・東京地判平成12年3月23日判時1717号140頁  色画用紙見本帳事件。  本件は、色画用紙の製造販売業者である原告(リンテック株式会社)が競業関係にある 同業者である被告(大王製紙株式会社)に対し、被告見本帳の差止め等を求めている事案 である。原告の主張するところは、原告の作成した見本帳は色彩および色名の選択に創作 性のある編集著作物に該当するところ、被告の作成した被告見本帳は、原告見本帳に依拠 し、原告の氏名を表示することなく作成されたものであるから、原告の原告見本帳につい ての著作権および著作者人格権を侵害する行為に当たる、というものである。  判決は、「たしかに、原告見本帳及び被告各見本帳には、いずれも色彩及び色名につい て表現された部分があるが、各見本帳の用途やその余の記載に照らせば、それは原告及び 被告の個々の取扱商品についての説明事項の一つにすぎず、原告見本帳及び被告各見本帳 が色彩及び色名を素材とする編集物であると認めることはできない。…原告見本帳の素材 は、原告の取扱商品についての情報であり、当該商品のすべての種類についての情報を掲 げている以上、その商品情報の選択について創作性を認めることもできない」として、原 告の請求を棄却した。 ■判決文 第三 当裁判所の判断 一 争点1について 1 著作権法一二条一項は、編集物でその素材の選択又は配列に創作性のあるものを著作 物(編集著作物)として保護する旨を規定するが、これは、素材の選択・配列という知的 創作活動の成果である具体的表現を保護するものであり、素材及びこれを選択・配列した 結果である実在の編集物を離れて、抽象的な選択・配列方法を保護するものではない。当 該編集物が何を素材としたものであるのかについては、当該編集物の用途、当該編集物に おける実際の表現形式等を総合して判断すべきである。 2 甲第二号証、第三号証の一ないし八の各一及び二、第五号証ないし第七号証、乙第五 号証ないし第一〇号証、第一三号証、検甲第一号証ないし第三号証並びに弁論の全趣旨に よれば、次の事実が認められる(当事者間に争いのない事実を含む。)。 (一) 色画用紙は、絵画工作等に用いるやや厚手の洋紙に着色を施したものであり、そ の大きさについては、ラシャ紙と呼ばれる四六判(七八八ミリメートル×一〇九一ミリメ ートル)のもの、これをカットした四ツ切サイズ及び八ツ切サイズのものがあり、製紙メ ーカーから四六判の大きさで一〇〇枚ずつ包装した形態で紙問屋に納入され、紙問屋にお いて四ツ切サイズ、八ツ切サイズにカットされて販売される場合や、製紙メーカーにおい てあらかじめ四ツ切サイズ、八ツ切サイズにカットし、段ボールケースに詰めて出荷され る場合がある。  色画用紙の販売に当たっては、販売代理店や顧客等に商品の紙片を貼付した見本帳が頒 布されることが多く、従来から、どのような色が品揃えされているか一覧できるように、 商品の紙片をひな壇状に貼付した見本帳が作成されている。 (二) 原告は、昭和九年一〇月一五日に不二紙工株式会社の商号で設立され、その後、 エフエスケー株式会社に商号変更し、平成二年六月二九日、四国製紙株式会社(以下「四 国製紙」という。)及び創研化工株式会社を合併するとともに、商号を現商号に変更した。  四国製紙は、昭和三九年九月から、「ニューカラー」という商品名で、それぞれに色名 を付した色画用紙の製造・販売を開始した。当初は全一〇色の色画用紙であったが、同年 一二月には新たに五色が加えられて全一五色となり、昭和四〇年四月にはそれぞれに色番 号が付与された。その後、四国製紙は、右商品について、増色、改色、廃色並びに色名及 び色番号の付与及び変更を数次にわたって重ね、昭和六二年一二月には全五二色とし、以 来合併の前後を通じ平成一〇年七月まで、四国製紙ないし原告は、全五二色の色画用紙を、 途中商品名を「ニューカラーR」に変更しつつ、製造・販売していた。  四国製紙は、昭和六二年一二月、右の全五二色の色画用紙の販売活動においてその画用 紙の色を顧客に示すなどして利用する目的で、原告見本帳を作成し、以来合併の前後を通 じて、四国製紙ないし原告は、これを顧客に頒布するなどしていた。 (三) 原告見本帳は、表紙に原告の会社名とともに「ニューカラーWクラフトR」、 「ニューカラーR」という商品名などの記載があり、見開きには、原告の商品である全五 二色の色画用紙のすべてに対応する五二種類の紙片と、原告の別の商品である表裏の色が 異なるタイプの色画用紙(商品名「ニューカラーWクラフトR」)に対応する八種類の紙 片が、いずれも一覧できるようにひな壇状に重ね合わされて貼付された上、それぞれの紙 片の左横に色名及び色番号が記され、また、上部に左記(1)及び(2)のような記載が されているものである。            記 (1) 用 途     教材用     絵画・切紙細工・版画・切文字・ポスター・表示練習     配置練習・校内展示装飾・社会科地図台紙・表紙     一般用     各種資料集・切抜台紙・分類カード・ポスター・値札     書籍見返し・パンフレット・展示物の台紙・メニュー     しおり・デザイン・書籍カバーその他広範囲の用途が     ございます。 (2) 規 格     全 判 七八八m /mm×一〇九一m /m(ラシャ紙)     四ツ切・八ツ切           (色画用紙)     包 装 ポリエチレン包装     仕 立 一〇〇枚完全包装 (四) 被告は、平成一〇年一〇月一日、「再生色画用紙」という商品名で、それぞれに 色名及び色番号を付した全五五色の色画用紙の販売を開始し、その販売活動に利用するた め、遅くとも同年九月下旬までに被告旧見本帳を、また、遅くとも平成一一年一月下旬ま でに被告新見本帳(被告旧見本帳の色番号等を変更したもの)をそれぞれ作成し、これら を多数の代理店に頒布するなどした。 (五) 被告各見本帳は、いずれも表紙に被告の会社名とともに「再生色画用紙」という 商品名、「古紙100%」、「55色」などの記載があり、見開きには、被告の商品であ る全五五色の色画用紙のすべてに対応する五五種類の紙片が一覧できるようにひな壇状に 重ね合わされて貼付された上、それぞれの紙片の左横に色名及び色番号が記され、また、 上部に左記(1)及び(2)のような記載がされているものである。            記 (1) 教材用:画材/切り紙細工/切り文字/ポスター/         版画/校内展示装飾/絵画・書道展示台紙/         文集表紙/校内印刷物各種     一般用:書籍見返し/書籍カバー/小冊子表紙/         分類カード/しおり/パンフレット/         メニュー/値札/POP/各種商業印刷/         その他(ファンシーペーパー用途等) (2) サイズ     四六判  四ツ切  八ツ切     一包み枚数   一〇〇枚(ラミクラフト) 一〇〇枚(透明袋)     一ケース入数  五冊入  一〇冊入 3 本件においては、まず、原告見本帳及び被告各見本帳がそれぞれ何を素材としたもの であるかについて争いがあるが、前記認定の事実によれば、原告見本帳は、原告の取扱商 品の見本にほかならず、その素材は、原告の取扱商品である色画用紙についての色、材質、 用途、サイズ、包装状態等の商品情報であって、純粋に色彩及び色名を素材としたもので はないというべきである。また、被告各見本帳は、被告の取扱商品の見本であり、その素 材は、被告の取扱商品である色画用紙についての商品情報であって、原告見本帳同様、色 彩及び色名ではないというべきである。  たしかに、原告見本帳及び被告各見本帳には、いずれも色彩及び色名について表現され た部分があるが、各見本帳の用途やその余の記載に照らせば、それは原告及び被告の個々 の取扱商品についての説明事項の一つにすぎず、原告見本帳及び被告各見本帳が色彩及び 色名を素材とする編集物であると認めることはできない。  したがって、原告見本帳が色彩及び色名を素材とする編集著作物であることを前提とす る原告の主張は失当であって、被告各見本帳が原告見本帳についての著作権及び著作者人 格権を侵害するとはいえない。 4 前記のとおり、原告見本帳の素材は、原告の取扱商品についての情報であり、当該商 品のすべての種類についての情報を掲げている以上、その商品情報の選択について創作性 を認めることもできない。 5 原告は、色画用紙においてはどの色彩を備えているかが商品価値を左右することから、 原告が企業努力を傾けて市場性、品質に秀でた色彩及び色名を選択したところ、被告は何 の開発努力もリスクも負うことなく、これをそのまま踏襲しようとしていると主張するが、 原告の右主張は、結局、原告及び被告それぞれの取扱商品たる色画用紙の品揃えの同一性 又は類似性を問題視するものにすぎず、著作権ないし著作者人格権の侵害の問題とは、無 縁のものというべきである。 二 以上によれば、原告の請求は、いずれもその余の点について判断するまでもなく理由 がない。  よって、主文のとおり判決する。 (口頭弁論の終結の日 平成一二年一月二七日) 東京地方裁判所民事第四六部 裁判長裁判官 三村 量一    裁判官 長谷川浩二    裁判官 中吉 徹郎