・京都地判平成12年6月29日判決速報303号9564  まねき猫事件。  原告(株式会社京都人形)は置物を物品とする意匠権を有しているところ、被告(有限 会社ヤマヒロ)は被告物件であるまねき猫を製造し、販売し、販売のため展示している。 本件は、原告が被告に対し、被告意匠が本件登録意匠に類似する旨主張し、本件各意匠権 にもとづき、被告物件の製造販売、販売のための展示の停止とその廃棄および損害賠償を 求めたものである。判決は、「本件各登録意匠の要部は、基本的構成態様のA及びBの結 合により、大きく口を開けて笑っている表情にある」としたうえで、「本件各登録意匠と その要部(基本的構成態様A及びBの結合による表情)において類似することは明らかで あり、ひいては全体としても美感を共通にし類似するものというべきである」と述べて、 原告の差止請求および損害賠償請求を認容した。 ■争 点 1 イ号意匠は本件登録意匠(一)に、ロ号意匠は本件登録意匠(二)に、それぞれ類似する か。 2 被告が損害賠償責任を負う場合に、原告に賠償すべき損害額。 ■判決文 第四 争点に対する判断 一 争点1(イ号意匠は本件登録意匠(一)に、ロ号意匠は本件登録意匠(二)に、それぞれ 類似するか。)について 1 本件各登録意匠及び本件類似意匠並びにイ・ロ各号意匠の各構成態様  《中 略》 2 本件各登録意匠と本件イ・ロ各号意匠の類否について (一) まねき猫は小売商を通じて一般需要者に販売されるものであるから、その類否の判 断は、取引者及び一般需要者を基準とすべきである。そして、その置物としての性格上、 正面からの全体的観察により、看者のもっとも注意を惹く構成態様である要部が類似して いるときは、視覚を通じての美観を同じくするといえるから、類似しているというべきで ある。 (二) そこで、本件各登録意匠の要部を検討するに、前記の各具体的構成態様及び基本的 構成態様のうち、@、CないしEは、出願当時において、招き猫のデザインとしては、需 要者がしばしば目にするありふれたもの(公知意匠ないし周知意匠)といえるから(荒川 千尋著、板東寛司写真「郷土玩具招き猫尽くし」〔平成一一年四月二〇日有限会社風呂猫 発行〕甲四)、これらを要部と考えることはできない。そして、右甲四の記載及び本件各 登録意匠と本件類似意匠の構成態様との共通部分を参酌すれば、本件各登録意匠の要部は、 基本的構成態様のA及びBの結合により、大きく口を開けて笑っている表情にあるという べきである。  被告は、右表情は、本件各登録意匠の出願時、既に、公知あるいは周知であった旨を主 張する。しかし、証拠上、基本的構成態様Aに相当するものが右時点で存在していたと認 めることはできない。また、甲四及び乙四によれば、右時点において、基本的構成態様B と同種の構成を有する意匠が既に存在していたことは認められるが、基本的構成態様Aと Bの結合により、大きく口を開けて笑っている招き猫を表現したものが存在していたもの と認めるに足りる証拠はない。  したがって、被告の右主張は理由がなく、要部についての右認定・判断を左右するもの ではない。 (三) 右認定した要部について、本件登録意匠(一)とイ号意匠及び本件登録意匠(二)とロ 号意匠との類否を検討するに、前記認定したイ・ロ各号意匠の構成態様によれば、本件各 登録意匠とその要部(基本的構成態様A及びBの結合による表情)において類似すること は明らかであり、ひいては全体としても美感を共通にし類似するものというべきである。   本件各登録意匠とイ・ロ各号意匠とは、意匠全体に占める口の割合が若干異なるが、 いずれも公知意匠に比べればはるかに大きく口を開けているという点では共通するのであ るから、類似性についての右認定・判断を左右するものではない。その他、本件各登録意 匠にはイ・ロ各号意匠の基本的構成態様Eに該当するものはなく、斑点の位置(具体的構 成態様C)等具体的構成態様においても異なるものがあるが、これらも、要部における前 記類似性を損なうに足りるものではない。 二 争点2(被告が損害賠償責任を負う場合に、原告に賠償すべき損害の額) 1 意匠法三九条二項が適用される場合は、推定規定により、侵害品の販売により侵害者 が得た利益の額を権利者の受けた損害と主張してその賠償を請求するものであるところ、 権利者の側においては初期投資を終了しており、権利の実施品の販売をすることにより販 売費、一般管理費が増える状況にないとしても、侵害者の側では、侵害製品を製造販売し て利益を得るために販売費、一般管理費などを現実に支出するのであるから、これを控除 すべきである。 2 そして、弁論の全趣旨によれば、イ号物件、ロ号物件とも大小二つのサイズがあり、 大は原価二二四円、販売価格二八〇円、小は原価一四〇円、販売価格一七五円であり、被 告の主張する費用を要し、その主張のとおりの出荷数、粗利益、純利益を計上しているこ とを認めることができるのであって、これによれば、被告の平成一〇年五月から平成一一 年三月までの純利益合計はマイナス四六万一五三四円であることになる。  そうすると、本件においては原告の損害と推定される被告の利益はないといわざるを得 ない。 3 弁論の全趣旨によれば、本件各意匠権についての相当実施料は三パーセントであると 認めるのが相当である。そうすると、実施料相当損害金は四万四七七〇円となる。 三 結 論  よって、原告らの請求は、主文一ないし三項の限度で理由があるから認容し、その余は 理由がないから棄却することとする。 裁判長裁判官 赤西 芳文    裁判官 本吉 弘行    裁判官 鈴木 紀子