・東京高判平成12年2月17日判時1718号120頁  空調システム不正競争事件:控訴審。  被告(被控訴人・エアコンスター株式会社)が、原告(控訴人・協立エアテック株式会 社)に対して、その製造販売する空調ユニットシステムについて不正競争防止法にもとづ いて求めた差止め、損害賠償等請求を棄却した原審判決が維持された。 ■判決文 第三 当裁判所の判断  当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおり である。 一 不正競争防止法二条一項一号に基づく請求について 《中 略》 (二) 右認定の下では、控訴人製品の形態は、これを構成する個々の部品や装置の形態が すべてありふれたものであるのみでなく、全体としての形態をみても、この種機器を製造 するに当たって通常予想される形態選択の範囲を全く出ておらず、特徴的な形状であると はいえないから、これに商品表示性を認めることはできないものというべきである。 (三) 控訴人は、控訴人商品又は「FASU」は、直方体のミキシングチャンバー(控訴 人商品の場合)あるいはチャンバー(「FASU」の場合)の左右側面に複数のフレキシ ブルダクトが左右対称的に接続された形態(蟹型の形態)であり、この形態は、商品全体 として、需要者に蛸、蜘蛛その他の動物を連想させているものであるなどとの理由で、控 訴人製品に商品表示性があると主張する。  しかしながら、直方体の左右側面に複数のダクトを左右対称的に接続するという形態は、 チャンバー、フレキシブルダクトともども天井裏に設置されるこの種商品において、通常 予想される選択の範囲内の形態であることは明白であるから、仮に同形態が需要者に蛸、 蜘蛛その他の動物を連想させるとしても、これをもって商品識別機能があると認めること はできない。  控訴人は、直方体という形状は、チャンバーの唯一無二の形態でもなければチャンバー に求められ調和空気の分配・送風機能を果たすうえで技術的に最も合理的な形態でもない 旨主張する。  しかしながら、直方体という形状は、一般に、その中に他の物を収容する役割を有する 物の形状として社会一般において最もよく選択される形状、あるいは、少なくともその一 つであることは当裁判所に顕著であり、チャンバーという機器についてみても、これがそ の例外に当たると考えさせる資料は、本件全証拠を検討しても見出し得ない。このような 状況では、むしろ逆に、チャンバーの形態が直方体ではなく、例えば円盤形であったり五 角形であったりする方が、かえって特徴的なものとして、商品表示性が認められる可能性 が生ずるものというべきである。  控訴人は、フレキシブルダクトの本数について、商品が購入された後に当該商品の使用 状況や使用環境等に応じて商品になした形態の変更により生じる事後的な形態、特に需要 者自身により当該商品に加えられた形態の変化により生じる事後的な形態にすぎず、商品 の形態の商品表示性の有無とは無関係である旨主張する。  ダクトの本数が当該商品の使用状況や使用環境等に応じて変わるものであることは、控 訴人主張のとおりである。そして、それゆえにこそ、この種商品においては、ダクトの本 数についての需要者の種々の要求に答えるために種々のものを用意する必要が生ずるので あり、さらに、そのことからして、ミキシングチャンバーの左側面及び右側面に、フレキ シブルダクトを接続する開口部が合計六個、八個又は一〇個設けられているという被控訴 人製品の形態に格別の特徴を見出すことができないことになるのである。  控訴人は、「FASU」についての自らの営業努力によりこの種商品における「FAS U」の独占的販売状況が形成され、その形態は全国的に周知となっていると主張する。  しかし、仮にそうであるとしても、控訴人主張の形態が、それ自体、その商品として、 格別の特徴のないもので、商品表示性を有しないことが前認定のとおりである以上、形態 の同一あるいは類似自体を根拠に不正競争防止法二条一項該当性を主張することは許され ないものというべきである。このような場合に右のような主張が許されるとすれば、ある 商品につき何らかのいきさつで生じた独占的状態の下で、その商品の出所としての周知性 をいったん獲得した者は、同法条が目的とする出所の混同の排除を超えて、当該商品一般 についての独占の継続をも保障されることになりかねないのであり、このような事態は、 むしろ、不正競争防止法がその実現を目指す公正な競争を妨害するものという以外にはな いからである。  被控訴人の行為の中に、単に自己の商品の形態を控訴人のものと同一あるいは類似とす るとの限度を超えて、不当に被控訴人製品の信用を利用するため、混同のおそれがあると きに採るべき混同防止の手段を怠ったり、混同を生じやすくする行為に出たりする要素が 含まれているとすれば、前記法条該当性の主張を控訴人に許すべきであると解することが 可能であるが、本件全証拠によっても右要素を認めることはできない。  控訴人の主張は、いずれも採用できない。 3 以上によれば、控訴人の不正競争防止法二条一項一号に基づく請求は、その余の点に ついて検討するまでもなく、理由がないことが明らかである。 二 不正競争防止法二条一項三号に基づく請求について 1 不正競争防止法二条一項三号は、他人の商品形態を模倣した商品の譲渡行為等を他人 の商品が最初に販売された日から三年間に限って不正競争行為としているものであり、不 正競争防止法における事業者間の公正な競争等を確保する(一条)という目的に鑑みれば、 開発に時間も費用もかけず、先行投資した他人の商品形態を模倣した商品を製造販売して、 投資に伴う危険負担を回避して市場に参入しようとすることは、公正とはいえないから、 そのような行為を不正競争行為として禁ずることにしたものと解される。このような不正 競争防止法二条一項三号の立法趣旨からすれば、「最初に販売された日」の対象となる 「他人の商品」とは、保護を求める商品形態を具備した最初の商品を意味するのであって、 このような商品形態を具備しつつ、若干の変更を加えた後続商品を意味するものではない ものと解すべきである。 2 これを本件についてみると、控訴人が保護を求めている商品形態の構成の中心が「F ASU」においても採用されていたものであることは、その主張自体から明らかであるか ら、「最初に販売された日」の対象となる「他人の商品」は、控訴人商品ではなく、「F ASU」ということになると考えるのが合理的である。そうすると、被控訴人製品が販売 されたのは、平成九年八月以降であり、「FASU」が最初に販売された日である平成四 年三月より三年を経過していることは明らかであるから、本件について、もはや被控訴人 製品が不正競争防止法二条一項三号に該当するか否かを論ずる余地はないことになる。 3 この点について、控訴人は、控訴人製品は、「FASU」の改良品や部分的な手直し 品でなく、新たに開発された製品であり、形態の面でも、控訴人製品と「FASU」とは、 定風量装置(CAV)と可変定風量装置(VAV)とがミキシングチヤンバーの後面に接 続されている二本の角状の突起が形成されているか否かで外観的に区別することができる のであり、この差異は、わずかな形態上の変更を加えたものではないなどと主張する。  しかし、仮に控訴人主張のとおり、控訴人製品が「FASU」の改良品や部分的な手直 し品でないというのであれば、このような場合、控訴人が、控訴人製品に固有の形態とし て不正競争防止法二条一項三号による保護を求め得るのは、控訴人製品の商品形態のうち、 「FASU」の形態と共通する部分を除外した部分に基礎をおくものでなければならない ことは、同法の前記立法趣旨に照らし明らかというべきである。  甲第一号証、第四号証、弁論の全趣旨によれば、控訴人製品は、「FASU」に、温度 コントロール機能を具備させるため、@「FASU」のチャンバーの内部に空気を混合さ せるためのミキシング構造を設け、A「FASU」のチャンバーにVAV(可変定風量装 置)とCAV(定風量装置)を接続し、かつ、単一のユニット化した商品であり、控訴人 製品の、先行商品である「FASU」との形態上の相違点は、チャンバーが若干縦長にな っている点、及びチャンバーの背面にVAVとCAVが接続されている点のみであり、そ の他の形態は、「FASU」と同じであると認められる。  「FASU」に比べチャンバーが若干縦長になっているという形態は、極めてありふれ たものであるし、VAV及びCAVの形状は、いずれも円筒形であって特異なものではな く、これを「FASU」に接続した形態も、接続に伴う必然的な形態であり、いずれも、 不正競争防止法二条一項三号括弧書きにいう「当該他人の商品と同種の商品が通常有する 形態」に当たることは明らかである。  結局、控訴人の主張は、一方で「FASU」の形態の保護を求めつつ、他方で控訴人製 品を最初に販売した日を保護の起算日とせよという極めて矛盾したものというほかないの である。 4 以上のとおりであり、控訴人の不正競争防止法二条一項三号に基づく請求は、いずれ にせよ、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことが明らかである。 三 不法行為に基づく損害賠償(選択的主張の追加)について 《中 略》 四 以上のとおり、控訴人の請求はいずれも理由がないから、これを棄却すべきであり、 原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。よって、本件控訴を棄却することとし、 当審における訴訟費用の負担について、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決 する。 東京高等裁判所第六民事部 裁判長裁判官 山下 和明    裁判官 山田 知司    裁判官 宍戸 充