・大阪地判平成12年10月17日  ペット写真のカレンダー事件。  本件は、ペット写真専門のカメラマンである原告が、自己が撮影して著作権および著作 者人格権を有する写真(既公表)を無断で使用したカレンダー(「ドッグファミリー」等) を被告ら(株式会社杉本カレンダーら)が輸入または販売したとして、被告らに対し、著 作権(複製権)侵害および著作者人格権(公表権および同一性保持権)侵害にもとづく損 害賠償を請求した事案である。被告カレンダーにおいては、原告写真の主要部分の一部を カットして複製使用したものもふくまれていた。  判決は、「被告杉本カレンダーは、日本国内で販売する目的をもって、世eが無断で原 告写真を複製使用した本件カレンダーを輸入したものであるから、右行為は著作権法11 3条1項1号により、原告の著作権及び著作者人格権を侵害するものとみなされる。なお、 原告は、侵害された権利として、複製権、同一性保持権及び公表権を挙げるところ、複製 権侵害については原告の全写真についてこれを認めることができ、また原告写真の主要部 分の一部をカットして複製使用したもの…については、同一性保持権の侵害を認めること ができる」としたうえで、被告らの故意または過失を認定して損害賠償請求を認容した。 損害賠償額については、原告の主張する通常使用料(写真一枚当たり5万円)の「三倍又 は一〇倍相当額の請求をし得る旨の規定は、実際に原告の写真の貸出しを受けた者が締結 する写真貸出使用契約中に設けられた条項であって、専ら写真の貸出しを受けた者が、当 該写真を自ら故意に無断で使用した場合を念頭においているものと解されることから、そ の規定を、最低限の損害額を保障する趣旨と解される著作権法114条2項の『通常受け るべき金銭の額』にそのまま適用することは、相当でない」としながら、「しかし他方、 前記認定事実からすると、写真貸出業界においては、許諾を得た使用の場合と無断使用の 場合とで請求額に相違を設けることが一般的な慣行であると認められるから、本件におい て『通常受けるべき金銭の額』を定めるに当たっても、右慣行を全く無視することは相当 でない。加えて、本件においては、著作物の同一性を侵害する態様で使用されている例が 多数存することからしても、本件における原告が『通常受けるべき金銭の額』を、許諾を 受けて使用する場合の料金と同等とすることは相当でない」として、本件カレンダーAな いしCについては写真一枚当たり10万円をもって相当とした(制裁的要素を加味した写 真貸出業界の慣行の考慮)。これに対して、本件カレンダーDおよびEについては「本件 のように、過失によって侵害品を輸入したが、抗議によって侵害品であることが判明する や素早く販売中止と見本回収の措置を執り、結果として侵害品を市場で販売することがな かった場合にまで、右の制裁的要素を加味した金額を、『通常受けるべき金銭の額』を定 めるに当たって考慮することは相当でない」として、これに関しては写真一枚当たり5万 円とした。 ■争 点 1 本件カレンダーを輸入、販売するに当たっての被告杉本カレンダーの故意又は過失の 有無 2 本件カレンダーを販売するに当たっての被告山田及び同下茶の故意又は過失の有無 3 損害額 ■判決文 第四 争点に対する当裁判所の判断 一 争点1(被告杉本カレンダーの故意又は過失)について  被告杉本カレンダーは、日本国内で販売する目的をもって、世eが無断で原告写真を複 製使用した本件カレンダーを輸入したものであるから、右行為は著作権法一一三条一項一 号により、原告の著作権及び著作者人格権を侵害するものとみなされる。なお、原告は、 侵害された権利として、複製権、同一性保持権及び公表権を挙げるところ、複製権侵害に ついては原告の全写真についてこれを認めることができ、また原告写真の主要部分の一部 をカットして複製使用したもの(別紙盗用関係一覧表中の●印を付したもの)については、 同一性保持権の侵害を認めることができるが、原告写真はいずれも別紙盗用関係一覧表中 の「盗用源」欄記載のカレンダーに掲載されて既に公表されているものであるから、公表 権侵害は成立しない(著作権法一八条一項参照)。  したがって、被告杉本カレンダーは、右行為を行うについて故意又は過失があれば、民 法七〇九条により、原告に対して損害を賠償する責任を負う。そこで以下、被告杉本カレ ンダーの故意又は過失の有無について検討する。 1 事実経過  《中 略》 2 以上に基づいて検討する。  《中 略》 ウ そうすると、結局、別紙盗用関係一覧表記載のうち、×印を付したものについては、 右のような調査をすることによって、被告杉本カレンダーは、原告写真の盗用に気付くこ とができたというべきであるから過失があるが、×印を付していないものについては過失 がないというべきである。  《中 略》 (5) 以上より、被告杉本カレンダーは、別紙盗用関係一覧表中の×印を記載した合計二 九個所において原告写真を無断複製使用したカレンダーを輸入した点について過失があり、 原告に対し不法行為責任を負うというべきである。  《中 略》 二 争点2(被告山田及び被告下茶の故意又は過失)について 1 山甚は、被告杉本カレンダーから本件カレンダーの譲渡を受けて販売したものである から、原告写真の盗用を認識していた場合に限り、著作権及び著作者人格権を侵害する行 為を行ったとみなされ、単に過失があるにすぎない場合には、右侵害行為を構成すること はない(著作権法一一三条一項二号)。  原告は、被告山田及び被告下茶の過失の有無も問題とするが、主張自体失当である。 2 そして、本件全証拠によるも、被告山田及び被告下茶が原告写真の盗用を認識してい たことを認めるに足りる証拠はない。  原告は、京都で開催された突き合わせ会の際に、審治郎が被告下茶に対して原告写真の 盗用の点を指摘して抗議したと主張するが、その事実を認めるに足りないことは前記のと おりである。 3 したがって、被告山田及び被告下茶に対する請求は、その余について検討するまでも なく理由がない。 三 争点3(損害)について 1 本件において原告は、著作権(複製権)侵害に基づく損害賠償請求については、著作 権法一一四条二項の「著作権…の行使につき通常受けるべき金銭の額に相当する額」を損 害の額として主張する趣旨と解される。そこでまず、本件カレンダーAないしCについて の「通常受けるべき金銭の額」について検討する。 (一) 原告は、ペット写真、特に犬の写真を専門的に撮影するカメラマンであり、全国の ドッグショーを常時回るなどして犬の写真を多数撮影し、それらの写真をカレンダー、ポ スター、パンフレット等に使用することを業者に許諾して使用料を得ることを主たる業務 としているものであること、通常、自己の撮影した写真をカレンダー用に使用許諾する際 には、一種・一版・一回限りの使用で写真一枚当たり五万円の使用料を徴収し、無断使用 の場合には右の三倍以上の相当金額を請求できる旨の契約条項を設けていることが認めら れ(甲3、39ないし42、原告本人)、一般に写真貸出及び使用許諾を行うことを業とする いわゆるエージェントが写真の貸出及び使用許諾を行う場合にも、無断使用の場合には通 常の使用料の一〇倍を違約金として請求する条項を設けていることが認められる(甲43な いし45)。そして原告は、これらの契約の例を前提に、通常の使用料の三倍に相当する一 枚当たり一五万円の使用料を「通常受けるべき金銭の額」として主張する趣旨であると解 される。  しかし、甲3の契約書における右記三倍又は一〇倍相当額の請求をし得る旨の規定は、 実際に原告の写真の貸出しを受けた者が締結する写真貸出使用契約中に設けられた条項で あって、専ら写真の貸出しを受けた者が、当該写真を自ら故意に無断で使用した場合を念 頭においているものと解されることから、その規定を、最低限の損害額を保障する趣旨と 解される著作権法一一四条二項の「通常受けるべき金銭の額」にそのまま適用することは、 相当でないというべきである。  しかし他方、前記認定事実からすると、写真貸出業界においては、許諾を得た使用の場 合と無断使用の場合とで請求額に相違を設けることが一般的な慣行であると認められるか ら、本件において「通常受けるべき金銭の額」を定めるに当たっても、右慣行を全く無視 することは相当でない。加えて、本件においては、著作物の同一性を侵害する態様で使用 されている例が多数存することからしても、本件における原告が「通常受けるべき金銭の 額」を、許諾を受けて使用する場合の料金と同等とすることは相当でない。  以上の点を総合して考えると、本件において原告が本件カレンダーAないしCについて、 「通常受けるべき金銭の額」は、一種・一版・一回限りの使用で写真一枚当たり一〇万円 とするのが相当である。 (二) 次に、本件カレンダーD及びEについては、前記認定のとおり、被告杉本カレンダ ーは、原告から抗議を受けた後、販売を中止するとともに既に見本として客先に配布した 分については回収通知を行い、結局、右カレンダーは市場で販売されることはなかったこ とから、原告に損害は生じていないとの見解も考えられるところである。  しかし、甲39ないし45からすれば、本件のような写真貸出業における写真使用料は、一 枚当たりの定額で定められるのが通常であって、販売の有無や量に連動するものとはされ ていないと認められるから、契約後に商品販売が中止されたとしても、いったん支払われ た使用料は返還されないのが原則であると考えられる(甲43のキャンセル欄参照)。また、 本件の場合、本件カレンダーD及びEは、いったんは被告杉本カレンダーのカタログに掲 載されるとともに見本も頒布されたものである。これらの事情からすれば、本件カレンダ ーD及びEの販売が中止されたからといって、原告に損害が発生していないとはいえない。  もっとも、先に認定したような、許諾を得た使用の場合と無断使用の場合とで請求額に 明白な相違を設けるという写真貸出業界の慣行は、無断使用という行為に対する制裁的な 要素を含んでいると考えられるところ、本件のように、過失によって侵害品を輸入したが、 抗議によって侵害品であることが判明するや素早く販売中止と見本回収の措置を執り、結 果として侵害品を市場で販売することがなかった場合にまで、右の制裁的要素を加味した 金額を、「通常受けるべき金銭の額」を定めるに当たって考慮することは相当でないとい うべきである。  このような観点を踏まえると、本件カレンダーD及びEについては、「通常受けるべき 金銭の額」は、一種・一版・一回限りの使用で原告写真一枚当たり五万円とするのが相当 である。 2 そして、本件において被告杉本カレンダーが輸入した本件カレンダーのうち、同被告 に過失が認められるのは、前記のとおり本件カレンダーAないしCについては九枚分、同 D及びEについては二〇枚分である(別紙盗用関係一覧表によれば、同一の原告写真を複 数箇所にわたって掲載している例もあるが、1で検討した使用料相当損害金は一種・一版 ・一回限りの使用であるから、各使用部分について別個に損害が発生することになる。) から、本件において原告が被告に対して賠償を請求し得る損害額は、一九〇万円となる。  なお、原告は、遅延損害金として、被告杉本カレンダーの輸入の後である平成一一年八 月七日から支払済みまで年六分の割合の金員の請求をするが、不法行為による損害賠償請 求権の遅延損害金については、民法所定の年五分が適用される。 3 ところで、原告は、著作者人格権(同一性保持権)侵害に基づく損害賠償も請求して いるが、右請求に係る損害額として主張されているのは、前記著作権侵害に基づく損害と 同一内容であり、また、右損害の性質上、著作権侵害による部分と著作者人格権侵害によ る部分を区分する趣旨とも解されないから、結局、本件における著作権侵害に基づく損害 賠償請求と著作者人格権侵害に基づく損害賠償請求とは、選択的併合の関係に立つものと して主張されているものと解される。そして、著作者人格権(同一性保持権)という精神 的利益の侵害に対して、原告主張のような内容の損害の賠償を認めることは困難である上、 仮に認められるとしても、損害額については、少なくとも前記著作権侵害の場合の損害額 を上回ることはないと認められるから、本件では、前記著作権侵害に基づく損害額をもっ て認容額とすべきである。 第五 結論  以上によれば、原告の請求は主文掲記の限度で理由がある。 大阪地方裁判所第二一民事部 裁判長裁判官 小松一雄    裁判官 高松宏之    裁判官 安永武央