・東京高判平成12年3月15日  「ポケット吸いがら入れ」事件:控訴審  原告(控訴人・映廣企画)は、被告(被控訴人・大日本印刷)に対して、内面にアルミ 箔シートを貼着した被告製品「ポケット吸殻入れ」が原告製品「ポケット吸いがら入れ」 と、その形態および表示が類似するとして、不正競争防止法2条1項1号に基づいて訴え を提起したが、原審判決は請求を棄却した。原審判決は、原告の商品表示の周知性につい て(争点1)、その取引形態から、原告製品が、その需要者が、形態により原告製品の出 所を識別していたとまで認めることはできないとして、原告製品の形態は原告製品の出所 を識別させる機能を備えていたとまでは認められず、原告製品の形態は原告の商品表示と して周知であったとは認められないとした。また、「ポケット吸いがら入れ」という表示 については(争点2)、その用途、形状を普通に用いられる方法で表現したものであり、 それ自体が出所の識別機能を備える表示であるとは認められず、また原告表示が原告の商 品表示として周知であったとまでは認められないと判示した。  本件控訴審判決は、控訴を棄却した。 (第一審:東京地判平成11年3月29日) 第三 当裁判所の判断 一 当裁判所も、控訴人の本件請求は理由がないものと判断する。  その理由は、控訴人の当審における主張に対し後記二のとおり判断するほかは、原判決 事実及び理由欄の「第三 争点に対する判断」と同じであるから、これを引用する。 二 控訴人の当審における主張について 1 争点1(控訴人製品の形態は、昭和四七年頃には、控訴人の商品表示として周知であ ったか)について (一) 商品の形態自体が商品表示となるような場合、その形態とは、専ら商品の外観の態 様、すなわち外見をいうものと解すべきところ、かかる趣旨における控訴人製品の形態は、 前示(原判決一二頁八行目の「原告製品の形態は、」から同頁末行の「〇・二ミリメートル である」まで)のとおりであって、その形状、縦横の寸法及びその比率、厚み等から見て 全体的には名刺に近く、一方の面に前示切込みによって形成された直線が表されているも のである。かかる形態は、一般的に見て、ありふれた何ら特徴的なところのないものであ るのみならず、同種商品である携帯用吸い殻入れ(乙第一号証の二、甲第二九号証の二、 第三〇号証)と全体的な形状が類似しており、さらに、上辺から約一三ミリメートル離れ たところに前示切込みによって形成された直線が表されている点も、視覚的にはさほど目 立たず、内容物の投入口の上部に折返し舌片を設けた通常の態様の袋と類似したものであ って、控訴人製品の際立った形態上の特徴点というまでには至らない。  控訴人は、煙草の吸い殻を入れる袋である控訴人製品が、これまでの袋とは異なった箇 所に投入口が設けられていることが一見して明らかであり、しかも、その投入口の上側を 折り返しやすくするという極めて特異な形態の袋として構成したものであると主張するが、 前示切込みの奏する効果、機能は格別、形態としてみる限り、右のとおりであって、控訴 人製品が、同種商品と比較し、それ自体が商品表示となるような特有の形態的特徴を具備 するものということはできない。  控訴人は、マスコミが控訴人製品を取り上げたこと、需要者が控訴人製品を採用し、継 続して使用していることを、控訴人製品が煙草の吸い殻入れ用袋として特徴のある形態で あることの根拠として主張するが、本件において提出された各新聞記事(昭和四六年八月 三〇日付フクニチ新聞、同年一二月二三日付熊本日日新聞、昭和四七年四月三〇日付北海 道新聞、同年七月五日付朝日新聞、同月二一日付新潟日報、同年一一月一七日付讀賣新聞、 同日付サンケイ新聞、同日付中国新聞、同日付愛媛新聞、同日付大分合同新聞、昭和四八 年三月三一日付琉球新報、甲第八ないし第一九号証、なお、甲第五号証は刊行物の種類名 称及び発行年月日が不明である。)において、控訴人製品につき、それが同種商品と比較し て独自の際立った形態的特徴を有するとの観点から報じているものは見当たらず、他にマ スコミが控訴人製品を取り上げたことが、控訴人製品が煙草の吸い殻入れ用袋として特徴 のある形態であることの具体的な根拠となることを示すような証拠はない。また、同様に、 需要者が控訴人製品を採用し、継続して使用していることが、控訴人製品が煙草の吸い殻 入れ用袋として特徴のある形態であることの具体的な根拠となることを示す証拠もない。  さらに、控訴人は、意匠登録の判断基準において、一見して単純な形状と見られるもの であっても、それぞれの業界の事情を考慮して、一概に創作性・審美性なしと判断される ものではないとも主張するが、意匠登録における創作性・審美性の判断基準が、直ちに、 不正競争防止法二条一項一号の適用に関して、それ自体が商品表示となるような形態的特 徴の有無の判断基準となるものではなく、かつ、意匠登録における一般的な基準はともあ れ、控訴人製品自体に特段の形態的特徴が認められないことは前示のとおりである。 (二) 控訴人との間で、控訴人製品の取引をした需要者や、これらの需要者の関連業者等 であって、控訴人製品を現実に取り扱ったものが、控訴人製品の形態それ自体を知るに至 ることはたやすく推認されるところである。  しかしながら、控訴人製品の需要者が、控訴人製品を採用するに当たっては、その宣伝 広告媒体としての効果や費用等についての慎重な検討を経て取引を行うものであって、単 に控訴人製品の形態を見ただけで取引をするものではないと認められることは、前示(原 判決一七頁六行目の「右(一)の認定事実」から一八頁八行目の「できる。」まで)のとおり であり、このことに、前示のとおり、控訴人製品自体に特段の形態的特徴が認められない こと、前掲各新聞記事(甲第八ないし第一九号証)中に、控訴人製品に係る前示(原判決 一二頁八行目の「原告製品の形態は、」から同頁末行の「〇・二ミリメートルである」まで) の形態を正確に特定して報じたものは見当たらず、かつ、各記事に掲載された写真からも この点が明確となるものとは認められないこと、控訴人が控訴人製品に係る宣伝広告を需 要者に向けてしたことがないこと(控訴人の自認するところである。)を併せ考えると、控 訴人製品の取引をした需要者や、その関連業者等であって、控訴人製品を現実に取り扱っ たものが、控訴人製品の形態それ自体を知るに至ったからといって、控訴人製品の出所を、 その形態自体によって識別するに至っているものと認めることはできない。そして、この ことは、控訴人が控訴人製品を納入した需要者が多数であっても変わるところはない。  控訴人は、控訴人製品が各需要者から広く配布されており、需要者は、右新聞記事によ り、あるいは控訴人製品の多くに記載されている控訴人の商号等により、控訴人製品の出 所を認識することができると主張するが、控訴人製品が各需要者から広く配布されている ことは、その主張のとおりであるとしても、前示の事情に照らせば、需要者が、たとえ、 右新聞記事や控訴人製品の多くに記載されている控訴人の商号等を目にしたところで、控 訴人製品の出所を、その形態自体によって識別するに至るものと認めることはできない。 2 争点2(「ポケット吸いがら入れ」という表示は、昭和四七年頃には、控訴人の商品表 示として周知であったか)について  「ポケット吸いがら入れ」という表示が、控訴人製品につき、その用途、形状を普通に 用いられる方法で表現したものであり、それ自体として、出所の識別機能を備える表示で あると認められないことは前示(原判決二〇頁七行目から同頁一〇行目まで)のとおりで あり、控訴人のした「ポケット吸いがら入れ」との構成からなる商標の登録出願に対し、 登録査定がされたこと(甲第二四号証)は、右認定判断を直ちに左右するものではない。  控訴人は、控訴人が控訴人製品の周知性を伝播するための営業努力を地道に行ったこと により「ポケット吸いがら入れ」の名称を付した控訴人製品が一般人に知られる基礎が確 立されたものであると主張するが、控訴人の営業活動等により、控訴人製品が新聞等によ って取り上げられたことがあり、各需要者に多数採用されたことはそのとおりであるとし ても、前示(原判決二一頁二行目から二二頁六行目まで)のとおり、それによって、昭和 四七年頃及びそれ以降現在に至るまで、「ポケット吸いがら入れ」という表示が控訴人の商 品表示として周知であったと認めることはできない。  この点に関し、控訴人は、需要者が控訴人製品の取引を行うときには、その呼び名を指 定して取引を行うことが当然であるから、需要者は、「ポケット吸いがら入れ」という表示 に注目して取引を行うものであると主張するが、控訴人製品の取引において、単に当該取 引の目的物(控訴人製品)を指定するために「ポケット吸いがら入れ」との表示を用いる というだけでは、前示のとおり、それ自体として出所の識別機能を備えるとは認められな い該表示が、控訴人の商品表示として周知となるに至るものではない。  また、前掲各新聞記事(第八ないし第一九号証)のうち、昭和四六年八月三〇日付フク ニチ新聞(甲第八号証)、昭和四七年四月三〇日付北海道新聞(甲第一〇号証)及び同年七 月五日付朝日新聞(甲第一二号証)を除くものには、記事中に「ポケット吸いがら入れ」 との表示が記載されているが、かかる新聞報道がなされたからといって、直ちに、「ポケッ ト吸いがら入れ」との表示が控訴人の商品表示として周知となるともいえない。  なお、控訴人は、昭和四九年以降、控訴人製品が雑誌・新聞に取り上げられなくなった のは、控訴人製品が市中でよく見かけるものとなったからであると主張するが、その控訴 人製品が市中でよく見かけるものとなったとの主張が、「ポケット吸いがら入れ」との表示 が控訴人の商品表示として周知となったとの趣旨を含むものとすれば、該主張を認めるに 足りる証拠はない。 三 以上によれば、原判決は正当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却する こととし、控訴費用の負担につき民事訴訟法六一条、六七条一項本文を適用して、主文の とおり判決する。 東京高等裁判所第一三民事部 裁判長裁判官 田中 康久    裁判官 石原 直樹    裁判官 清水 節