・大阪地判平成12年7月8日  「パンシロントリム」キャラクター事件。  訴外エー・エム・カッサンドル(A.M.Cassandre)が著作した原告著作物(男性のキャ ラクター)の著作権を承継した原告(ローランド リュク アンリ ムーロン)が、被告 (ロート製薬株式会社)に対し、その販売する胃腸薬「パンシロントリム」の包装箱およ び説明書等に使用している被告図柄が、原告著作物の複製または二次的著作物であるとし て、差止めおよび損害賠償請求をおこなった事件である。被告は、被告図柄を作成した訴 外コア・グラフィスのデザイナー(廣瀬)がその作成に際し、@原告著作物AおよびBを 一切見ておらず、Aペンタグラム社から発行されていた「IDEAS ON DESIG N」というデザイン集に所載のフレッチャー画のみを参考にし、原告著作物は参考にしな かったのであるから、被告図柄は原告著作物に依拠して作成されたものではなく、複製に は当たらないなどと反論した。  判決は、フレッチャー画は少なくとも原告著作物Cの複製物であるとしたうえで、「被 告図柄と原告著作物Cに描かれている男性の図柄の間には、……において共通しており、 また、……で類似しており、そこにはなお原告著作物Cの創作的表現が再生されているも のというべきであるから、被告図柄においては右原告著作物Cの内容及び形式を覚知させ るに足るものを再生していると認められる。……そして、……被告廣瀬は、原告著作物C の複製物であるフレッチャー画に依拠して被告図柄を作成したものと認められる。以上よ りすれば、被告図柄は、少なくとも原告著作物Cの二次著作物というべきである。被告は、 両者について種々の相違点を指摘するが、それらはいずれも複製物でないことの根拠とは なり得ても、二次著作物性までをも否定する根拠とはなり得ない。したがって、被告図柄 を被告医薬品の包装箱等に使用した被告の行為は、二次著作物に関する原告の複製権(著 作権法28条、21条、11条)を侵害したものというべきである」として、2908万 4627円の損害賠償請求を認容した。 ■争 点 一 原告は原告著作物の権利者か(請求原因1及び抗弁) 二 被告が将来、被告図柄を被告医薬品の包装箱等に使用するおそれはあるか(請求原因 2)。 三 被告図柄は原告著作物の複製又は二次著作物か(請求原因3) 四 被告に過失はあるか(請求原因4)。 五 損害額(請求原因5) ■判決文 一 請求原因1(原告の著作権)及び抗弁について(争点一) 《中 略》 5 以上より、原告著作物の現在の著作権者は原告であると認められる。 《中 略》 二 請求原因2(被告の行為)について(争点二) 1 請求原因2の事実は、被告が被告図柄を使用した被告医薬品を平成七年八月から平成 九年八月まで製造し、平成一〇年二月九日まで販売したとの限度で、当事者間に争いがな い。 2 乙゚、焉A検乙1、2及び弁論の全趣旨によれば、被告は被告医薬品の包装箱等のデ ザインを被告図柄を用いないものに変更し、平成一〇年二月ころ以後は変更後のデザイン の被告医薬品のみを販売しているものと認められ、今後も被告が被告図柄を被告医薬品の 包装箱等に使用等するおそれがあると認めるに足りる証拠はない。  したがって、本件請求のうち、請求の趣旨一項の差止請求及び同二項の廃棄請求は、そ の余の判断に進むまでもなく理由がない。 三 請求原因3(被告図柄による原告著作物の複製又は二次著作)について(争点三) 1 乙1、乙ロないしン、証人廣瀬裕の証言によれば、次の事実が認められる。 ア 被告はデザイン会社であるコア・グラフィスに対し、平成七年三月三一日付けの契約 にて、被告医薬品のパッケージ、ラベル、パンフレット等のデザインの作成を委託した。 イ コア・グラフィスの代表者である廣瀬は、ペンタグラム社から発行されていた「ID EAS ON DESIGN」というデザイン集に所載のフレッチャー画(乙1の3)を 参考にして被告図柄を作成した。右デザイン集には、「All rights reserved C Pentagra m Design Limited 1986」との表示があった。 ウ 右デザイン集には、フレッチャー画が掲載されている同じページの左肩部分に原告著 作物Cが登載されており、その下にフレッチャー画の説明として、「ロンドンのデザイナ ーズ アンド アートディレクターズ協会の二一周年記念に再登場。昔のデュボネの広告 でおなじみのキャラクターで、すでに引退していたのだが、盛装してお祝いに。オリジナ ルのアーティストは、カッサンドル。この新キャラクターも、大切なグラスを手離してい ないことに、彼が満足してくれるといいのだが。」と記載されている。 エ 廣瀬は、被告医薬品の特徴である「弱った胃をイキイキ動かす」点をうまく表現する ために、フレッチャー画を参考として、被告図柄を作成した。 2 ところで、フレッチャー画と原告著作物Cとを比較すると、そこで描写されている男 性の姿は、チ白黒かカラーか、ツ左向きか右向きか、テ服装が縞模様のパンツ姿か青色の スーツ姿かという違いがあるだけであって、原告著作物Cの特徴であるメ丸い山高帽をか ぶった男性が力こぶを出すポーズで立っており、モ大きく丸い眼球と小さな黒目と、細い 眉毛と、顔から鼻頭にかけて直線的な稜線を有することを特徴とする横顔が描かれ、ヤ顔 から上の部分は真横から見た描写であるのに対し、首から下の部分は斜め前方から見た描 写となっており、ユ身体の線が直線的に描かれ、ヨ力こぶを出している腕と反対側の腕を 曲げて、手にワイングラスを持っている等の点において共通しているから、原告著作物C の内容及び形式を覚知させるに足るものを再生していることは明らかというべきであり、 しかもフレッチャー画が原告著作物Cに依拠して作成されたものであることは前記認定事 実のとおりであるから、フレッチャー画は少なくとも原告著作物Cの複製物であると認め られる。 3 そこで次に、被告図柄が原告著作物Cの複製物又は二次著作物であるか否かについて 検討する。  被告図柄は別紙目録一のとおり三つの図柄から構成され、検甲1によれば、これらの図 柄が三コマ漫画のように連続して、「弱った胃を、イキイキ動かし、スッキリさせる」こ とを表現していると認められるから、被告図柄には原告著作物Cとは別個の創作性がある ものと認められる。  しかしながら、被告図柄と原告著作物Cに描かれている男性の図柄の間には、前記2の メのうち丸い山高帽をかぶった男性が立っている点、モ及びヤの点において共通しており、 また、別紙目録一イウの被告図柄についてはユヨのうち左右の肩から腕、手にかけての線 で、さらに同ウの被告図柄についてはメ全部の点で類似しており、そこにはなお原告著作 物Cの創作的表現が再生されているものというべきであるから、被告図柄においては右原 告著作物Cの内容及び形式を覚知させるに足るものを再生していると認められる。  そして、先に1で認定した事実からすれば、被告廣瀬は、原告著作物Cの複製物である フレッチャー画に依拠して被告図柄を作成したものと認められる。  以上よりすれば、被告図柄は、少なくとも原告著作物Cの二次著作物というべきである。 被告は、両者について種々の相違点を指摘するが、それらはいずれも複製物でないことの 根拠とはなり得ても、二次著作物性までをも否定する根拠とはなり得ない。  したがって、被告図柄を被告医薬品の包装箱等に使用した被告の行為は、二次著作物に 関する原告の複製権(著作権法二八条、二一条、一一条)を侵害したものというべきであ る。 裁判長裁判官 小松 一雄    裁判官 高松 宏之    裁判官 安永 武央