・名古屋地判平成12年10月18日  市場調査データ事件。  本件は、原告(株式会社アイアールシー)が被告(総合技研株式会社)に対して、原告 が出版した書籍に記載されている自動車部品に関するマーケットリサーチにより得たデー タを被告がそのまま盗用し、あるいはデータの数値をわずかだけ改変するなどして被告が 出版する書籍『主要自動車部品二五〇品目の国内における納入マトリックスの現状分析 (九九年版)』に記載したことが原告の著作権および著作者人格権を侵害し、または一般 不法行為を構成するとして、著作権法112条1項にもとづき侵害行為の差止め等を求め るとともに、著作権法114条2項、民法709条にもとづき損害賠償を求めた事案であ る。  判決は、「本件データは、自動車部品メーカー及びカーエレクトロニクス部品メーカー 等の会社名、納入先の自動車メーカー別の自動車部品の調達量及び納入量、シェア割合等 の調達状況や相互関係のデータをまとめたものであって、そこに記載された各データは、 客観的な事実ないし事象そのものであり、思想又は感情が表現されたものではないことは 明らかである」としてその著作物性を否定し、また、本件データの不法行為法上の保護に ついては、「データ自体は、仮にその集積行為に多額の費用、時間及び人員を費やしたも のであったとしても著作権法の保護の対象となるわけではない。しかしながら、このよう な情報の集積行為及びそれによって得られた情報の全てが法的に保護すべき価値を有しな いというわけではなく、このような情報が特別法により保護される場合(不正競争防止法 二条一項四号ないし九号)は存するし、一定の場合には、民法七〇九条によって保護され ることがないとはいえない。しかしながら、本来何人であっても接することができ、ある いは利用することができる客観的な情報(ないしデータ)について、特定の者に排他的な 権利を付与することはそれ以外の者が当該情報を利用する機会を奪い、その活動を制約す るものであるから、前記のような特別の法の規定がないものについて一般規定である民法 七〇九条による保護を与えることは慎重でなければならない」としたうえで、「本件デー タは、被告書籍が出版された平成一一年六月三〇日時点において、既に市場に置かれてか ら三、四年が経過しているのであるから、このようなデータは不法行為による侵害に対し て法的な保護に値するだけの価値を有していないというべきである」と述べて請求を棄却 した。 ■判決文 第三 争点に対する判断 一 争点1について 1 著作物性について  著作権法の保護を受ける著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであって、 文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう(著作権法二条一項一号)。したが って、ある著作物が著作権法の保護を受けるためには、その著作物は「思想又は感情」が 表現されたものでなければならない。  しかしながら、本件データは、自動車部品メーカー及びカーエレクトロニクス部品メー カー等の会社名、納入先の自動車メーカー別の自動車部品の調達量及び納入量、シェア割 合等の調達状況や相互関係のデータをまとめたものであって、そこに記載された各データ は、客観的な事実ないし事象そのものであり、思想又は感情が表現されたものではないこ とは明らかである。  原告は、本件データは原告が独自に取材、調査し、それを総合的に判断し研究した結果 であり、そこには原告の思想が創作的に表現されていると主張する。しかし、原告が主張 していることは、原告の一定の理念あるいは思想のもとに本件データの集積行為が行われ たということにすぎないのであって、集積された客観的データ自体が思想性を帯びること はないから、原告の右主張は失当というべきである。  よって、本件データは著作物性を有しない。 2 一般不法行為法における要保護利益について  前項に述べたとおり、データ自体は、仮にその集積行為に多額の費用、時間及び人員を 費やしたものであったとしても著作権法の保護の対象となるわけではない。しかしながら、 このような情報の集積行為及びそれによって得られた情報の全てが法的に保護すべき価値 を有しないというわけではなく、このような情報が特別法により保護される場合(不正競 争防止法二条一項四号ないし九号)は存するし、一定の場合には、民法七〇九条によって 保護されることがないとはいえない。しかしながら、本来何人であっても接することがで き、あるいは利用することができる客観的な情報(ないしデータ)について、特定の者に 排他的な権利を付与することはそれ以外の者が当該情報を利用する機会を奪い、その活動 を制約するものであるから、前記のような特別の法の規定がないものについて一般規定で ある民法七〇九条による保護を与えることは慎重でなければならない。  これを本件についてみると、本件データは「自動車部品二〇〇品目の生産流通調査」の 一九九六年(平成八年)版及び「カーエレクトロニクス部品の生産流通調査」の第三版 (平成七年版)にそれぞれ記載されたものであるが、これらのデータは、原告が主張する とおり、自動車部品の流通業界においては有用性が高いものであると認められるから、原 告書籍が発刊された平成七年又は平成八年当時においては一定の財産的経済的価値を有し、 保護され得たと解する余地がある。しかしながら、原告書籍が発刊された後においては、 右データはだれもが利用可能な状態に置かれたことになるから、発刊直後に原告書籍をデ ッドコピーした書籍を発行するといった行為を除いて、そのような状態に置かれた右デー タを利用する行為が直ちに不法行為を構成するということはできない。また、本件データ のようにマーケットリサーチによって得られたデータの価値は、一般に時間と共に不可避 的に劣化していく性格のものであり、時系列的にデータを対比して見る必要があるなど特 定の場合を除いては、複数年経過後における商品的価値はほとんどなくなるというべきで ある。とりわけ自動車業界における部品調達に関するマーケットリサーチデータについて は、今日見られるように自動車業界の再編成は著しいものがあることに加え、技術の進展 や消費者のニーズの多様化等により各自動車メーカーにおいて自動車のモデルチェンジが 頻繁に行われるなど自動車部品の調達状況、シェア割合が刻々と変化していることにより、 その価値の劣化は著しいというべきである。したがって、自動車業界における部品調達に 関して、二、三年も前に集積されたデータには、第三者による無断使用行為に対して法的 な保護に値するだけの価値を認めることはできない。  そして、本件データは、被告書籍が出版された平成一一年六月三〇日時点において、既 に市場に置かれてから三、四年が経過しているのであるから、このようなデータは不法行 為による侵害に対して法的な保護に値するだけの価値を有していないというべきである。  よって、不法行為に基づく原告の請求も理由がない。 二 結論  以上判示したところによれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は いずれも理由がないからこれらを棄却することとし、訴訟費用については、民事訴訟法六 一条を適用して、主文のとおり判決する。 名古屋地方裁判所民事第九部 裁判長裁判官 野田武明    裁判官 橋本都月    裁判官 富岡貴美