・東京地判平成12年2月29日判時1715号76頁  「中田英寿 日本をフランスに導いた男」事件:第一審。  サッカー選手である原告(中田英寿)は、被告著者が執筆し、被告出版社(株式会社ラ インブックス)がその出版した書籍「中田英寿 日本をフランスに導いた男」のなかに、 原告の私生活上のエピソード、幼少から現在にいたるまでの肖像写真23点、および中学 生時代の詩(「目標」)を掲載したことが、原告のパブリシティ権、プライバシー権、な らびに著作者人格権(公表権)、および著作権(複製権)を侵害すると主張して、本件書 籍の発行の差止めおよび損害賠償を求めた事案である。判決は、著作権(複製権)および プライバシー権の侵害を認めて、本件書籍の販売等の差止め、および合計385万円(プ ライバシー権につき侵害200万円、著作権侵害につき185万円)の損害賠償の各請求 を認容した。  パブリシティ権侵害の成否については、一般論として、「仮に、法的保護の対象として もパブリシティ権の存在を認め得るとしても、他人の氏名、肖像等の使用がパブリシティ 権の侵害として不法行為を構成するか否かは、具体的な事案において、他人の氏名、肖像 等を使用する目的、方法及び態様を全体的かつ客観的に考察して、右使用が他人の氏名、 肖像等の持つ顧客吸引力に着目し、専らその利用を目的とするものであるかどうかにより 判断すべきものというべきである」としたうえで、本件については、たしかに、被告書籍 は「原告の氏名等が有する顧客吸引力に着目して利用されていると解することができる」 ものの、それは「本件書籍全体としてみれば、その一部分にすぎないものであって、原告 の肖像写真を利用したブロマイドやカレンダーなど、そのほとんどの部分が氏名、肖像等 で占められて他にこれといった特徴も有していない商品のように、当該氏名、肖像等の顧 客吸引力に専ら依存している場合と同列に論ずることはできない」こと、および、「著名 人について紹介、批評等をする目的で書籍を執筆、発行することは、表現・出版の自由に 属するものとして、本人の許諾なしに自由にこれを行い得るものというべきところ、その ような場合には、当該書籍がその人物に関するものであることを識別させるため、書籍の 題号や装丁にその氏名、肖像等を用いることは当然あり得ることであるから、右のような 氏名、肖像の利用については、原則として、本人はこれを甘受すべきものである」ことか ら、「本件書籍における原告の氏名、肖像等の使用は、その使用の目的、方法及び態様を 全体的かつ客観的に考察すると、原告の氏名、肖像等の持つ顧客吸引力に着目して専らこ れを利用しようとするものであるとは認められないから、仮に法的保護の対象としてのパ ブリシティ権を認める見解を採ったとしても、被告らによる本件書籍の出版行為が原告の パブリシティ権を侵害するということはできない」とした。  プライバシー権侵害の成否については、「右認定の事実によれば、本件書籍の記述及び 掲載された写真等のうち、原告がプロサッカー選手になった以降の原告に関するもの、並 びに、プロサッカー選手になる以前の事項であっても、ジュニアユース等の日本代表選手 として活躍した様子や、中学校及び高等学校のサッカー部での活動状況に関するものは、 …一般人の感性を基準として公開を欲しない事柄であるとまではいえないから、本件書籍 中の右の記述は、プライバシー権を侵害するものでないということができる」とし、他方 で、「原告の出生時の状況、身体的特徴、家族構成、性格、学業成績、教諭の評価等、サ ッカー競技に直接関係しない記述は、原告に関する私生活上の事実であり、一般人の感性 を基準として公開を欲しない事柄であって、かつ、これが一般の人々に未だ知られていな いものであるということができる。そして、これが公表されたことによって原告は重大な 不快感をおぼえていると認められる。さらに、幼少時代に出席した結婚披露宴でのものな ど、サッカーという競技に直接関係しない写真や、本件詩についても、右と同様に解する ことができる」として、「本件書籍にこれらを掲載した行為は、原告のプライバシー権を 侵害するものというべきである」とした。 (控訴審:東京高判平成12年12月25日) ■争 点 1 被告らによる本件書籍の発行・販売行為が、原告のパブリシティ権を侵害するか。 2 被告らの右行為が、原告のプライバシー権を侵害するか。 3 被告らの右行為が、原告の著作者人格権(公表権)を侵害するか。 4 被告らの右行為が、原告の著作権(複製権)を侵害するか。 5 被告らの行為により原告が被った損害の額 ■判決文 第三 争点に対する判断 一 争点1(パブリシティ権の侵害)について 1 原告は、被告らが本件書籍を発行・販売した行為が、原告がその氏名、肖像等の持つ 経済的な利益ないし価値を排他的に支配する財産的権利であるパブリシティ権を侵害する 旨主張しているところ、いわゆるパブリシティの権利に関しては、次のとおりに解するこ とができる。  固有の名声、社会的評価、知名度等を獲得した著名人の氏名、肖像等を商品に付した場 合には、当該商品の販売促進に有益な効果がもたらすことがあることは、一般によく知ら れているところである。そして、著名人の氏名、肖像等が持つ顧客吸引力について、これ を当該著名人の獲得した名声、社会的評価、知名度等から生ずる独立した経済的利益ない し価値として把握し、当該著名人は、かかる顧客吸引力の持つ経済的価値を排他的に支配 する財産的権利(いわゆる「パブリシティ権」)を有するものと解して、右財産権に基づ き、当該著名人の氏名、肖像等を使用する第三者に対して、使用の差止め及び損害賠償を 請求できるという見解が存在する。  しかしながら、著名人は、自らが大衆の強い関心の対象となる結果として、必然的にそ の人格、日常生活、日々の行動等を含めた全人格的事項がマスメディアや大衆等による紹 介、批判、論評等の対象となることを免れないし、また、現代社会においては、著名人が 著名性を獲得するに当たり、マスメディア等による紹介等が大きくあずかって力となって いることを否定することができない。そして、マスメディア等による著名人の紹介等は、 本来言論、出版、報道の自由として保障されるものであることを考慮すれば、仮に、著名 人の顧客吸引力の持つ経済的価値を、いわゆるパブリシティ権として法的保護の対象とす る見解を採用し得るとしても、著名人がパブリシティ権の名の下に自己に対するマスメデ ィア等の批判を拒絶することが許されない場合があるというべきである。  したがって、仮に、法的保護の対象としてもパブリシティ権の存在を認め得るとしても、 他人の氏名、肖像等の使用がパブリシティ権の侵害として不法行為を構成するか否かは、 具体的な事案において、他人の氏名、肖像等を使用する目的、方法及び態様を全体的かつ 客観的に考察して、右使用が他人の氏名、肖像等の持つ顧客吸引力に着目し、専らその利 用を目的とするものであるかどうかにより判断すべきものというべきである。 2 これを本件についてみるに、証拠(甲一)によれば、本件書籍の外観及び内容は、次 のとおりのものと認められる。  《中 略》 3 右に認定した事実によると、本件書籍は、その題号の主要部分として原告の氏名が用 いられて表紙及び背表紙にこれが大書され、表紙中央部には原告の全身像のカラー写真が 大きく表示されており、しかも、その冒頭部分及び本文中の随所に原告の写真が掲載され ていて、原告の氏名及び肖像写真を利用して購入者の視覚に訴える体裁になっているとい うことができる。  しかし、本件書籍のうち、写真、サイン、本件詩等が掲載された部分を除く残りの約二 〇〇頁は、関係者に対するインタビューその他の取材活動に基づいて、原告の生い立ちや 言動について記述された文章で構成されており、これが本件書籍の中心的部分であるとい える。また、本文中に掲載された原告の写真は、その前後の文章で採り上げられた時期の 原告に対応するものであって、本文の記述を補う目的で用いられたものということができ る。  他方、表紙、背表紙及び帯紙並びにグラビア頁に利用された原告の氏名及び肖像写真に ついては、文章部分とは独立して利用されており、原告の氏名等が有する顧客吸引力に着 目して利用されていると解することができる。しかし、右のような態様により原告の氏名、 肖像が利用されているのは、本件書籍全体としてみれば、その一部分にすぎないものであ って、原告の肖像写真を利用したブロマイドやカレンダーなど、そのほとんどの部分が氏 名、肖像等で占められて他にこれといった特徴も有していない商品のように、当該氏名、 肖像等の顧客吸引力に専ら依存している場合と同列に論ずることはできない。また、著名 人について紹介、批評等をする目的で書籍を執筆、発行することは、表現・出版の自由に 属するものとして、本人の許諾なしに自由にこれを行い得るものというべきところ、その ような場合には、当該書籍がその人物に関するものであることを識別させるため、書籍の 題号や装丁にその氏名、肖像等を用いることは当然あり得ることであるから、右のような 氏名、肖像の利用については、原則として、本人はこれを甘受すべきものである。  以上によれば、本件書籍における原告の氏名、肖像等の使用は、その使用の目的、方法 及び態様を全体的かつ客観的に考察すると、原告の氏名、肖像等の持つ顧客吸引力に着目 して専らこれを利用しようとするものであるとは認められないから、仮に法的保護の対象 としてのパブリシティ権を認める見解を採ったとしても、被告らによる本件書籍の出版行 為が原告のパブリシティ権を侵害するということはできない。 4 したがって、パブリシティ権侵害を根拠とする原告の請求は、理由がない。 二 争点2(プライバシー権の侵害)について 1 他人に知られたくない私生活上の事実、情報をみだりに公表されない利益ないし権利 (いわゆる「プライバシー権」)は、個人の生活に不可欠な人格的利益として法的保護の 対象となるものというべきである。そして、プライバシー権の侵害があるというためには、 公表された内容が、(1)私生活上の事実又は私生活上の事実らしく受け取られるおそれの ある事柄であって、(2)一般人の感性を基準として他人への公開を欲しない事柄であり、 (3)これが一般に未だ知られておらず、かつ、(4)その公表によって被害者が不快、不安の 念をおぼえるものであることを、要するものと解するのが相当である。 2 これを本件についてみるに、証拠(甲一、一八)によれば、本件書籍に関しては、前 記一2認定の事実に加え、次の事実を認めることができる。 (一) 本件書籍の記述内容の概要は、前記一2(三)のとおりであるが、これを更に具体的 にみると、本件書籍中には、原告の私生活上の事実に関し、出生時の状況、家族構成、父 親の性格、家庭の教育方針、兄弟関係、母親による性格判断の内容、幼少のころから学生 時代にかけての身体的特徴、性格、発言内容、交友関係、運動能力、体力診断テストの結 果、担任教諭とのやりとり、教諭の原告に対する感想、学業成績、得意・不得意科目、受 験勉強の状況、進路選択、教諭・親との三者面談の様子、記憶力・集中力の程度、卒業時 における教諭の評価、就職活動の状況等についての記述がある。 (二) 原告は、その陳述書の中で、本件書籍によって公表された事項のうち、出生時の状 況、中学校当時の体力テストの結果、教諭の話す感想や細かい成績、サッカー部の監督と のやりとり、並びに、本件詩及び幼少時代から高等学校在学当時までの写真が、特に心外 に思う箇所であるとして指摘している。また、原告の出生から幼少時代、小学校・中学校 ・高等学校時代にわたる多数の事実を一度に公表し、こうした事実の積み重ねによって、 原告の知らないところで、原告の意図と離れた原告の「半生」や「人物像」といったもの が形作られてしまうことが法的に許されていいとは思わない旨を述べている。さらに、本 件書籍の記述中九か所につき、事実と異なる旨の指摘をしている。 (三) 原告は、プロサッカー選手になる以前の行動、出来事や、当時の写真については、 原告の私的な事柄であるので、一切公表したくないという基本的な考え方を持っている。 そして、プロになる以前の自分のことが勝手に公表されることを快く思っておらず、プロ になる以前のことについては、取材を受けても話をしたことがない。 3 右認定の事実によれば、本件書籍の記述及び掲載された写真等のうち、原告がプロサ ッカー選手になった以降の原告に関するもの、並びに、プロサッカー選手になる以前の事 項であっても、ジュニアユース等の日本代表選手として活躍した様子や、中学校及び高等 学校のサッカー部での活動状況に関するものは、その少なくとも一部はこれまでに新聞、 雑誌等で報道された事項であると解されるし、また、プロサッカー選手であるという原告 の立場を勘案すれば、これらの事項は一般人の感性を基準として公開を欲しない事柄であ るとまではいえないから、本件書籍中の右の記述は、プライバシー権を侵害するものでな いということができる。  これに対し、原告の出生時の状況、身体的特徴、家族構成、性格、学業成績、教諭の評 価等、サッカー競技に直接関係しない記述は、原告に関する私生活上の事実であり、一般 人の感性を基準として公開を欲しない事柄であって、かつ、これが一般の人々に未だ知ら れていないものであるということができる。そして、これが公表されたことによって原告 は重大な不快感をおぼえていると認められる。さらに、幼少時代に出席した結婚披露宴で のものなど、サッカーという競技に直接関係しない写真や、本件詩についても、右と同様 に解することができる。  したがって、本件書籍にこれらを掲載した行為は、原告のプライバシー権を侵害するも のというべきである。 4 この点に関し、被告らは、原告が公的人物であること、公表を承諾していると推認で きる範囲内の事項であること、原告の社会的評価の低下をもたらすものでないことなどを 主張して、本件におけるプライバシー権の侵害を争うので、これにつき検討する。  著名人に関しては、その私生活上の事項に対しても世間の人々が関心を抱くものという ことができるから、その関心が正当なものである限り、国民の知る権利や表現の自由の観 点から、私生活上の事実を公表することが許される場合があり得る。しかし、著名人であ っても、みだりに私生活へ侵入されたり、他人に知られたくない私生活上の事実を公開さ れたりしない権利を有しているのであるから、著名人であることを理由に、無制限にこれ が許容されるものではない。もっとも、国会、地方議会の議員や公職者ないしこれらの候 補者等の場合は、民主政治の基盤を成す国民の判断の前提となる情報の提供という見地か ら表現の自由に対する保護が特に強く要請されるものであるから、これらの者については、 私生活上の事項であっても有権者が正当に関心を抱くべき事柄として、これを公表するこ とが許容される範囲も広いものと解することができるが、原告のようなプロスポーツ選手 の場合を、これと同一に論ずることはできない。  また、プロスポーツ選手については、その活動の模様がマスメディアで報道され、その 私生活上の事実に対しても一般市民が関心を抱くものであるので、その職業を選択した以 上は、私生活上の事実についても一定の範囲では公表されることを包括的に承諾している ということができるにしても、プロになる以前の事柄に関しては、当該スポーツ分野にお ける活動歴等を除く私的事項についてまで公表されることを一般的に承諾しているという ことはできない。加えて、本件においては、原告は、従来からプロサッカー選手になる以 前の行動や写真につき一切公表したくないという基本的な考え方を持っており、プロにな る以前の事柄については、取材を受けても一切話をしていないことに照らすと、原告の承 諾が推定されるということは、到底できない。  そして、私生活上の事実を公表されないという利益は、社会的評価の向上又は低下とは 関係しないものであるから、本件書籍によって原告に対する社会的評価の低下がもたらさ れることがないとしても、そのことを理由にプライバシー権を侵害しないということもで きない。  したがって、被告らの右主張は採用できない。 5 以上によれば、被告らによる本件書籍の発行・販売行為は原告のプライバシー権を侵 害するものであり、原告はこれによって重大な被害を被っていると認められるから、原告 は被告らに対し、侵害行為の差止め及び後述の損害賠償を求めることができるものと判断 するのが相当である。  なお、原告のプライバシー権を侵害すると認められる記述及び写真等は、本件書籍の一 部にとどまるものではあるが、侵害に当たる部分とそれ以外の部分とを判然と区別するこ とができず、侵害に当たる部分が本件書籍中で重要な部分を占めており、これを除いた場 合には本件書籍が書籍としての体をなさなくなるものと認められることに照らすと、本件 書籍全体の発行、販売及び頒布行為の差止めを認めるべきものである。 三 争点3(公表権の侵害)について 1 公表権の侵害は、公表されていない著作物又は著作者の同意を得ないで公表された著 作物が公衆に提供され又は提示された場合に認められる(著作権法一八条一項)。  本件詩は言語の著作物(同法一〇条一項一号)であるから、これが発行された場合に公 表されたといえる(同法四条一項)ところ、右の「発行」とは、その性質に応じて公衆の 要求を満たす程度の部数の複製物が作成され、頒布されたことをいい(同法三条一項)、 さらに、「公衆」には、特定かつ多数の者が含まれるとされている(同法二条五項)。 2 これを本件についてみるに、証拠(乙一、四)によれば、本件詩は、平成三年度の甲 府市立北中学校の「学年文集」に掲載されたこと、この文集は右中学校の教諭及び同年度 の卒業生に合計三〇〇部以上配布されたことが認められる。  右認定の事実によれば、本件詩は、三〇〇名以上という多数の者の要求を満たすに足り る部数の複製物が作成されて頒布されたものといえるから、公表されたものと認められる。 また、本件詩の著作者である原告は、本件詩が学年文集に掲載されることを承諾していた ものであるから、これが右のような形で公表されることに同意していたということができ る。 3 したがって、公表権侵害を根拠とする原告の請求は、理由がない。 四 争点4(複製権の侵害)について 1 本件詩の全文を本件書籍にそのまま掲載した被告らの行為が、本件詩の複製に当たる ことは明らかである。 2 被告らは、本件詩を本件書籍へ掲載した行為は、公表された著作物を引用して利用し たものであって、著作権法三二条一項により著作権侵害の責任を負わないと主張している。  本件詩が「公表された著作物」に当たることは、前記三のとおりであるので、本件にお ける被告らの行為が右条項の「引用」に該当するかどうかについて検討する。  「引用」とは、紹介、参照、論評その他の目的で自己の著作物中に他人の著作物の全部 又は一部を採録することをいい、これが右条項所定の「その引用は、公正な慣行に合致す るものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれる ものでなければならない。」との要件に該当するといえるためには、引用を含む著作物の 表現形式上、引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される著作物とを明瞭に区 分して認識することができ、かつ、右両著作物間に、前者が主、後者が従の関係があるこ とを要するものと解すべきである。  これを本件についてみるに、証拠(甲一、乙一)によれば、本件詩は一五行から成るも のであるが、本件書籍にはその全文が掲載されていること、本件詩は、前記学年文集に原 告の自筆による原稿が写真製版された形で掲載されていたところ、本件書籍の六五頁の中 央部に、これがそのまま複写された形で掲載されていること、右の頁は、本件詩の下部に 「中学の文集で中田が書いた詩。強い信念を感じさせる。」とのコメントが付されている 以外は余白となっていること、本件書籍の本文中には本件詩に言及した記述は一切ないこ とが認められる。  右認定の事実によれば、本件書籍の読者は本件詩を独立した著作物として鑑賞すること ができるのであり、被告らが本件書籍中に本件詩を利用したのは、被告らが創作活動をす る上で本件詩を引用して利用しなければならなかったからではなく、本件詩を紹介するこ と自体に目的があったものと解さざるを得ない。  右のとおり、本件書籍のうちの本件詩が掲載された部分においては、その表現形式上、 本文の記述が主、本件詩が従という関係があるとはいえない(むしろ、本件詩が主である ということができる。)から、被告らが本件詩を本件書籍に掲載した行為が、著作権法上 許された引用に該当するということはできない。 3 したがって、原告は被告らに対し、複製権侵害に基づいて、被告らが本件詩を複製す ることの差止め(なお、複製権侵害に当たるのは本件詩を掲載した頁のみであるからこれ を理由として差止めを求め得るのも右の限度に限られるが、前述のとおり、プライバシー 権侵害を理由として、本件書籍全体の差止めが認められる。)及び後述の損害賠償を求め ることができる。 五 争点5(損害の額)について 1 右に判示したところによれば、原告は被告らに対し、著作権(複製権)侵害により被 った財産的損害及びプライバシー権侵害により被った精神的損害につき、その賠償を求め ることができる。 2 財産的損害につき、原告は、著作権法一一四条一項に基づいて、本件書籍の発行・販 売行為により被告らが得た利益の額を原告が受けた損害の額として請求している。  被告らは、右の利益の額に関し、売却冊数五万五三四六冊分の販売価格が四六五九万六 〇六一円、これに係る印刷代、出張費等の原価が九五九万三三〇七円であると主張してお り、原告はこれを争うことを明らかにしていない。被告らは、右の原価に加え、断裁冊数 六万九六五四冊分の原価一二〇七万三三六〇円並びに販売費及び一般管理費一一六六万八 五三四円を右の販売価格から控除した金額(一三二六万〇八六〇円)が被告らの得た利益 の額であると主張するが、被告らは右費目ごとの金額をあげて控除すべき理由を明らかに せず、また、被告らが提出した証拠を総合しても、これらの費用の具体的な内容は不明で あるから、これをもって控除すべき費用に当たると認めることはできない。  したがって、被告らが本件書籍の発行・販売行為により得た利益の額は、右の販売価格 から印刷代等の原価を控除した三七〇〇万二七五四円と認められる。  そして、本件詩が掲載されたのは、グラビア部分四頁及び本部分二三七頁から成る本件 書籍のうちの一頁のみであるが、頁の全面に掲載されたものであり、読者に強い印象を与 えるものであること、原告が自筆したものがそのまま写真複製されていることを考慮する と、被告らが本件詩を複製することによって得た利益は、少なくとも右利益額の約五パー セントに相当する一八五万円を下るものではないと認められる。 3 原告がプライバシー権侵害により受けた精神的損害については、右三で認定した侵害 行為の態様、本件書籍に対する原告の不快感や、右2のとおり被告らが本件書籍の出版に より約三七〇〇万円の利益を得ていると認められることを総合すれば、原告の被った精神 的損害を金銭的に評価すると、その額は二〇〇万円を下るものでないというべきである。 4 したがって、原告は被告らに対し、右2及び3の合計額三八五万円及びこれに対する 不法行為の後である平成一〇年四月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合によ る遅延損害金の連帯支払を求めることができる。 六 以上によれば、原告の請求は、本件書籍の発行等の差止め及び右五で認定した金額の 損害賠償を求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第四六部 裁判長裁判官 三村 量一    裁判官 長谷川浩二    裁判官 大西 勝滋 (別紙一)  書籍目録  題 号  「中田英寿 日本をフランスに導いた男」  著 者  高部 務  発行者  高部 務  発行所  株式会社ラインブックス