・東京地判平成12年1月28日判決速報298号9265  「企業主義の興隆」事件:第一審。  本件は、「企業主義の興隆」という題の書籍(これは英国および米国において出版され た「ザ・ライズ・オブ・ザ・ジャパニーズ・コーポレート・システム」(原告英訳書)の 和訳である)の著者である原告(松本厚治)が、被告(ロバート・S・オザキ)が英語で 著作した「HUMAN CAPITALISM」という題の書籍を日本語に翻訳し日本で 出版された書籍は、原告書籍を翻案したものであるので、被告書籍の出版販売は原告の著 作権を侵害すると主張して、被告オザキに対しては、謝罪広告、および損害賠償を、被告 書籍を出版販売した被告(株式会社講談社)に対しては、謝罪広告、被告書籍の製作、販 売、頒布の差止め及び損害賠償を、それぞれ求めた事案である。  判決は、「両書籍には着想において共通する部分が存在するが、両書籍の各主題は必ず しも同じではなく、それぞれの主題の位置づけ及び論述の構成も異なる。さらに、右2の とおり、各対比箇所ごとの対比においても、被告の論述が原告の論述の翻案であると認め られる部分は存在しない。したがって、全体として両書籍の表現形式は異なるというべき であり、…被告書籍は、原告書籍の成果をその基礎の一部とするものではあるが、全体と して全く別の著作物であり、被告書籍が原告書籍の翻案であるとは認められない」として、 原告の請求を棄却した。 (控訴審:東京高判平成13年3月28日) ■争 点 1 被告書籍が原告書籍に依拠したものであるかどうか 2 被告書籍の全部又は一部が原告書籍の全部又は一部の翻案といえるかどうか 3 原告の損害について ■判決文 第三 当裁判所の判断 一 国際裁判管轄について 1 被告らは、被告英語書籍が出版されたのは米国であるから、不法行為地は米国であっ て、わが国に裁判管轄権を認めるべきではないと主張するので、この点について判断する。 2 わが国の民事訴訟法の規定する裁判籍のいずれかがわが国内にあるときは、原則とし て、わが国の裁判所に提起された訴訟事件につき、被告をわが国の裁判権に服させるのが 相当であるが、わが国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期すると いう理念に反する特段の事情があると認められる場合には、わが国の国際裁判管轄を否定 すべきである。 3 本件で原告が主張する翻案権侵害の不法行為は、わが国における被告書籍の出版販売 であるから、被告両名につき、わが国に不法行為地があるものと認められる。  しかるところ、本件について、わが国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正 ・迅速を期するという理念に反する特段の事情があるとは認められない。 4 したがって、本件については、わが国に裁判管轄権が認められる。 二 争点について 1 原告書籍と被告書籍の比較 《中 略》 (三)(1) 右(一)及び(二)の各(1)のように、両書籍は、日本の企業経営の現状を一つの経 済体制と捉え、これを「企業主義」又は「ヒューマンキャピタリズム」と表現して、それ ぞれの主題にしているという意味で共通するといえる。さらに、「企業主義」も「ヒュー マンキャピタリズム」も、人間を重視した視点が強調されており、この点もその発想を共 通にするものであるといえる。  しかし、原告書籍の結論部分では、「企業主義」が従来なかった新しい経済体制である ことを示す点に重点がおかれているのに対して、被告書籍の結論部分では、「ヒューマン キャピタリズム」が普遍性を有するとともに、今後輸出され、世界的に広がって行くこと が強調されている。 (2) 右(一)及び(二)の各(2)のように、両書籍は、日本の企業経営の現状を分析し、外国 の企業経営との比較・検討を行って特徴を説明し、資本主義及び社会主義との比較を行っ ているという共通点がみられる。  しかし、右(一)及び(二)の各(2)のように、両書籍の具体的な章立て及び論述の順序・ 構成は明らかに異なっている。 (3) さらに、右(一)及び(二)の各(3)によると、「企業主義」又は「ヒューマン・キャピ タリズム」と資本主義及び社会主義との関係についても、原告書籍(企業主義)と被告書 籍(ヒューマン・キャピタリズム)では異なる捉え方をしているものというべきである。 2 証拠…と弁論の全趣旨により、別紙原被告書籍対比表記載の各対比箇所(別紙原被告 書籍対比表記載の番号に対応させて、各部分を「原告@」「被告@」などという。)につ いて対比すると、次のようにいうことができる。 3 被告書籍全体による原告書籍全体の翻案 《中 略》  右1(三)のとおり、被告書籍全体を原告書籍全体と対比したとき、両書籍には着想にお いて共通する部分が存在するが、両書籍の各主題は必ずしも同じではなく、それぞれの主 題の位置づけ及び論述の構成も異なる。  さらに、右2のとおり、各対比箇所ごとの対比においても、被告の論述が原告の論述の 翻案であると認められる部分は存在しない。  したがって、全体として両書籍の表現形式は異なるというべきであり、このことに証拠 (甲四)及び弁論の全趣旨を総合すると、被告書籍は、原告書籍の成果をその基礎の一部 とするものではあるが、全体として全く別の著作物であり、被告書籍が原告書籍の翻案で あるとは認められない。 三 以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由 がないから、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第四七部 裁判長裁判官 森  義之    裁判官 榎戸 道也    裁判官 杜下 弘記