・東京高判平成12年3月30日判時1726号162頁  「キャンディキャンディ」事件:控訴審。  原告は「キャンディ・キャンディ」の原作者である水木杏子(本名:名木田恵子)で、 被告はその漫画家であるいがらしゆみこ(本名・五十嵐優美子)、およびその許諾を受け て、これを原画とするリトグラフおよび絵はがきを作成し、販売しようとしている被告会 社(アドワーク)である。  判決は、本件連載漫画、本件コマ絵、本件表紙絵について、原告の創作に係る原作原稿 という著作物を翻案することによって創作された二次的著作物に当たるとして、その権利 を確認し、また、本件原画については、本件連載漫画を二次的著作物としその原作を原著 作物とする原著作者として有する本件連載漫画の複製権に基づいて、本件原画の作成、複 製、または配布の差止めを求める請求を認容した。  本件控訴審判決は、控訴を棄却した。  その際、「著作権法二八条…によれば、原著作物の著作権者は、結果として、二次的著 作物の利用に関して、二次的著作物の著作者と同じ内容の権利を有することになることが 明らかであり、他方、控訴人が、二次的著作物である本件連載漫画…の著作者として、本 件連載漫画の利用の一態様としての本件コマ絵の利用に関する権利を有することも明らか である以上、本件コマ絵につき、それがストーリーを表しているか否かにかかわりなく、 被控訴人が控訴人と同一の権利を有することも、明らかというべきである」と述べた。ま た、「二次的著作物は、その性質上、ある面からみれば、原著作物の創作性に依拠しそれ を引き継ぐ要素(部分)と、二次的著作物の著作者の独自の創作性のみが発揮されている 要素(部分)との双方を常に有するものであることは、当然のことというべきであるにも かかわらず、著作権法が上記のように上記両要素(部分)を区別することなく規定してい るのは、一つには、上記両者を区別することが現実には困難又は不可能なことが多く、こ の区別を要求することになれば権利関係が著しく不安定にならざるを得ないこと、一つに は、二次的著作物である以上、厳格にいえば、それを形成する要素(部分)で原著作物の 創作性に依拠しないものはあり得ないとみることも可能であることから、両者を区別しな いで、いずれも原著作物の創作性に依拠しているものとみなすことにしたものと考えるの が合理的であるからである」などと述べた。 (第一審:東京地判平成11年2月25日、上告審:最判平成13年10月25日) ■評釈等 和田光史・CIPICジャーナル108号27頁(2001年) ■判決文  理   由  当裁判所も、被控訴人の控訴人に対する請求は認容すべきであると判断する。その理由 は、次のとおり付加するほか、原判決の説示(一四頁九行ないし三四頁三行)のとおりで あるから、これを引用する。 一 本件コマ絵について  控訴人は、漫画のコマ絵には、漫画のストーリーを表しているコマ絵と、ストーリーを 表していないコマ絵とがあり、漫画の物語作者と絵画作者とが異なる場合、後者のコマ絵 は、物語原稿に依拠しておらずその翻案とはいえないから、物語原稿の二次的著作物には 当たらず、原著作者の権利は及ばないと主張する。  しかしながら、著作権法二八条は、「二次的著作物の原著作物の著作者は、当該二次的 著作物の利用に関し、この款に規定する権利で当該二次的著作物の著作者が有するものと 同一の種類の権利を専有する。」と規定しており、この規定によれば、原著作物の著作権 者は、結果として、二次的著作物の利用に関して、二次的著作物の著作者と同じ内容の権 利を有することになることが明らかであり、他方、控訴人が、二次的著作物である本件連 載漫画(本件連載漫画自体が被控訴人作成の物語原稿の二次的著作物であることは、原判 決の認定するとおりであり、控訴人も、当審においてはこれを争っていない。)の著作者 として、本件連載漫画の利用の一態様としての本件コマ絵の利用に関する権利を有するこ とも明らかである以上、本件コマ絵につき、それがストーリーを表しているか否かにかか わりなく、被控訴人が控訴人と同一の権利を有することも、明らかというべきである。  控訴人は、本件コマ絵につき被控訴人が権利を有するか否かを、それが物語原稿のスト ーリーを表しているか否かを基準として判定すべき旨を、物語原稿への依拠の有無と結び 付けて強調するが、採用できない。二次的著作物は、その性質上、ある面からみれば、原 著作物の創作性に依拠しそれを引き継ぐ要素(部分)と、二次的著作物の著作者の独自の 創作性のみが発揮されている要素(部分)との双方を常に有するものであることは、当然 のことというべきであるにもかかわらず、著作権法が上記のように上記両要素(部分)を 区別することなく規定しているのは、一つには、上記両者を区別することが現実には困難 又は不可能なことが多く、この区別を要求することになれば権利関係が著しく不安定にな らざるを得ないこと、一つには、二次的著作物である以上、厳格にいえば、それを形成す る要素(部分)で原著作物の創作性に依拠しないものはあり得ないとみることも可能であ ることから、両者を区別しないで、いずれも原著作物の創作性に依拠しているものとみな すことにしたものと考えるのが合理的であるからである。  念のため付言すれば、本件コマ絵にはキャンディが初めて「アードレー家の本宅」を見 た場面のコマ絵であることを示す吹出しが記載されており、これが控訴人のいう「漫画の ストーリーを表しているコマ絵」に該当することに疑問の余地はない。 二 本件表紙絵及び本件原画について 1 控訴人は、キャンディのキャラクター原画(キャンディ原画)は、それが生まれるい きさつに照らし、控訴人が物語原稿に依拠することなく独自に創作したものというべきで あり、本件表紙絵及び本件原画は、いずれもこのキャラクター原画を複製(あるいは翻案) したものとみるべきである旨主張する。  しかしながら、本件連載漫画が絵画のみならずストーリー展開、人物の台詞(せりふ) 等が不可分一体となった一つの著作物であることは原判決が正当に認定判断しているとお りであり、また、本件表紙絵及び本件原画がいずれも本件連載漫画の主人公であるキャン ディを描いたものであることは、控訴人も認めるところである以上、仮に、控訴人主張の いきさつが認められるとしても、本件表紙絵及び本件原画が本件連載漫画を複製(あるい は翻案)したものと評価されなければならないことは当然であって、このことは、控訴人 主張のラフスケッチあるいは新連載予告用の絵をキャンディのキャラクター原画とみるこ とができるとしても、それにより変わるところはないものというべきである。換言すれば、 控訴人主張のいきさつが認められ、かつ、本件表紙絵及び本件原画の中に、控訴人主張の ラフスケッチあるいは新連載予告用の絵を複製(あるいは翻案)したものとする要素があ るとしても、それらは、本件連載漫画の主人公であるキャンディを描いたものである限り、 本件連載漫画の複製(あるいは翻案)としての性質を失うことはあり得ないものというべ きである。すなわち、仮に、本件表紙絵及び本件原画がキャンディ原画の複製(あるいは 翻案)であるということが許されるとしても、そのことは、それらが本件連載漫画の複製 (あるいは翻案)であることを排斥し得ないものというべきであり、本件表紙絵及び本件 原画が本件連載漫画を複製(あるいは翻案)したものではないというためには、それらが 本件連載漫画の主人公であるキャンディを描いたものではないという必要があるというべ きである。控訴人の主張は、結局のところ、仮に、控訴人主張のいきさつで控訴人主張の ラフスケッチあるいは新連載予告用の絵が創作されたにせよ、現実には、その後に、絵画 とストーリーとが不可分一体となった一つの著作物としての本件連載漫画が成立し、これ が広く公表されているにもかかわらず、他の者との関係においてではなく、本件連載漫画 の物語作者との関係において、この事実を全く無視しようとするものであって、原著作物 の著作者の二次的著作物の利用に対する権利を律する著作権法二八条の解釈として、これ を合理的なものとすることはできない。 2 この点について、控訴人は、漫画の物語作者と絵画作者とが異なる場合、キャラクタ ー絵画の利用に関して物語作者に原著作者の権利を認めると、結果として、絵画作者は、 以後、物語作者の許諾がない限り、当該キャラクター絵画を一切作成することができなく なるのみならず、類似するキャラクター絵画までも作成できないことになりかねないとい う、不当な結果を招くと主張する。しかし、そのようにはいえない。  まず、漫画の物語作者と絵画作者とは、互いに協力し合う者同士として、当該漫画の利 用につきそれそれが単独でなし得るところを、事前に契約によって定めることが可能であ る。明示の契約が成立していない場合であっても、当該漫画の利用の中には、その性質上、 一方が単独で行い得ることが、両者間で黙示的に合意されていると解することの許される ものも存在するであろう。  次に、契約によって解決することができない場合であっても、著作権法六五条は、共有 著作権の行使につき、共有者全員の合意によらなければ行使できないとしつつ(二項)、 各共有者は、正当な理由がない限り、合意の成立を妨げることができない(三項)とも定 めており、この法意は、漫画の物語作者と絵画作者との関係についても当てはまるものと いうべきであるから、その活用により妥当な解決を求めることも可能であろう。  また、確かに、同一の絵画作者が描く複数のキャラクター絵画が類似することは容易に 考えられるところであるが、あるキャラクター絵画が、他の物語作者の作成に係るストー リーの二次的著作物と評価されるに至った以上、絵画作者は、新たなキャラクター絵画を 描くに当たっては、右二次的著作物の翻案にならないように創作的工夫をするのが当然で あり、それが不可能であるとする理由を見出すことはできない(例えば、二次的著作物の 登場人物と目鼻立ちや髪型などがほとんど同じでも、別の人物という設定で描くことは可 能であり、そのときには、右人物の絵の翻案とはならないであろう。)。 三 以上のとおりであるから、被控訴人の控訴人に対する請求を認容した原判決は正当で あって、本件控訴は理由がない。そこで、これを棄却することとして、控訴費用の負担に つき民事訴訟法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。 (口頭弁論終結日 平成一二年二月三日) 東京高等裁判所第六民事部 裁判長裁判官 山下 和明    裁判官 宍戸 充