・東京地判平成12年3月23日  「増田足」図表アイディア事件。  本件は、原告が創作したと主張する株式の価格の変化を表す図表である「増田足」につ き、原告が、「株の達人」という株価分析ソフトウェア(原告の申出を受けて、一日の株 価の終値の推移を表示する機能を右ソフトウェアに追加するなどしたものである)を会員 に提供している被告(セブンデータ・システムズ株式会社)に対し、債務不履行に基づく 損害賠償、ならびに、著作権および著作者人格権に基づく差止めを求めている事案である。  判決は、債務不履行に関して、「原告と被告の間に原告が主張するような合意が成立し ていたと認めることはでき」としてこれを退けたうえ、著作権等についても、「原告図表 が著作権法上の『著作物』に該当するということはできない」として、原告の請求をすべ て棄却した。 ■判決文 第三 争点に対する判断 一 債務不履行に基づく損害賠償請求について 1 証拠(甲一の1、2、二、三の1ないし8、四ないし八、二一、乙四ないし八、一〇、 被告代表者本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 (一) 被告は、株式に関する情報の提供を業とする株式会社であり、「株の達人」との名 称の株価分析ソフトウェアを会員に提供している。平成八年五月ころ、被告は、原告の申 出を受けて、一日の株価の終値の推移を表示する機能を右ソフトウェアに追加した。これ により、その利用者は、任意の日数、週数、月数の終値の平均値の時間的推移を示す図表 をコンピュータの画面に表示できるようになった。この図表は、右のソフトウェアにおい て「大引陰陽足」と呼ばれていたが、同年一二月ころ、「増田足」との名称に改められた。 (二) 増田足と呼ばれる株式の値動きを示す図表に関しては、勉強会(平成九年五月から 一〇月まで毎月一回、原告を講師として開かれた。受講料は一人五〇〇〇円、参加者は各 回約五〇名で、右の受講料は原告がすべて取得した。)、新聞記事(同年五月及び七月に、 増田足を紹介する連載記事が日本証券新聞に掲載された。)、ビデオテープ(同年七月及 び一一月に、増田足を解説するビデオテープが発売された。)等を通じて、投資家への普 及が図られた。被告は、勉強会を共催する、代表者がビデオに出演する、インターネット のホームページで紹介するなどして、これに協力した。このほか、被告代表者は増田足に 関する書籍の原稿を執筆したが、出版には至らなかった。 (三) 平成九年一一月ころ、原告は、被告に対し増田足の使用料の支払を求めるようにな り、契約書の案を被告に交付した。これによれば、被告が原告に対し増田足の使用料とし て平成九年一二月から毎月五〇万円を支払うということになっていたので、被告はこれを 拒否し、一時金として一〇万円を支払う代案を示し、さらに、同年一一月一九日に、一時 金として五〇万円を支払う旨の新たな案を原告に示した。原告と被告代表者は、同月二〇 日、原告の自宅において、使用料の支払に関する話合いをした。 (四) 平成九年一一月二五日、被告は原告にファクシミリを送付して、「今まで色々と検 討して参りましたが当社として最終的に増田足は使用しないことに結論が出ました。」と の通知をした。そして、そのころ、前記(一)のソフトウェア中で「増田足」として表示し ていた図表の名称を大引陰陽足と改めた。 2 原告は、平成九年一一月二〇日、原告と被告の間に、原告図表の使用料六〇〇万円等 を被告が原告に支払う旨の合意が成立したと主張し、本人尋問においてこれに沿う供述を している。  しかし、右1で認定した事実を総合しても、原告と被告の間に原告が主張するような合 意が成立していたと認めることはできず、かえって、使用料の支払に関しては、一一月二 〇日の話合いの直前に示された被告の提案(一時金として五〇万円の支払)は原告の主張 (毎月五〇万円の支払)と大きな隔たりがあったのであり、右話合いにより一時金として 六〇〇万円を支払うとの合意が成立したというのであれば、被告代表者が大幅な譲歩をし たことになるが、被告側がそのような譲歩をする理由が何ら見出せないこと、原告と被告 の間では、話合いの過程において契約書案が書面により取り交わされていたにもかかわら ず、契約書、覚書その他、原告が主張するような合意の成立を直接裏付ける証拠がないこ とに照らすと、原告の主張する合意の成立については、これを認めることができない。 3 したがって、原告と被告の間に合意が成立していたことを前提とする債務不履行に基 づく損害賠償請求は、すべて理由がない。 二 著作権及び著作者人格権に基づく差止請求について 1 著作権法によって保護される「著作物」とは、「思想又は感情を創作的に表現したも のであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」ものである(著作権 法二条一項一号)。すなわち、著作権法は、「創作的に表現したもの」を保護の対象とす るのであって、表現ではあるが「創作的」といえないものは「著作物」に該当しないし、 また、「思想又は感情」を創作しても、それ自体は著作権法により保護される「著作物」 に当たらないということができる。 2 これを本件についてみるに、原告は、別紙(三)記載の図表の描き方によって作成さ れたものがすべて差止請求の対象となると主張しているが(平成一〇年一〇月一九日付け 原告準備書面(一)参照)、右の主張は、右の描き方によって描かれた図表(原告が「増 田足」と呼ぶ株式の値動きを記載した図表)がすべて原告の著作物であるというものであ り、結局のところ、図表の描き方という思想自体につき著作権法による保護を求めようと するものであって、同法にいう「著作物」の定義に照らし、これを採用することができな いことは明らかである。  また、原告は、原告図表(別紙(二)図表目録記載の各図表)が原告の著作物であると も主張しているが(平成一〇年一二月一〇日付け原告準備書面(二)参照)、証拠(甲一 一、乙一、一一、一二)によれば、株式の値動きを図表として表現するに当たり、縦軸に 価格(上方ほど金額が高くなる。)、横軸に時間(左から右向きに時間が経過する。)を とること、単位期間(日、週、月)ごとの価格の変動の幅を長方形により表すこと、価格 が上昇したか下落したかによって右の長方形を色分けすること、右のようして単位期間ご とに描いた長方形を時間の経過に沿って横軸方向に並べていくことは、従前から一般に行 われているありふれた表現方法であると認められるから、原告図表につき、これを原告が 「創作的に表現したもの」であると認めることはできない。なお、右のような表現方法を とるに当たり、一定の日、週又は月数の終値の平均値をもとにし、さらに短期、中期及び 長期の三つの指標を組み合わせて図表を作成することが原告の独自の発案によるものであ るとしても、原告が創作したと主張するものは思想自体であり、これを表現ということは できないから、著作権法による保護の対象となるものでない。 3 右によれば、原告図表が著作権法上の「著作物」に該当するということはできないか ら、その余の点につき判断するまでもなく、著作権及び著作者人格権を根拠とする原告の 主張は理由がない。 三 よって、主文のとおり判決する。 (口頭弁論の終結の日 平成一二年一月一八日) 東京地方裁判所民事第四六部 裁判長裁判官 三村 量一    裁判官 長谷川浩二    裁判官 大西 勝滋