・東京地判平成12年10月31日  「マジックキューブ」事件。  本件は、原告(株式会社ツクダオリジナル)が被告(株式会社ラナ)に対し、被告会社 が輸入し国内で販売する回転式立体組合せ玩具「ルービック・キューブ」等は、原告が製 造販売し、その形態が原告の商品であることを表示するものとして需要者の間に広く認識 されている回転式立体組合せ玩具「ルービック・キューブ」と形態が類似し、原告商品と 混同を生じさせており、被告会社による被告商品の輸入、販売は不正競争防止法2条1項 1号に該当する不正競争行為であるとして、右行為の差止め及び損害賠償を求め、また、 被告会社が被告商品に付した各標章が、おもちゃ等を指定商品とする原告の登録商標と類 似しており、商標権侵害に当たるとして、当該標章の使用の差止め及び損害賠償を求め、 併せて、被告会社の代表者である被告鈴見純孝に対し、被告鈴見はその職務を行うにつき 悪意又は重大な過失があったとして、商法266条の3第1項に基づき、被告会社と連帯 して損害賠償金を支払うことを求めた事案である。  判決は、不正競争防止法上の請求について、「商品の形態が当該商品の機能ないし効果 と必然的に結びつき、これを達成するために他の形態を採用できない場合には、右形態は、 不正競争防止法二条一項一号所定の『商品等表示』に該当するものではな」いとしてこれ を退けつつ、商標権の侵害を認定して差止めおよび損害賠償請求を認容した。 ■争 点 1 原告商品の形態は、原告の商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されてい るか。 2 被告商品は原告商品と類似し、原告商品と混同を生じさせているか。 3 被告標章の使用は、原告の本件商標権を侵害するか。 4 原告が被告会社に対して被告製品の販売等を許諾していたか。 5 被告鈴見は、商法二六六条の三第一項に基づく責任を負うか。 6 原告の被った損害額。 ■判決文 第三 当裁判所の判断 一 争点1(原告商品形態の周知商品表示性)について (一)不正競争防止法二条一項一号は、「他人の商品等表示」すなわち「人の業務に係る 氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するもの」 として需要者の間に広く認識されているものと同一又は類似の商品等表示を使用等する行 為を不正競争行為と規定することにより、周知な商品等表示の持つ出所表示機能を保護す るものである。  商品の形態は、商品の機能を発揮したり商品の美感を高めたりするために適宜選択され るものであり、本来的には商品の出所を表示する機能を有するものではないが、ある商品 の形態が他の商品に比べて顕著な特徴を有し、かつ、それが長期間にわたり特定の者の商 品に排他的に使用され、又は短期間であっても強力な宣伝広告等により大量に販売される ことにより、その形態が特定の者の商品であることを示す表示であると需要者の間で広く 認識されるようになった場合には、商品の形態が右条項により保護されることがあるもの と解される。  しかしながら、商品の形態が当該商品の機能ないし効果と必然的に結びつき、これを達 成するために他の形態を採用できない場合には、右形態は、不正競争防止法二条一項一号 所定の「商品等表示」に該当するものではなく、これについては不正競争防止法による保 護は及ばないと解すべきである。けだし、右のような機能ないし効果と必然的に結びつく 形態は、本来、発明ないし考案として、特許法等の工業所有権法により一定の期間独占的 地位を保障されることを通じて保護されるべきものであるところ、仮にこのような形態に ついて不正競争防止法上の保護を与えるならば、本来、工業所有権法上の所定の期間の経 過後は広く社会全体の公有財産に帰属するものとして万人が自由に利用できることになる はずの技術について、特定の者が独占的に支配することを認めることとなり、公共の利益 に反するからである。すなわち、仮に、機能ないし効果と必然的に結びつく形態を不正競 争防止法による保護の対象とするならば、不正競争防止法二条一項一号が本来的な商品表 示として定める「人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装」の ように、商品そのものではない別の媒体に出所識別機能を委ねる場合とは異なって、同法 条が目的とする出所の混同の防止を超えて、当該商品に利用されている技術思想そのもの について、特許法等の工業所有権法上の保護を超えた独占的、排他的支配を認めることと なり、技術の自由な利用によりもたらされる産業の発展や商品の自由な流通を阻害する結 果となる。 (二)これを本件についてみるに、前記争いのない事実、証拠(甲五、六、一〇の1及び 2、一一の4、一二の1〜5、一三の9、一五〜二二)及び弁論の全趣旨を総合すれば、 次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。 (1)原告は、玩具の製造・販売等を業とする株式会社であるが、昭和五五年七月二五日 ころ我が国において回転式立体組合せ玩具である原告商品(商品名「ルービック・キュー ブ」)の販売を開始した。 (2)原告商品の形態は、別紙物件目録(一)記載のとおりである。すなわち、原告商品 は、一辺約五・六センチメートルの正六面体で、各面が九個のブロックに区分され、各ブ ロックは表面が色付けされており、それぞれ左右、前後に三六〇度回転可能であり、基本 状態では各面がそれぞれ赤、青、黄、白、緑、橙の各色にそろえられており、適宜回転さ せて各面の配色をいったん崩した後再び各面を同一色でそろえるなどして遊ぶパズル玩具 であって、その配色の組合せは三〇億を超え、数学的な解き方を発見する楽しみがあるパ ズルである。 (3)原告商品は、もともとハンガリーのエルノー・ルービックによって考案されたもの であり、ヨーロッパやアメリカで流行しブームとなった。原告は、これを日本に導入して 販売することを企図し、すでにアメリカにおいてルービック・キューブを販売していた同 国のアイデアール・トーイ社との間で同社が香港で製造したルービック・キューブを原告 が同社から購入して、日本国内で独占的に販売する旨の輸入販売契約を締結した。 (4)原告は、ルービック・キューブの発売開始に先立ち、昭和五五年六月上旬東京晴海 で開かれた国際玩具見本市に自社の商品としてルービック・キューブを出品し、同年七月 下旬から右商品を販売することを発表し、そのことは業界紙で報じられ、業界の注目を集 めた。原告商品は、発売開始と同時に大人から子供まで広く人気を集めて爆発的な売れ行 きを示し、同年三月ころまでには約一八〇万個が販売された。原告は、右発売に際し、ポ スターを取扱業者に配ったり、雑誌などに広告を掲載するとともに、店頭で原告商品を実 際に手にして触れられる「二分間チャレンジ」という企画を行い、またこのパズルを解い た者には認定証を交付することとするなど販売意欲をそそる宣伝を積極的に行った。また、 原告商品が爆発的なブームになっていることは、そのパズルゲームとしての難しさ、面白 さとともに、新聞、週刊誌などの紹介記事でたびたび報じられ、これらの記事においては、 原告商品の写真とともに輸入発売元である原告の名称も記載されていた。このようにして、 遅くとも、昭和五六年三月ころまでには、原告商品は、ハンガリー人のエルノー・ルービ ックの考案にかかる世界的なブームを呼んでいるパズル玩具であって、我が国では原告が 輸入販売元となって販売していること、その商品本体が前記のような形態をしていること は、玩具業者のみならず一般消費者の間にも広く認識されるに至った。 (三)(1)右認定事実によれば、昭和五六年三月ころまでには、原告商品は、原告の販 売する商品として日本全国において広く認識されるに至ったものと認められる。  前述のとおり、商品の機能ないし効果に必然的に由来する形態は不正競争防止法二条一 項一号所定の「商品等表示」に該当しないと解されるところ、原告商品の基本的構成態様、 すなわち「六面体であってその各面が九つのブロックに区分され、各面ごとに他の面と区 別可能な外観を呈している」という商品形態は、六面体の各面を九つのブロックに区分し、 各ブロックを適宜回転させて各面の配色をいったん崩した後再び各面を同一色でそろえる などして遊ぶパズル玩具であるという原告商品の有する機能ないし効果と必然的に結びつ いていると認められるから(現に、六面体であり、各面が九つのブロックに区分された外 観を有する回転式立体組合せ玩具について特許出願(特開昭五三ー四六八三三号)がされ ている(乙三)ほか、他の様々な形態の回転式組合せ立体玩具についても、我が国及び欧 米各国において特許出願がされている(乙一、二、四〜一一)ことが認められる。)、右 基本的構成態様は不正競争防止法による保護の対象となるものではない。したがって、原 告商品の形態のうち、その機能ないし効果に必然的に結びついたと評価される右基本的構 成態様については、不正競争防止法二条一項一号所定の「商品等表示」として認められる 範囲から除かれると解するのが相当である。  そうすると、原告商品の有する形態のうち、その機能ないし効果と必然的に結びついて いる部分である右基本的構成態様を除く形態については、原告の販売する商品であること を示す商品等表示として広く認識されるに至ったということができる。すなわち、原告商 品の色彩、形状の大きさ、素材等は、原告商品の有する機能ないし効果に由来するもので はないといい得るので、原告の販売する商品であることを示す商品等表示として周知性を 獲得したということができる。 (2)原告は、原告商品の形態のうち、右基本的構成態様についても、原告の商品等表示 として周知であり、原告商品の色彩、形状の大きさ等と同様に、技術的機能に由来するも のではないと主張し、その主張の根拠として、回転式立体組合せ玩具の中でも、六面体以 外の形状を有する玩具や、六面体の形状を有するがその各面が九つ以外の数のブロックに 区分されている玩具が存するとして、この点に関する証拠(甲一一の3〜5、乙二、四〜 七、一四)を提出する。しかし、原告の主張する右六面体以外の形状を有する玩具及び六 面体の形状を有するがその各面が九つ以外の数のブロックに区分されている玩具は、いず れも、回転式立体組合せ玩具という同一の範疇に属するとはいえ、原告商品とは別個の構 造の玩具というべきであり、そうした別個の種類の商品が存在することをもって、原告商 品の右基本的構成態様が原告商品の機能ないし効果と必然的に結びついているという認定 を妨げることはできない。原告の主張は、採用できない。 二 争点2(原告商品と被告商品との類否及び混同のおそれの有無)について  前判示のとおり、原告商品の形態のうち基本的構成態様の部分については不正競争防止 法二条一項一号所定の「商品等表示」たり得ないところ、仮に、原告商品の形態のうち右 基本的構成態様の部分を除いた形態について獲得された周知性が現在も維持されていると しても、原告商品の形態のうち右基本的構成態様を除いた具体的構成態様について被告商 品と対比すれば、被告商品は、その表面にキャラクターが付されていたり(イ号ないしハ 号、ホ号ないしト号商品)、各面の配色が異なっていたり(ニ号商品)、六面体の一辺の 長さが異なったりしており(ニ号、ホ号、ト号商品)、表面の模様、色彩、形状の大きさ 等の点において原告商品と類似するものではないことが明らかである(原告は、被告商品 は原告商品と類似すると主張するが、原告の主張は、原告商品の有する基本的構成態様に ついても周知商品表示に当たることを前提とした主張であるから、その前提を欠き、失当 であるというほかはない。)。  そうすると、原告商品の形態のうち基本的構成態様の部分を除いた形態について、獲得 された周知性がなお現在も維持されているか否かを判断するまでもなく、原告の不正競争 防止法に基づく差止請求及び損害賠償請求はいずれも理由がないというべきである。 三 争点3(本件商標権の侵害の成否)について  本件登録商標と被告標章が類似することは、当事者間に争いがない。  被告らは、ニ号、ホ号、ト号各商品はキーホルダーであって、特許庁の類似商品審査基 準によれば第一四類に当たるところ、本件商標権の指定商品は第二四類のおもちゃ等であ るから、商品として類似関係にないと主張する。しかしながら、商品の類否は、特許庁の 審査基準における区分を参酌しつつも、本来的には、商標の付された具体的な商品の品質 ・形状・用途・取引の状態等から観察し、取引上の通念によって出所の混同が生じるか否 かにより判断されるべきであるところ、前記争いのない事実及び証拠(甲五一)によれば、 被告商品の形状は、六面体であって一辺が約三・〇センチメートルの大きさのある立方体 であり、「ミニキューブ解法の手引き」と題する文書が添付されていることが認められ、 これらよりすれば、ニ号、ホ号、ト号各商品は、色合わせを楽しむことができるやや小さ めの回転式立体組合せ玩具を単にキーホルダー形式としたものであることが明らかであっ て、取引上キーホルダー形式の回転式立体組合せ玩具が他の回転式立体式組合せ玩具と全 く区別して取り扱われていることを認めるに足りる証拠もない。右によれば、ニ号、ホ号、 ト号各商品は、いずれも回転式立体式組合せ玩具というに妨げないというべきであって、 本件登録商標の指定商品である「おもちゃ」に属するか、少なくとも類似する商品という べきである。被告らの主張は、採用できない。  被告らは、被告会社においては被告標章を現在使用していないと主張するが、被告会社 による右標章の使用が全面的に中止されたことを認めるに足りる証拠はなく、また、被告 会社が販売先小売店や消費者に対して右標章の使用を取りやめたことを通知したなどの事 実の主張立証もされていないから、原告が被告会社に対して被告標章の使用の差止めを求 める利益は失われていないというべきである。 四 争点4(原告による許諾等の有無)について  被告らは、被告商品の販売に当たって、原告から許諾があり、原告の商標権侵害に基づ く請求は禁反言の原則、取引上の信義則に反する行為であると主張し、証拠(乙四九の1 及び2、五九〜六一、六五、七三)中にはこれに沿う部分がある。しかしながら、右各証 拠をもっても、ウルトラマンのキャラクターが入った被告商品の形態についてはともかく、 被告会社が販売開始に当たり、本件登録商標について原告から具体的に使用許諾等を受け ていたと認めることはできず、甲六九(土橋正喜の陳述書)に照らしても、被告らの主張 は、採用できない。また被告らは、原告商品の意匠権者が権利を放棄しているから、原告 が本訴における請求をすることは信義則に反すると主張するが、被告らの主張する右事情 は、原告が本件商標権に基づく請求をすることの妨げになるものではない。  したがって、被告会社が被告標章を被告商品に付して使用する行為は、本件商標権を侵 害するものと認められるから、本件商標権に基づき被告に対し被告標章の使用の差止めを 求める請求は、理由がある。 五 争点5(被告鈴見の責任)について  被告鈴見が被告会社の代表取締役として被告標章を付した被告商品の販売に関わった行 為は、前判示のとおり、本件商標権の侵害に結びつく行為ではあったが、不正競争行為に 該当するものではないところ、本件では、被告鈴見が本件登録商標の存在を知りながらあ えて被告標章を被告商品に付して販売したとは証拠上認められず、他に被告鈴見において 取締役の職務の遂行につき悪意・重過失があったと認めるに足りる事情も窺われないから、 原告の主張は採用できない。 六 争点6(損害額)について (一)被告会社が被告商品の販売等によって得た純利益の額が、五七〇万八四五三円であ ることは、当事者間に争いがない。商標法三八条二項によれば、被告会社による本件商標 権の侵害によって原告の被った損害額は、五七〇万円を下らないと認められる。 (二)被告らは、被告会社は原告の許諾があって販売したものであり、被告会社の販売行 為についての原告の過失割合は少なくとも七割と考えられるとして、過失相殺を主張する。 しかし、前述したように、本件商標権について原告から具体的に使用許諾等を受けていた と認めることはできない以上、被告らの主張はその前提を欠き、失当である。 (三)右によれば、原告の被告会社に対する損害賠償請求は、本件商標権侵害を理由とし て五七〇万円の支払を求める限度で理由がある。 七 結論  以上によれば、原告の被告会社に対する請求は、本件商標権侵害に基づく請求である主 文第一項及び第二項記載の限度で理由があり、原告の被告鈴見に対する請求は、理由がな い。  よって、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第四六部 裁判長裁判官 三村量一    裁判官 和久田道雄    裁判官 田中孝一