・東京地判平成12年3月31日判時1715号71頁  テレホンカードの「ウォーターマーク・テープ」事件  本件は、原告(ソーン・セキュア・サイエンスリミテッド)が、被告(株式会社巴川製 紙所)に対し、カード式公衆電話機専用のプリペイドカード(テレホンカード)に用いる 記録用磁気テープにおける磁性体によって形成される模様「ウォーターマーク・テープ」 (本件磁気テープは韓国のテレホンカードの記録用磁気テープとして利用されている)が、 美術の著作物に当たると主張して、著作権に基づき、被告磁気テープの製造、販売の差止 めを請求した事案である。  判決は、「本件磁気テープが美術の著作物に当たるとすることはできない」などとして、 原告の請求を棄却した。 ■争 点 1 本件磁気テープは美術の著作物に当たるか。 2 被告磁気テープは本件磁気テープの複製物といえるか。 ■判決文 第三 争点に対する判断 一 争点1(著作物性)について 1 本件磁気テープにおける磁性体の配列によって形成される模様が、「美術の著作物」 に当たるか否かについて検討する(なお、本件において、原告は、美術の著作物に該当す ることのみを主張しているので、その点に限って判断する。)。  著作権法二条一項一号は、「著作物」について、「思想又は感情を創作的に表現したも のであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」と規定する。  右規定の「美術」について、厳密に定義付けることは困難であるが、「空間や物の形状、 模様又は色彩のすべて又は一部を創出し又は利用することによって、人の視覚を通じて、 美的価値を表現する技術又は活動」を指すということができる。また、「著作物」として 保護されるためには、思想又は感情を創作的に表現したものであることが必要である(た だし、この創作性に関しては、当該作品が独創性の発揮されたものである必要はなく、作 成者の何らかの個性の表現されたものでありさえすれば足りる)。したがって、本件磁気 テープが「美術の著作物」として保護されるためには、右のような各要素を備えたもの、 すなわち、「思想又は感情を創作的に表現したものであり、かつ、空間や物の形状、模様 又は色彩のすべて又は一部を創出し又は利用することによる人の視覚を通じた美的価値を 表現したもの」であることが必要である。  証拠(甲一、二、乙一ないし三)及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおりの事実が認 められ、これに反する証拠はない。 @ 本件磁気テープは、おおむね、縦八・一センチメートル、横一・一センチメートルの フィルムであって、その表面は光沢があり、黒色を呈しているが、肉眼では何らの模様も 見られない。 A 本件磁気テープにおける磁性体の配列については、一「前提となる事実」3(本件磁 気テープの磁性体配列の特徴)に記載のとおりである。すなわち、本件磁気テープは、偽 造や変造を防止するセキュリティ機能が優れていること、読取装置により正確に磁場の変 化を読み取ることができること等の理由から、その磁性体が「長手方向」と「斜め方向」 の交互に配列されるように設計され、製造されている。 B 本件磁気テープにおける磁気記録状態については、マグネチック・ビューワーを使用 することによって確認することができるが、磁性体の配置状況までは見ることはできない。 C 電子顕微鏡を使用すると、本件磁気テープにおける磁性体の配置を見ることができる。 しかし、本件磁気テープの磁性体の配置を撮影した電子顕微鏡写真が証拠として提出され ていないので、磁性体の具体的な配置状況(各磁性体の形状、各磁性体の具体的配置、各 磁性体相互の位置関係、間隔)は全く不明である。また、本件磁気テープは、工業製品で あるが、それぞれの製品相互間に、具体的な配置状況の点でバラツキがあるか否かについ ても、全く不明である。  右認定のとおり、本件磁気テープについて、磁性体の配置によって形成される具体的な 模様は、一切明らかにされていない(原告は、その主張においても、本件磁気テープにお ける具体的な形状がどのようなものであるかを明らかにしていない。)。具体的な模様が 明らかでない以上、本件磁気テープにおける磁性体の配置が「物の形状、模様又は色彩を 創作又は利用して行う、人の視覚を通じた美的価値の表現」に当たると認定することはで きず、本件磁気テープが美術の著作物に当たるとすることはできない。したがって、原告 の主張は理由がない。 2 右のとおり、本件磁気テープの磁性体の配置によって形成される具体的な模様は明ら かでないので、本件磁気テープが美術の著作物であると認めることはできないが、原告は、 磁性体が「長手方向」と「斜め方向」の交互に配列されていることを前提に、右抽象的な パターン(個々の製品における具体的な模様と離れて)が採られていることを理由に、本 件磁気テープは「美術の著作物」に当たると主張しているようにも理解されるので、念の ため、この点について検討する。  前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。すなわち、 @ 本件磁気テープにおける磁性体は、「斜め(あるいは横)方向から徐々に垂直方向に 向きを変え、反転するように横(あるいは斜め)方向に移行する」配列方法や「徐々に移 行するような」配列方法が採用されている。結果として、本件磁気テープのどの製品にも、 共通する特有のパターンが形成される(ただし、パターンは、模式図として示された別紙 参考図面2又は3とは異なる。)。 A 右のような配列方法を採用したのは、製作工程を容易化できること、偽造や変造を防 止するセキュリティ機能が優れていること、読取装置により正確に磁場の変化を読み取る ことができること等、専ら技術的な理由に基づいたものであって、美的な観点から採用さ れたものではない。「横」「斜」「横・斜」「斜・横」の配列は、専ら、記録しようとし た信号が何か(「0」か「1」か)によって必然的に決まり、他の要素(例えば美的効果) を考慮して、配列が決定されるということはない。本件磁気テープの需要者等が、磁性体 の配列により形成される模様の美しさを考慮して取引をすることもないし、もとより、磁 性体の配列模様を鑑賞することもない。  右認定した事実によれば、磁性体の右配列パターンによって、製作者のいかなる思想、 感情も表現されていると解することはできない(右配列パターンは、産業上利用されるた めの磁性体配列に関する技術思想やアイデアにすぎない。)ので、本件磁気テープには 「創作性」はなく、また、磁性体の配列パターンを、「物の形状、模様又は色彩を創出し 又は利用して行う、人の視覚を通じた美的価値の表現」と解することもできないので、本 件磁気テープは「美術」に当たらない。結局、本件磁気テープにおける磁性体が「長手方 向」と「斜め方向」の交互に配列されているという抽象的なパターンを形成している点に 着目したとしてもなお、本件磁気テープが「美術の著作物」に該当するとはいえない。 二 結論  以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。よって、 主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第二九部 裁判長裁判官 飯村 敏明    裁判官 沖中 康人    裁判官 石村 智