・東京高判平成12年3月16日  円谷プロ事件:控訴審。  原告(控訴人・円谷プロダクション)は、タイに居住するタイ国籍の被告(被控訴人・ サンゲンチャイ・ソンポテ)に対して、被告に対する著作権の譲渡または利用許諾はされ ていないと主張して、@日本国外における本件著作物の独占的利用権の許諾を内容とする 本件契約書が真正に成立したものでないこと、原告が本件著作物につき著作権を有するこ とおよび被告がこれにつき利用権を有しないことの確認、A被告による虚偽の事実の陳述 または流布の差止め、B損害賠償、を請求しているのに対し、被告が、本案前の答弁とし て、わが国の裁判権(国際裁判管轄)および確認の利益を争い、訴えの却下を求めた事案 である。  原審判決は、原告が国際裁判管轄を肯定する根拠となるとして主張した不法行為地およ び財産所在地のいずれについても、これがわが国にあるということはできないとして、国 際裁判管轄を否定し、原告の訴えを却下した。  本件控訴審は、「現段階における証拠で検討する限り、控訴人に対する被控訴人の不法 行為は、その存在を認め得ないのみではなく、むしろ不存在である見込みが大きいという ほかなく、したがって、我が国に不法行為に基づく裁判管轄があると認めることはできな い」などと述べて、控訴を棄却し、控訴人による新請求につきこれを却下した。 (第一審:東京地判平成11年1月28日、上告審:最判平成13年6月8日) ■判決文 第三 当裁判所の判断  当裁判所も、控訴人の本訴請求(新請求も含む。)についてはいずれも訴えを却下するの が相当であると判断する。 一 訴えの交換的変更について 1 控訴人は、訴えの交換的変更の申立てをなし、旧請求を取り下げるとともに、新請求 を提起しており、被控訴人は、右変更は許されるべきではないと主張しているので、検討 する。  請求の原因その他控訴人の主張を総合すると、控訴人の旧請求は、故円谷英二が、我が 国で本件著作物を製作して、その著作権を取得し、同権利を控訴人が承継していることを 前提に、タイ王国がベルヌ条約の加盟国であることにより、控訴人がタイ王国においても 本件著作物の著作権を有していることの確認を求めているものであるのに対し、新請求は、 故円谷英二が、我が国で本件著作物を製作して、その単独の著作権を取得し、同権利を控 訴人が承継しているとして、被控訴人が本件著作物の日本国における著作権を有しないこ との確認を求めているものである。そうすると、新請求と旧請求とは、権利の発生原因事 実をも共通にしているのであるから、請求の基礎を同一にするものというべきであり、民 訴法一四三条による訴えの追加的変更を許すのが相当である。 2 被控訴人は、当審において訴えの変更を認めるとすれば、被控訴人は、交換的に変更 された新請求について、当審で初めて訴訟要件の不存在を争う機会を与えられる結果とな り、被控訴人の審級の利益が害される旨主張する。  しかしながら、控訴人は、原審において本案についての審理がなされず訴えを却下され たため、当審において、本案について審理するために原判決を取り消して事件を東京地方 裁判所へ差し戻すよう求めているのであるから、これが認められて差戻がなされる限り、 訴えの変更を認めることによって、本案に関する被控訴人の審級の利益が何ら害されるも のでないことは明らかである。この場合、訴訟要件に関しては、上級審の判断の拘束力に より、その存否を一審で争う被控訴人の機会が失われることがあり得るが、訴訟要件とい う事柄の性質に照らし、その不利益は、被控訴人において甘受すべきものというべきであ る。また、新請求につき、確認の利益を欠くなどの理由により訴えが却下されるときは、 被控訴人の利益に、害されるところはないことになる。  その他、控訴人の訴えの変更が許されないとする被控訴人の主張は、いずれも採用でき ない。  なお、被控訴人の挙げる最高裁判所の判決は、いずれも本件とは事案を異にし、本件に とっての先例とはならないものというべきである。 3 控訴人が訴えの交換的変更により旧請求につき訴えの取下げをしているのに対して、 被控訴人が訴えの交換的変更の全体を争っていることからすると、被控訴人は、右取下げ に同意をしていないものと認められる。したがって、右取下げは、その効力を生じていな い。 二 国際裁判管轄の存在について 1 本件において、我が国の裁判所に不法行為を根拠とする裁判管轄があるかどうかにつ いて検討する。 (一) 裁判管轄についての判断の前提としての不法行為の認定が、本案における不法行為 の認定とは異なるものであることは明らかであり、この点につき 原告の主張のみによっ て不法行為に基づく裁判管轄の有無を判断すべきであるとの考え方もあり得る。しかしな がら、国際裁判管轄が問題となる場合、たとえば、およそ不法行為が成立する見込のない 事件についてまでも、原告の主張のみによって一方的に裁判管轄が決せられ、被告におい て応訴を強いられて、外国の地で訴訟を遂行しなければならないことになるのは、いかに も不当であるというべきである。少なくとも国際裁判管轄についての判断の前提としての 不法行為の認定においては、原告の主張のみによって不法行為に基づく国際裁判管轄を認 めるべきではなく、管轄の決定に必要な範囲で一応の証拠調べをなし、不法行為の存在が 一定以上の確度をもって認められる事案に限って、不法行為に基づく裁判管轄を肯定する のが相当である。 (二) 本件について、甲第一号証書簡及び甲第二号証書簡の送付が、国際裁判管轄の前提 としての不法行為と認められ得るか否かについて検討する。  甲第一号証及び第二号証によれば、甲第一号証書簡、甲第二号証書簡は、いずれも、被 控訴人が、本件契約書に基づいて、ウルトラマンのキャラクターについての著作権及び商 品化権を含む独占権を有しているとし、右権利を根拠に、控訴人からサブライセンスを付 与されたバンダイの東南アジア各国における子会社の行為が右権利を侵害するものである と警告するものであることが明らかである。  本件契約書をみると、原判決の別紙第一目録に添付された契約書に記載されているとお り、株式会社円谷エンタープライズを作成名義人とするものであり、「ライセンス付与契約 書」との見出しの下に、株式会社円谷プロド・アンド・エンタープライズが、タイ王国所 在のチャイヨ・フィルム・カンパニー・リミテッドの社長である被控訴人に対し、本件著 作物について、日本を除くすべての国において、不定期間、独占的に、配給権、制作権、 複製権等の利用権を付与するとしているものであることが明らかである。  そして、末尾には、株式会社円谷エンタープライズの代表取締役円谷皐が、「株式会社円 谷プロド・アンド・エンタープライズ」を代表してその社印を押印し、署名すると記載さ れ、その下に、「株式会社円谷エンタープライズ 代表取締役円谷皐」の社印及び代表取締 役印によるものと思われる印影が押捺され、その左に、「Noboru Tsuburay a」との欧文字の署名が存在していることが認められる。  控訴人は、右「Noboru Tsuburaya」の署名について、円谷皐本人の筆 跡ではないとして甲第三号証、第四号証(いずれも筆跡鑑定書である。)を提出しているも のの、一方、「株式会社円谷エンタープライズ 代表取締役円谷皐」のゴム印及び同社の代 表取締役印によるものと思われる印影について何の言及もしていないところからすると、 右印影は、真正の株式会社円谷エンタープライズの社印及び代表取締役印によるものであ り、そうすると、同社の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定され、その結果、本 件契約書は、真正に成立したものと推定されることになる。  仮に「Noboru Tsuburaya」の署名が円谷皐本人によるものでなかった としても、これをもって、直ちに右推定を覆すに足りるものとはいえない。 (三) 乙第二号証によれば、乙第二号証書簡は、一九九六年七月二三日付けで、株式会社 円谷プロダクションからタイ王国所在のチャイヨ・シティー・スタジオ・カンパニー・リ ミテッド社長サンゲンチャイ・ソンポテ宛てに送付された書簡であり、「本状は、ツブラ ヤ・エンタープライズ・カンパニー・リミテッド(社長:円谷皐)とチャイヨ・フィルム・ カンパニー社長サンゲンチャイ・ソンポテ氏との間で1976年3月4日に締結されたラ イセンス許諾契約に従って、タイ国を含む領域で、ホーム・ビデオを含む全てのメディア において、不特定の期間中、ウルトラマン・シリーズ(39×30分)及びジャンボーA・ シリーズ(50×30分)を含む特定の財産を市場に広める独占的権利をあなたが持って いることを明確にするものです。円谷プロダクションは、1989年9月にウルトラコム・ インクと世界的販売及びライセンス代理店契約を締結した時、チャイヨ・フィルムに許諾 されていた上記権利を除外しなかったことをここに言及します。それは全くの間違いによ るもので、故意で行ったことではありません。本質的には故意でなかったとはいえ、円谷 プロダクションは、タイの業界におけるあなたの誠実性と信用性について困惑の種を生じ させ、損害を与えてしまいました。ここに当該誤りについてお詫び申し上げます。本説明 状が、タイ王国におけるあなたの誠実性と信用性を回復するためのお役に立てることを願 っております。更に、ウルトラコム・インクとタイ国における特定のライセンシーらとの 間で既に締結されている現行の契約をかかる契約が満了となるまで尊重し、タイ国におけ るかかるライセンシーら、ウルトラコム・インク、及び円谷プロダクションに対し請求を 行わないというあなたのご親切なお言葉に感謝いたします。『誠意をもって』あなたとの事 業関係を継続すべく親密かつ綿密なコミュニケーションが維持できることを我々は望んで います。」との記載があることが認められる。  そして、右書簡の末尾には、控訴人の代表取締役である円谷一夫の署名があり、その真 正については、平成八年七月三一日、公証人の面前で、控訴人の代理人によって確認され ていることが認められる。  なお、弁論の全趣旨によれば、円谷一夫は、円谷皐を引き継いで、平成七年五月二四日、 控訴人の代表取締役に就任したことが認められる。  乙第二号証書簡をみると、右認定のとおり、「本状は、ツブラヤ・エンタープライズ・カ ンパニー・リミテッド(社長:円谷皐)とチャイヨ・フィルム・カンパニー社長サンゲン チャイ・ソンポテ氏との間で1976年3月4日に締結されたライセンス許諾契約に従っ て、タイ国を含む領域で、ホーム・ビデオを含む全てのメディアにおいて、不特定の期間 中、ウルトラマン・シリーズ(39×30分)及びジャンボーA・シリーズ(50×30 分)を含む特定の財産を市場に広める独占的権利をあなたが持っていることを明確にする ものです。」と記載されているのであり、被控訴人が、本件著作物についての、日本を除く すべての国における独占的利用権を有することを、控訴人代表者自らが確認し、しかも、 控訴人側に債務不履行があったことを認め、これを謝罪していることが明らかである。 (四) 控訴人は、乙第二号証書簡は、その記載内容からも明らかなとおり、あくまでも本 件契約書が真正なものであるということを条件として作成されているものであるから、本 件契約書が偽造されたものとなれば、同書簡は、自動的にその存在理由を喪失することに なる旨主張する。  しかしながら、乙第二号証書簡が、本件契約書の真否を何ら問題としていないこと、し たがって、それが真正なものであるということを条件として作成されたものではないこと は、右書簡の記載自体から明らかである。そもそも、前記認定のとおり、乙第二号証書簡 の作成者は、ほかでもない控訴人代表者自身であり、その控訴人代表者は、そこで、本件 契約書について十分認識したうえ、その内容が正当であるとして、改めて右内容を確認し、 契約に違反したことについて謝罪までしているのであり、しかも、公証人による公証の手 続まで踏んで被控訴人に発送しているのである。このようにして、乙第二号証書簡におい てなされた控訴人の意思表示に基づく効力が、本件契約書によって左右される可能性は極 めて小さいものというべきである。  控訴人の主張は、失当というほかない。 (五) 以上によれば、本件記録に現れている証拠を検討する限り、被控訴人は、控訴人か ら、日本を除く地域における本件著作物の独占的利用の許諾を受けていると認められる(今 後、右認定を覆すに足りる新たな証拠が出現し得ることを完全には否定できないものの、 その蓋然性は低いものというべきである。)。 (六) 他方、弁論の全趣旨によれば、控訴人は、バンダイに対しても、日本及び東南アジ ア各国における本件著作物の利用を許諾していることが認められ、その結果、東南アジア 各国において、被控訴人の本件著作物の利用権と、バンダイの本件著作物の利用権が競合 することになり、しかも、被控訴人がバンダイに対する関係で優越的立場に立つものと認 めさせる証拠はないから、被控訴人のバンダイないしその関連会社に向けられた警告書等 の行為が、バンダイとの関係で不法行為となる可能性は、必ずしも否定できない。しかし ながら、被控訴人の右行為は、控訴人が被控訴人に対して本件著作物の独占的利用を許諾 しておきながら、その一方でバンダイに対しても本件著作物の利用を許諾したことに基づ いているのであるから、控訴人との関係においてみる限り、控訴人とバンダイとの間の正 当な契約関係を不当に侵害するとか、不法にも控訴人とバンダイとの契約関係に事実上介 入しようとしているとかいえないことは、自明というべきである。 (七) 以上のとおり、現段階における証拠で検討する限り、控訴人に対する被控訴人の不 法行為は、その存在を認め得ないのみではなく、むしろ不存在である見込みが大きいとい うほかなく、したがって、我が国に不法行為に基づく裁判管轄があると認めることはでき ない。 2 本件において、我が国に財産所在地の裁判管轄があるかどうかについて検討する。 (一) 民訴法五条四号は、日本国内に住所がない者又は住所が知れない者に対する財産権 上の訴えは、請求若しくはその担保の目的又は差し押えることができる被告の財産の所在 地の裁判所にこれを提起することができると定めている。  本件についてみると、控訴人は、前記のとおり、本件訴訟において、訴えの交換的変更 の申立てにより、被控訴人が、本件著作物の日本国における著作権を有しないことの確認 を求めているものであり、控訴人主張のとおり、日本国における著作権の所在地が日本国 内に存在することは、権利の性質上明らかというべきである。そうすると、控訴人の新請 求については、我が国に財産所在地の裁判管轄があるものというほかない。 (二) しかしながら、控訴人の新請求については、確認の利益を認めることができない。 すなわち、次のとおりである。  甲第一号証、第二号証、乙第二号証、第三号証及び弁論の全趣旨によれば、(1)控訴人は、 劇場用映画及びテレビ用映画の製作、供給等を業とするものであり、バンダイに対し、日 本及び東南アジア各国における本件著作物の利用を許諾していたこと、(2)タイ王国内に居 住する被控訴人は、タイ王国内において本件著作物の著作権を有するとし、あるいは、控 訴人から本件著作物について日本国外での独占的利用の許諾を受けているとして、右子会 社やバンダイと合併交渉中であったセガ・エンタープライゼスに対し、バンダイの東南ア ジア各国における子会社による本件著作物の利用行為が被控訴人の独占的利用権を侵害す るとの趣旨の警告書を送付するなどしたこと、及び、(3)控訴人は、被控訴人はタイ王国に おいて本件著作物の著作権を有しておらず、控訴人から本件著作物の利用の許諾も得てい ない、本件契約書は被控訴人が偽造したものである、などとして、控訴人を相手方として、 タイ王国の裁判所にタイ訴訟を提起し、さらに、我が国においても本件訴訟を提起したこ とが認められる。  右認定の事実によれば、控訴人と被控訴人との間に、日本国外(特にタイ王国)におけ る本件著作物に関する著作権の帰属、日本国外(特にタイ王国)における本件著作物につ いての被控訴人の利用権の存否、日本国外における被控訴人の行為が不法行為あるいは不 正競争行為を構成するかどうかについては、訴訟によって解決するに値するほどに成熟し た紛争が存在することは明らかである。しかし、控訴人が新請求で主張する、日本国内に おける本件著作物に係る著作権の帰属については、その確認の利益を根拠づけるものとし て控訴人の主張するのは、タイ訴訟における被控訴人の言動、すなわち、被控訴人が、同 訴訟において、「本件著作物の著作者である故円谷英二に対し、ウルトラマンのキャラクタ ーの新しいアイデア(着想)及びコンセプト(構想)を提案したことにより、本件著作物 の共同製作者となったから、本件著作物について、控訴人と著作権を共有している」と主 張しているとの事実のみであり、これによって、右帰属自体をめぐる紛争が、訴訟によっ て解決するに値するほどに成熟していると認めることはできない。タイ訴訟において被控 訴人の主張する事実は、事実自体の性質としては、確かに、本件著作物についての日本国 における著作権の主張に連なる要素を有するものの、右主張は、日本国における著作権を 問題にしないタイ訴訟においてなされているにすぎず、タイ訴訟においてなされたこのよ うな主張は、少なくとも直接には同訴訟を有利に導くためにこそなされているものであっ て、主張された事実が日本国における著作権の主張に連なる性質を有するからといって、 現実にそのような主張がなされるであろうとするのは、論理の飛躍という以外にないから である。そして、他にも、右確認の利益を根拠づけるものは、本件全資料によっても見出 すことができない。  以上によれば、控訴人の新請求に係る、日本国における本件著作物の著作権に関しては、 未だ日本国内においては具体的な紛争が存在せず、抽象的に紛争発生の可能性があるとい うにすぎないものであるから、新請求について確認の利益の存在を認めることができず、 その確認を求める訴えは、却下を免れない。そして、このように訴えの却下を免れない請 求に基づき、他の請求につき併合請求による裁判管轄を認めることは、不合理であるから、 許されないと解すべきである。 (三) 訴えの交換的変更前の請求(旧請求)は、タイ王国における著作権を目的とするも のであるから、新請求における財産所在地が我が国にあるのと同じように、その財産所在 地はタイ王国であるものというべきである。 (四) 本件におけるその他のいずれの請求についても、財産所在地による管轄を我が国の 裁判所が有するものと認めることはできない。 3 以上のとおり、本件について、我が国の裁判所に不法行為に基づく裁判管轄及び財産 所在地の裁判管轄があるとする控訴人の主張は、新請求に関するものを除いて、いずれも 認めることができず、新請求に関しては、確認の利益を認めることができないものである。 他にも、本件について我が国の裁判所の裁判管轄を肯定するための根拠は見出すことがで きない。  しかしながら、念のために、本件請求のいずれかが我が国の民訴法の規定する裁判管轄 のいずれかに属すると仮定して、本件請求について国際裁判管轄を認め得るかどうかにつ いて検討する。 (一) 被控訴人が我が国に住所を有しない外国人の場合であっても、我が国の民訴法の規 定する裁判管轄のいずれかが我が国内にあるときは、原則として、我が国の裁判所に提起 された訴訟事件につき、被控訴人を我が国の裁判権に服させるのが相当であるけれども、 我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反す る特段の事情があると認められる場合には、我が国の国際裁判管轄を否定すべきである(最 高裁判所平成九年一一月一一日第三小法廷判決・民集五一巻一〇号四〇五五頁参照)。 (二) 本件について、右特段の事情があると認められるか否かについて検討する。 (1) 甲第二号証、乙第二号証及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、本件著作物に基づい て、日本国内及びタイ王国を含む諸外国において、代理店を通じて、あるいは第三者に利 用権を許諾して、本件著作物についての商品化事業を行っているものであることが認めら れる。 (2) 被控訴人は、タイ王国に居住する個人であって、本件全証拠によっても、日本国内に 事務所等を設置して営業活動を行っていることを認めることはできない。 (3) 乙第三号証及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、平成九年一二月一六日ころ、被控 訴人ほか三名(ツブラヤ・チャイヨ・カンパニー・リミテッド、サンゲンチャイ・ペラシ ット及びブック・アテネ・カンパニー・リミテッド)を相手方として、本件契約書が偽造 であることを理由に、本件著作物についての控訴人の著作権を侵害する行為があるとして その差止めや損害賠償等を求めるタイ訴訟を提起したこと、タイ訴訟は刑事事件及び刑事 に関連する民事事件とみなされており、控訴人が公的仲裁を受けずに刑事裁判を提起する ことを選択したため、タイ王国の裁判所は、控訴人の請求が合理的なものか及び受付可能 か否かを判断するための予備審問を行ってきたこと、そして、予備審問の手続は、既に終 了して、証拠調べの段階に移っていることが認められる。 (4) 以上の事実の下では、控訴人は、本件について、権利保護の法的手段が保証され、現 に、タイ訴訟において、本件訴訟と同様の争点について争っているものであるから、日本 国内に事務所等を設置しておらず、営業活動も行っていない被控訴人に対し、タイ訴訟と は別に、我が国の裁判所において本件訴訟に応訴することを強いることは、被控訴人に著 しく過大な負担を課すものであり、当事者間の公平、裁判の適正・迅速を帰するという理 念に反するものというべきであり、本件については、我が国の国際裁判管轄を否定すべき 特段の事情があるというべきである。 三 以上によれば、本件訴訟は、いずれの請求も訴訟要件を欠いて不適法であるから、そ の余の点につき判断するまでもなく訴えを却下すべきであり、原判決は相当であって、本 件控訴は理由がない。よって、新請求について訴えを却下すると同時に本件控訴を棄却す ることとし、控訴費用の負担について、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決 する。 東京高等裁判所第六民事部 裁判長裁判官 山下 和明    裁判官 山田 知司    裁判官 宍戸 充