・大阪地判平成12年3月30日  建築積算アプリケーションソフト「積算くん」事件。  原告(株式会社アイシー・企画ソフトウエアハウス)は、コンピューターのソフトウエ アの開発、販売および賃貸業等を主たる目的とする株式会社である。  被告株式会社コムテックは、OA機器の販売を主たる目的とする株式会社であり、従前、 原告が製造する建築積算アプリケーションソフト「積算くん」の販売代理店として活動し ていたことがあった。被告有限会社ジーネットは、OA機器の販売やコンピューターのシ ステム開発を主たる目的とする有限会社であり、被告和田康男は、被告ジーネットの代表 取締役である。  原告の代表取締役である安田光一郎は、昭和五五年ころ、建築積算アプリケーションソ フトである「積算くん」を開発したが、昭和五九年一二月ころ、同人は、原告に対し、積 算くんに関する著作権を譲渡した。原告は、それ以後、積算くんを、逐次、改良しており、 現在の積算くんは、ウインドウズ95または98に対応したアプリケーションソフトとなっ ている。  積算くんは、建具工事積算システム、意匠内外装総合積算システム、RC造建物ー体積 算システム及び見積書作成システム等のソフトウエアがパッケージされたアプリケーショ ンソフトであり、その中の意匠内外装総合積算システムを作動させると、ディスプレイ表 示画面が表示される。  被告ジーネットは、意匠内外装積算を行う建築積算アプリケーションソフト「WARP」 を作成し、被告コムテックはこれを販売している。WARPもウインドウズ95または98に 対応したアプリケーションソフトである。WARPを作動させると、別紙のとおりの表示 画面が表示される。  原告は、被告らがWARPとその基本入力マニュアルを販売し、頒布する行為は、積算 くんの表示画面、操作説明書及び出力(印刷)結果に対し原告が有する著作権(複製権及 び同一性保持権)を侵害するとして、その行為の差止めを求めるとともに、謝罪広告を求 めている。  判決は、「積算くんの表示画面を、あえて分類するとすれば、学術的な性質を有する図 面、図表の類というべきである」としたうえで、「積算くんの表示画面とWARPの表示 画面との間には、表現が共通する部分が存在するものの、異なる表現も多々存在するので あり、しかも、両表示画面において表現が共通する部分に、積算くんの著作者の思想又は 感情の創作的な表現があるとみることはできない」として、原告の請求を棄却した。また、 「積算くんを用いて積算を行った後の出力(印刷)結果である、部屋別計算表、積算集計 表、部屋別集計表及び工種項目別の部屋別集計表」については、「右各表のうち大部分は、 積算くんを使用する者が、あるデータを入力して初めて印刷されるものであって、積算く んの著作者は、右各表のような表現で印刷できるような機能を積算くんに具備させている にすぎず、いまだ積算くんの著作者の表現行為があったとは認められない」ため、「いず れも著作権法上保護される著作物であるとは認められない」とした。 ■争 点 一 「積算くん」の表示画面は著作物に該当するか。 二 「積算くん」の出力(印刷)結果は著作物に該当するか。 三 本件請求のうち、「WARP」バージョン一・〇三及び二・〇〇を対象とする販売及 び頒布の差止請求は、その必要性があるか。 四 「WARP」の表示画面は、著作物たる「積算くん」の表示画面と実質的に同一か。 五 「WARP」の出力結果は、著作物たる「積算くん」の出力(印刷)結果と実質的に 同一か。 六 被告らは、「WARP」の表示画面、出力(印刷)結果、操作説明書を製作するに当 たり、「積算くん」のそれらに依拠したか。 ■判決文 第四 当裁判所の判断 一 争点一(表示画面の著作物性)について 1 著作権法により保護される客体である著作物といえるためには、その表現されたもの が、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」でなければならないが、ここにいう 「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」とは、知的、文化的精神活動の所産全 般を指すものと解される。  証拠(甲2)と弁論の全趣旨によれば、積算くんの意匠内外装積算ソフトは、著作者の 意匠内外装の積算に関する知見に基づき、製作されたものであり、その表示画面は、同ソ フトを使用する者が意匠内外装積算を行いやすいように配慮して、著作者が製作したもの であると考えられるから、右表示画面は、著作者の知的精神活動の所産ということができ る。  被告らは、積算くんが実用品ないし工業製品であるから「文芸、学術、美術又は音楽の 範囲に属するもの」ではないと主張するが、そこに表現されている内容が、技術的、実用 的なものであるとしても、その表現自体が知的、文化的精神活動の所産と評価できるもの であれば、右要件は充足されるから、被告らの主張は採用することができない。  なお、原告は、積算くんの表示画面は美術の著作物であると主張するようであるが、表 示画面に美的要素があることは否定できないとしても、その表示画面の表示形式、表示内 容からすると、積算くんの表示画面を、あえて分類するとすれば、学術的な性質を有する 図面、図表の類というべきである。 2 著作物であるといえるためには、「思想又は感情を創作的に表現したもの」でなければ ならない。 (一) 「思想又は感情を創作的に表現したもの」と認められるためには、著作者の精神活 動が、個性的に表現されていなければならない。 (二) 被告らは、積算くんの表示画面は、書式にすぎず、「思想又は感情の表現」ではない と主張するが、書式であったとしても、どのような項目をどのように表現して書式に盛り 込むかという点において著作者の知的活動が介在し、場合によっては、その表現に著作者 の個性が表れることもあると考えられるから、単に積算くんの表示画面が書式であること をもって、右要件を否定することはできない。 (三) 被告らは、積算くんのようなビジネスソフトの表示画面においては、文字数や図表、 図形の大きさ、一画面に使用できる色の数等の物理的制約があり、ユーザーの学習容易性、 操作容易性による制約もあることを理由に、その表示画面は創作的表現になり得ないと主 張する。  しかし、積算くんはウインドウズ95又は同98をオペレーティングシステムとするアプ リケーションソフトであるところ、証拠(甲21の1)と弁論の全趣旨によれば、ウインド ウズ95又は98をオペレーティングシステムとするアプリケーションソフトにおいては、 画面の解像度を変更したり、スクロールバーを縦横に設けることにより、一表示画面に表 現できる情報の量を変更することができること、最高一六七七万色以上の色彩表現が可能 であること、また画面に表示できる表現も文字だけに限らず、記号、図形など多彩である ことなどが認められ、これらのことからすると、ウインドウズ95又は98をオペレーティ ングシステムとするアプリケーションソフトにおける表示画面の物理的制約は、表現の創 作性を検討する観点からは、無制限といってもよい程度の物理的制約にすぎないことが認 められる。  また、ビジネスソフトは、不特定多数者の実務的利用を想定して製作されるから、利用 者の学習容易性、操作容易性の観点から、その表示画面においては、できるだけ利用者が わかりやすい一般的・普遍的表現、すなわち著作者の個性が表れない表現が用いられる傾 向があるであろうことは理解し得る。しかし、そうであるからといって、積算くんがビジ ネスソフトであることをもって、直ちに、その表示画面に創作性がないということはでき ない。 (四) そこで、具体的に、積算くんの表示画面において、思想又は感情が創作的に表現さ れているかどうかを検討する必要がある。  しかるところ、複製権侵害が認められるためには、WARPの表示画面と積算くんの表 示画面とが実質的に同一であること、換言すれば、WARPの表示画面から積算くんの表 示画面の創作的表現形式が直接覚知、感得できなければならないと解されるが、そのよう に評価できるためには、少なくとも、両表示画面の共通する表現形式において、積算くん の著作者の思想又は感情が創作的に表現されていなければならないというべきである。そ こで、積算くんの表示画面において、思想又は感情が創作的に表現されているかどうかは、 後記四でWARPの表示画面から積算くんの創作的な表現形式を直接覚知、感得すること ができるかどうかを検討するに当たって、両表示画面の共通する表現形式を抽出した後に、 当該共通する表現について検討することとする。 二 争点二(出力(印刷)結果の著作物性)について 1 原告は、積算くんを用いて積算を行った後の出力(印刷)結果である、部屋別計算表、 積算集計表、部屋別集計表及び工種項目別の部屋別集計表を原告の著作物であると主張す る。  しかしながら、証拠(甲3)によれば、右各表のうち大部分は、積算くんを使用する者 が、あるデータを入力して初めて印刷されるものであって、積算くんの著作者は、右各表 のような表現で印刷できるような機能を積算くんに具備させているにすぎず、いまだ積算 くんの著作者の表現行為があったとは認められない。 2 そして、証拠(甲3)によれば、部屋別計算表において、積算くんの著作者が表現し ていると認められるのは、同表上部に記載されている「工事名称」、「部屋別計算表」、「部 屋番号、名称」、「表番号、表名称」、「指定部位」及び「計算個数=印刷表*個数」等の同 表の特定のために必要となるデータの名称にすぎず、そのような表現に積算くんの著作者 の思想又は感情が創作的に表現されているとは認められない。  また、同証拠によれば、積算集計表において、積算くんの著作者が表現していると認め られるのは、「積算集計表」、「工事名称」及び「集計部位」という同表の特定のために必要 となるデータの名称と、同表の各欄のデータ名称である「仕上げNo」、「工種」、「項目」、 「単位」、「室名/合計」等である。そして、前者に積算くんの著作者の思想又は感情が創 作的に表現されていると認められないことは当然であり、後者についても、証拠(甲2) によれば、同表は、全工種の選択部位別の部屋別集計表であることが認められることから すると、右のような表現に積算くんの著作者の思想又は感情が創作的に表現されていると は認められない。  また、証拠(甲3)によれば、部屋別集計表において、積算くんの著作者が表現してい ると認められるのは、「工事名称」及び「部屋別集計」という同表の特定のために必要とな るデータの名称と、同表の各欄のデータ名称である「工種」、「項目」、「室名」、「合計」で ある。そして、前者に積算くんの著作者の思想又は感情が創作的に表現されていると認め られないことは当然であり、後者についても、証拠(甲2)によれば、同表は、全工種の 全部位の部屋別集計表であることが認められることからすると、右のような表現に積算く んの著作者の思想又は感情が創作的に表現されているとは認められない。  さらに、証拠(甲3)によれば、工種項目別の部屋別集計表において、積算くんの著作 者が表現していると認められるのは、「工事名称」及び「工種項目別の部屋別集計」という 同表の特定のために必要となるデータの名称にすぎず、そのようなものに積算くんの著作 者の思想又は感情が創作的に表現されているとは認められない。 3 以上より、原告が著作物と主張する、積算くんを用いて積算を行った後の出力(印刷) 結果である、部屋別計算表、積算集計表、部屋別集計表及び工種項目別の部屋別集計表は、 いずれも著作権法上保護される著作物であるとは認められないから、その余の争点につい て検討するまでもなく、これらが著作物であることを理由とする原告の請求は理由がない。 三 争点三(差止請求の必要性について)について  証拠(乙3、15)と弁論の全趣旨によれば、被告ジーネットは、平成一一年三月ころ、 WARPを、バージョン一・〇三からバージョン二・〇〇にバージョンアップし、平成一 一年七月下旬ころ、バージョン二・〇二にバージョンアップしたことが認められる。  確かに、証拠(甲5、乙3)によれば、WARPバージョン一・〇三から同バージョン 二・〇〇への変更に当たっては、本件で問題となっている表示画面が大幅に変更されてい ることが認められるため、特にバージョン一・〇三からバージョン二・〇〇への変更は、 本件訴訟対策の意味合いもあった可能性は否定できないが、そうであるからといって、被 告コムテックなどが、いったんバージョンアップしたWARPを旧バージョンに戻したり、 バージョンアップした製品と旧バージョンとを並行して販売、頒布するとは考え難い。  なお、原告は、仮に、被告らがWARPをバージョンアップしたとしても、旧バージョ ンのWARPを保存しておかずに廃棄するということは考えられないため、なお差止請求 の必要性は認められると主張する。しかしながら、仮に、被告らがWARPの旧バージョ ンのソースプログラムが保存された媒体を廃棄していないとしても、WARPをバージョ ンアップしている以上、今後、旧バージョンを販売、頒布するおそれがあると認められな いことに変わりはない。  よって、原告の請求のうち、WARPバージョン一・〇三及び二・〇〇を対象とする請 求は、その余の争点について検討するまでもなく理由がない。 四 争点四(WARPの表示画面と積算くんの表示画面の実質的同一性)について 《中 略》 10 以上によれば、積算くんの表示画面とWARPの表示画面との間には、表現が共通す る部分が存在するものの、異なる表現も多々存在するのであり、しかも、両表示画面にお いて表現が共通する部分に、積算くんの著作者の思想又は感情の創作的な表現があるとみ ることはできない。  したがって、その余の点につき判断するまでもなく、WARPの表示画面が著作物たる 積算くんの表示画面を複製したものと認めることはできない。 五 その他  原告は、積算くんの操作説明書を著作物として、複製権侵害を理由に、WARPの基本 入力マニュアルの販売、頒布の差止めを求めているところ、WARPの基本入力マニュア ルが積算くんの操作説明書を複製したものであることについて、何ら具体的に主張しない。 証拠によって、積算くんの操作説明書(甲2)とWARPバージョン一・〇三(甲5)及 びバージョン二・〇〇(乙3)の各基本入力マニュアルを対比しても、WARPの基本入 力マニュアルの表現が、積算くんの操作説明書の表現形式を直接覚知、感得するものであ るとはいえない。原告の右請求を、WARPの基本入力マニュアルにWARPの表示画面 が印刷されていることをもって、WARPの表示画面が積算くんの表示画面に関する著作 権を侵害するのと同様、積算くんの操作説明書に関する複製権を侵害すると主張するもの と理解しても、WARPの表示画面が積算くんの表示画面に関する複製権を侵害するとは 認められない以上、WARPの基本入力操作書を対象とする複製権侵害の主張も理由がな い。  原告は、現行の積算くんの著作者は原告であるとして、著作者人格権にも基づく請求も しているが、同権利に基づく請求が理由がないことは、既に判示したところから明らかで ある。 六 結論  以上より、原告の請求はいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。 (口頭弁論終結日 平成一一年一二月一六日) 大阪地方裁判所第二一民事部 裁判長裁判官 小松 一雄    裁判官 渡部 勇次    裁判官 安永 武央