・東京地判平成12年8月30日  建築エスキース事件:第一審。  原告ら3名は、エスキース五点に関する建築家である著作者(K.I.)の遺族であり、 かつ、著作権を承継した者であるところ、右エスキースを掲載した書籍、雑誌を被告(株 式会社新建築社)が発行したことが、@著作者が存しているとしたならばその著作者人格 権の侵害となるべき行為、およびA複製権を侵害する行為に当たる旨主張して、被告に対 し、右書籍、雑誌の発行の差止め、廃棄、損害賠償等を求めた事案である。エスキースと は、建築家が建築物を設計するに当たり、その構想をフリーハンドで描いたスケッチであ る。改変の態様は、(1)被告が本件雑誌に掲載した本件広告は、本件エスキース一が、 その色調の濃度を大幅に薄くした上で、A4版の頁全面にわたって下絵として使用され、 その上に、本件書籍に関する広告(書籍の題号、紹介文、構成、内容の要約、企画者、監 修者の表示、定価、注文方法等)が頁全面にわたって重ねて印刷されている、(2)本件 雑誌一1の四九頁には、本件エスキース一が、その上下左右の一部分を切除されて掲載さ れている、という点である。  判決は、著作権侵害を認めたうえで、(1)については、「被告の右行為は、本件エス キース一の表現を大幅に改変したものというべきであるから、著作者が存しているとする ならばその同一性保持権の侵害となるべき行為に当たる」と述べる一方、(2)について は、「本件エスキース一の一部切除は、著作者が存しているとするならば、社会通念に照 らし、その名誉感情が害されるほどの表現上の変更ということはできず、同一性保持権の 侵害となるべき行為には当たらない」として、結論として、廃棄、差止め、損害賠償の各 請求を認容した。 (控訴審:東京高判平成13年9月18日) ■評釈等 大江修子・コピライト479号36頁(2001年) ■争 点 1 本件書籍、本件雑誌についての著作権侵害の成否 2 本件雑誌についての著作者人格権侵害の成否 3 損害 ■判決文 第三 争点に対する判断 一 争点1(本件エスキースについての著作権侵害の成否)について  被告は、本件エスキースの著作権が、昭和四二年四月ころ、兼次から池原に、平成七年 一〇月、池原から早稲田大学に、それぞれ贈与され、本件書籍及び本件雑誌の出版につい ては同大学の承諾を受けた旨主張するので、検討する。  証拠(乙一)によれば、昭和四二年四月ころ、早稲田大学理工学部が新設の大久保キャ ンパスに移転するため、同大学名誉教授であった兼次が本部キャンパス内の理工学部研究 室を明け渡す際、本件エスキースについては、教育研究の資料として使ってほしい、いず れ資料館ができたらそこに収めて一般に公開してほしい旨指示して建築学科助教授であっ た池原に引き渡し、その後、同人の研究室で使用保管されてきたことが認められる。  しかし、右事実からは、兼次が池原に対し、本件エスキースについての著作権を譲渡し たことまでは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はなく、 この点に対する被告 の主張は理由がない。  そして、兼次が、昭和六二年五月二〇日死亡したこと、原告今井兼介が兼次の長男であ り、その余の原告らが兼次の養子であることは、当事者間に争いがないから、結局、原告 らは、相続により、それぞれ本件エスキースについての著作権を各三分の一ずつの割合で 取得した。したがって、本件エスキースを複製し、本件書籍を発行した行為は、原告らの 有する複製権侵害に当たることになる。なお、被告は、本件エスキースを複製し、本件書 籍を発行するに際し、著作権者である原告らの承諾を受けなかったのであり、右行為につ いて少なくとも過失があることは明らかである。 二 争点2(本件雑誌についての著作者人格権侵害の成否)について 1 本件広告について判断する。 (一) 証拠(甲一〇ないし一九、枝番号の記載は省略)及び弁論の全趣旨によれば、被告 が本件雑誌に掲載した本件広告は、本件エスキース一が、その色調の濃度を大幅に薄くし た上で、A4版の頁全面にわたって下絵として使用され、その上に、本件書籍に関する広 告(書籍の題号、紹介文、構成、内容の要約、企画者、監修者の表示、定価、注文方法等) が頁全面にわたって重ねて印刷されていることが認められる。  被告の右行為は、本件エスキース一の表現を大幅に改変したものというべきであるから、 著作者が存しているとするならばその同一性保持権の侵害となるべき行為に当たる。  この点につき、被告は、このような広告方法は社会的に許容されており、やむを得ない と認められる改変に当たる旨主張する。しかし、本件エスキース一の上に広告文を重ねる ことについて、合理的な理由を見出すことはできず、結局、著作物の性質並びにその利用 の目的及び態様に照らしやむを得ないものということはできない。また、著作者ないしそ の遺族の了解を得ないまま右のような改変を行うことが社会的に広く行われていることを 認めるに足りる証拠はない。  なお、右行為が過失に基づくことも明らかである。 (二) 本件広告において本件エスキース一を使用するに際し、著作者である兼次の名を表 示していないから、被告の右行為は、著作者が存しているとするならばその氏名表示権の 侵害となるべき行為に当たる。なお、右行為が過失に基づくことも明らかである。  この点につき、被告は、本件広告の対象である本件書籍を見れば、著作者名が直ちに判 明するから、著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれもなく、公正な慣 行にも反しない旨主張する。しかし、本件広告を見た者が必ず本件書籍を見るとは限らな いから、右行為が右利益を害するおそれがないとはいうことができない。また、被告は、 本件エスキース一は無記名である旨主張するが、弁論の全趣旨によれば、本件エスキース 一の公衆への提示の際に兼次の氏名が表示されていたことは明らかである。したがって、 被告の主張は採用できない。 2 本件エスキース一の切除掲載(本件雑誌一1の四九頁)について判断する。  証拠(甲一〇)及び弁論の全趣旨によれば、右掲載においては、本件エスキース一の上 下左右の一部分がそれぞれ帯状に切除されているが、その切除幅は左右下部においては本 件エスキース一全体の縦、横の長さの五〇分の一以下であり、上部の切除幅も全体の縦の 長さの二〇分の一以下であり、上部では建築物屋根上の三本の柱状構築物の先端が一部切 除されているが、建築物全体に比べると、極くわずかな部分であることが認められる。  右事実によれば、本件エスキース一の一部切除は、著作者が存しているとするならば、 社会通念に照らし、その名誉感情が害されるほどの表現上の変更ということはできず、同 一性保持権の侵害となるべき行為には当たらない。 三 争点3(損害)について 1 本件書籍の発行によって生じた原告らの損害(弁護士費用)について判断する。  前記のとおり、被告による本件書籍の発行は、原告らの複製権の侵害に当たる。一切の 事情を総合すると、右不法行為と相当因果関係のある弁護士費用に係る損害は、三〇万円 が相当と認められる。原告らはそれぞれ本件エスキースについての著作権を各三分の一ず つの割合により相続したものであるから、原告らの損害は、それぞれ一〇万円になる。 2 本件雑誌の発行による損害について判断する。 (一) 財産的損害  本件雑誌における本件広告の掲載は、原告らの複製権の侵害に当たる。証拠(甲二一) 及び弁論の全趣旨によれば、本件エスキース一の雑誌への一回の掲載についての使用料相 当額は三万円と認められるので、一一回分の合計額は三三万円となる(原告らそれぞれに つき各一一万円)。 (二) 精神的損害  前記のとおり、右掲載は、著作者が存しているとするならばその同一性保持権及び氏名 表示権の侵害となるべき行為に当たる。そして、証拠(甲二一ないし二三)によれば、原 告らは、兼次の子であるという立場を超えて、同人の作品の整理、研究を続けているなど 同人の作品に対し深い愛着を有していると認められることを考慮すると、原告らは、右行 為により、固有の精神的損害を被ったものと認められ、右損害の慰謝料としては原告らそ れぞれについて各二〇万円が相当である。 (三) 弁護士費用  被告の前記(一)、(二)記載の行為と相当因果関係が右不法行為と相当因果関係のある弁 護士費用に係る損害は、原告らそれぞれについて各一〇万円が相当である。 四 結論  以上の次第で、本件請求のうち、著作権法一一二条、一一六条に基づく差止め、廃棄を 求める部分は理由がある。また、損害賠償を求める部分は、原告ら各自に対し、各五一万 円及び内金一〇万円に対する平成一二年一月八日から、内金四一万円に対する平成一二年 三月二四日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理 由がある。 東京地方裁判所民事第二九部 裁判長裁判官 飯村敏明    裁判官 沖中康人    裁判官 石村 智