・大阪高判平成12年4月14日  「新青虹」題号使用差止事件。  本件は、被告(T.I.)の発行する短歌誌の題号「新青虹」および発行所名「青虹社」 の使用が、原告(T.I.)と被告との間の訴訟上の和解によって定められた短歌誌の題 号および発行所の名称の使用に関する合意に反するとして、原告が、被告に対し、それら の名称の使用差止を求めた事案である。原審は、原告の請求をいずれも棄却したが、原告 が控訴した上、控訴審において、新たに、商標権にもとづき短歌誌の題号の名称の使用差 止請求を追加提起した。本件判決は、本件和解条項の違反はないものと認め、また原告の 新商標権にもとづく請求についても「原告が、本件和解の後に「新青虹」について商標権 を取得したからといって、これを理由に、被告に対し「新青虹」の使用の差止を求めるこ とは、右和解内容に矛盾する行為というべきであり、信義則上許されないと考える」とし て、控訴人(原告)の控訴を棄却した。 (第一審:京都地判) ■争 点 1 本件和解条項(二)違反の有無と使用差止請求の可否 2 本件和解条項(三)違反の有無と使用差止請求の可否 3 新商標権に基づく使用差止請求の可否(当審追加分) ■判決文 第三 当裁判所の判断 一 本件和解条項(二)違反の有無と使用差止請求の可否(争点1)について 1 本件和解条項(二)は、被告が平成一一年一月一日以降発行する短歌誌において、その 題号を「新青虹」とし、その以前に発行していた短歌誌の題号である「青虹」を使用しな いことを定め、併せて「新青虹」についても、その字体及び書体について本件登録商標と 類似しないものを使用するとして、その使用方法に一定の限定を加えている。 2 原告は、被告が、本件短歌誌の題号として「新青虹」を使用するにあたり、表紙全体 の表示において、被告がそれまでに発行してきた短歌誌「青虹」との連続性、同一性を示 していることを考慮すると、本件題号は本件登録商標と類似すると主張する。  検討するに、前記第二の二の基礎となる事実1ないし3及び甲一〇によると、原告と被 告との間には、両者が発行する別個の短歌誌「青虹」について、大脇月甫が発行していた 「青虹」の正統争いともいうべき争いが存したが、原告が本件商標権に基づき、被告に対 し、「青虹」の使用差止を請求したところ(前訴)、第一審において、原告の請求を認め る判決が言い渡され、被告が控訴したが、平成一〇年三月二四日、控訴審において、原告 が本件商標権を有することを確認し、被告は「新青虹」を称する旨の本件和解が成立した ことが認められる。  原告としては、右に述べた紛争の経緯から、被告の発行する短歌誌が「新青虹」となっ てからも、右短歌誌が、以前の「青虹」との連続性を表示することは、原告の発行する短 歌誌「青虹」との類似、混同を生じるおそれがあると主張するものと解される。  しかし、被告としては、前訴の第一審において、原告が本件商標権を取得していること 自体を争うことができず、被告の先使用権の主張も排斥されたため、やむを得ず前訴の控 訴審において「新青虹」の題号を使用することを承諾したことが認められ、本件編集後記 の記載からも、その意図が推認される(甲二の3)。仮に、本件和解において、原告の主 張するように、被告が、旧「青虹」と「新青虹」との連続性、同一性を示すことまで差止 の対象とするのであれば、当然、その旨の定めがなされたはずと考えられ、これらの定め がない以上、そのような合意までがなされたとは認められない。  したがって、本件和解における当事者の意思解釈は、本件和解条項(二)の記載自体から 判断すべきところ、右条項は、被告に対し、「新青虹」の題号を使用するについて、字体、 書体といった外観が本件登録商標と類似するものを使用しないよう義務づけたに止まり、 本件登録商標と「新青虹」の題号の類否判断について、両者の外観の比較を超えて、それ 以外の事情を考慮することは予定していないと解される。 3 そこで、本件登録商標と本件題号の外観を比較すると、本件登録商標は、横書きでそ の書体は「青」の七画八画が崩された行書体といえるものである。これに対し、本件題号 は縦書きで、その書体は角張った太い線が用いられ、白い線で縁取りがなされ「青」の 「月」の部分が旧字体に近いものである。  これに基づいて判断すると、字の配置自体は字体ないし書体の問題ではないにしても、 縦横の差異が存するうえ、両者は、書体、縁取りの有無、「青」の「月」の部分において 全く異なった外観を有しており、類似するものと判断することはできない。 4 以上によれば、被告の行為をもって、本件和解条項(二)に違反すると認めることはで きない。 二 本件和解条項(三)違反の有無と使用差止請求の可否(争点2)について 1 本件和解条項(三)は、「青虹社」の名称の使用を認めた上で、その使用の際に原告の 「青虹社」と誤認混同しないように努力する義務を定めたものである。 2 被告は、右条項が紳士条項であるとして、裁判上、被告に対し、強制力をもって一定 の給付を義務付ける効力を有しないと主張する。  たしかに、右条項には、「努力する」というあいまいな表現が用いられてはいるが、被 告が誤認混同を避ける努力をしなかった結果、現実に誤認混同が生ずるに至った場合には、 右努力義務に違反したものとして、「青虹社」の名称の使用差止を求める私法上の効力が 生じる余地がある。 3 そこで、右努力義務の内容について検討するに、原告は、被告が、本件短歌誌(平成 一一年一月号ないし五月号)の発行所として「青虹社」を使用し、原告の使用しているの と同様のゴシック体を用い、形状もほぼ同一であることや、被告が、短歌研究(平成一〇 年一二月号)に掲載した「新青虹」の広告にも、発行所を「青虹社」とし、その肩書に 「大脇月甫創刊」と記載していることや、本件編集後記の内容をみると、被告が、本件和 解が成立した後平成一一年五月号までの間に、現在使用する短歌誌の発行所「青虹社」と の名称について、原告の名称と誤認混同しないように努力しなかったものというべきであ り、右不作為は、本件和解条項(三)に違反すると主張する。  しかし、本件和解条項(三)が原則として被告に「青虹社」の名称の使用を認めており、 そのこと自体から一定の誤認混同を招くことは前提となっていること、それにもかかわら ず、具体的な誤認回避についての義務が定められていないこと、努力という文言自体が当 事者の主観に左右される曖昧な意味内容を有することに鑑みれば、少なくとも、本件和解 当時の表示方法を継続していて、誤認混同のおそれが増大しない限りは、右義務違反とな らないと解すべきである。 4 本件和解成立前の被告による「青虹社」の使用状況についてみると、甲一三の2によ ると、平成九年六月一日に発行された旧「青虹」の奥書では、「大脇月甫創刊 青虹 毎 月一回一日発行(通巻七十一)第六号」と記載したうえで、編集・発行人を「吉原徳太 郎」発行所の住所を「京都市南区吉祥院高畑町二十五」と記載した上、発行所として「青 虹社」と記載されていることが認められる。  一方、原告が本件和解条項(三)に違反すると指摘する被告の使用状況は、原判決別紙目 録(二)のとおりであって(甲三の2)、題号が「新青虹」、編集人が「川口 学」となり、 印刷所が替わったほかは特段の変更はなく、前記甲一三の2に比べ、原告の名称との誤認 混同がより生じやすくなったとは認められない。 5 以上によれば、本件和解条項(三)違反の事実も認めることができない。 三 新商標権に基づく使用差止請求の可否(争点3)について 1 訴の追加的変更の許否について(請求の基礎の同一性の有無)  被告は、本訴と新商標権に基づく請求とは、請求の基礎の同一性を欠き、訴の追加的変 更をすることができないと主張する。  しかし、本訴は、原告が、被告に対し、平成一一年一月号から五月号までの「新青虹」 の題号の使用が訴訟上の和解内容に反するとして、その使用の差止を求めたものであるが、 追加された請求の趣旨は、本訴の趣旨の一部と全く同じ内容であり、少なくとも、被告の 行為の内容に関する訴訟資料や証拠資料を利用することが可能であり、請求の基礎は同一 であると考える。 2 次に、追加請求の理由の有無を検討するに、原告は、平成一一年一月二二日、指定商 品を第一六類「雑誌、新聞」として、「新青虹」を商標登録出願し、平成一一年一〇月一 日登録されたことが認められる(甲一一の1、2)。  しかし、前記一のとおり、原告は、平成一〇年三月二四日に成立した訴訟上の和解によ り、被告が発行する短歌誌の題号として「新青虹」を使用することを認めている。  そうすると、原告が、本件和解の後に「新青虹」について商標権を取得したからといっ て、これを理由に、被告に対し「新青虹」の使用の差止を求めることは、右和解内容に矛 盾する行為というべきであり、信義則上許されないと考える。 3 以上によれば、新商標権に基づく本件題号の使用差止請求も理由がない。 四 結 論  以上によると、原告の請求は、当審において追加された請求を含め、いずれも理由がな く、原告の請求を棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却し、当審において追 加された請求についても、これを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法六七条、六一 条を適用して主文のとおり判決する。 大阪高等裁判所第八民事部 裁判長裁判官 鳥越 健治    裁判官 山田 陽三