・最判平成12年9月7日判時1730号123頁  「モリサワ」タイプフェイス事件:上告審。  上告人(原告、控訴人:写研)の被上告人(モリサワ)に対する請求について、判決は 原審を維持して上告棄却した。  判決は、「印刷用書体がここにいう著作物に該当するというためには、それが従来の印 刷用書体に比して顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要であり、かつ、 それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならないと解するのが 相当である」としたうえで、ゴナU・ゴナMといった「上告人書体が、前記の独創性及び 美的特性を備えているということはできず、これが著作権法二条一項一号所定の著作物に 当たるということはできない。また、このように独創性及び美的特性を備えていない上告 人書体が、文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約上保護されるべき「応用美 術の著作物」であるということもできない」と述べて、上告棄却した。 (第一審:大阪地判平成9年6月24日、控訴審:大阪高判平成10年7月17日) ■評釈等 大家重夫・平成12年度重判(有斐閣、2001年)276頁 高部眞規子・ジュリスト1203号128頁(2001年) ■判決文  主   文  本件上告を棄却する。  上告費用は上告人の負担とする。  理   由  上告代理人花岡巖、同新保克芳、同木崎孝の上告受理申立て理由第一点及び第二点につ いて 一 著作権法二条一項一号は、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、 学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」を著作物と定めるところ、印刷用書体がここに いう著作物に該当するというためには、それが従来の印刷用書体に比して顕著な特徴を有 するといった独創性を備えることが必要であり、かつ、それ自体が美術鑑賞の対象となり 得る美的特性を備えていなければならないと解するのが相当である。この点につき、印刷 用書体について右の独創性を緩和し、又は実用的機能の観点から見た美しさがあれば足り るとすると、この印刷用書体を用いた小説、論文等の印刷物を出版するためには印刷用書 体の著作者の氏名の表示及び著作権者の許諾が必要となり、これを複製する際にも著作権 者の許諾が必要となり、既存の印刷用書体に依拠して類似の印刷用書体を制作し又はこれ を改良することができなくなるなどのおそれがあり(著作権法一九条ないし二一条、二七 条)、著作物の公正な利用に留意しつつ、著作者の権利の保護を図り、もって文化の発展 に寄与しようとする著作権法の目的に反することになる。また、印刷用書体は、文字の有 する情報伝達機能を発揮する必要があるために、必然的にその形態には一定の制約を受け るものであるところ、これが一般的に著作物として保護されるものとすると、著作権の成 立に審査及び登録を要せず、著作権の対外的な表示も要求しない我が国の著作権制度の下 においては、わずかな差異を有する無数の印刷用書体について著作権が成立することとな り、権利関係が複雑となり、混乱を招くことが予想される。 二 これを本件について見ると、原審の確定したところによれば、第一審判決別紙目録 (三)の書体を含む一組の書体(ゴナU)及び同目録(四)の書体を含む一組の書体(ゴ ナM。以下、ゴナUと併せて「上告人書体」という。)は、従来から印刷用の書体として 用いられていた種々のゴシック体を基礎とし、それを発展させたものであって、「従来の ゴシック体にはない斬新でグラフィカルな感覚のデザインとする」とはいうものの、「文 字本来の機能である美しさ、読みやすさを持ち、奇をてらわない素直な書体とする」とい う構想の下に制作され、従来からあるゴシック体のデザインから大きく外れるものではな い、というのである。右事情の下においては、上告人書体が、前記の独創性及び美的特性 を備えているということはできず、これが著作権法二条一項一号所定の著作物に当たると いうことはできない。また、このように独創性及び美的特性を備えていない上告人書体が、 文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約上保護されるべき「応用美術の著作物」 であるということもできない。 三 結論  以上のとおり、上告人書体が著作物とはいえないとした原審の主位的請求に関する判断 は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は採用すること ができない。  なお、予備的請求に関しては、上告受理申立ての理由が上告受理の決定において排除さ れた。  よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 裁判長裁判官 井嶋一友    裁判官 遠藤光男    裁判官 藤井正雄    裁判官 大出峻郎    裁判官 町田 顯