・東京地判平成12年6月30日  ビデオBGM事件。  本件は、原告(社団法人日本音楽著作権協会)が、原告補助参加人義野裕明(以下「補 助参加人」という。)は、同人が作曲した別紙楽曲目録記載の楽曲(以下「本件楽曲」と いう。)の著作権(以下「本件著作権」という。)を、原告に対して信託的に譲渡してお り、原告は本件楽曲の著作権者であるところ、被告(日本映像株式会社)は、原告に無断 で、本件楽曲を背景音楽とする本件ビデオを制作し、これらを複製していると主張して、 被告に対し、著作権侵害による損害賠償を求めた事案である。  判決は、「著作権法77条1号は、著作権の移転又は処分の制限は、登録しなければ、 第三者に対抗することができないことを定めているから、著作権の移転は、登録をしなけ れば、第三者に対抗することができない」ところ、「被告は、本件楽曲の作曲者である補 助参加人から、本件楽曲を本件ビデオの背景音楽として複製して使用することについて許 諾を受けた者であるから、本件著作権の移転に関する、原告の著作権登録原簿への登録の 欠缺を主張するにつき、正当な利益を有する第三者であるというべきである」としたうえ で、「補助参加人から原告への本件信託契約に基づく本件著作権の移転につき、著作権登 録原簿への登録をしていない原告は、右登録の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する 第三者である被告に対して、本件著作権に基づく本訴請求を行うことは許されない」と述 べて、原告の請求を棄却した。 ■争 点 1 被告は、原告に対して、損害賠償責任を負うかどうか 2 原告の損害 ■判決文 第三 争点に対する判断 一 証拠(乙一ないし四、乙五の一、二、乙六ないし八、丙一、丙三の一ないし八、証人 義野裕明、証人小林嗣男、証人大川修、被告代表者瀬島光雄)によると、次の各事実が認 められる。 1 補助参加人は、中川冴子(以下「中川」という。)と共同で株式会社オフィスばん (以下「オフィスばん」という。)を経営し、テレビドラマ、オリジナルビデオ、映画等 の背景音楽等のプロデューサーとして活動し、右活動に必要な範囲で作曲も行っている。  小林嗣男(以下「小林」という。)は、タレントのマネジメントを主たる業とする有限 会社一期舎の代表であり、平成六年ころ、オフィスばんの事務所の一部を賃借していた。 また、被告代表者瀬島光雄(以下「瀬島」という。)は、被告を設立する以前において、 松竹株式会社でプロデューサーをしており、小林は、そのころ、瀬島と知り合った。 2 小林は、同じくタレントのマネジメントを行っている中川から、補助参加人が作曲家 であり、作曲の仕事があったら紹介してもらいたい旨言われていたので、小林は、瀬島に 対し、補助参加人を作曲家として使うよう申し入れていた。  小林が、瀬島を、大阪朝日放送東京支社のプロデューサーに紹介したことから、被告が 大阪朝日放送の土曜ワイド劇場「湯煙の密室」というテレビドラマ(以下「本件テレビド ラマ」という。)の制作を担当することになった。そこで、瀬島は、小林の右申入れに基 づき、本件テレビドラマの背景音楽の作曲を補助参加人に依頼することにした。  小林が、中川を通じて、補助参加人に対し、本件テレビドラマの背景音楽を七〇万円で 担当するつもりがあるかどうか尋ねたところ、補助参加人はこれを口頭で承諾し、背景音 楽を作曲した。 3 瀬島が、小林に対し、平成六年三月ころ、被告が制作するビデオ「本気2」の背景音 楽の作曲を、五〇万円で補助参加人に担当させてもよいと言ったため、小林が、中川を通 じて、補助参加人に対し、その旨を伝えたところ、補助参加人はこれを口頭で承諾した。  「本気2」は、同年五月一七日から同月三一日にかけて撮影され、その後補助参加人が 背景音楽を作曲し、その録音テープの引渡しを受けた被告において編集が行われた。  被告は、同年九月七日に、補助参加人に対して、右五〇万円に消費税相当額を加算した 五一万五〇〇〇円を支払った。 4(一) 本件ビデオのうち、「カメレオン」を除く各ビデオは、「本気2」と一連のもの として企画制作され、別紙ビデオ目録のクランクIN欄記載の日から同クランクUP欄記 載の日にかけて撮影された。 (二) 本件ビデオのうち、「仁義3」、「湘南純愛組!」、「本気3」、「あばよ白書」、 「仁義4」、「湘南純愛組!2」及び「仁義5」については、瀬島が、小林又は被告の関 連会社である日映プロジェクト株式会社の大川修(以下「大川」という。)を通じて、補 助参加人に対し、背景音楽の作曲を依頼し、補助参加人はこれらをそれぞれ口頭で承諾し た上、右各ビデオの背景音楽を作曲して、被告に録音テープを引き渡し、その録音テープ の引渡しを受けた被告において編集が行われた。  被告は、別紙ビデオ目録の支払日欄記載の日に、補助参加人に対して、それぞれ本件支 払金を支払った。  本件ビデオのうち、「仁義4」及び「仁義5」に関しては、制作費を節約するため、右 二本のビデオをまとめて撮影し、編集作業を行ったために、本件支払金のうち、右各一本 当たりの補助参加人に対する支払金額は二五万七五〇〇円となっているところ、右支払金 額については、事前に、瀬島が、大川を通じて、補助参加人に対して伝え、補助参加人は これを口頭で承諾した上、右各ビデオの背景音楽を作曲した。 (三) 本件ビデオのうち、「本気4」、「仁義6」、「湘南純愛組!3」及び「仁義7」 の各ビデオについては、それぞれのシリーズにおいて以前補助参加人が作曲した背景音楽 を使用して制作された。そのため、被告は、右各一本当たりの補助参加人に対する支払金 額を一〇万三〇〇〇円とすることとし、事前に、瀬島が、大川を通じて、補助参加人に対 して、右支払金額を伝え、補助参加人はこれを口頭で承諾した。 被告は、別紙ビデオ目録の支払日欄記載の日に、補助参加人に対して、それぞれ本件支払 金を支払った。 5 本件ビデオのうち、「カメレオン」は、それ以外のビデオとは異なるものとして企画 制作されたものであり、瀬島が、大川を通じて、補助参加人に対し、五〇万円で新たに背 景音楽の作曲を依頼したところ、補助参加人はこれを口頭で承諾した。 「カメレオン」は、平成七年一〇月二六日から同年一一月一〇日にかけて撮影され、その 後補助参加人が背景音楽を作曲し、その録音テープの引渡しを受けた被告において編集が 行われた。  被告は、平成八年三月二八日に、補助参加人に対して、右五〇万円に消費税相当額を加 算した五一万五〇〇〇円を支払った。 6 瀬島は、右5の「カメレオン」を最後に、補助参加人に対して、背景音楽の作曲を依 頼せず、本件ビデオのうち「仁義7」及び「本気5」のそれぞれ続編である「仁義8」及 び「本気6」を、別の作曲家の作曲にかかる背景音楽を使用して制作し、それぞれ平成八 年六月二一日及び同年八月二三日にビデオとして発売した。 7 本件ビデオは、いずれも劇場公開を予定しておらず、複製を行った上、レンタルビデ オショップに対して販売する目的で制作されたビデオであり、劇場公開用のビデオに比べ て制作費は少ない。 8 補助参加人は、右1ないし5のいずれの過程においても、本件支払金のほかに、本件 ビデオの複製本数に応じた複製許諾料の支払を求める意思を表示しておらず、瀬島、小林 及び大川のいずれも、補助参加人に対し、右複製許諾料の支払を行う旨を表示していなか った。  また、補助参加人は、被告に対して、右1ないし5のいずれの過程においても、自己の 著作権が本件信託契約に基づいて原告に移転していることを何ら告げていない。 9 補助参加人は、被告に対し、平成八年九月二六日に至って、本件楽曲の複製許諾料の 支払を請求した。補助参加人は、それまで、被告に対して、このような複製許諾料につい て何ら確認したことはなかった。  補助参加人は、被告に対し、平成一〇年二月五日に、本件楽曲の複製許諾料の支払を求 める訴えを提起したが、本件信託契約が存することから、右訴えを取下げ、原告が本訴を 提起するに至った。 二1 著作権法七七条一号は、著作権の移転又は処分の制限は、登録しなければ、第三者 に対抗することができないことを定めているから、著作権の移転は、登録をしなければ、 第三者に対抗することができない。 2 前記第二(事案の概要)一(争いのない事実等)5のとおり、本件著作権については、 著作権登録原簿への登録がされていないところ、本件信託契約による本件著作権の原告へ の移転は、右登録がなければ、第三者に対抗することができず、右第三者とは、登録の欠 缺を主張するにつき、正当な利益を有する第三者をいうと解するのが相当である。 三1 前記一1ないし9によると、本件楽曲は、本件ビデオの背景音楽として使用するた めに、被告が補助参加人に依頼したものであること、右依頼の前後において、補助参加人 は、本件支払金のほかに、本件ビデオの複製本数に応じた複製許諾料の支払を求める意思 を表示しておらず、瀬島、小林及び大川のいずれも、補助参加人に対し、右複製許諾料の 支払を行う旨を表示していなかった上、補助参加人は、被告に対して、自己の著作権が本 件信託契約に基づいて原告に移転していることを何ら告げていないこと、補助参加人は、 他人が作曲した背景音楽を使用したビデオが発売された後になって、初めて、被告に対し て、本件楽曲の複製許諾料の請求を行っていること、以上の事実が認められ、これらの事 実に前記一1ないし9で認定したその余の事実を総合すると、補助参加人と被告との間に おいて、本件支払金は、本件ビデオの複製許諾料を含むものとして合意されたと認めるの が相当である。 2 丙二(補助参加人の陳述書)及び証人義野裕明の証言中には、瀬島から、補助参加人 に対し、小林を通じて、「本気2」の背景音楽の作曲が依頼された際、小林から、五〇万 円とは別に、「義野さんには、後でまた入るから」と言われた旨の部分があるが、この部 分は、これに反する証人小林嗣男の証言に照らすと、直ちに信用することができない。  また、証人義野裕明は、(一)補助参加人が、「本気2」の複製許諾料が支払われないこ とが分かったのは、平成七年一二月になってからである、(二)平成六年に発売された同ビ デオについては、通常は平成七年六月に原告から補助参加人に使用料が分配されるが、被 告の手形サイトが一〇〇日であった場合は、原告への入金、補助参加人への分配とも半年 ずつずれ込むから、平成七年一二月まで待っていたと証言する。しかし、補助参加人が、 被告の手形サイトを知っていたことを認めるに足りる証拠はないから、補助参加人が、当 初から複製本数に応じた複製許諾料を受領する意思を有していたにもかかわらず、通常使 用料が分配される平成七年六月の時点で、被告に対して何ら確認することなく、本件ビデ オの仕事を継続していたことは不自然であるといわなければならない。また、仮に、証人 義野裕明の右証言を信用するとしても、補助参加人が、被告に対し、本件楽曲の複製許諾 料の支払を請求したのは、平成八年九月二六日に至ってからであって、それより前には、 被告に複製許諾料について何ら確認していないから、補助参加人が、当初から複製本数に 応じた複製許諾料を受領する意思を有していたとすれば、不自然であるというほかない。  さらに、前記一7のとおり、本件ビデオは、レンタルビデオショップに対して販売する ための、比較的制作費の少ないビデオであるから、一定数量以上の販売を達成することに よって利益が計上できるように、制作費用を一定額に設定することは、一つの合理的な方 法であり、著作権使用料が複製本数にかかわらず一定金額であるからといって、直ちに不 合理であるということはできない。 3 証拠(甲一一)によると、原告に対して、補助参加人が作曲したビデオの背景音楽に ついて、原告に対して複製本数に応じた複製許諾料が支払われている例のあることが認め られるものの、証拠(甲一一)によると、これらは、対象となるビデオやビデオ製作会社 が本件とは異なることが認められるから、右2の認定を覆すに足りるものではない。 4 そうすると、被告は、本件楽曲の作曲者である補助参加人から、本件楽曲を本件ビデ オの背景音楽として複製して使用することについて許諾を受けた者であるから、本件著作 権の移転に関する、原告の著作権登録原簿への登録の欠缺を主張するにつき、正当な利益 を有する第三者であるというべきである。 四 結論  以上の次第であるから、補助参加人から原告への本件信託契約に基づく本件著作権の移 転につき、著作権登録原簿への登録をしていない原告は、右登録の欠缺を主張するにつき 正当な利益を有する第三者である被告に対して、本件著作権に基づく本訴請求を行うこと は許されない。  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから、主文 のとおり判決する。 裁判長裁判官 森  義之    裁判官 内藤 裕之    裁判官 杜下 弘記