・大阪地判平成12年8月24日  泉北ニュータウン建築設計図事件。  大阪府企業局は、泉北ニュータウン光明池地区センター業務施設用地の譲受人を募集し た。原告(タウ建築設計株式会社)は、原告企画書を提出して本件分譲申込みをおこない 一度は分譲先に決定したものの、事業主体の資金不足から辞退した。その後、被告ニチメ ン(ニチメン株式会社)が被告計画書を提出して分譲申込みをおこない、その結果分譲先 に決定され、被告長谷工(株式会社長谷工コーポレーション)に本件土地上の建築物の建 築請負工事を発注した。これに対して、原告は、被告長谷工に対しては、@原告企画書及 び原告改良企画書を複製して被告計画書を作成し、原告の著作権を侵害したという不法行 為、または、A平成一〇年六月二三日に原告、被告長谷工、大和銀行及び多田建設の四社 間で成立した契約(四社間合意)に反し、本件土地上の事業から原告を排除して被告ニチ メンから分譲申込書類作成、設計および建築を請け負ったという債務不履行があると主張 し、被告ニチメンに対しては、被告計画書が原告の著作権を侵害するものであることを知 りながら、これを添付書類として平成一〇年一一月五日の分譲申込みをしたという不法行 為があると主張して、被告らに対し損害賠償請求をおこなったという事案である。  判決は、「原告企画書及び原告改良企画書のうち、建築設計図書及び事業計画書の一部に ついては著作物性が認められる」としながらも、「設計図の著作物について著作権侵害の成 否を判断するに当たっては、まず、創作的な表現と評価できる作図上の表記の仕方が複製 判断の対象とされる設計図と原著作物の間で共通しているか否かを基準としなければなら ず、原著作物である設計図に具現された企画の内容や、そこから読み取り得るアイデアが 共通するからといって著作物としての同一性を肯定することはできない」、「しかも、建築 設計図は、主として点又は線を使い、これに当業者間で共通に使用される記号、数値等を 付加して二次元的に表現する方法により作成された図面であり、極めて技術的・機能的な 性格を有する上、同種の建物に同種の工法技術を採用しようとする場合には、おのずから 類似の表現を取らざるを得ないという特殊性を有することから、複製判断の対象とされる 設計図と原著作物との間で、このような表現方法が共通していたとしても、創作的な表現 が再製されたものとして同一性を肯定することはできないというべきである」としたうえ で、「両者を全体的に考察した場合、被告著作物の同一性を変ずる程度に至っているという べきである。以上によれば、被告事業計画書中の建築設計図書は、原告企画書及び原告改 良企画書中の建築設計図書の複製とは認めることができない」などと述べて、原告の請求 を棄却した。四社間合意については、その成立を否定した。 ■争 点 1 著作権侵害 (一) 原告企画書及び原告改良企画書には、著作物性があるか。 (1) 建築設計図面(甲二の1、五の1) (2) 事業計画書・経営計画書(甲二の1) (3) 「(仮称)ニューシティKOMYO計画」(甲三一) (二) 仮に、(一)が認められた場合、被告計画書(乙一)は、原告企画書及び原告改良企 画書の複製に当たるか。 (三) 被告らは、原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図面に従って、建築物を建 築しているものといえるか。 2 四社間合意 (一) 原告、被告長谷工、多田建設及び大和銀行の四社間において、平成一〇年六月二三 日、四社間合意が成立したか。また、その内容はいかなるものか。 (二) 被告長谷工は、原告に対し、四社間合意違背の債務不履行責任を負うか。 3 損害額 ■判決文 第四 争点に対する当裁判所の判断 一 争点1(著作権侵害)について 1 同(一)(原告企画書・改良企画書の著作物性)について  著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音 楽の範囲に属するものをいうが(著作権法二条一項一号)、「創作的」とは、何らかの知的 活動の成果であって、作成者の個性が現れたものであることをいい、厳格な意味で独創性 の発揮されたものであることは必要ないが、アイデアそれ自体は著作権法による保護の対 象とはならないし、データや事実を機械的に記載したにすぎないもの、誰が作成しても同 様の表現となるようなありふれた表現のものは、創作性を欠き、著作権の保護の対象であ る著作物たり得ないというべきである。 (一) 原告企画書中の建築設計図書は、従前から本件土地の事業化を計画していた原告が、 平成一〇年二月一八日付け分譲申込みの添付資料とするため独自に製作したものであり、 原告改良企画書中の建築設計図書は、原告が第一次申込みについていったん大阪府に辞退 届を提出した後、事業採算性を検討し、当時一階スーパーマーケット部分の出店交渉をし ていた西友の意向を取り入れて、原告企画書中の建築設計図書に自ら変更を加えたもので あって、作成者の知識と技術を駆使して作成されたものであり(甲二の1、五の1、原告 代表者)、いずれも表現に創作性を有するものと認められるから、「地図又は学術的な性質 を有する図面、図表その他の図形の著作物」(著作権法一〇条一項六号)に該当するものと いえる。 (二) 次に、原告企画書中の事業計画書は、「事業の目的・コンセプト」「事業の内容」「施 設計画のコンセプト(施設構成、フロアー構成の考え方等)」「事業展開にあたっての工夫」 という項目ごとに、三、四行ないし十数行の文章によって原告の事業計画の特徴を説明し た文書のほか、「施設の概要」の数値データ及び「工程スケジュール」からなるものである。 右のうち、文章で事業計画を説明した部分は、原告の事業計画のコンセプトや宣伝文句を 記載したものであるが、その具体的な文章表現において、叙述の順序や言い回しなどに工 夫が見られ、同じアイデアからなる事業計画を別の表現方法を用いて記述することも可能 であると解され、作成者の個性が現われたものといえるから、著作物であると認められる。 しかし、事業計画書のうち「施設の概要」及び「工程スケジュール」の部分は、単に数値 データや工程スケジュールといった事実を記載したものにすぎず、その記載方法において 特段の独自性も見られないから、著作物には該当しないものというべきである。 (三) また、原告企画書中の経営計画書は、原告事業の収益性を数値的データを用いて説 明したものにすぎず、「(仮称)ニューシティKOMYO計画」(甲三一の1)は、持分容 積比率、敷地面積持分の割合、容積対応面積等のデータを表にしたものであるが、これら のデータの構成(区分、配列、形態)にも独自の点が認められないから、いずれも創作性 を有しておらず、言語の著作物には該当しないというべきである。 (四) 以上によれば、原告企画書及び原告改良企画書のうち、建築設計図書及び事業計画 書の一部については著作物性が認められるが、事業計画書(施設の概要及び工程スケジュ ール)・経営計画書、「(仮称)ニューシティKOMYO計画」については著作物性は認め られない。 2 同(二)(被告計画書は、原告企画書及び原告改良企画書の複製に当たるか)について (一) 設計図の著作物について著作権侵害の成否を判断するに当たっては、まず、創作的 な表現と評価できる作図上の表記の仕方が複製判断の対象とされる設計図と原著作物の間 で共通しているか否かを基準としなければならず、原著作物である設計図に具現された企 画の内容や、そこから読み取り得るアイデアが共通するからといって著作物としての同一 性を肯定することはできない。  しかも、建築設計図は、主として点又は線を使い、これに当業者間で共通に使用される 記号、数値等を付加して二次元的に表現する方法により作成された図面であり、極めて技 術的・機能的な性格を有する上、同種の建物に同種の工法技術を採用しようとする場合に は、おのずから類似の表現を取らざるを得ないという特殊性を有することから、複製判断 の対象とされる設計図と原著作物との間で、このような表現方法が共通していたとしても、 創作的な表現が再製されたものとして同一性を肯定することはできないというべきである。  また、建築設計図書は、複数の図面から構成されているのが通常であり、本件において も、原告企画書中の建築設計図書は二四枚の図面、原告改良企画書中の建築設計図書は七 枚の図面から構成され、被告の建築設計図書は一八枚の図面から構成されているが、著作 物性を有するのは設計図書全体であるから、類否の検討に当たっては、一枚の図面の特定 部分とそれに対応する部分を比較するのではなく、その部分が建築設計図書全体に果たし ている役割を考慮しなければならない。 (二) 被告計画書(乙一)中の建築設計図書と原告企画書(甲二の1)及び原告改良企画 書(甲五の1)中の建築設計図書を対比すると、両者の間には、建造物の規模が地上一五 階、地下一階であること、敷地南側と西側にL型三連構造の住戸棟を設け、その北側に住 戸棟に囲まれる型で六階建の駐車場棟を設けていること、一階をスーパーマーケット店舗 部分とし、一階屋上にスーパー来客用駐車場を設けていること、地下一階中央部に駐輪場 を設け、その周囲に電気室・機械室・受水槽を設けていること等の共通点があり、建物の 基本的形状において類似していることが認められる。そして、前記第二、一の経緯によれ ば、被告長谷工は、被告設計図書の作成に先立つ平成一〇年六月中旬時点で、原告から原 告改良企画書の提供を受けているのであるから、被告らが、被告設計図書を作成するに当 たり、原告改良企画書中の建築設計図書を参照した可能性は否定できない。  これに対し、原告企画書中の建築設計図書(甲二の1)は、@二階北東部にオープンス ペースを確保し、そこに、八角形状の建物に八角錐型の屋根を付した子供図書館を独立に 設け、その周囲をキッズガーデンとして一般に開放する構成を採り、A二階ないし四階の 北東部に文化事業ゾーンを設け、二階をカルチャーホールbP(託児所)、三階をカルチャ ーホールbQ(集会所)、四階をカルチャープラザとし、これをドーム屋根で覆う形状とし ており、これらの図面上の表現は、事業採算性を考慮し、当初の文化事業ゾーンをマンシ ョン居住者用施設に変更した原告設計企画書中の建築設計図書(甲五の1)においても、 三階及び四階の北東部に独立して設けられ、住居棟と渡り廊下で連結された八角形の付帯 施設(二階・キッズホール、四階・集会室)の表現に踏襲されているが、被告計画書中の 建築設計図書(乙一)には、低層階部分に住居棟から独立した付帯施設の表現はなく、二 階北東部の「プレイロット」「キッズルーム」「プレイゾーン」、三階北東部の「集会室」も、 いずれも住居棟又は駐車場棟の一部を利用した設備として表記されており、この点におい て、原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図 書と、被告計画書中の建築設計図書には相違点があるといえる。また、原告企画書中の建 築設計図書には、住居棟二階部分にテナントスペースが設けられているのに対し、被告計 画書柱の建築設計図書では、右部分が分譲マンションとされており、この点にも相違点が 認められる。  被告計画書中の建築設計図書と原告企画書及び原告改良企画書中の建築図書における共 通点及び相違点を対比すると、共通点は、いずれも、設計図に内包されたアイデアが、本 件土地上に大型スーパーマーケットと中高層住宅の併設建物を建設するという同一の企画 に基づくことに由来し、かかる業務施設及び中高層住宅の併設建物を設計する場合に採用 せざるを得ない表現方法が共通とするものといえる(なお、アイデアが著作権法による保 護の対象とならないことは、前記1冒頭で判示したとおりである。)。これに対し、被告計 画書中の建築設計図書と原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書における相違点、 ことに(イ)、原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図書中、二階ないし四階という 低層階部分に設けられた独立の付帯施設の表現が、被告計画書中の設計図書には存在しな いことは、この部分が、設計図書全般の表現と対比して人目を惹く形状を呈し、全体の印 象を大きく左右することに鑑みて、これを無視することはできず、両者を全体的に考察し た場合、被告著作物の同一性を変ずる程度に至っているというべきである。  以上によれば、被告事業計画書中の建築設計図書は、原告企画書及び原告改良企画書中 の建築設計図書の複製とは認めることができない。 (三) 次に、原告企画書の事業計画書中、事業計画の特徴を文書で表現した部分と被告計 画書中の事業計画書と対比すると、事業目的やコンセプトの同一ないし類似性からくる内 容(アイデア)の類似性は認められるものの、それぞれの具体的な表現方法においては、 構成、叙述の順序、言い回し、用語の選択等で全体的に顕著に相違していることが明らか である。原告が複製の根拠として挙示する点は、単に数値データ、事業計画の考え方ない しコンセプト、機能といったものの同一性、類似性をいうものにすぎず、採用の限りでな い。したがって、被告事業計画書中の右記載部分が原告企画書中の事業計画書の複製であ るとは認められない。 3 同(三)(被告らは、原告の建築設計図書に従って建築物を建築しているか)について  建築に関する図面に従って建物を建築するした場合、その建築行為は建築設計図の複製 ではなく、建築設計図書により表現された建築の著作物の複製となるところ(著作権法二 条一項一五号ロ参照)、著作権法にいう「建築の著作物」(同法一〇条一項五号)とは、す べての建築物を対象とするものではなく、美術の著作物と評価され得るような美的創作性 を有する建築物を意味するものと解される。原告企画書(甲二の1)及び原告改良企画書 (甲五の1)中の建築設計図書により表現された建築物は、本来、大型スーパーマーケッ ト及び中高層マンションの併存建物という実用的な建物であり、右のような意味で、著作 権法上保護の対象とされるべき建築の著作物と認め得るか疑問である。しかし、この点を 措くとしても、被告らは、本件土地上に建築物を建築するに当たり、被告計画書中の建築 設計図面(乙一)のうち、二階北東部に設けられていた「プレイロット」「キッズルーム」 「プレイゾーン」及び三階北東部に設けられていた「集会室」を取り止め、新たに、駐車 場棟六階(屋上)南西部分に「キッズランド」「キッズルーム」「クラフトルーム」「ホーム シアター」「パーティルーム・コミュニティルーム(集会室)」を一体化した共用部分を設 けており(乙二)、前記2、(二)のとおり、原告企画書及び原告改良企画書中の建築設計図 書中、二階ないし四階に設けられた付帯施設の表現が、建物全体の表現と対比して、人目 を惹く形状、意匠を有し、設計図書全体の印象を大きく左右することを考慮すると、被告 らが建築している建物が、全体的に考察した場合、原告の設計図書に表現された建物と類 似しているとはいえない。 4 以上によれば、被告らが、原告の著作権を侵害したということはできない。 二 争点2(四社間合意)について  《中 略》 裁判長裁判官 小松 一雄    裁判官 阿多 麻子    裁判官 前田 郁勝