・東京地判平成12年7月12日判時1718号127頁  ネコの恋愛シミュレーションミニゲーム事件:第一審  本件は、原告の製造に係る商品の形態を模倣した商品を、輸入、販売した被告らの行為 が不正競争防止法2条1項3号に該当すると原告が主張して、被告Y1・Y2に対し、損 害賠償を請求した事案である。原告は、ネコの恋愛シミュレーションミニゲーム機(本件 第一商品)につき、被告Y1から注文を受けて約一〇万個を製造し、同被告に販売した。 同被告は、被告Y2にこれを販売し、被告Y2は、これを日本国内で販売した。ところが、 被告らは、別のネコの恋愛シミュレーションミニゲーム機(本件第二商品)を、香港所在 の原告とは異なる玩具メーカーに製造させ、これを輸入し、日本国内で販売した。本件第 一商品と本件第二商品は、@前面が、上部に丸い四本の爪を有する猫の掌の形状であるこ と、A後面が、猫の手の甲の形状であること、B前面中央に約二センチメートル四方の液 晶画面、前面下部に直径約三ミリメートルのゲーム操作用スイッチが曲線上に三個配置さ れていること、C全体の模様として、トラ柄、ブチ、三毛の三種類があることなどの基本 的な形態が共通し、本件第一商品の形態と本件第二商品の形態は実質的に同一である。  判決は、「同号の保護を受けるべき者に当たるか否かは、当該商品を商品化して、市場 に置くに際し、費用や労力を投下した者といえるか否かを吟味することによって決すべき ことになる。仮に、甲、乙それぞれが、当該商品を商品化して市場に置くために、費用や 労力を分担した場合には、第三者の模倣行為に対しては、両者とも保護を受けることがで きる立場にあることはいうまでもない。しかし、甲、乙間においては、当該商品が相互に 「他人の商品」に当たらないため、当該商品を販売等する行為を不正競争行為ということ はできない」としたうえで、「同法三号は、その開発者を模倣者との関係で保護しようと するものであって、そのアイデア自体を保護する趣旨の規定ではない」とし、「被告らに とって、本件第一商品は「他人の商品」に該当せず、被告らの行為は、不正競争防止法2 条1項3号の定める不正競争行為には該当しない」として、原告の請求を棄却した。 (控訴審:東京高判平成12年12月5日) ■争 点 1 本件第一商品は、被告らにとって不正競争防止法二条一項三号所定の「他人の商品」 に該当するか。 2 損害額はいくらか。 ■判決文 第三 当裁判所の判断 一 争点1(他人の商品)について 1 不正競争防止法二条一項三号は、「他人の商品」の形態を模倣した商品を譲渡、貸し 渡し、輸入する行為等につき不正競争行為とする旨規定する。右規定が設けられた趣旨は、 費用、労力を投下して、商品を開発して市場に置いた者が、費用、労力を回収するに必要 な期間の間(最初に販売された日から三年)、投下した費用の回収を容易にし、商品化へ の誘因を高めるために、費用、労力を投下することなく商品の形態を模倣する行為を規制 することとしたものである。したがって、同号の保護を受けるべき者に当たるか否かは、 当該商品を商品化して、市場に置くに際し、費用や労力を投下した者といえるか否かを吟 味することによって決すべきことになる。仮に、甲、乙それぞれが、当該商品を商品化し て市場に置くために、費用や労力を分担した場合には、第三者の模倣行為に対しては、両 者とも保護を受けることができる立場にあることはいうまでもない。しかし、甲、乙間に おいては、当該商品が相互に「他人の商品」に当たらないため、当該商品を販売等する行 為を不正競争行為ということはできない。  そこで、右の観点から、被告らが、本件第一商品の商品化について、費用や労力を投下 したか否かについて、検討する。 2 証拠(甲一四、一五、一八、乙一七及び一八)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事 実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない(なお、各箇所に証拠の一部を掲記した。)。 @ 被告Y1は、従来から、原告や被告Y2と取引があった。  被告Y1の取締役である阿部正継及び被告Y2の代表者である大西康文は、 平成九年一月一六日、香港で開かれた玩具の展示会を訪れた際に、原告から、日本で当時 流行していた「たまごっち」に類似するストーリー性のある携帯液晶ゲームの商品化を持 ちかけられ、興味を示した。そして、原告及び被告らは、平成九年一月二六日ころから、 商品化に関して、数回にわたって協議を行った。原告は、既に、ゲーム機の形状を猫の掌 を模した形とすることを発案し、また「ROMIY&JYULIE」と題する猫の恋愛シ ミュレーションゲームのゲームシナリオを中国語で作成していた(甲五の1)。 A 原告は、同年二月一七日、被告Y1本社における打合せで、被告らに対し、前 記ゲームシナリオを日本語に翻訳したもの、ゲーム機の外観を猫の掌の形とするデザイン の原案を示すイラスト及びゲーム機の画面表示の原案を示した(甲五の2)。なお、この 時点では、ゲームのシナリオやデザインの原案は作成されていたが、ゲーム機のプログラ ム及び実寸大模型が作成されていたわけではなかった。  被告らは、ゲームの発想に関心を示したが、原告が示したデザインの原案は日本人の感 覚に合わず、その操作性、機能性にも問題があり、そのまま商品化することは困難である と判断した。  そこで、被告らは、ゲームのプログラムについては原告の案を採用する一方、ゲーム機 の外観については被告Y2においてデザインを修正することとし、商品パッケージや 取扱説明書のデザインも被告Y2において考案すること、及び商品については、その 製造を原告に委託し、被告Y2がこれを日本国内で販売することを取り決めた。また 被告らは、当時「三丁目のタマ」という猫のキャラクターが日本で人気を集めていたこと から、ゲーム機の名称を「三丁目のロミー・アンド・ジュリー」とすることを決めた。 B 被告Y2は、ゲーム機の新たなデザインを創作し、同年二月一九日、被告Y1 の本社において、これを原告及び被告Y1に示した。  原告の提案に係るゲーム機のデザインは、液晶画面のある本体の下側に三本の指を設け、 操作ボタンを指部分の上に配置するものであるのに対し、被告Y2が創作したデザイ ンは、猫の掌の形状である点は共通するものの、本体部分の上側に四本の指を設け、操作 部分は本体部分の液晶画面の下に配置するものである点において相違する。また、被告ブ ルブルは、右同日、商品パッケージとしては、貝殻状のブリスターパッケージ(ふくらみ を持たせたプラスチック容器)を用いることを提案したほか、ST(玩具安全)マークを 取得するためには電池蓋をねじ止めとする必要があること、商品パッケージにゲーム画面 のシールを付す必要があることなどを指摘した。 C 原告及び被告らは、被告Y2が創作したデザインを採用することにし、その製造 を原告に委託することとした。  さらに、被告Y2は、その考案に係る新たなデザインに基づいて、寸法や形状が異 なる三種類のゲーム機の図面(乙一の1ないし3)を作成して、同年二月二一日、これを 原告に交付し、さらに、原告において金型を作成するためのゲーム機の外観模型、並びに ゲーム機の絵柄及び配色を指定する図面三種類(乙二の1ないし3)をも作成して、同年 三月初めころまでに、いずれも原告に送付した。   被告らは、これらを送付する際に、送付した模型は期待したよりも厚めであるから、 実際の製品はこれよりも薄く仕上げるべきこと、及び外観の全体的な丸みは被告らにとっ て重要であることを原告に伝えた(乙三)。   また取扱説明書(乙四の1、2)や商品のパッケージ用の台紙等のデザイン(乙五の 1ないし5)についても、被告Y2がこれを作成して原告に送付した。 D 被告らは、同年三月一〇日ころ、ゲーム機一〇万個の製造を原告に委託した。被告 Y1が輸入元となり、被告Y2は、被告Y1が開設した信用状によってゲ ーム機の代金を決済することとした(甲一一、一二)。  原告は、被告らから送付を受けた模型や図面等に基づき、ゲーム機のサンプルの製造に 着手し、同年五月初めころ、外観サンプル六個を作成して被告らに送付した。これに対し、 被告らは、部品のはめ合わせが悪いことや配色が被告らの指示と異なることなど改善を要 する点を原告に伝えた(乙七)。原告はこれを了承して、五月末ころ、外観サンプル一個 を送付したが、被告らは、これに対しても、全体的な光沢度に不満がある旨を指摘し、製 造方法の変更を提案したりした(乙八ないし一二)。 E なお、原告は、本件第一商品のデザインを決定したのは原告であると主張し、甲第一 五号証及び第一八号証には、これに沿った部分がある。しかし、前記認定したとおり、ゲ ーム機の外観を猫の掌の形状とするアイデアは原告の提案に係るものであるが、当初原告 が示したデザインの原案と、被告Y2が新たに作成したデザインとでは全体形状が大 きく異なり、両者は別のデザインであることに照らして、右主張を採用することはできな い。 3 以上認定した事実を前提として、以下検討する。  右のとおり、@本件第一商品の商品化の過程をみると、確かに、ゲームのシナリオを作 成し、ゲーム機の外観を猫の掌の形状にするとの着想を提示したのは原告であるが、その 後本件第一商品の外観デザイン、名称、パッケージデザイン及び取扱説明書を作成したの は被告らであり、その後も試作品を作成する過程においても、被告らが、細部にわたり、 詳細な指示を与えていたこと、Aゲーム機において、その外観のデザイン、パッケージデ ザイン、商品の名称は消費者の購買意欲に影響を与え、商品化における重要な要素である が、内容、形状の最終的な決定は被告らが行ったこと、B本件において、新規商品である 本件第一商品一〇万個を市場に流通させ、これを販売することによって費用の回収を図る ことができるか否かのリスクを専ら負担していたのは、被告らであったといえること等の 事実に照らすならば、被告らは、本件第一商品の商品化に当たり、費用及び労力を投下し て、その制作に関与した者と解するのが相当である。  なお、原告は、ゲームとしてのストーリーや猫の掌を模した形態が原告の発案によるも のであることを理由に、本件第一商品は、専ら原告の商品に当たる旨を主張する。しかし、 同法三号は、その開発者を模倣者との関係で保護しようとするものであって、そのアイデ ア自体を保護する趣旨の規定ではないこと、本件第一商品の商品化に当たっての被告らの 関与の程度が前記のとおりであることに照らし、右原告の主張は採用できない。  そうすると、被告らにとって、本件第一商品は「他人の商品」に該当せず、被告らの行 為は、不正競争防止法二条一項三号の定める不正競争行為には該当しない。 二 結論  以上のとおり、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由 がない。 東京地方裁判所民事第二九部 裁判長裁判官 飯村 敏明    裁判官 八木貴美子    裁判官 谷  有恒