・名古屋地判平成12年3月8日  東刈谷ショッピングセンター設計図事件。  本件は、建築設計業者である原告(株式会社岩崎設計事務所)が、(1)第一次的に、 被告ハローフーヅ株式会社、被告灯地建設株式会社、および被告アイ・エス・オー設計株 式会社、および更生会社日本国土開発株式会社が、原告の著作物であるショッピングセン ターの設計図のうち一部の図面を無断で複製、改変した上、右複製図面を被告アイ・エス ・オーの図面として建築確認申請を行ったとして、被告会社らに対し、連帯して、著作権 侵害による不法行為に基づく損害賠償として3600万円、著作者人格権侵害による不法 行為に基づく慰謝料として400万円、弁護士費用として400万円の支払を求め、被告 更生会社管財人坂上義次郎および同大橋正春(被告管財人ら)に対し、原告が、更生会社 に対し、右4400万円の損害賠償債権を有しているとして、右更生債権を有することの 確定を求め、(2)第二次的に、更生会社、被告灯地建設および被告ハローフーヅは原告 との間で、原告作成の前記設計図を使用しないとの合意をしていたにもかかわらず、被告 らは、共同で原告の右不作為債権を侵害したとして、債権侵害による不法行為に基づく損 害賠償として、被告会社らに対し、連帯して、4000万円の支払を求め、被告管財人ら に対して右4000万円の更生債権の確定を求めるものである。  判決は、一部について、「設備図面を含め原告図面(前記2ないし4を除く。)は、原 告代表者がその一級建築士としての知識と技術を駆使して、そのスタッフとともに、ある いは設備業者に依頼して、創作したものと認められ、そこには原告の思想が表現されてい るといえるから、原告の著作物であると認められる」としたうえで、一部について複製権、 氏名表示権、同一性保持権の侵害と認め、被告アイ・エス・オー設計株式会社に対して1 43万円の支払いを命じた。損害額については、被告が原告の著作権を侵害したと認めら れる図面は、原告設計図128枚中3枚だけであることから、「原告に損害が発生したこ とは明らかであるものの、その額を立証させることは著しく困難であると認められる」と したうえで、さまざまな「事情を総合考慮して、本件著作権侵害による原告の損害は、一 〇〇万円をもって相当と認める」とした。そして、著作者人格権(氏名表示権・同一性保 持権)の侵害による損害額として30万円、弁護士費用13万円とした。 ■争 点 1 原告設計図は著作物といえるか。 2 被告設計図は、原告設計図を複製したものか。 3 原告は、原告設計図の使用を許諾したか。 4 原告の損害及びその額 5 債権侵害に基づく請求について ■判決文 第三 当裁判所の判断 一 原告設計図書、被告設計図書の作成経過等 《中 略》 二 争点1(原告設計図は著作物といえるか。)について 1 著作権法(以下「法」という。)上保護される著作物であるためには、思想又は感情を 創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものでなけれ ばならないところ(法二条一項一号)、建築設計図は、学識、経験、個性によって決定され た設計者の思想が図面として表現されたものであり、学術的な表現であるということがで きるから、その表現に創作性が認められるものについては、著作物性が認められる。  建築設計図を著作物として保護するのは、建築の著作物(法一〇条一項五号)のように、 建築物によって表現された美的形象を模倣建築による盗用から保護する趣旨ではないから、 美術性又は芸術性を備えることは必要ない。  また、法は保護の要件として、創作性があることを要求しているだけであって、創作性 が高いものであることは要求していないから、設計する建物はありふれたものでもよく、 特に新奇なものである必要もない。そして、図面に設計者の思想が創作的に表現されてい れば、著作物性としては十分であり、建物の建築図面として、その図面により建築するに ついて十分であるかどうかという図面の完全性が要求されるものでもない。 2 原告図面1(公図の写し)について  原告図面1は、本件建物の敷地付近の公図の写しに、敷地の周囲の道路の幅、敷地とな る土地の周りの長さと面積を記入した図面と敷地の所有者名と地番、地積を記載した敷地 面積表からなるものである。  しかしながら、公図は、登記所に備えられているものであり、原告もそれを写したにす ぎないから、公図の写し部分に創作性はなく、著作権は発生しない。  原告図面1には、本件建物の敷地の面積、周りの長さ及び道路幅が記載されており、ま た、所有者ごとに土地の地番や面積等をまとめた敷地面積表が記載されているが、これら の記載は、客観的な事実であって、何人が記載しても同一となるはずのものであり、その 表現方法も同一とならざるを得ないから、右部分は創作的表現ということはできず、原告 に著作権は成立しない。  原告は、寸法を入れる位置にしても、分かりやすさなどを工夫した旨主張するが、創作 的表現と評価できるものではない。 よって、原告図面1には、著作物性を認めることはできない。 3 原告図面6(現況敷地平面図)について  原告図面6は、本件建物の敷地の現況図であるが、現況図とは、原告が設計を依頼され た建物自体ではなく、その敷地について、道路との境界線や、長さ、杭の位置などを、現 況どおりに図面化したにすぎないものであり、客観な事実の記載であり、縮尺、方角さえ 決まれば、ほぼ同一の記載となるものであって、その記載には創作性を認め難いものであ る。原告は、段差の表現方法について工夫した旨主張するが、創作的表現と評価できるも のではない。  よって、原告図面6には、著作物性を認めることはできない。 4 表について  原告設計図のうち、表の形式で記載されているのは、前記原告図面1の敷地面積表のほ か、仕上表(原告図面3の1と2)、空調機器に関する機器表(1)(原告図面17)、換気機 器に関する機器表(2)、換気計算書の取入外気量、火気使用室換気量(以上は、原告図面 18の1と2)、衛生器具表(原告図面24)、スプリンクラー設備計算表及び補助散水苣ン備 計算表(原告図面30の1と2)である。  表については、記載された事項の内容や数値自体は、表現方法ではないから著作物性は なく、表に著作物性が認められる場合は、表の形式そのものが特別のものであったり、表 を構成する項目の選択やその記載の順序などに特別の工夫が見られる場合に限られるもの である。  原告は、各項目の記載方法や順序が原告のオリジナルであると主張するが、記載内容で なく、その配列に著作物性があると認められるためには、すなわち、編集著作物であると 認められるためには、配列がオリジナルであるだけでは不十分なのであって、配列自体に 特に創作性が認められる場合でなければならない。  前記原告図面中の表には、特別の表形式のものはなく、表の構成する項目の選択やその 記載の順序に特別の工夫はない。 結局、原告設計図中の表部分については、著作物性は認められない。 5 その余の図面について  原告代表者の供述によれば、設備図面を含め原告図面(前記2ないし4を除く。)は、原 告代表者がその一級建築士としての知識と技術を駆使して、そのスタッフとともに、ある いは設備業者に依頼して、創作したものと認められ、そこには原告の思想が表現されてい るといえるから、原告の著作物であると認められる。  被告らは、本件建物が、被告ハローフーヅの構想、指示に基づいて作られているとして、 原告設計図に著作物性はないと主張するが、著作物として保護されるべきは、著作物から 読み取ることのできる建築思想(アイデア)ではなく、その表現形式自体であるから、著 作権者がアイデアの発案者である必要はないのである。被告ハローフーヅが、本件建物自 体について、具体的なイメージを有しており、それを原告に伝えていたとしても、原告は、 依頼者である被告ハローフーヅの希望を容れて、そのイメージが現実に建築が可能なよう に、設計図として表現したのであって、そこには、原告の個性が現れ、創作性が表現され ていることは明らかである。 三 争点2(被告設計図は、原告設計図を複製したものか。)について 1 著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りる ものを再製することをいうと解すべきであるから、本件において、複製の事実が認められ るためには、@被告設計図が原告設計図に依拠して作成されていること、A原告設計図と 被告設計図との間に同一性が認められることが必要である。 2 証拠(被告アイ・エス・オー代表者)によれば、被告アイ・エス・オー代表者は、被 告設計図を作成する以前に、被告灯地建設から原告設計図書を渡されており、原告設計図 を横に置いて被告設計図を作成したのであり、被告設計図のうち、原告設計図を見ないで 作成したものはなく、外注した設備図面についても、外注先に、原告設計図書と、被告設 計図のうち被告アイ・エス・オー代表者が作成したものを渡しているというのであるから、 依拠の機会があったことは明らかである。  被告アイ・エス・オー代表者は、原告設計図を見てはいるが、原告設計図を写す意思(依 拠の意思)はなく、被告設計図は独自に作成したものである旨供述する。しかし、被告ア イ・エス・オー代表者の供述を全体として見れば、結局、被告アイ・エス・オー代表者は、 被告ハローフーヅに依頼されたように、本件建物の建築費を八億円まで下げるためには、 原告設計図を大幅に改変する必要があったところ、右改変は、設計変更という程度を越え て、独自に設計したと評価できる程度まで達していた旨述べているにすぎない。  そして、本件で著作物とされるのは図面であるから、たとえ被告アイ・エス・オー代表 者が独自に本件建物の設計をし直したとしても、それが図面として表現された場合に、原 告の表現と同一と認められる部分があれば、原告設計図を見ている(依拠の機会がある) 以上、実際にもそれに依拠しているものと認めざるを得ない。 3 Aの要件である同一性の判断にあたっては、複製であると主張されている被告図面と 原告図面を比較することになるが、その際、両図面が全く同じであることは必要でなく、 原告図面の内容及び形式を覚知させるに足る同一性があれば、Aの要件を満たすものとい える。したがって、異なる部分があったとしても、それが、量的あるいは質的に微細であ って、図面全体の同一性が損なわれる程度のものでなければ、右部分の存在は、同一性あ りとの判断に影響を及ぼすものではない。  逆に、同じ部分があるとしても、異なる部分の存在により、量的あるいは質的に別の著 作と観念される程度に至ったものは、複製ということはできない。  よって、被告図面について、原告図面と同一性があるかについて、判断する 《中略》 14 以上によれば、被告アイ・エス・オーの作成した被告図面中、被告図面2の配置図、 被告図面7の外構図及び被告図面30の1のスプリンクラーに関する系統図の三枚は原告 図面と同一であると認められ、これらがいずれも原告図面に依拠したことは、前記のとお り容易に認められるから、複製に該当する。 四 争点3(原告は、原告設計図書の使用を許諾したか。)について 1 前記争いのない事実等によれば、本件確認書において、被告ハローフーヅは原告に対 し設計料三四〇〇万円の支払を約し、これを支払ったところ、被告らは、設計料全額を支 払ったから、被告らが原告設計図書をそのまま使用できることは当然であると主張し、右 確認書二項において、原告設計図書を使用しないとの意味は、別途設計図書を作り直さな ければならないことを合意したものにすぎないと主張する。 2 前記争いのない事実等のとおり、平成三年六月八日、本件確認書が取り交わされたが、 証拠(原告代表者)によると、その作成経過は次のとおりである。 《中 略》 3 以上のことからすれば、原告は、これまで、被告ハローフーヅの要望に沿うような設 計を行うため、原告設計図書の手直しを行い、見積額としても、被告ハローフーヅの予算 内に収まる状態までもってきたにもかかわらず、被告ハローフーヅから、本件工事の設計 監理から外されることを一方的に告げられたのであって、そのことに対し強い不満を持っ ていたものである。また、原告は、原告設計図書が盗用されていたとの思いを強くしてい た。そのような状態で、現実に原告が本件工事から外れることになれば、原告は、被告ハ ローフーヅが、本件工事から原告を外しておきながら、原告設計図書を使用するのではな いかということに、強い懸念を持つはずであって、そうであるからこそ、本件確認書草稿 のすりあわせに際しても、原告設計図書を「一切」使用しないとの、強調文言を挿入する ことを要求していたものと認められる。  このような事情に鑑みれば、原告は、被告ハローフーヅに対し、原告設計図書を、いか なる形であっても使用することは許諾していなかったはずであり、原告設計図をそのまま 使用することはできないが、別途設計図面を作り直しさえすればよい旨合意したとの被告 らの主張は不自然である。本件確認書の文言どおり、原告設計図書の使用は、いかなる形 であっても許されていなかったものと認められる。 4 被告らは、被告ハローフーヅが原告に対し、設計料として三四〇〇万円を支払ってい ることからすれば、本来原告設計図書を使用できることは当然であると主張する。しかし、 甲四及び甲一八の記載内容、及び前記認定のとおり、本件建物の設計や、地元との折衝、 開発許可申請行為等に携わってきた原告が、これから工事を開始するという段階になって、 本件建物に関する業務から外されたことについて、被告ハローフーヅと原告との間に確執 があったことなどからして、三四〇〇万円は、覚書(甲四)で合意、確認したとおり、設 計料ではなく、本件契約の解約に伴う解決金的なものであると認められるから、被告らの 主張はその前提を欠き理由がない。 5 以上によれば、原告が、被告らに対して、原告設計図書の使用を許諾したことはなく (開発許可の関係書類は別である。)、被告アイ・エス・オーの前記複製行為は、著作権の 侵害になる。 五 争点4(原告の損害及びその額)について 1 著作権侵害による損害額  甲43によると、原告設計図書全体は一二八枚からなるところ、前記認定のとおり、被告 アイ・エス・オーが原告の著作権を侵害したと認められる図面は、三枚だけであり、原告 に損害が発生したことは明らかであるものの、その額を立証させることは著しく困難であ ると認められる。  そこで、当裁判所において、相当額を認定することとするが、原告が、原告設計図書の 作成により通常得べかりし設計料は、本件工事の現実の請負代金額九億五二七五万円(乙 一二)を基準にすると、その四・三パーセント(甲四七)である四〇九六万八二五〇円で あり、右設計料は、本件原告設計図書全体(一二八枚の図面)の対価であるから、単純計 算すると、一枚当たり三二万円強である。そして、右三枚の図面が、本件建物の設計に占 める重要度が特に大きいものとも思われない。  これらの事情を総合考慮して、本件著作権侵害による原告の損害は、一〇〇万円をもっ て相当と認める。 2 著作者人格権侵害による損害額  被告アイ・エス・オーが、被告設計図を前提にした本件建物の建築確認申請において、 原告の氏名を表示しなかったことについては争いがなく、また、被告アイ・エス・オーが 右三枚の図面の一部について改変を行っていることは明らかであるところ、右行為は、原 告の氏名表示権(法一九条)と同一性保持権(法二〇条)を、それぞれ侵害するものであ る。これにより、原告は、本来であれば自己のものとなるはずであった名声を被告アイ・ エス・オーに奪われ、一方で、被告アイ・エス・オーによる改変部分については、原告の 関知しないところで、意に副わない表現を採用されたのであるから、これにより原告の被 った精神的損害は、三〇万円と認めるのが相当である。 3 被告らの責任  被告アイ・エス・オーは、原告設計図書に依拠して複製行為をなし、著作権及び著作者 人格権の侵害行為をなしたものであり、同被告に故意があったことは明らかである。  被告ハローフーヅは本件工事の発注者、被告灯地建設及び更生会社は本件工事の請負者 ではあるが、右被告らが、被告アイ・エス・オーの右著作権や著作者人格権の侵害行為を 知っていたことを認めるに足りる証拠はないから、右被告らは、被告アイ・エス・オーの 著作権及び著作者人格権の侵害行為について、共同不法行為責任を負うものではない。 4 本件訴訟の追行を考えると、著作権侵害による不法行為に基づく損害賠償請求権につ いての弁護士費用は一〇万円、著作者人格権侵害による不法行為に基づく損害賠償請求権 についての弁護士費用は三万円と認めるのが相当である。 六 争点5(債権侵害に基づく請求)について 1 前記四認定のとおり、前記確認書において被告ハローフーヅが、原告設計図書を使用 しない旨約束し、確認書を取り交わすに至る交渉経過の中で更生会社及び被告灯地建設の 共同企業体が、原告に対して、原告設計図書を使用しないと約束したことが認められる。 2 原告は、被告らによって、原告設計図書を使用をされない原告の権利が侵害されたと して、共同不法行為による損害賠償を求めるところ、原告が侵害行為と主張する行為の内 容は、原告設計図書に従って本件建物を建築したということであり、被告設計図書に従っ て本件建物を建築したとしても、被告設計図書は原告設計図書の複製であるから、原告設 計図書に従って本件建物が建築されたということになるとの主張を含むものであると解さ れる。  しかしながら、本件建物の建築工事が一部にしても原告設計図書に従ってなされたとの 事実については、これに符合する原告代表者の供述があるものの、原告設計図書に従って なされたという工事部分は特定されておらず、にわかに右供述を採用することはできず、 右主張を認めるに足りる証拠はない。 弁論の全趣旨によれば、本件建物は被告設計図書 の内容どおり完成されたものと認められる。  前記認定のとおり、被告設計図書のうち三枚は原告設計図面の複製に該当するものであ り、右三枚の設計図面のうち原告設計図面と同一の部分の工事は、原告設計図面を使用し たものとなる(原告設計図面を改変した部分の工事は、原告設計図面を使用したことには ならない)。  しかしながら、前記認定のとおり、被告アイ・エス・オー以外の被告らが、被告設計図 書の著作権侵害事実を知っていたと認めるに足りる証拠はないから、複製と認められる設 計図面のうち同一の部分と認められる工事がなされたとしても、右被告らに原告の権利を 侵害する共同不法行為があったということはできない。  被告アイ・エス・オーに関しては、原告の主張する債権侵害行為は、著作権、著作者人 格権の侵害行為と同一の行為であるか、あるいは主要な事実において重なるものであり、 損害の内容も異なるものではないと認められるから、仮に不法行為が成立するとしても、 著作権、著作者人格権の損害とは別に算定すべきものはない。 七 結論  以上によれば、原告の請求は、被告アイ・エス・オーに対して、著作権侵害(弁護士費 用を含んで)として一一〇万円、著作者人格権侵害(弁護士費用を含んで)として三三万 円、合計一四三万円の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、被告アイ・エ ス・オーに対するその余の請求及びその余の被告らに対する請求は理由がないから棄却す る。 名古屋地方裁判所民事第九部 裁判長裁判官 野田 武明    裁判官 佐藤 哲治    裁判官 達野 ゆき