・東京地判平成12年2月28日  「中・小ホテル旅館フロントシステム」事件。  本件は、ホテル、旅館のフロント係が通常行う事務処理を電子計算機を通じて行わせる ように電子計算機に対する指令を組合わせたプログラムである「中・小ホテル旅館フロン トシステム(「CーPAC」)」という名称のコンピュータ・プログラムについて著作権 を有する原告(シーレックス株式会社)が、被告(日本電気ホームエレクトロニクス株式 会社)に対し、@主位的に、被告との間で右プログラムについて使用許諾契約を締結した として、同契約に基づき使用許諾料等の支払を求め、A予備的に、被告が右プログラムを 無断で複製、翻案の上、販売したとして、著作権侵害に基づく損害賠償を請求した事案で ある。  判決は、被告が原告との間で使用許諾契約を締結する意思表示をしたと認めることはで きないとしたうえで、「被告が本件プログラムを複製したり翻案したことを窺わせる事実 は認められない」として、原告の請求を棄却した。 ■争 点 1 プログラム使用許諾契約の成否 2 著作権侵害行為の有無 3 著作権侵害行為による損害額 ■判決文 第三 争点に対する判断 一 争点1(使用許諾契約の成否)について 1 証拠(甲一ないし四、九ないし一五、乙一ないし四、六ないし九、証人末木久満、原 告代表者本人、なお書証の枝番号の表記は省略する。)及び弁論の全趣旨を総合すると、以 下のとおりの事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。 (一) 原告は、コンピュータのソフトウェアの製造、販売及びコンピュータ、その関連機 器の販売等を目的とする会社である。  被告は、各種ソフトウェアをユーザーに販売する営業を行っていたが、ソフトウェアの 開発については、被告の関連会社である日本電気テクノシステム株式会社(以下「テクノ システム」という。)に委託し、さらに、テクノシステムは、ソフトウェアハウスである原 告に外注していた。  被告から開発の委託を受けたテクノシステムは、昭和六二年一一月ころ、原告に対し、 ホテル・旅館向けの事務処理用のパッケージソフトの納入及び保守サポート業務につき、 委託をしていた。 (二) 平成六年四月一日以降、被告は原告との間で、直接、ソフトウェア基本契約を締結 して、被告が、ホテル・旅館向けの事務処理用のパッケージソフトをカスタマイズしたソ フトウェアの納入及び保守サポートについて、原告に直接委託するようになった。なお、 原告及び被告との間で、基本契約書(乙二)を作成したのは、同年八月ころである。  原告と被告との取引の実情は、先ず、被告において、納品先であるホテル・旅館から納 品依頼を受けた後に、被告から原告に対して、ソフトウェアの注文書を発行した上、原告 がこれに応じて納品等の作業を行うというものである。個別契約における原告の業務の対 価については、業務の内容、仕様、数量等を考慮の上、個別的に合意されていた。 (三) 原告は、平成六年八月下旬ころ、事業に行き詰まり、九月三〇日ころ、従業員全員 を解雇して、東京における事務所を閉鎖して、事業活動を中止し、事実上倒産した。原告 は、納品済みのソフトウェアに関する保守サポート業務を継続することができなくなった ため、同年一〇月六日、被告の担当者と原告代表者が、その対応について協議した。その 結果、被告は原告から、原告が既に納品したソフトウェアに関するユーザーへの保守サポ ート業務を引き継ぎ、その業務に必要なシステム設計書、プログラム仕様書等の関連物品 の引渡しを受けることとして、その旨の合意書を作成した。 (四) ところで、原告代表者は、原告と被告とは、平成六年六月一日、覚書(甲一号証、 以下「本件覚書」という。)を作成することによって本件契約を締結した旨供述する(また、 その旨の陳述記載もある。)。また、本件覚書(甲一号証)を見ると、「ソフトウェア使用権 に関する覚書」と表題が付され、その内容として、@原告は被告に対し、本件プログラム の使用権を譲渡し(群馬県、長野県、新潟県、栃木県における非独占的な使用権)、平成六 年六月三〇日までに、システム設計書、プログラム仕様書等の物品を引き渡すこと、A被 告は原告に対し、使用料の対価として金一六〇〇万円(消費税別途)を支払う旨が記載さ れ、契約書の乙欄には、「ソリューションビジネス第一本部 関東信越販売部 部長 未木 久満」とワープロで印刷され、職印らしき印影が顕出されている。 (五) 本件覚書については、末木久満の氏名が「未木」と誤記され、末木久満の当時の所 属部署の所在地が群馬県高崎市であるにもかかわらず「東京都港区」と誤記され、いずれ も訂正されていない。原告代表者は、本件覚書の原本は、紛失したとして、提出していな い。  被告のソリューションビジネス第一本部関東信越販売部部長の末木久満は、本件契約の 交渉に関与したこともなく、また著作物使用許諾契約を締結する権限を与えられていなか った。 2 以上認定した事実を基礎として、被告が原告との間で、本件契約を締結したか否かに ついて判断する。以下のとおりの理由により、被告が本件契約を締結する意思表示をした と認めることはできない。 (一) 本件覚書においては、被告のソリューションビジネス第一本部関東信越販売部部長 の末木久満が被告を代理して契約を締結した旨の体裁が採られているが、同人は、本件契 約の交渉に関与したこともなく、被告を代理して著作物使用許諾契約を締結する権限も与 えられていないこと、末木久満の氏名が「未木」と誤記されていること、末木久満の当時 の所属部署の所在地は群馬県高崎市であったにもかかわらず、「東京都港区」と誤記されて いること、原告代表者は、本件覚書の原本は、紛失したとして、提出していないこと等、 原告がその主張の根拠としている本件覚書(甲一)は、契約書の形式及び体裁において、 極めて不自然な点が多い。 (二) 平成六年六月ころ、原告と被告との間では、既に、ソフトウェアの注文書を発行し た上、原告がこれに応じて納品及び保守サポート等の作業を行うという取引が円滑に行わ れていたこと、原告の個々の業務に対する対価は、個別的に合意されていたこと等の経緯 に照らすならば、同年六月ころに、被告が、群馬県等の特定の地域において、本件プログ ラムに関する非独占的な使用権を得る地位を確保し、その対価として一六〇〇万円もの高 額の支払を約束することは、通常考えられない等、本件覚書には、その内容において不自 然な点が多い。 以上のとおり、被告が本件契約を締結する旨の意思表示をしたことを認めることはできず、 したがって原告の主張は理由がない。 二 著作権侵害行為の有無について 1 前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができ、これを覆すに 足りる証拠はない。 (一) 前記のとおり、平成六年九月三〇日ころ、原告は事実上倒産し、ソフトウェアに関 する保守サポート業務等を実施することができなくなったため、急遽、同年一〇月六日、 被告は、原告が既に供給したソフトウェアについて、原告から、ユーザーへの保守サポー ト業務を引き継ぎ、その業務に必要なシステム設計書等の引渡しを受けることとした。 (二) 被告は、平成六年一〇月、シーレックス群馬から、本件プログラムを購入し、これ をユーザーである「長生館」に販売した(なお、被告は、シーレックス群馬から購入した 本件プログラムを「大阪屋旅館」に販売したが、後に右契約は解除されている。)。  シーレックス群馬は、原告が倒産した後も、ソフトウェアの販売等の営業活動を継続し ていた。原告とシーレックス群馬とは、いずれも酒井元が代表者であり、一部共通の取締 役により構成されていること、原告と被告との間のソフトウェア販売契約においては、原 告が注文を受けた場合であっても、シーレックス群馬が納品する等、原告とシーレックス 群馬は取引上峻別されていなかったこと等の事実によれば、両者は、実質的に同一といえ るほどに密接な関係を有していたものと解することができる。 2 右認定した事実及び前記一1で認定した事実に照らすならば、被告は、シーレックス 群馬から購入した本件プログラムをそのまま「長生館」に納入したと認めることができ、 被告が本件プログラムを複製したり翻案したことを窺わせる事実は認められない。これに 対し、原告は、平成六年一〇月ころに、被告が原告から引渡しを受けた設計書、ソースプ ログラム等を利用して、本件プログラムを複製又は翻案した旨主張するが、これを裏付け るに足りる証拠はなく、原告の右主張は失当である。  結局、被告が本件プログラムを複製ないし翻案したとの原告の主張は理由がない。  なお、原告は、本件プログラムを「長生館」に頒布した被告の行為について、著作権法 一一三条一項二号所定の著作権侵害行為である旨主張するかのようである。しかし、前記 のとおり、シーレックス群馬は、被告との間のソフトウェアの通常の取引において、あた かも原告の一部門であるかのような活動をしていたこと、その商号や役員構成等が原告と 共通していることなどの経緯に照らすと、同社は、原告と密接に関連する、実質的に同一 の法人であると解するのが相当である。仮に、シーレックス群馬が原告とは実質的に同一 の法人であるとまで解することができないとしても、少なくとも、被告としては、前記の 経緯に照らし、同社が原告の承諾を得ずに本件プログラムを複製していたことを知ってい たということはできない。したがって、被告が本件プログラムを「長生館」に頒布した行 為が著作権法一一三条一項二号によって著作権侵害行為とみなされることはなく、この点 の原告の主張も失当である。 三 結論  以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。よって、 主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第二九部 裁判長裁判官 飯村 敏明    裁判官 沖中 康人    裁判官 石村 智