三者との交渉を進めていくことにと りあえずの了解を与えたにすぎないと認められるのであって、被告主張のように、右電話 でのやりとりによって、被告に対し、以後のアジア地域全般における永岡図書の二次的使 用に関し原告の個別的な了解なしに具体的条件を決定して契約を締結するという包括的な 権限を与えたとは、到底認めることはできない。  右のとおり、石川及び永岡と原告との間の電話でのやりとりにより、笛藤出版との契約 及びエレックスメディア社との契約の締結について、被告が二次的使用条項に基づく義務 を履行したという被告の主張は採用することができず、また、証拠上、他の機会に被告が 原告と右各契約の締結に関してあらかじめ何らかの協議を行ったという事実を認めること もできないから、被告は右各契約の締結に関して二次的使用条項に基づく前記のような義 務を履行したということはできない。 (四) 以上によれば、被告は、本件各海外出版契約を締結するにつき、本件契約の二次 的使用条項に基づく義務を履行しなかったものというべきである。 3 請求原因3(原告の損害)について (一) 人民出版との契約締結に関する損害 (1) 財産的損害について  被告は、人民出版との契約に基づいて被告が人民出版から前払保証印税として支払を受 けた七万九四〇〇円の四割に相当する三万一七六〇円につき、著作者である原告に分配さ れるべき未払金であることを認めているところ、被告の前記債務不履行によって原告が受 けた損害の額が少なくとも右金額を下回らないことは、明らかである。 (2) 慰謝料について  原告は、被告が原告の許諾なしに人民出版との契約を締結したこと及びその後の被告の 不誠実な対応によって多大な精神的苦痛を受けた旨主張するが、証拠上、人民出版が永岡 図書の中国語版を現に出版したという事実は認められず、また、右契約後に、被告から原 告に対して、右契約に関して何らかの不誠実な言動があったという事実も認められないか ら、右契約に関して、原告が慰謝料によって癒されるべきほどの精神的損害を受けたとは 認められない。 (二) 笛藤出版との契約締結に関する損害 (1) 財産的損害について @ 証拠(甲第三〇号証、第三一号証、第三三号証、第三四号証の一ないし二六、第三五 号証の一ないし一八、第三六号証、第三九号証、第四〇号証、第四五号証、第一〇六号証、 第一〇九号証の二、乙第一二号証、原告本人)によれば、以下の事実が認められる。 ア 原告は、台英本について、ブティック社及び訴外株式会社ジョア(以下「ジョア社」 という。)を通じて、台英社に対して台湾における出版・販売を許諾した。  台英社は、平成元年二月から台湾において台英本を順次発行し、平成三年までに第一巻 から第六〇巻まで、平成七年に第六一巻から第六五巻まで、平成一〇年に第六六巻から第 七〇巻までを発行した。台英本の年度毎の新刊本と既刊本の再版を併せた販売部数は、平 成元年が三〇万部、同二年が二〇万五〇〇〇部、同三年が二九万部、同四年が一五万五〇 〇〇部、同五年が一三万部、同六年が一八万部、同七年が二七万〇九〇〇部、同八年の一 月から六月が七万〇五九〇部であり、平成一一年七月現在における毎月の販売部数は五〇 〇〇部前後である。  台英本の定価は、一部当たり一二〇元(日本円に換算して約四八〇円相当)であり、原 告には一部当たり一〇円の著作物使用料が右販売部数に応じて、毎年数回に分けて支払わ れてきた。 イ 笛藤出版は、被告との契約に基づき、笛藤本全一〇〇巻を各巻五〇〇〇部ずつ印刷し、 これらを平成六年から台湾において発行し、販売してきた。笛藤本の販売部数は、平成六 年から平成八年一二月末日までが一七万六五四二部、同九年一月一日から一二月末日まで が五万九二六五部、同一〇年一月一日から一二月末日までが三万三一二七部である。  笛藤本の定価は、一部当たり七〇元(日本円に換算して約二八〇円相当)である。 A 以上の事実を前提にすると、笛藤出版との契約を締結するに当たっての被告の前記債 務不履行によって、原告が受けた損害の額については、民訴法二四八条の趣旨に照らし、 以下のように算定するのが相当である。  まず、台英本と笛藤本とはいずれも童話絵本のシリーズであり大部分のタイトルも共通 するものであるから、これらが市場において互いに競合することは明らかというべきとこ ろ、被告と笛藤出版との契約が締結された平成六年五月当時、原告は既に台英社に対して 台英本の出版を許諾しており、しかも台英本は既に第一巻から第六〇巻までが発行されて 順調な売上げを示し、原告にも相当な額の著作物使用料が定期的に支払われていたことか らすると、仮に、笛藤出版との契約について、被告が本件契約の二次的使用条項に従って あらかじめ原告との協議を行っていたとすれば、原告が笛藤本の出版を許諾することはな く、笛藤本が出版されることもなかったものと推認される。そして、右のとおり笛藤本と 台英本とが市場で競合することが明らかなものであることに加え、笛藤本の売値が台英本 よりも大幅に安いこと、笛藤本発行後の平成八年ころから台英本の販売部数に減少傾向が みられることなどからすれば、笛藤本の出版・販売によって台英本の販売部数が減少した ことは明らかというべきところ、右減少した販売部数については、笛藤本の実際の販売部 数がこれに相当するものと推認することができる。そうすると、原告は、被告の前記債務 不履行がなければ出版されなかったはずの笛藤本が右債務不履行によって出版・販売され るに至ったことによって、台英本の販売により原告が得られる一部当たり一〇円の著作物 使用料に、前記の販売部数を乗じた金額に相当する得べかりし利益の喪失という損害を被 ったものと認められるところ、笛藤本の実際の販売部数は前記のとおり平成一〇年一二月 末日時点で合計二六万八九三四部であるから、右時点にまでに原告に生じた損害の額は、 二六八万九三四〇円であると認められるのであり、これを超える財産的損害を原告が受け たことを認めるに足りる証拠はない(なお、右平成一〇年一二月末日以降の笛藤本の販売 の事実及びその部数についてはこれを認めるに足りる証拠がないから、これに対応する得 べかりし利益については、損害の算定上考慮しないこととする。)。  また、笛藤本の販売部数は、前記のとおり最初の発行から平成八年一二月末日までが一 七万六五四二部、同九年一月一日から一二月末日までが五万九二六五部、同一〇年一月一 日から一二月末日までが三万三一二七部であり、それぞれの期間毎に右部数に対応する得 べかりし利益に相当する損害が原告に生じているものといえるから、右損害に対する遅延 損害金の起算日については、損害額二六八万九三四〇円の内金一七六万五四二〇円につい ては平成九年一月一日から、内金五九万二六五〇円については同一〇年一月一日から、内 金三三万一二七〇円については同一一年一月一日からとするのが相当である(各期間内に おける日々の販売部数を特定することはできないから、各期間の末日の翌日を各期間内の 全販売部数に対応する得べかりし利益に係る遅延損害金の起算日とすることとする。)。 B なお、原告は、請求原因3(二)(1)@記載のとおり、被告の前記債務不履行の結果 笛藤本が出版・販売され、その事実が平成六年一〇月に台英社に発覚したことにより、台 英社がその後の台英本の出版を見送ることになったとした上で、右のような事態が生じな かった場合に見込まれたその後の台英本の販売部数に応じた原告の著作物使用料収入が得 べかりし利益として原告の損害になる旨主張する。しかしながら、前認定のとおり、台英 社は原告が主張する平成六年一〇月以降も台英本の再版本及び新刊本の出版・販売を行い、 最近に至るまでこれを継続しており、原告もそれに応じた著作物使用料の支払を受けてき たのであるから、原告の前記主張は、「平成六年一〇月以降台英本の出版が見送られた」と いう前提事実を欠くものであり、採用することができない。そして、右のとおり台英本の 出版・販売が継続している以上、台英本の販売により原告が得られる著作物使用料に関し、 原告が得べかりし利益として主張し得るのは、笛藤本の出版・販売によって減少したと認 められる台英本の販売部数に係る著作物使用料というべきところ、右減少した台英本の販 売部数の算定に当たっては、前記Aで述べたように、笛藤本の現実の販売部数によるのが 最も合理的な推認方法というべきである。原告は、笛藤本の出版・販売がなければ、台英 本は少なくとも二〇〇万部販売されていたはずである旨主張するが、原告の右主張は、こ れを根拠付ける具体的な事情を欠き、単なる推測の域を出ないものであって、採用するこ とができない。  また、原告は、請求原因3(二)(1)A記載のとおり、被告の前記のような債務不履行 がなく、被告が原告と協議の上で笛藤出版との契約をしていれば、定価の七パーセント程 度の著作物使用料の支払を原告が受ける旨の契約がなされていたはずであるとして、右使 用料率に基づく使用料収入を得べかりし利益として主張する。しかしながら、台英本の出 版について原告に支払われる著作物使用料は一部当たり一〇円であって、定価約四八〇円 に対する割合にすると約二パーセントにすぎないこと、台英本と同じ童話絵本シリーズの 諸外国における海外翻訳版の出版について原告とジョア社との間で許諾契約が締結されて いるところ、これらの契約において原告が支払を受ける著作物使用料はいずれも定価の 二・四五パーセント(海外の出版社からジョア社に支払われる版権使用料が定価の七パー セントとされ、そのうちの三五パーセントが著者印税額とされている。)とされていること (甲第三二号証の一ないし四、第七一号証ないし第七六号証)からすれば、原告の主張す る定価の七パーセントという使用料率はこの種の出版契約における使用料率としては著し く高いものといわざるを得ないのであり、原告が関与していたとしても、そのような内容 の契約が笛藤出版との間で締結されていたとは到底考えられない。仮に、原告の関与の下 で笛藤出版との間で使用料率に基づく契約が締結されていたとしても、原告が支払を受け ることのできた使用料は、台英本その他の海外翻訳出版の場合と同程度、すなわち多くて も定価の三パーセント程度とされたものと推認される。この場合に原告が支払を受けるこ とのできた使用料は、一部当たり八・四円(定価二八〇円×三パーセント)に、笛藤本の これまでの販売部数として証拠上認められる合計二六万八九三四部を乗じた金二二五万九 〇四六円であって、前記Aで認定した損害額を超えないのであるから、右のような損害の 算定方法を考慮しても、前記Aで認定した損害額が過少であるとはいえない。 (2) 慰謝料について  証拠(甲第二号証ないし第四号証、第一一号証、第三七号証、第三八号証、第四〇号証、 乙第九号証、第一一号証、原告本人、証人玉城陽司、被告代表者本人)によれば、被告は 笛藤本の出版後もその事実について原告に知らせていなかったこと、原告は、平成六年一 〇月、台英社から台英本の一〇〇万部出版記念の祝賀会に招待されて台湾を訪問した際に、 台英社から笛藤本が出版・販売されている事実を初めて知らされ、その上で台英本と競合 する図書を他から出版させたことを非難され、さらに、そのことが原因で台英社から台英 本の出版及び原告と台英社との間で進められてきた劇場用アニメーション映画を製作する 企画を中止するとの申入れを受けるに至ったこと、その後原告が被告に原告の許諾を得ず に笛藤本を出版させたことについての事情説明を求めたのに対し、被告は、あくまで笛藤 出版との契約締結につきあらかじめ原告の許諾を得たから被告に契約違反の事実はないと の立場(右のような被告の主張に理由がないことは前記2(三)(2)で判示したとおり) からの対応に終始したことが認められるところ、右のような、被告の前記債務不履行に基 因する台英社からの処置及び右債務不履行後の被告の原告に対する不適切な対応によって、 原告は精神的損害を受けたものというべきであり、これを癒すための慰謝料としては、金 二〇万円が相当である。  なお、原告は、笛藤本が拙劣な複製技術によって製作された粗悪本であるとして、その 出版により精神的苦痛を受けた旨主張するが、検甲第一三号証(笛藤出版発行の「赤毛の アン」)と検乙第一号証の三七(被告発行の「赤毛のアン」)とを比較してみても、笛藤本 が拙劣な複製技術によって製作された粗悪本であるとまでは認められないから、原告の右 主張は採用できない。 (三) エレックスメディア社との契約締結に関する損害 (1) 財産的損害について  被告は、エレックスメディア社との契約に基づいて被告が同社から前払保証印税として 支払を受けた八万円の四割に相当する三万二〇〇〇円につき、著作者である原告に分配さ れるべき未払金であることを認めているところ、被告の前記債務不履行によって原告が受 けた損害の額が、少なくとも右金額を下回らないことは明らかである。 (2) 慰謝料について  原告は、被告が原告の許諾なしにエレックスメディア社との契約を締結したこと及びそ の後の被告の不誠実な対応によって多大な精神的苦痛を受けた旨主張するが、証拠上、エ レックスメディア社が永岡図書のインドネシア語版を現に出版したという事実は認められ ず、また、右契約後に、被告から原告に対して、右契約に関して何らかの不誠実な言動が あったという事実も認められないから、右契約に関して、原告が慰謝料によって癒される べきほどの精神的損害を受けたとは認められない。 4 以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対し、債務不履行による損害賠償として金 二九五万三一〇〇円及び内金二六万三七六〇円に対する平成七年二月二五日(訴状送達の 日の翌日)から、内金一七六万五四二〇円に対する平成九年一月一日から、内金五九万二 六五〇円に対する同一〇年一月一日から、内金三三万一二七〇円に対する同一一年一月一 日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由 がある。 二 反訴について 1 請求原因1の事実は、いずれも当事者間に争いがない。 2 請求原因2(原告の契約違反行為)について (一) 請求原因2(一)の事実は、当事者間に争いがない。 (二) 請求原因2(二)の事実のうち、ブティック図書がいずれも対応する永岡図書と 同一の書名の著作物であることは当事者間に争いがない。したがって、原告がブティック 社をしてブティック図書を出版させたことが、原告に「永岡図書と同一書名の著作物を他 人をして出版させない」という義務を負担させている本件契約の排他的使用許諾条項と抵 触することは明らかである。 (三) ブティック図書の出版について、被告の許諾があったか否かについて (1) 証拠(甲第一号証、第二三号証、第二四号証、第四七号証、乙第八号証、第一一 号証、原告本人、証人玉城陽司、証人石川増次郎、被告代表者本人)及び弁論の全趣旨に よれば、以下の事実が認められる。 @ 被告は、本件契約に基づき、昭和六一年から平成六年までの間に永岡図書各巻を順次 発行した。 A 原告は、平成元年にブティック社との間でブティック図書の出版を許諾する旨の契約 を締結し、ブティック社は、同年から平成七年までの間にブティック図書各巻を順次発行 した。 B 被告の社内では、ブティック図書が出版されている事実はその発行の当初から認識さ れており、本件契約の排他的使用許諾条項との関係でこれを問題視する意見もあったが、 永岡図書の出版に関して原告との良好な関係を維持するという観点から、被告は、平成八 年四月に本件反訴を提起するまで、ブティック図書の出版につき原告に抗議をするなどの 行動をとることはなかった。 C 平成四年二月、被告の対応に不満を持った原告が、被告に対し、永岡図書のうち契約 書を作成していなかった「名作アニメシリーズ」の第三一巻以降について、その後の出版 の中止を申し入れるという事態が生じたが、出版の継続を望む永岡らが原告を説得した結 果、契約条件の一部を請求原因1(二)記載のとおりに変更して出版を継続するというこ とで決着することとなった。その際、原告と被告との間では、ブティック図書の出版につ いて特に問題とされることはなかった。 (2) 以上のとおり、被告は、平成元年の出版当初から原告の著作に係るものとしてブ ティック図書各巻がブティック社から順次出版されていることを認識し、しかも、これら ブティック図書の書名や内容についても了知し、原告との関係において本件契約の排他的 使用許諾条項への抵触の問題があることも十分に認識しながら、永岡図書の出版に関して 原告との良好な関係を保つという営業上の判断から、あえてブティック図書の出版につい て問題としないまま、これを長期間にわたって放置してきたのであり、しかも、平成四年 二月に原告との間で本件契約の契約条件の一部を変更する旨の合意をした際にも、原告に よるブティック図書の出版については何ら問題とすることなく、むしろ、原告の不満を収 めて永岡図書の出版を継続させることを優先して、原告に支払うべき著作物使用料の率を 引き上げるという原告に有利な内容の合意をしているのである(なお、永岡は、その尋問 及び陳述書(乙一一号証)において、被告が永岡図書とブティック図書の書名及び内容を 詳しく対比したのは本件訴訟が提起された後であり、その時に両者の書名及び内容が酷似 していることを初めて認識したかのごとく供述する。しかしながら、出版社である被告が、 自社が出版している童話絵本のシリーズと同一の著者が作成した童話絵本のシリーズが競 業他社から出版されていることを認識しながら、その書名や内容について比較検討を加え ないまま放置するとは通常考えられないというべきであるから、永岡の右供述は不自然・ 不合理であり、到底措信することができない。)。  右のようなブティック図書の出版に対する被告の対応を総合すると、被告は、原告に対 し、遅くとも平成四年二月の前記合意の際に、原告がブティック社にブティック図書を出 版させることについて、黙示的な許諾を与えたものと認めるのが相当である。 (三) 以上によると、その余の点について判断するまでもなく、原告は、ブティック社 にブティック図書の出版を許諾したことにより、被告に対し契約違反の責任を負うものと はいえない。 3 よって、被告の反訴請求は、理由がない。 東京地方裁判所民事第四六部 裁判長裁判官 三村 量一    裁判官 大西 勝滋    裁判官 中吉 徹郎